深掘り

第1回中国との統一訴えた台湾軍元中将 「過去最高位のスパイ」の衝撃

台北=高田正幸

連載「見えざる『有事』 台湾が向き合う浸透工作」①

中台統一を目指す中国が、台湾社会の分断や弱体化を狙う「浸透工作」を進めているのではないか――。台湾でそんな警戒感が広がっています。軍や地域社会、SNS、あらゆる場所に潜む、見えざる「有事」の現場に迫りました。

 「3軍の将校たちよ、中国歴史上のいかなる王朝も天地をひっくり返してきたのは軍人だったではないか」

 「全人民の蜂起に共鳴し、民進党詐欺集団を転覆せよ。統一派と結束し、中国統一という歴史的使命を完遂せよ」

 迷彩服にベレー帽姿の老人が、台湾軍に民進党政権の打倒を呼びかけている。

 2021年6月にユーチューブに投稿された動画だ。男の名は、高安国。元台湾陸軍中将で、台湾東部を管轄していた陸軍司令部トップの司令官を務めた経験もある。

 高はそれまでも、「中華民国台湾軍政府の総召集人」を名乗って、SNSなどで中台統一を訴えていた。

 ただ、その当時は大きな話題になることはなかった。言論の自由が認められている台湾では、「中台統一」を主張して活動する市民も一定数存在する。退役軍人であっても、そうした言動だけで取り締まりを受けることはない。

 しかし、そんな高が台湾社会に衝撃を与えたのは25年1月。国家安全法違反で起訴された時だ。

 「中国軍関係者から資金を受け取り、台湾に武装組織を立ち上げ、中国が台湾に侵攻した際には内応する計画を策定していた」とされた。

 「台湾軍で過去最高位の中国スパイ」。メディアからそう呼ばれた高とは、どんな人物か。

「独立の犬にはなりたくない」

 かつて高自身が台湾メディアに寄稿した記事がある。国民党軍人だった父を題材にした内容だ。

 記事によると、高は日中戦争さなかの1944年、中国湖南省で生まれた。終戦後、共産党との内戦で劣勢となった国民党が台湾に拠点を移すのに合わせ、高も家族とともに台湾に移り住んだ。

 高は父の背中を追うように陸軍士官学校に入学。米国留学を経て、陸軍総司令弁公室の主任をつとめるなど、エリート軍人としての道を歩んでいた。

 ただ、李登輝総統(在任88~2000年)時代に早期退役の道を選んだ。国民党はもともと中国全土を奪還して統一する「大陸反攻」を目指していたが、李政権は、中国と台湾は異なるという認識を前提にした台湾アイデンティティーを志向した。高は、「台湾独立の番犬になりたくなかった」と軍を去った理由を説明している。90年代半ば以降のこととみられる。

 その後、高が再び表舞台に現れたのは2010年代になってからだった。

 台湾メディアによると14年、福建省アモイであったシンポジウムに参加。台湾軍は「解放軍(中国軍)の攻撃を阻止すべきではない」と発言し、台湾で物議を醸した。18年には台北で「中華民国台湾軍政府」の成立を宣言。中台統一を呼びかける「統一派」としての活動を本格化させていく。

「統一派」として活動

 高と関わりのあった人物は、高がコーヒーを片手に、おそらくほとんど記憶にない湖南省の故郷を懐かしんでいたことを覚えている。「私は中国人だ」「台湾は中国の一部だ」と語っていた。「気さくな人だった」という。

 高の「統一派」としての背景には、こうした出自に裏付けられた強い中国アイデンティティーがあるとみられる。

 一方で指摘されるのが、中国側の働きかけの影響だ。高は25年10月、拘禁刑7年半の実刑判決を受けた。台湾高裁の一審判決は、高が23年以降、頻繁に中国にわたって共産党や軍の関係者と面会したと指摘。中国から9万2200米ドルと29万4700人民元(計約2100万円)の資金を受け取って、反政権活動を行っていただけでなく、有事で中国に内応する武装組織を構想して軍人に参画を呼びかけたと認定した。

 別の退役軍人らが国家安全法違反に問われた裁判でも、高の名前が登場する。この事件で被告となった退役軍人らは無罪になったが、判決では高ら多数の退役軍人が19年1月に香港、同年7月にはマカオを訪問し、中国の地方政府の関係者と会食したと認定した。参加者はいずれも旅費のうち、飛行機代しか負担していなかった。

相次ぐ軍関係者の起訴

 台湾の民進党政権が警戒する中国の「浸透工作」のなかでも、特に懸念されているのが、台湾軍関係者への働きかけだ。台湾の情報機関、国家安全局によると、20年~25年4月に中国のスパイとして起訴された159人のうち、現役・退役軍人は95人を占める。同局は「軍人が中国による台湾浸透の主要なターゲットになっている」とも指摘する。

 最大野党となった国民党に所属する元空軍中将の張延廷は、中国が退役軍人たちを様々な場所に招待し、厚遇していると語る。「大陸(中国)は様々な活動を催して退役軍人を招待し、ホテルや食事でも接待をしている。そうした待遇を受け、自らが大事にされていると感じる人もいる」と話す。

 張自身は中国にわたったことはないが、何度も中国での講演の依頼を受けたことがあるという。

 軍への浸透工作は情報収集以外の狙いもあると、国防部(国防省)系シンクタンク、国防安全研究院研究員の沈明室は指摘する。「軍内部を分化し防衛の意思を損ねるとともに、人々の軍に対する信頼をくじくことで、台湾社会の抵抗能力を低下させることも目的だ」(敬称略)

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この記事を書いた人
高田正幸
台北支局長兼香港支局長
専門・関心分野
台湾、香港、中国、反社会的勢力
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    阿古智子
    (東京大学大学院教授=現代中国研究)
    2026年3月16日16時15分 投稿
    【視点】

    言論の自由と国家の安全を両立させることは容易ではない。そうした事例は枚挙にいとまがなく、このケースもその一つだが、元台湾陸軍中将で、台湾東部を管轄していた陸軍司令部トップの司令官を務めた人物がスパイであったというのは、衝撃だ。しかし、仮に台湾で統一を一つの選択肢とする政権が民主的に選ばれれば、こうした事例の扱いも変わるかもしれない。もちろん、金品の授受や接待によって懐柔されることはあってはならないが。

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