3話 黒猫?

二人の騎士の胸に顔を埋める。


……痛い。

鎧とビキニアーマーで、普通に痛い。

ラッキースケベでも、何でもなかった。


笑えるはずなのに、

胸の奥が冷えていく感じしかしなかった。


「「きゃあああああ!」」

二人は叫び声を上げ続ける。


その後、組んず解れつの二回戦に突入し、

よく分からないまま、俺は縄で拘束された。

主導権は、最初から向こうにあった。


状況を整理する余裕はなかった。

反論も、弁明も、選択肢も――

気づけば全部、置き去りにされていた。


やがて、抵抗する間もなく、

俺は王城の謁見の間に連れてこられていた。


話は、俺の想像を超えた場所まで転がっていた。


白髪に髭面の大男。赤いマントに豪奢な服。

どこか場違いなほど、陽気な風貌だった。


「アグリアスとカサンドラだな。

して……これは何事かね?」

王様が、縛られた俺を見下ろす。


この場にいる全員が、俺を見ている。

――いや、正確には「見ていない」。

処理すべき異物を見る目だった。


左右でアグリアスとカサンドラが頭を下げる。


「はっ、市街地で民に暴行を働いておりまして!」


王様は大きくため息をつく。

「そのような些末な問題は君たち騎士団で解決したまえ。今は近隣村まで迫っている魔王軍の対応で忙しいのだよ」


俺の問題は、この国にとって取るに足らないらしい。


「はっ、それでは牢獄へ──」

そう言ってカサンドラが俺を肩に担ぐ。


しかし──

「うわっ!」

カサンドラが手を滑らせ、俺の体は弧を描いて落下する。


……痛くない。むしろ柔らかい。

「きゃあああああ!」


気付けば俺は、

カサンドラの腰から伸びるスパッツとお尻の隙間に、逆さ吊りで頭を突っ込んでいた。


何がどうなってる? 

柔らかい。でも……息が……できない。

く、苦しい。


嬉しいとか以前に、

呼吸が危うかった。


俺はそのまま気を失った。



目を覚ますと、薄暗い牢獄の中だった。


鉄格子の前に、石のように硬いパンと

カビの生えたチーズが置かれている。


……メシだ!

剣も、距離も、視線もない。

ここが安全圏だと、体が理解していた。


夢中で頬張る。


――こんな場所でしか安心できない自分が、少しだけ怖かった。


「……ぐずっ、ぐずっ」

涙がぽろぽろ溢れてきた。


「こんなことなら……

誰にも触れられない力なんて、要らなかった……」


そう思わずにはいられなかった。


——涙と共に夜へ落ちていく。



翌朝。

鉄格子の窓から差し込む光で目を覚ます。


「うーん! よく寝れた!」

昨晩とは打って変わって気分が高揚していた。


野宿と空腹が日常だった俺にとって、

ベッドと屋根があるだけで天国だった。


皮肉にも、今までで一番まともな朝だった。


「ここでの生活も悪くないな……」


そう思いかけた瞬間──カンカンカンッ!

けたたましい鐘の音が鳴り響く。


「魔王軍が城門まで迫ってるぞ!

騎士団も応戦中だ! お前も来い!」

見張りが呼ばれて走っていった。


嫌な予感しかしない。


何事かと鉄格子を掴んで覗き込む。

……あれ?


ぬるん。

俺は鉄格子の隙間をすり抜けていた。


「おい、嘘だろ……

鉄格子まで対象かよ……」


もはやラッキースケベが何に発動するのか、自分でも分からない。


訳もわからず脱獄し、城外へ出ると——

気づけば、王城の外門だった。

 

「早く城門へ急げ!」  


突如、兵士の波に飲まれた。

完全に流れに逆らえない。


「うおぉ!?」

兵士の鎧や筋肉に揉みくちゃにされながら

運ばれていく。


……こんな時まで発動しなくていいんだよ。

むさ苦しいのは嬉しくない。


やがて兵士の足が止まる。

気付けば王都の外まで運ばれてしまったみたいだ。


そこには見上げるほどの巨大な黒猫がいた。


戦う、という発想自体が間違いだった。

恐怖が、思考より先に答えを出す。


三本の尻尾が空気を裂き、兵士たちを軽々と吹き飛ばす。すれ違うだけで地面が抉れ、黒い毛が雷のように静電気をまとっていた。


「フハハハ!

人間共よ、我が眷属ネコショウを前にひれ伏すがよい!」

魔物の背に立つ赤い髪に青い肌の女が高笑いする。


「行くぞクラリウス!」

聞き覚えのある声が響く。


「あれは……アグリアス!」


金髪が戦場に煌めく。


アグリアスが黒猫へ跳びかかる。


「はあああああッ! ——覇光斬」

眩い光とともに彼女の剣が巨大化し、

斬撃が黒猫へ迫る。


しかし、黒猫は、尾を三方向から鞭のように放つ。


光は砕け散り、アグリアスは地面に叩きつけられた。


「ぐっ……!」


「お姉様!」

カサンドラが駆け寄る。


黒猫の巨体が影を落とし、二人へ迫る。


「ここまでか……

カサンドラ、お前は逃げろ……!」


「嫌です!

お姉様と一緒に……!」

泣きながらアグリアスを抱きしめる姿に、

胸の奥がズキンと痛んだ。


今まで俺をボコボコにしていた相手なのに──放っておけるわけがなかった。


目の前で、女性が傷つけられるのを

見過ごせなかった。


気づけば、足が勝手に前へ出ていた。


おいおい……俺、何やってんだよ……!

アグリアスとカサンドラを庇うように、

俺は黒猫の前へ立ち塞がる。


「なっ……お前……何を……?」


その声には、困惑が混じっていた。


三本の尻尾が唸り、ただの風圧で肌が裂ける。

普通なら震えて動けないはずだ。

喉が勝手に鳴って、息の仕方を忘れていた。


でも――

不思議と、足は一本の棒みたいに固まっていた。


逃げる選択肢は、もう消えていた。


「……来いよ、化け猫。

この呪い――役に立つなら、使い切ってやる」

拳を握りしめる。


女神から与えられたチートが、

本当に役に立つかなんて知らない。


死ぬ確率の方が高い。

それでも、立ち止まるよりはマシだった。


巨大な黒猫と真正面から対峙した。


その瞬間――

黒猫の動きが、わずかに止まった。


まるで俺を警戒しているように。


ここから先は、引き返せない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る