2話 ラッキースケベ?
俺は床に落ちたアップルパイを拾って口に入れた。
砂が歯に当たる。だが、空腹のほうが勝った。
味なんてどうでもいい。生きるために食っているだけだ。
食料を求めて街中を彷徨った。
視界は揺れ、足取りもおぼつかない。
もう、ラッキースケベなんていらない。
俺は普通に暮らしたいだけなんだ。
転生直後の自分を殴りたい。心底そう思う。
「そこの貴様——止まれ!」
鋭い声が背筋を貫き、俺はふらつきながら振り向いた。
絹糸のように長い金髪。切れ長の青紫の瞳の女騎士。
「……なんでしょう?」
「我が名はアグリアス・ライオット・ホーン。
バルフォネア王国の騎士だ。
貴様だな。近頃、あちこちで民に暴行をはたらいているという不埒者は?」
「暴行……間違いではないが……」
否定できないのが、余計に辛い。
「ほう、素直に認めるか!
いいだろう、大人しく投降しろ!」
アグリアスはジリジリと距離を詰めてくる。
マズい。マズすぎる。
「動くな! それ以上近づくと危険だ!」
「そんな脅しに屈するとでも?
……民に危害を加える者は、許さない」
「いえ、違う、違うんです。
あなたの身の安全のためなんです」
涙目で懇願する俺に、アグリアスは忌々しげに舌打ちした。
「チッ、情けない奴め。
ならば、大人しく投降しろ」
「したいんですけど、物理的に……無理なんです」
人と接触したらアウトなんです。
「ふざけているのか?
仕方ない。我が愛剣クラリウスで、貴様を軽く戦闘不能にしてから連行する」
アグリアスが剣を構え、鋭い突きを放ってきた。
速ぇ!
それ本気で来てない!?
このままじゃ死ぬ!
驚いて後ろに躓いた俺は仰向けになり――
開いた口のまま、飛んできた剣の“腹”が視界いっぱいに迫る。
次の瞬間。
舌で――ペロッ。
アグリアスの動きが止まった。
「……き、貴様……今……私のクラリウスを舐めた、のか……?」
沈黙。
そして――
「うっ……うわああああああん!クラリウスーーーー!!」
まさかの大号泣。しかも町中で。
気付いてしまった。
俺のラッキースケベは——相手を選ばない。
……最悪だ。
周囲の野次馬がざわつき始める。
「ちょっと……騎士様に何したのあの変態……」
「私の胸に顔を埋めてきたのもあいつよ」
あの時のウェイトレスまでいる。
……違う。今回も事故だ。
「あなた! お姉様に何をしたんですの!」
ミント色のサイドテールにビキニアーマーの少女が、怒鳴りながら登場した。
増援。しかも、こっちも敵意丸出しだ。詰みだ。
「許しませんわ!」
少女はショートソードを構え、飛びかかってきた。
しかし剣は俺の目の前で空振りし、彼女は一回転。
そして――モシャッ
彼女のサイドテールが、俺の口にダイブした。
「もがっ!? ……ん? 甘酸っぱい?」
サイドテールの少女は固まった。
「きゃぁああああああ!」
また泣いた。
「その……ごめん……本当に……」
思わず歩み寄って手を差し出す。
助けたい、という感情は本物だった。
だからこそ、残酷だった。
善意すら事故に変える、この呪われた力。
気づいた時には遅かった。
俺は足を滑らせ、二人の騎士へダイブしてしまった。
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