たった1本の電話で2100食の赤飯を捨てたー福島県いわき市教育委員会の判断は正しかったのか
たった1本の電話が、2100食の赤飯を捨てさせた。
「震災のあった日に赤飯はおかしい」
福島県いわき市教育委員会は、その声を受けて廃棄を決めた。卒業生の手に渡ったのは、非常食の缶詰パンだった。
2026年3月14日付の朝日新聞の報道(1)によれば、3月11日午前中に中学校へ電話があり、学校が教育委員会に報告し、いわき市教育委員会が赤飯の提供を中止することを判断したという(2)。調理済みの約2100食の赤飯は廃棄された。
筆者は3月11日生まれだ。東日本大震災の食料支援をきっかけに食品ロスの問題と深く向き合うようになり、会社の名前に転機となった「3.11」を冠した。
2011年の東日本大震災の時も、「同じ食料だけどメーカーが違うので平等じゃないから配らない」「避難所の人数に少しだけ足りないから配らない」といった理不尽な理由で、せっかくの支援食料が配られず無駄になるということが被災地で起きていた(3)。
あれから15年経ち、まだ食べられる貴重な食品が廃棄された。しかも、かつての被災地で。
たった「1本の電話」で動いた組織の問題
まず問いたいのは、意思決定のプロセスについてだ。
3月11日の午前中に電話をかけてきたのは誰だったのか。保護者か、地域住民か、議員か、あるいは学校とはまったく関係のない人物だったのか。これまでの報道からは明らかになっていない。
わかっているのは、声をあげたのがたった1人だったということだ。そして、その1人の声が、2100人分の卒業祝いを無駄にしてしまった。
いわき市教育委員会が2100食の赤飯の廃棄を判断した根拠は何だったのか。「震災の日に赤飯は不適切」と明文化したガイドラインがあるわけはない。電話してきた人物が影響力のある存在で、忖度したのか。
電話を受けてから廃棄を決めるまでの時間はどれほどだったのだろう。
「赤飯を食べながら追悼する」
「学校で食べずに赤飯を持ち帰ってもらう」
「震災を振り返り食の大切さを伝える機会にする」
そういった選択肢を、教育委員会は検討したのだろうか。
問題なのは、判断の根拠を、たった1本の電話に委ねてしまったことだ。行政には何が正しいかを自ら判断し、説明する責任がある。なぜ外部の人間の声に屈したのか。
震災の被災地が震災の日に食べ物を捨てた
もう一つ、見過ごせないことがある。
3月11日、東日本大震災の日に、東日本大震災の被災地である福島県いわき市で2100食もの食べ物が捨てられた。この事実の重さを、教育委員会は受け止めているだろうか。
被災地だからこそ、あの日、どんなに食べ物が貴重だったか、身に沁みて感じているのではないのか。
あの日、被災地では食料が極限まで不足していた。当時、食品メーカーの広報室長をつとめていた筆者は、「おにぎり1個を4人で分け合っている」「1日の食べ物がソーセージ1本しかない」という声を聴いた。
避難所では「同じ支援食料でも同じメーカーでないと平等に配れないから配らない」「避難所の人数に少しだけ足りないから平等に配れないから配らない」という理由で、せっかくの食料が配られないことがあった。筆者の勤務先では2008年からフードバンクに食品を寄付していたが、その理不尽な現実を目の当たりにし、この食料不足のさなかになぜそのような理由で貴重な食料を無駄にするのかが納得できず、2011年に会社を辞めて独立し、食品ロス削減の活動を始めた。退職後の3年間は、寄付していたNPOのフードバンクで広報責任者を務めた。
「あの日、食料がどれだけ貴重だったか」
「福島県民として恥ずかしい」
SNSを見ると、そんな声があった。食べ物がなくて苦しんだ日の記憶を持つ被災地で、貴重な赤飯が2100食分、捨てられた。
2019年10月に施行された「食品ロス削減推進法」には「まだ食べることができる食品については、廃棄することなく、できるだけ食品として活用するようにしていくことが重要である」と書いてある(4)。筆者もこの法律の成立に2016年から関わった。いわき市教育委員会は、この法律を知っているのだろうか。
今年の卒業生は震災の年に生まれた子どもたち
今年、中学校を卒業した生徒たち。
2025年度に中学3年生を迎えた子どもたちは、2011年前後に生まれている。東日本大震災が発災した年だ。両親や祖父母が避難し、避難生活の不安の中で産声をあげた子もいるかもしれない。震災後、原発事故も起こる困難の中で、15年かけて無事に育ってきた。そのことだけでも奇跡だ。
その子たちの卒業を祝う赤飯が、当日の朝に捨てられた。代わりに渡されたのは、非常食の缶詰パンだった。
卒業を祝う給食は一生に一度だ。その記憶が「食料廃棄」になってしまった。中学生のある保護者は、SNSに次のように書いている。
「卒業を迎える娘は残り少ない学校給食で赤飯を楽しみにしていたのに、当日カンパンに変わって悲しかったと言って帰ってきた」
この方は、クレームに対応するより子どもたちのことを考えて欲しかった、廃棄はしなくてよかった、3.11の教訓として食料の大切さを忘れてはいけない、と投稿している。
いわき市教育委員会の判断は、子どもたちに、いったい何を伝えたのか。
「大人は、たった1本の電話で自分たちのお祝いを取り消した」というメッセージを送ってしまったのではないだろうか。
赤飯は、本来「厄除け」の食べ物だった
赤飯の歴史を調べてみると、意外な事実に気づいた。
赤飯に使われる小豆の「赤」には、古来より厄除け・魔除けの意味があるとされてきた(5)。赤飯はお祝いの席だけでなく、厄払いや厄年にも食べられてきた食べ物だそうだ。「災いを払い、幸福を呼び込む」という意味を持つ。
そうであれば、東日本大震災から15年の日に、卒業を祝いながら赤飯を食べることは、昔からの日本の風習に照らしても「おかしい」どころか理にかなっているのではないか。亡くなった方への追悼と、生きている子どもたちへの祝福は、矛盾しない。
弔いごとと祝いごと、両方起きる。それが人生だ。
生きたくても生きられなかった人の分まで生きていく。それが、われわれ生き残った者の使命ではないだろうか。その命を支えるのが食べ物だ。その食べ物を、感謝して大切にいただく。それこそが「震災を忘れない」ということではないか。
福島県いわき市教育委員会に問いたいこと
最後に、福島県いわき市教育委員会に問いたい。
今回の2100食の赤飯廃棄の判断は、正しかったと、今も思うのか。
次に同じような電話がかかってきたら、また同じ判断をするのか。
毅然とした態度で「これは卒業のお祝いです」と説明責任を果たさないのか。
2100食分の食べ物をつくった調理員たちの労働や、貴重なお米や小豆を育てた農家の方たちの尽力は、どのように報われるのか。赤飯を楽しみにしていたのに、それが捨てられ、卒業を迎えた生徒たちの立場に立って気持ちを想像したか。
「苦情があったから廃棄した」は判断の理由にならない。行政には、1本の電話で物事を決めるのではなく、市民の利益を第一に考え、法律や条例を鑑みて、どうあるべきか、何が正しいかという軸で判断する責任がある。
3月14日16:31、いわき市長のXの投稿(6)で、「今後、私や市長部局にあらかじめ相談してから判断するよう教育委員会に指示した」とあるが、今回の問題は、教育委員会が電話の主に対し「卒業生のお祝いなので予定通り赤飯を提供します」と毅然とした態度で答えれば済んだ話ではないだろうか。卒業祝いの給食で赤飯を出すことは、中学校が教育委員会に相談し、教育委員会がさらに市長や市長部局にまで判断を仰がなければいけないレベルの話なのか。
2026年3月11日、被災地の福島県いわき市で 赤飯2100食が捨てられた。震災の年に被災地で生まれた子どもたちの、一生に一度のお祝いの赤飯が廃棄された。給食には税金が使われている。この事実をなかったことにしてはいけない。
参考情報
1)「3.11に赤飯はおかしい」指摘受け2100食廃棄 いわき、市立中卒業祝いの給食(朝日新聞、2026/3/14)
2)卒業祝いの給食に赤飯、震災15年と重なり2100食分廃棄 福島(Yahoo!ニュース、2026/3/13)
3)被災地で見た廃棄される食品が起業へと背中を押した(日経クロスウーマン、2023/1/4)
5)赤飯は災いを逃れ厄払いの目的で食べるものだった・・・震災の日に食べる意義 卒業祝で2100食もの廃棄(井出留美、Yahoo!ニュースエキスパート、2026/3/14)
6)内田広之いわき市長の公式X【給食で赤飯が破棄された旨の記事へのコメント】(2026/3/14)
その他
福島県いわき市の中学校で3月11日の給食に赤飯を用意したら「震災のあった日におかしい」と電話、廃棄へ...しかし卒業を祝うことも大事、更に誰かの記念日でもある(togetter、2026/3/14)
卒業祝いと3.11が重なったからといって2100食分の赤飯を廃棄するのは食品ロス削減推進法に背く行為(井出留美、Yahoo!ニュースエキスパート、2026/3/14)
拙著『私たちは何を捨てているのか ー食品ロス、コロナ、気候変動』(ちくま新書)から、2026年、青山学院横浜英和中学校入試問題・江戸川学園取手中学校入試問題・法政大学入試問題に引用された。食品ロスと気候変動との関連性や、コメ不足、令和の米騒動について出題