仇花一輪(11/28無配ペーパー再録)
槍弓/現パロ/
恋を知らない小説家の弓が学生時代からの友人であるモテ男の槍に恋愛指南を受けようとする話
「蒼天 赤を穿つ」ご参加の皆さま、お疲れ様でした~!とても幸せな空間でした!!
当サークルにも足を運んでいただいた皆さまに感謝いたします。ありがとうございました!
こちらのお話は当日配っていた無配ペーパーとほぼ同内容のものとなります(文章がおかしい所だけ微修正しました)
蒼天赤穿で手に入れたお宝の数々をゆっくり堪能した後、もしくは通販の御本が届くまでの暇つぶしにでもお読みいただけたら幸いです。
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美しい文章と綿密な取材によって裏付けられた深みのあるストーリー、また登場人物が魅力的であり、重厚な文章を差し引いても老若男女に人気がある。エトセトラエトセトラ。
この仕事をするようになってから自作に対する賛辞はいくつも貰っているが、末尾を閉める言葉は決まってこうだ。
「ただ、惜しむらくは彼の作品にはロマンスが足りない」
私がアーチャーという名前で文筆業についてから、もう十年になる。
駆け出しの頃はコピーライターやエッセイなどの単発の仕事でなんとか食いつないできたが、一本の小説が世間の評価を受けたことで映像化が決まったシリーズ作もあり、その後も私のファンだというアーティストから歌詞の依頼を受けるなど、今では自分一人食べていく分には困らないくらいの充分な稼ぎを得られるようになっていた。
しかし、ある時前述の点を疑問視する者が現れた。
アーチャーの作品には恋愛が出てこないのだと。
そこが返って硬派で良いと言う者もいたし、特にミステリージャンルであれば比較的気にされない部分であったが、器用貧乏ゆえに自身の作風は今でも特に固定化されておらず、興味のあるテーマを次々に書き続けていった結果「作品は悪くないが映像化するにあたっては男女間の恋愛描写がないのはマイナスである」という評価を受けることが多くなってきた。
無論小説に恋愛描写は必須ではないが、本質的に世の中の人はロマンスが好きだ。
何も男女に限ったことではなく、同性間の恋愛を扱った作品を好む者もいる。
愛の形はともあれ、恋愛を扱った作品の方が世間に受けることは間違いない。
長い付き合いで私の作風を知る編集者はあえてそのことに触れてはこないが、上からは「アーチャーに恋愛小説を書かせられないのか」とせっつかれているようだ。
私とて、全く書こうとしなかった訳ではなく、皆の期待に応える為にも一皮剥けたいと思ってはいる。
しかし過去に人を愛するという経験をして来なかった恋愛音痴の私には、想像だけで上手く表現できる自信がなかった。
チープな恋愛描写の入った作品を渡されても返って迷惑ではないだろうか?
私の方からそう伝えてみると、私が案外乗り気なのが意外だったのか担当者は親身になって色々と提案してくれた。
「アーチャー先生はどの作品でも丁寧に取材をされてから執筆に取り組んでますし、今回もご結婚されている方や恋人のいるご友人に手ほどきを受けてみては?」
私はぽんと手を打った。
言われてみればそうだ、恋愛など自分以外は誰もがしているものであり特殊な世界ではないからこそ取材をするという感覚がなかったが、自身の知らない世界なのだからプロに聞いてみるべきだったのだ。
「んで? それを聞く為にオレに連絡してきたのかよ」
目の前で困惑の表情を浮かべているのは学生時代からの友人のクー・フーリン。
急に呼び出したにも関わらず、すぐに来てくれた昔からフットワークが軽く付き合いの良い男だ。
私は彼のことを子供の頃からランサーと呼んでいた。私のペンネームであるアーチャーとはその時に決めた彼と対になる名前で密かに気に入っている。
今いるこの店は学生時代から通っているお気に入りのカフェチェーン店で、金の無かった学生時代は二人とも店でいちばん安いアメリカンを注文しては長時間居座っていたものだが、今では付き合ってくれる彼に食事を奢れるくらいには稼げるようになったことは喜ばしい限りだ。
あの頃からランサーは通り過ぎた人が思わず振り返るほど美しい男で、人好きのする性格からも彼ほどモテていた人物を私は他に知らない。
「ああ、学生時代から君は恋多き男と言われてただろう?」
奥手で友人たちとそういった話になっても一切話題を提供することができない私とは違い、彼は昔から様々なタイプの女性と交際しており、友人たちもアイツは凄いヤツだと唸っていた記憶がある。
だがランサーは私の発言にむっと唇を尖らせた。
「オレは昔から一途な男だぞ」
はて、そうだっただろうか?
付き合いが長く、私が恋愛の話を苦手としていることを知っていたランサーからは直接恋人との惚気話を聞いたことはなかったが、私が知る限りでも実に多くの女性と付き合っていたように思う。
過去に記憶を飛ばしながら首を傾げる私に、ランサーはカップに齧りつきながらぽつりと呟いた。
「オレ、昔からずっと片思いしてるヤツがいるんだよ」
「え? そうだったのか?」
「告白してきた子にはちゃんとそう言って断った、それでも良いって言う相手は気が済むまでは付き合ったし、オレももしかしたらその子を好きになれるかもと思ったけど結局心が変わらないのを見て相手が去って行った。ずっとその繰り返しだ」
それは初めて知った衝撃の事実だった。
「いや、でもそんなことをしていたら逆効果ではないか? 例えばその人と両思いだとして君に恋人がいるんだと諦めてしまったという可能性は……」
「ねぇよ、脈なんかない、ハナっからオレをそういう目では見てないからな」
悔しそうにランサーは目を伏せた。三十歳を過ぎた彼は流石に十代の頃の瑞々しさは失われつつあるが、代わりに落ち着いた男の魅力を醸し出している。
「でももう結婚を意識する歳だろ? 相手の時間を無駄にしたくないから今は誰とも付き合ってない」
「ではまさか、今でもその人を?」
「ああ、諦めきれない、会う度にやっぱり好きだって自覚しちまう」
「いつからその人のことが好きだったんだ?」
思わず取材のような物言いをしてしまったが、ランサーは気を悪くするどころか構わないと笑ってくれた。
「オレもいい加減吐き出したいしな。でもいつからって言われると難しいんだよな、気付いた時にはもう好きだった。多分中学の頃には好きだったんだろうなぁ」
中学生となると私と初めて出会った頃になる。つまり二十年以上と言うことか。
自分がその手の話を避けてきたから知らなかっただけで、ランサーは想像以上に恋愛のプロ、しかも片想いのプロだった。
「もしかして相手は私も知っている人なのだろうか?」
「まぁな、でも誰かは聞かないでくれ」
勿論、と私は大きく肯いた。
「今まで一度も告白しなかったのか?」
「してない、今後も言うつもりはない」
「応えてくれる可能性は一切ないのか?」
「ああ」
ランサーは小さく息を吐くと力なく笑った。
あのランサーが、いつも真夏の太陽のように輝かしく笑っていたランサーが。
ランサーとは長年付き合ってきたがこんなにも弱った姿を見るのは初めてで、彼にこのような表情をさせる相手に対し私の中に嫉妬心のような感情が芽生え始めていた。
ランサーは昔から自分にとって誇れる友人だった。
考え方の違いから喧嘩をしたことは何度もあったが、意固地で上手く謝れない自分に対し、翌日にはあっさり謝ってきた後は何事もなかったように接してくれて、結果として私も素直に謝罪することができた。
友人も多く、いつも人の輪の中心にいながらも付き合いの長い私のことを気にかけてくれて、私が小説家の道を目指したのも彼が私の文章を読みやすくて面白いと褒めてくれたからだ。
今でも私の書いた本を発売日に買ってくれてはきちんと感想のメールまでくれる。
ランサーはずっと私を支えてくれていたというのに、私は彼の積年の苦しみを知ろうとすらしてこなかった。
せめて今からでも彼の役に立つことはできないのだろうか。
これまでの話から察するに、おそらくランサーの想い人には既に相手がいる、年齢から考えて既婚者となっている可能性もある。
「その人とは、今でもよく会うのか?」
「ここ数年は仕事が忙しそうだからオレからはあんまり連絡は取らないな、でも向こうに呼ばれたら何を置いても優先するぜ」
ランサーの言い分からは、例えば今でも呼び出しを受けたら私を置いてでもそちらに向かうと言うことだ。私は今まで彼に約束を違えられたことはなかったが、単に運が良かっただけかもしれない。
だが、ランサーは彼女を思って自分からは連絡を取ることを遠慮していると言うのに、当の本人は己の都合だけでランサーを呼びだしているというのは少し気に入らない。
私だったらランサーから呼ばれることがあれば喜んで行くというのに。
残念ながら、大学を出てからはランサーからの誘いはほぼ無くなった。
きっとその人の為に常に予定を空けているのだろう。
「その人の、どんな所が好きなんだ?」
「どこって言われてもなぁ。口煩いし頑固だし鈍感だし。いつも他人を優先にしていて自分を蔑ろにするから放っておくと不安になるし……」
ランサーはボソボソと呟きだした。照れもあるのかもしれないが、決して褒めているようには見えない。
「……オレとの約束も平気ですっぽかすし」
「今聞き捨てならないことを聞いたがどういうことだ?」
「もう覚えてないだろうけどオレが大学の時な。クリスマスは空いてるって言われたから、ならメシでも食いに行こうぜーって話をしたんだよ。けど当日になってバイトの人数が足りなくなったからってキャンセルされた。実はオレ密かに気合を入れててな、サプライズで予約していたディナーを一人で食べたんだぜ、ヒデー話だろ?」
「それは、確かに酷いな……」
約束を守らないなんてありえない。私も執筆業として締め切りは絶対に厳守している。
当日にドタキャンするなんて、その人物はルーズでだらしない人間に違いない。
クリスマスと言われてふと思い出したが、付き合いは長いものの私とランサーがクリスマスを一緒に過ごしたことは一度もなかった。
一度だけ彼に誘われたことはあったが、その後ランサーの友人からクリスマスは独り身連中を集めてパーティーをする予定だと聞き、その中に私が入るのも烏滸がましいかと思い結局断ったことはあるがその時だけだ。
もし、その彼女にドタキャンされたと言う日に自分を呼んでくれたなら喜んで付き合ったのに、などと今更言っても仕方がないだろう。
「イベントって言えばバレンタインの時もチョコを渡したいって言われたからオレも浮かれてよ、他のチョコを全部断ったのにアイツは単に本命に渡すチョコの味見役としてくれただけだったんだよなぁ」
空いた口が塞がらないとはこのことか。
もしやその女性はランサーが自分に惚れていると気付いているのではないだろうか、その上でランサーを弄んでいるのでは?
「ランサー、友人としてあえて言わせて貰うが、そんな人はもう見切りを付けた方が良いのではないか?」
「いや、まぁ、つい愚痴っちまったが、甘えられていると思えば可愛いモンかと」
「そんな生易しいものではない、相手は君の人の良さにつけ込んで利用しているだけだ!」
おもわず声を荒げてしまった。
気付けば周りの客の視線はこちらを向いており、私はこほんと小さく咳払いをした。
ランサーも驚いたように目を丸くしている。
「オマエがそんな風に人を悪く言うのは珍しいな」
今度は周りを意識して小声で話す。
「君の好きな人を悪く言ってすまない、だが私は友人として君には幸せになって欲しい」
私は真剣に話していたのだが、ランサーは居心地が悪そうにすっと目を逸らした。
ランサーの視線は手に持ったコーヒーに向けられている。
目を伏せてカップを揺らす姿は、映画俳優にも引けを取らないくらい様になっていた。
「オマエの言いたいことは解る。そいつさ、誰よりも優しいんだけど残酷なんだよ」
── それでも好きなんだよなぁ。
消え入るような声で呟いた時に見せた苦しげな表情は、彼のこれまでの愛情の深さを物語っていた。
そうだ、二十年間、彼がずっと想ってきた相手なのだ。
何を思い上がっていたのか、今更私如きに止められた所でそんな簡単に諦められる訳がないだろう。
「でしゃばった真似をしてすまない」
「気にすんなよ、それでこの話はアーチャー先生の役には立てそうか?」
ぱっと表情を変え、ランサーは明るく笑いかけてきた。
そういえば最初はそのつもりだった。彼の恋愛譚を聞き恋愛指南を受けて今後の小説の参考にさせてもらおうと思っていたのだ。
しかし私は首を振った。
「これは君の、君だけの愛の話だ。私がおいそれと使う訳にはいかない」
ランサーは先ほどまでの追い詰まったような表情ではなく、嬉しそうに、だが少しだけ寂しそうに笑った。
「やっぱりアーチャーは優しいなぁ」
優しいのは彼の方だ。この優しい男がこれからも叶わぬ想いを胸に秘めたまま一人きりで生きていくのかと思うと胸が締めつけられる。
ふと、私は妙案を思いついた。
「なぁランサー、もしもの話だが」
「おう、なんだ?」
「もし君がその恋を手放せる日が来たら、私と一緒に暮らさないか?」
ランサーは首を捻った。
「どういうことだ?」
「私は確かに不安定な仕事をしているが、それなりにヒット作もあるし稼ぎも良い。普段からちゃんと貯蓄をしているから金銭面については心配無用だ」
一体何を言い出すのかと言う顔をしたランサーは、それでも静かに話の続きを待っている。
「家事も、特に料理は得意だ。バレンタインだけじゃなく君の好きなものをなんでも作ってやれるし、君が彼女のことを思い出して泣き言を言いたい日には酒とつまみを用意して朝まで付き合ってやることも可能だ」
「いや、オマエチューハイ一杯で寝ちゃうだろ」
「ううう煩い! あと私は結婚の予定もないし君が望むならずっと側にいることもできる。どうだ、これ以上にない優良物件だとは思わないか?」
自分としては中々良い提案ではないかと思ったが、ランサーはぶはっと吹き出した。
「私は本気で言ってるんだが!」
「解った解った、ありがとよ」
笑いながら彼は私の肩に額を乗せてきた。体が震えている所を見るに、変なツボに入ってしまったようだ。
「……そいつは確かに魅力的な話だ」
ようやく笑いが収まったのか、大きく息を吐いたランサーは顔を上げて私の目をじっと見つめてくる。
「でもなぁ、これがまったく捨てられる気がしないんだ」
そう呟いて微笑む彼は、まるで泣いているように見えた。
喜びも悲しみも、全ての感情をないまぜにしたような複雑な表情に心を揺さぶられる。
手が勝手に動こうとするのをこぶしを握りしめて抑えつけた。弱っている彼を抱きしめてやりたい、だがそれは私の役どころではない。
やはり第三者である私にはできることなど何もないのだ。
いつも快活だった彼の苦しげな表情は驚くほど私を動揺させた。
恋とは、人を好きになるとはこんなにも苦しいものなのか。
世間には無数の恋物語やラブソングがあるというのに、私にはもうそれらを題材にした作品を書くことはできないように思えた。
それから、どうやってランサーと別れたかははっきりと覚えていない。
ふらふらと熱に浮かされたように家に辿り着き、シャワーも浴びずに布団に倒れ込み翌朝まで寝てしまった。
翌日ランサーからメッセージが入っていたのを見た瞬間、心臓が高鳴った。
内容は『昨日は楽しかった、今度またゆっくり飯でも食おう』と言った簡素なものだったが、メッセージを読む間も昨日の彼の顔や声がよみがえってくる。
それからは執筆中も料理をしていても、眠りにつくその瞬間までランサーのことが頭にこびり付いて離れず、正直困り果てている。
ああ、これではまるで。
まるでランサーに恋をしているようではないか。