ep59 ここは決闘場だとキミは言う。

「それで創、あの獣人をどうする? 私としては殺すことをお勧めするが」


「出来れば俺もそうしたいんだが……ちょっと個人的事情で、それは無理だから生け捕り方向で頼む」


 俺の我儘に、フラウはあきれたように笑う。


「相変わらずだな。……だが、まぁ嫌いじゃない」


「迷惑かけるな。っと、そう言えば、あいつは獣人じゃなくて人狼らしいぜ」


 その言葉に、フラウは「なんだと?」と目を細める。

 どうやらバドラクルスが人狼だという話は伝わっていなかったらしい。

 礼司もインカムは付けていたはずなので、情報共有はできたはずだが……バドラクルス相手に考える暇も惜しかったか。


 人狼と聞いたフラウは周囲を見回したのち、空を見上げると――。


「なら、勝ち目はある」


 と言って笑った。


「……え?」


「いいか、創。人狼は――」


「……なるほど。そういうことね」


 フラウから告げられた人狼の秘密。

 これを受け、俺は唇を舐めて気合を入れると――。


「べらべらべらべら呑気なことだなぁ? 決闘の最中だぜ?」


「その決闘の観客には手を出さないんじゃなかったのか?」


「はっ、実際手は出してねぇだろ? あいつらには傷一つ付けちゃいねぇ」


 それは間違いない。ちらりと確認した限りだが、周りの人達はただ昏倒しているだけだ。


「俺の魔法は応援を力に変える魔法。――こんな風になァ!」


 吠えると同時に、バドラクルスは笑みを浮かべながら突っ込んできた。

 先ほどとは比べ物にならない速度だ。

 確か、固有魔法『喝采』だったか? 速さこそルナリアに届かないものの、ナイトメア・ゴブリンロードは余裕で越えている。視界の隅で捉えることはできても、身体が反応できない。


 しかし、胸中に焦りはない。

 俺は冷静に『フレイム・サーチ』を展開し、背後から強襲を仕掛けてきたバドラクルスの攻撃を回避する。


 そう、速くなることに関しては問題ない。

 どれだけ速くなろうと『フレイム・サーチ』の前では取り逃がすことなどありえない。何しろルナリアの速度にすら反応した魔法なのだから。


 ただ問題なのは――ルナリアやテスタロッサを大きく凌ぐ膂力・・


 今の攻撃だって、回避せずに『No.1アルファ』で受け止めていたら、どうなっていたか。ちらりと、アルファの拳に視線を向けると、そこには大きなへこみが窺えた。先ほど、俺の攻撃に対してバドラクルスが軽く拳を返した時の損傷だ。


 アダマンタイトに傷をつけるだけなら、俺でもできる。

 ただ、あんな軽く腕を振るっただけで、ここまで大きな凹みとなると……はっきり言って人外にもほどがある。


 もう一度アルファで受け止めた場合、間違いなく破壊されるだろう。


(いや、それよりも俺の腕が千切れ飛ぶか……?)


 接合部が吹き飛ぶか、肩ごと持っていかれるか。

 どちらにせよ、当たれば致命傷の攻撃に違いはない。


「……っ!」


 そんな必殺の拳が、雨のように降り注ぐ。

 俺は回避に専念するが、それでも相手の技術がなくなった訳ではない。致命傷にならない拳を受けつつ、何とか耐える。脇腹が抉れ、指先が吹き飛び、顎を砕かれる。


(せっかく、礼司さんに治してもらったのに……!)


 文字通り防戦一方。劣勢になる中、フラウは迷うことなく戦闘に介入してきた。風魔法で自身を援護しつつ、バドラクルスに攻撃を仕掛ける。当然、大したダメージにはならない。


 しかし予想外のこともある。

 バドラクルスの攻撃が、フラウに当たらないのだ。

 それは彼女の技術・・が俺よりも高いからだが……それだけではない。

 フラウを相手にした際のバドラクルスの動きが、清廉さを大きく欠いていた。


 俺に対しては予備動作もなく、いくつもフェイントを織り交ぜながら攻撃するのに対し、フラウに対しては攻撃が大振りになるし、何より彼女ではなく別の何かへと意識を裂いているようだった。


(なんで……いや、理由はともかくこれは好機だ)


 俺とフラウのコンビネーションは、決して優勢という訳ではないけれど、劣勢にもならない。いずれはじり貧になり、ほころびが生まれるはず……なのに。


 バドラクルスは俺と、フラウと、そして別の何かに気を割きつつも、動きが全く衰えない。特に、フラウの攻撃が決して致命傷になりえないと判断したのか、俺の反撃だけを潰すように動いている。


 そして綻びは……俺たちに先に訪れた。


 バドラクルスの拳が、俺の脇腹に迫る。

 しかしこれは陽動、回避した先に本命の攻撃を差し向けるはずだ。

 ゆえに俺は回避せずに受け止めようとして……わき腹に触れる直前で、拳が急停止。痛みをこらえるために踏ん張っていた足に、蹴りが叩き込まれた。


 文字通り一蹴。

 俺の両膝がへし折れ、力が抜けて転倒してしまう。

 バドラクルスは追撃を仕掛ける。

 フラウの攻撃を完全に無視し、多少のリスクを負ってでも俺を殺すことを優先したらしい。だから俺は――『No.1アルファ』で拳を受け止めた。


「はっ、鉄くずに変えてやるよ!」


 大きく吠えたバドラクルスは、腕を引いて乱打を加えようとして――刹那、その右腕が凍り付く。アルファとバドラクルスの右腕が、強固な氷で繋がれる。


 それは、ここまで隠し続けてきた奥の手。あのルナリアですら破壊できなかった俺の最高硬度の魔法――『アブソリュート・ゼロ』。


「事前に仕掛ければ避けられるだろうけど、このタイミングなら回避不可能だよなぁ!?」


「粋がるなよ相馬ァ!! お前はもう逃げられねぇんだから――」


「いや、この時を待ってた!」


 刹那、俺は『No.1アルファ』をパージ。接合部を切り離すと、氷魔法で脚力を補いつつ、右手で地面をたたいて高く空へと飛びあがった。全力を出せない現状、その高さは精々周りのビルより少し上といったところ。

 これでは目的の高度には遠く及ばない。

 だが、ここには俺以外の仲間がいる。


「『ウィンドブラスト』ッ!」


 フラウが風属性魔法を行使。

 突風が俺の身体をさらに上空へと持ち上げる。


 ぐんぐんと高度を上げ、やがて俺の身体は雨の発生源である曇天の空に辿り着いた。そして――先ほどフラウから伝えられた人狼の弱点を思い出しながら、魔法を行使する。


「人狼ってのは、月の光・・・に弱いらしいなぁ!? ――『インフェルノ』ッ!!」


 漆黒の炎が指先から上がり――渋谷上空を大爆発が包み込む。


 そんな中で、不意に俺は補習で学校に行った日のことを思い出した。補習が終わり、昇降口で西木先輩と雨宿りした時のことだ。部活で学校に来ていた友人の佐藤に『相馬ならこの天気どうにか出来たりしないのか?』と尋ねられた。


(あの時はしなかったけど、それに対する答えを今この場に示そう)


 容易だ、と。


 周囲の雲を一気に吹き飛ばし――否、消し飛ばして蒸発させた結果、曇天に穴が開いて、まるでスポットライトの様に月光が差し込む。


 これを見届けた所で俺の身体は自由落下を始め、着地の直前でフラウの風が俺の身体を優しく受け止めてくれた。


「ありがとう。フラウ」


「いい。それより、さすがだな」


「まぁ、これぐらいはな。全力じゃなくても余裕だ」


 そう、今のは全力の『インフェルノ』ではなかった。結果として俺はフルチンではなく、レイジさんから借り受けたズボンを着用したまま。たかだか雲を吹き飛ばすのに、全裸になる必要はないからな。


 そんな俺たちの目の前で、バドラクルスの姿に異変が生じる。

 全身に生えていた毛が消え、身体が縮み――三十六階層で遭遇した半裸の少年の物になる。彼は自らの掌を見つめて何度か開閉した後、大きくため息を吐く。


「ただの妖狐族かと思えば、面倒なこと知ってんだな。正直、もうちょっとぐらい獣化できてただろうが、これ以上は効率が悪いし、お望み通りこの姿で戦ってやるよ。……けど勘違いするなよ!? 俺はそもそも、この状態で最強の決闘王と呼ばれるほど強いんだからな! それに……お前の左腕は俺が持っているって事も、忘れてるんじゃないか?」


 バドラクルスの右手には『No.1アルファ』が『アブソリュート・ゼロ』でくっついたままだ。やはりあの氷はバドラクルスでも破壊できないのだろう。しかし、俺は笑みを浮かべて答える。


「お前こそ忘れてないか? ――それは魔道具。遠隔で操作可能だ」


「なに――!?」


 驚くバドラクルスは慌てた様子で腕を振るい、その瞬間に俺は氷を解除。

 外れて飛んできたアルファを受け止めると、左腕に装着し直した。


「ははっ、サドラならこんな簡単な嘘には引っかからなかっただろうけど……お前は存外単純なやつなんだな」


 煽る。

 煽って、怒りを表出させて、動きを少しでも鈍らせられないかと考える。

 しかし、バドラクルスの反応は随分と落ち着いていた。

 冷静に、まるで空に浮かぶ月の様に、静かに状況を俯瞰しながら呟く。


「……はぁ、そうなんだよ。俺は、単純なんだ。単純にしか物を考えられない。昔からそうだ。騙されて、搾取されて、気付けば決闘場に売り飛ばされた」


「……」


「そこは地獄みたいなところでな。力が全ての癖に、頭使ってだまし討ちしようとする奴らも多い。でも、中には手を差し伸べてくれる馬鹿も居る。俺は馬鹿で愚かで、単純だから……ラグナやトール、フィンにいつも迷惑をかけてばかり、頼ってばかりだった」


 愛おしい記憶を反芻するように、優しい笑みを浮かべるバドラクルス。


(……やめてくれ)


 そんな話をするのは。

 ただでさえ殺せないのに……に親しい人がいると、そんな至極当たり前のことを見せられるだけで、俺の拳は鈍ってしまう。


「あいつらを守るために、俺は戦ってきた。人狼なんて忌み嫌われる種族の力を使って、戦って、戦って、気付けば決闘王の地位についていた。すべてはあいつらを……優しいだけが取り柄のあいつらを守り抜くため。そして今回もそうだ。あいつらが人質に取られたから、わざわざこんなとこまで来て、戦っている」


「お前は……」


 バドラクルスは自分の掌を見つめ、ぐっと拳を握る。

 そして空を見上げると、深く息を吐いて――笑った。


「まぁ! それはそれとして、戦うのが大好きだっていうのもあったけどなぁ!!」


「……えぇ?」


「悪い悪い! 変な身の上話をしちまった。別に俺はお前に怒ったりしてねぇよ。恨みも何もねぇ。むしろ、こうして現在進行形で目の前に立ち続けてくれていることに、感謝しているぐらいだ!」


「な、なん……。はぁ……何なんだよお前。まるでテスタロッサみたいな奴だな」


「あぁん? まぁ、そりゃそうかもなぁ! さっきも言ったが、アイツとは同じ国出身。種族の違いはあるが、考え方は似るもんさ。だから、だからさ相馬創! まだまだやり合おう! 政治とか侵略とかくだらねぇことはどうでもいい! すべての優先順位は、目の前の決闘の前では塵芥に等しいのだから!」


 バドラクルスは笑みを浮かべ、両手を大仰に広げながら告げる。


「――改めて名乗ろう! 俺の名前はバドラクルス・エルデカイデン! 今は亡き剣武国家ヴィクターの決闘場ヴァニカンドロスの絶対的王者にして、『決闘王』の名を冠する者! お前は何だ!?」


「……俺の名前は相馬創。みんなを守るために頑張る者だよ」


「あぁ!? テンション低いなぁ、おい!? これがッ、ここがッ、ここからが俺とお前の決闘だろッ!! 死力を尽くして、どっちが強いか決める決闘場だ!!」


「ッ、分かったよ! これでいいかぁ!?」


 大声で答えると、バドラクルスは笑う。

 まるで子供みたいに。

 よく見ると、彼は俺とそこまで年が離れていないようにも見えた。


「いい、いいッ! 最高だ!! それじゃあ、行くぞッ!!」


「ぶっ飛ばしてやるよッ!!」


 吠えつつ、手でフラウに下がっているように指示し――最後の決闘が始まった。



  §



 それは、侵略者と対抗する者の戦いとしては、あまりにも馬鹿正直な戦いだった。

 戦闘の中での駆け引きはあるが、卑怯な真似は許さない。

 正々堂々、正面から拳と拳のぶつかり合い。


 力と力がぶつかり、互いの体力を消耗させていく。


 黒の剛腕が褐色の頬を捕らえ、褐色の拳が少年の腹部に突き刺さる。

 互いに血反吐を吐き出し、それでもなお拳と拳でぶつかり合う。


 技術を織り交ぜ、経験を織り交ぜ、思考を織り交ぜ、読みを織り交ぜ、フェイントを織り交ぜ――互いの人生を濃縮させた、決闘。


 気付けば、両者の口角が上がっていた。

 先に声を出したのはどちらだっただろうか。


「……ははっ、ふははははははっ!!」


「ははっ! 何笑ってんだよクソ侵略者ァ!」


 笑みを浮かべて殴り合う両者。

 周囲の気絶していた人間も目を覚まし始め、目の前の異様な光景に目を奪われる。笑いながら殴り合う二人。他の介入を一切許すことなく、超高次元で、誰も手の届かない高みの――頂点の近接戦を繰り広げる二人。


 回復魔法一つ。

 妨害魔法一つ。

 身体強化魔法一つ。


 どんな介入も許されない。否、誰も介入することすらできない。

 その場の全員が、二人のレベルに並び立てていない。

 足元にも及ばない。

 だけどそれ以上に……そこは二人だけの決闘場だった。

 先ほどまでの、無理やり戦わされていたのとは違う。

 無理やり観戦させられていたのとも違う。


 二人は自分たちの意思で決闘し、その勝負に人々は目を奪われる。


(……ボクも・・・


 白熱する戦いは――しかし、徐々に風向きが変わってくる。

 黒い巨腕を有する少年の動きが、洗練されてきた。

 この僅か数分に満たない時間で、褐色の少年の動きを学習し、取り入れ、加速度的に技術を習得し始めている。恐ろしいまでの才能。他者を絶望させるほどの身体能力。


 そして――完璧なタイミングで放たれた褐色の拳を少年は受け止め、その勢いを利用して身体をぐるりと回転させると、見惚れるほど美しい回し蹴りが褐色の顎を撃った。


「がっ……!?」


 褐色肌の少年はふらふらと後退り、尻もちをつく。

 荒々しく肩で息をして、何度か立ち上がろうとするが、それも叶わない。


 彼は荒い息で肩を上下させ、目の前に迫った漆黒の巨腕を視界に捉えると、悔しそうに、自嘲するように笑みを浮かべるて――両手を上げた。


「参った! ……降参だ!」


 そして、決闘は黒の巨腕の少年の勝利で幕を閉じる。


(……)


 だからボクは――、近くの建物の屋上に隠れるのをやめて、彼らの下へと駆け出した。

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