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【再録】コミュニケーション不足は猫をも殺す【槍弓結婚式アンソロ】/Novel by 凍護@コメント嬉しい

【再録】コミュニケーション不足は猫をも殺す【槍弓結婚式アンソロ】

10,572 character(s)21 mins

数年前に発行された槍弓結婚式オフ会記念アンソロジーへ寄稿した作品を今更ながら再録です…!結婚式を執り行う前の準備期間を書かせていただきました。
結婚式二次会(オフ会)含めて何もかも主催の方の情熱と愛情と最高さが光っていたキラキラの思い出です…!!またやりたいなー!!

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人は手の届かない物にどうしても惹かれてしまうのだろう。

傍らで美しく輝く彼に抱く想いが、いつしか目が逸らせなくなるほど成長するのにそう時間はかからなかった。
太陽のような笑顔に心を奪われたんだ。見るだけで心が暖かくなるような、眩しさに目を細めたくなっても永遠に見ていたいようなこの笑顔を、世界中の人に教えたくなった。
だからあの時、勇気を振り絞ったのだ。彼から離れたくないがために。
明確に分岐してしまった道の上で何度後ろを振り返り、これで良かったのかと考えたことか。しかし振られた賽はもう変えられない。
歳を重ねても変わらない男に思わず小さく愛情の欠片を口にした。耳がいい彼に聞こえないように…別れの時が来ても決して足を引っ張らないように。
もしも願いが叶うなら、世界が終わる時にはあの宝石のように輝く紅い瞳を思い出したい。

ああ、これが私の恋だ

  ―

結婚式、この言葉に人は何を連想するだろう。
真っ白いチャペル、聖書の元に立てる誓い、純白のドレスに身を包んだ花嫁、多くの人に祝福されてはにかむ仲睦まじい夫婦、華やかな披露宴……
しかし、それは全て結婚式のほんの一部に過ぎない。如何なる催しも当日より、事前の準備の方が遥かに時間と労力がかかっているのだ。
当日とは言わばマラソンのゴールに過ぎない、そこに至るための道程こそ新郎新婦たちが最も試される時なのである。一見優美に見える白鳥も水面下では必死にバタ足しているもの、ここにも来る日を滞りなく演出するため血と汗と涙を注ぐ男がいた。

「結婚式の衣装良し、会場のメニューと装飾は連絡済み…後は行程表を作って当日手伝いをしてくれる者達に送信し、ウェルカムボードと引き出物の制作と待合所の軽食と…ああ、ブーケも作らねば、そして…」
現在深夜一時、テレビを消したリビングで大きめのコピー用紙にぎっしりと並ぶやる事リストに、アーチャーの眉間のシワが深く刻まれる。険しいそれを指で揉みながらポールペンでトントンと紙を叩いた。列挙した内容は既に自分のキャパシティを超えているような気もするが、まだ何か忘れているような気配がするので恐ろしい。
脳髄に染み付くまでリフレインした式の流れをもう一度再生する。地の底から聞こえるような声でブツブツと呟いていたアーチャーの耳が、不意にガチャガチャと忙しなくなる玄関を察知した。
「たでーまー!あぁぁちゃぁぁ!」
「ランサーか…」
だははは!と意味もなく笑いながらリビングに顔を出したのは結婚相手のランサー、ふらつきながらもアーチャーの所へ到達するとぎゅむぎゅむ抱きしめてくる腕の力にため息をつく。リビングに入った瞬間から鼻をつく酒の臭いと、今朝はつけていたネクタイが何処かに行きクシャついたシャツで大凡は察した。
この頃のランサーは結婚祝いの名のもとにほぼ毎晩職場の仲間と飲みに出かけている。飲みの誘いが絶えない交友関係の広さに感心しながら、アーチャーはのしかかってくる体を何とか押し上げるとそのまま寝室まで介助する。
「あーちゃあー、ちゅう〜」
「はいはい、おやすみ」
ベッドに横たえると赤ら顔で絡んでくるランサーに軽いキスをした。並の酒豪では敵わないランサーをこうまでするとは、おそらく今日の飲み相手は職場の上司だったのだろう。
以前自宅で飲み会になった時に用意していた酒瓶の悉くが消え、終いには料理酒やみりんまで姿を消した苦い思い出が蘇る。
体格のいい気さくな男の上司は予想通りだったが、もう一人の紫色の髪をした美しい女性もウワバミもかくやといった具合だった。
きっと今日の飲み会に使われた居酒屋も彼らが去った頃にはぺんぺん草も残っていないだろう、そっと心の中で手を合わせたアーチャーはいつの間にかぐぅぐぅと寝息を立て始めたランサーに苦笑してジャケットを脱がせる。
最低限シワになっては困る衣類を脱がせ、ハンガーにかけたアーチャーはランサーの犬歯の覗く口元から垂れるヨダレを拭うと寝室の扉を閉めた。
明日の朝食にはしじみの味噌汁でも作ってやろう。冷蔵庫からしじみを取り出したアーチャーは今日の夕飯用に作ったナスと油揚げの味噌汁が入った鍋をコンロの奥に追いやる。
鍋のダシの準備をしながら空の弁当箱をシンクに広げると、ラップをかけていた夕飯のおかずを詰めるのだった。

 ―

ランサーとの出会いはきっかけが思い出せないほど古く、気づけばまるで家族のようにいつも隣にいた。活発で誰からも愛される人気者、そしてモデルのように美しい相貌とあれば彼を狙う女性は星の数ほどいた。
やれ学校一のマドンナと付き合っただ、やれ他校の芸能界にスカウトされた子と歩いていただの流した浮き名は数知れず。卒業後にこんな男がいたんだと永遠に語れる話の種、彼とはそんな光り輝く太陽とそこらに転がる石ころの様な関係だと思っていた。
しかし事実は小説よりも奇なり、紆余曲折を経てアーチャーの左薬指にはきらりと光る指輪がはまっている。相手は将来どの芸能人と結婚するだろうと生徒たちを度々賑わせていた話題の中心人物、ランサーであった。
一体何がどうしてこうなったのやら、遠い目で指輪を見つめるのもこれで両手では足りない回数に及んだ。しかし、そうこうしている内に『何故』を考え込む段階はとうにすぎてしまった。
自分に出来るのは目の前の仕事を片付けること。そうだ、彼の迷惑にならないよう、彼の歩む道に一切の障害を残さないよう念入りに準備を進めるのだ。

昨夜も満足に睡眠時間を取れなかったアーチャーは、気休めの栄養ドリンクを飲み干して、会社までの通勤路で携帯を取り出した。
『あら!アーチャーくん、久しぶりね』
「朝早くからすまない、アイリスフィール。先日送った招待状は届いているだろうか?」
かけた先は義理の親の番号、電話に出たのは養母のアイリスフィール・フォン・アインツベルンだった。名が示すとおり彼女は元ドイツの貴族の生まれだったが、養父の衛宮切嗣と結婚してから日本に移り住み今に至る。
仕事を引退して悠々自適の生活を送っている切嗣と仲睦まじく時を重ねる彼女は、朝の早い夫に生活リズムも似ている。今は猫の手も借りたいほど忙しいアーチャーにとって朝の通勤時間も相談に使えるのはとても有難い。
『ええ、とても素敵だったわ。シロウくんもアーチャーくんも手先が器用で羨ましい』
「あの愚弟か…今後も容赦なくこき使ってくれて構わない。ところで相談があってな、その…良ければ式の当日に君たちから何か青い物を借りられないだろうか?」
『サムシングフォーね!喜んでお手伝いするわ!』
「助かるよ、アイリスフィール。日本だと青い物が好まれてな、身につけられる物か…難しいようであれば会場の装飾に使えるものでも構わない」
電話口から伝わるぱぁっと華やいだ声に思わず笑みをこぼしながらアーチャーは手元の手帳に目を落とす。今日中に片付けなければならないのはサムシングフォーに連なるものか、女性ならともかく己のような男に失笑は否めないが慣習は守るに越したことがない。
何を贈ろうかアイリスフィールはうんうん考え込む、所詮他人の養子に過ぎない自分へ注がれる愛にアーチャーはくすぐったくなった。
『そうねぇ…………置物なんてどうかしら?以前お爺様が青色の鳥の置物を入手されたと耳に挟んだの、一日くらいならお借りしても問題ないわ』
「ほぅ、鳥の置物か」
そして目処がついた贈り物にアーチャーも興味が高まる。上流社交界では未だ衰えを知らないアインツベルンの当主が見込んだ品なら会場の空気もワンランク引き上げてくれることだろう。
青い陶器だろうか?それとも贅沢に目に青い宝石が埋め込まれているとか?ワクワクするアーチャーの雰囲気を感じ取ってか、アイリスフィールは自分の事のように声を弾ませた。
『ええ、きっとアーチャーくんも気に入ってくれるわ。全てサファイアで出来た鳥の置物なんですもの』
「……今なんと?」
『全てサファイアで出来た置物よ。サイズはちょっと小さめの手のひらサイズだから場所も取らないし、あと心配しなくても名のある職人の品だから細工も緻密でとっても可愛いのよ!絶対アーチャーくんも見れば気に入るはず!』
「すまない、辞退させてくれ!」
ぞろぞろと通勤を急ぐ会社員の波の中でガツンと頭を殴られたような衝撃にアーチャーはクラクラする。流石かの有名なアインツベルン家、まだアーチャーが幼い頃寒いからと着せられた純白のケープが数十万はくだらない毛皮の逸品だったのを思い出す。
ナチュラルに金銭感覚が天上人のアイリスフィールは、突然弾かれたように拒否するアーチャーへ電話口できょとんとしている。
『どうして?遠慮しなくてもいいのよ』
「気持ちは有難く受けとろう…。アイリスフィール、今切嗣はいるか?」
身内といえど一種の未知との遭遇だったアーチャーは、ズキズキする頭を抑えながら助け舟を呼んだ。しばらくの保留音の後、電話に出た養父は苦笑していると顔を見なくてもわかった。
『話は聞いていたよ、アイリは上手く説得して当日別の物を用意してもらうようにしよう。…無難にハンカチとかでどうかな?』
「助かる、切嗣。アインツベルンが認める宝飾品なんて警備費の方が式代を上回ってしまう」
朗らかに笑う養父は幼い頃から頼れるアーチャーのヒーローだった。たとえ結婚式の手助けを頼む電話でも、久しぶりに密かな憧れを抱く養父と会話が出来て日々の疲労が癒されるようだ。
「それで、準備の方は上手くいっているかい?僕たちに手伝える事があればいつでも言ってくれて構わないんだよ」
「気持ちだけありがたく受け取っておこう。忙しいスケジュールを開けてくれただけでこちらとしては感謝しかない」
『忙しいなんて、隠居した老人を買いかぶりすぎだよ』
そんなアーチャーを察してか、アイリスフィールに聞こえないよう声を潜ませて切嗣が進行具合を聞く。電波の先の相手に顔は見えないのをいい事にアーチャーは疲れが色濃く残る目元のクマを擦った。
アーチャーの言葉に嘘はない。養父の切嗣は仕事から完全に引退したと聞いているが、それでもたまに実家へ顔を出せば一目では用途のわからない鈍い黒色の器具の手入れをしている。分解されたそれは数が多く、それを一つ一つ念入りに磨いている背中を見れば養父が未だに何かしらと関わっているのを想像するに難くない。
いつも通り助けの手を拒むアーチャーに、切嗣はやや残念そうに肩を落とした。
『…ところで、君は毎日働き回っているようだが。相手の…ほら、あの軽薄な男は何をしているんだい?』
「ランサーの事か?…まぁ、彼には彼のやる事があるからいいのさ」
『そうかい、アーチャーがそう言うならこちらも口出しはしないよ。ただ彼に一言伝えてもらえるか?夜道には気をつけろ、とね』
「わかった。確かに最近は物騒だからな、深夜まで出歩かないよう忠告しておく」
一見仲が悪そうな切嗣とランサーだが、たまに話題に上れば養父は必ず彼のことを気にかけてくれる器の広さがあるのだ。
明らかに声色の変わった切嗣の声に疲弊しているアーチャーは気づかないまま、会社の前に到着して通話ボタンを切った。
ちなみに切嗣が手入れをしている物…銃火器が向けられる先をアーチャーは知らない。

「アインツベルンの用意する品かぁ、これは業界人として是非お目にかからないとね」
昼休みが近づき、ついつい気が緩む時間に秘書から聞いた話で大企業トーサカのトップは煌びやかな夢に溺れた。
ぽわんと頬を染めて天井を見上げる美少女…字面だけ見れば綺麗だが実態は守銭奴が金勘定をしているだけに過ぎない。ため息をついたアーチャーは新しく入れた温かい紅茶を社長のテーブルに置いた。
「ヨダレが垂れてるぞ、凛」
「たっ垂らしてないわよ!失礼ね!」
慌てて体を起こしてゴシゴシ口元を擦る姿は年相応の若者、しかし彼女こそ父親から早期に地位を譲り受けた稀代の天才と呼ばれる遠坂凛である。
後継者として名指しされたのがまだ小等部の頃だったのは界隈では有名な伝説だ。それから周囲の期待と侮りを絶えず受けながら立派な淑女に育ち、おこぼれを狙う有象無象を片っ端から悪魔の…失礼、天使の笑顔で切り捨てていったのは彼女を語る上で欠かせない武勇伝である。
そうして名実共に会社を継いだ彼女は信頼の置ける家族同然の男を秘書に迎えて運営に磐石な構えを敷いていた。
「残念だが、当日用意してもらう品はハンカチにしてもらった。期待してるところ悪いな」
「あら、わからないわよ?相手はあのアインツベルン直系のお姫様、ハンカチーフひとつ取っても繊維にプラチナが織り込まれていても不思議じゃないわ」
「……確認しておこう」
ふふんと鼻を鳴らして芳醇な香りを立てる紅茶に口を付ける凛は、肩を落とすアーチャーに子首を傾げた。押しも押されぬ企業を支える屋台骨の一柱である大切な秘書が結婚式を上げるのだ、友人として社長として、隙あらば首を突っ込みたいのが人情というもの。
「私も何か用意しないとねーネクタイピンとかちょうどいいかしら?」
「お任せしよう、君のセンスは期待できる」
「言うじゃない、とっておきを用意してあげるから楽しみにしてなさい」
嫌味のないアーチャーからの褒め言葉に、凛は鼻高々に胸をそらす。
午前中に片付けた書類をまとめ、そろそろ休み時間かとアーチャーが腕時計に視線を落とした時、おもむろに凛が前のめりに姿勢を変えた。
「ところでアーチャー、あなたみるみる消耗しているように見えるのだけど、気のせいじゃないわよね?」
「式の日付も差し迫れば皆こんなものだよ、凛。仕事には不備が無いよう心しているから安心したまえ」
「そんな事心配していないわ。私が言っているのはね、あなた達二人の中でやる事がきちんと分担されているかを聞いているのよ」
「それこそ余計なお世話だ、彼は明らかにこういう準備に適してないだろ?何事も適材適所というものがある」
変化した空気を敏感に察知しながらアーチャーはわざと的外れに微笑む。余裕綽々といった様子にムッと唇をとがらせた凛が追求するも、トーサカを支え続けた守護者は涼しい顔を崩さない。
「あのね、アーチャー。あなたはあなたが思っている以上に周囲から大切に思われているのよ。私だってその一人、なのに手のひらに収めていた宝石をぶん取っていった相手がろくに手入れもしていないと知れば憤慨するのは当たり前じゃなくて?」
「…………」
この状態で何を言っても牙城を崩せないと悟った凛は嘆息して椅子に体を沈める。納得がいっていない様子で口にするのは、優雅に華麗に大胆に商売敵を打ち倒していくトーサカの令嬢ではなく、一人の友人遠坂凛としての言葉だ。
結婚式が終わればアーチャーは慣れ親しんだ地方都市を離れ、首都圏へ引っ越してしまう。
トーサカは地元に深く根ざしているが故の大企業と言え、当主が凛になってから都心へ手を伸ばし始めたばかり。新しい支社の補助として住所を変えるアーチャーは適任とも言えるが、やはり現地の地盤はまだまだ甘く、凛もこれからは気軽に会えなくなってしまう事を予期していた。
幼なじみとしての心配、そして隠しきれない寂しさを背中に受けながらアーチャーはちょうどよく鳴った社内のチャイムに持っていた書類を置く。
「…失礼する、社長。昼休みは社員全てに与えられた平等な休憩時間だろう?」

凛に上手く答えを出せぬまま休憩室に引っ込んだアーチャーは昨夜の残りをさっさと口に詰め込むと、すぐさま引き出物を入れる箱作りに勤しんだ。
引き出物も費用を考えてアーチャーが焼き菓子を用意することにした。前日はみっちり制作に費やされる事を思えば、菓子を入れる箱は今のうちに全て作っておかねばならない。
問屋街から入手した平面の化粧箱を淡々と組み立てていくアーチャーは、凛を呼び水に胸の底から込み上げる不安を作業の忙しさで強引に蓋をする。
凛の心配も最もだ、自分だってもしも凛や他の愛しい人々が結婚式の準備も手伝わない男と一緒になると言えば職務をほっぽって文句を言いに行く。だが、それは相手が美しい花々のような彼女たちだからこそ、と付け加えたい。
自身の場合、労りを必要としない屈強な体という自負がある。そしてこれからの伴侶にと選んだ相手は、本来こんな面倒事に関わることなく当日を迎えられるポテンシャルを持つ男なのだ。ならば己がワガママの為に彼の手を煩わせるのは到底選べる選択肢ではない。
分不相応をひしひしと感じつつ、無心で手を動かせる気楽さに没頭していたアーチャーはとんとんと肩を叩かれてはっと振り向いた。
「エミヤさん何をしてるの?急ぎの仕事あったかしら?」
そこにはトーサカを支える秘書課の同僚たちがアーチャーを気遣わしげに窺っていた。集中するがあまり、周囲に化粧箱の壁を立ててしまっていたアーチャーは用意していた紙袋に慌ててそれらを仕舞う。
「ああ、これは結婚式の引き出物でな」
同性と結婚するアーチャーは世間の目を鑑みて、あまり多くを語らないように歯切れが悪い。そんな普段頼りになる秘書課のリーダーのいつに無い様子に、賢い同僚の彼女たちは事情を理解した。
「大変そうね、よかったら手伝うわ」
「…ああ、ありがとう」
深く聞かず差し伸べられる手に一瞬躊躇したアーチャーだったが、答えを待たずにテーブルについて指示を待つ彼女たちの頼もしい様子に無駄な言葉は行き場をなくした。

「懐かしいわー私も式の前には寝る間を惜しんで作ったものよ」
「こういう時旦那はまっったく役に立たないからね」
「大丈夫?エミヤさんの事だから手伝うように強く言えないでいるんじゃないの?」
秘書課の女性たちがテーブルにつくと、休憩室は瞬く間にきゃあきゃあと小鳥のさえずりの様な話し声に占拠された。女世帯で成長したアーチャーにとってそれは心安らぐBGMであり、彼女たちの容赦ない評価に苦笑いを返す。
「心配してくれて感謝する。だが、これは私が勝手にやっていることだから構わなくていい」
「ダメよ!そういうの早めに言った方がいいのよ!何事も初めが肝心なんだから!」
「そうそう、今手伝わない男は今後も家事とか何にもやらないからね」
「それにそんな男に限って後から文句ばっかり言うのよ!『引き出物はもっと節約出来たんじゃないか』とか『贅沢しすぎだ』とか!」
しかしそんなドンファンの微笑みもトーサカが誇る百戦錬磨の彼女たちには通用しない。流石は社長自ら面接をして選りすぐった縁の下の力持ちである。
曖昧な誤魔化しでさらに火力が上がってしまった猛攻に、援軍も望めないアーチャーは亀のように首を引っ込めるしかなかった。

  ―

 日がとっぷり暮れた頃、秘書の激務をこなしたアーチャーは昼休みに無事すべて仕上げられた箱を両手に下げながら帰宅した。ふぅ…とため息をついて何気なく玄関のドアを引くと、今日は珍しくカギがかかっていない。
戸締りを忘れるはずがないのに、その意味に気づかないアーチャーはそのまま体を家の中に滑り込ませ、ふらふらとリビングに向かった。
「遅かったな」
「そういう君は早かったな」
 リビングに到着して最初に目に飛び込んだのはジャケットを脱ぎ、こちらを見つめるランサー。きょとんとしたアーチャーはその時ようやく家のカギが開いていた理由に気づき、注がれる視線から隠れるように寝室に向かった。
 アーチャー用のクローゼットに膨れた紙袋を置く背中を赤い瞳がじっと射抜く、そして静かに立ち上がったランサーはゆっくりアーチャーとの距離を詰める。
「なんだその荷物?」
「ああ、これは…君には関係ないことだ。すぐに夕飯にしよう」
「俺に関係ない?それは本当か?これから夫婦となる相手に随分釣れねぇじゃねぇか」
 いつもはすぐに引き下がるランサーがこの日ばかりは立ちふさがる。静かに光る瞳は肉食獣のそれで、アーチャーの背筋に一筋冷たい汗が流れた。
圧し掛かるプレッシャーを跳ねのけ、横を通ろうとしたアーチャーの腕をランサーが素早く掴む。一瞬みしっと軋んだ骨に眉をしかめ、アーチャーは険しい表情のランサーを睨み返す。
「釣れるも釣れないもあるか、手を離してくれ」
「離してみろよ、やれるもんならな」
 挑戦的なランサーに煽られたアーチャーがすかさず反攻に出る。しかし、この頃全く足りていない睡眠時間と激務で疲弊した体はうまく力が入らず、呻きながら身を捩るばかりで一向にランサーの手は外れない。
 お手上げの様子に深いため息をついて手を離したランサーは、開放された途端に距離を取ってこちらを警戒するアーチャーに眉を下げた。
「なぁ、アーチャー。この頃お前が何やら働いているのを気づかない俺だと思ったか?だがお前に聞けば『関係ない』の一点張りだ。とても死すまでの年月を重ねる伴侶への口とは思えんな」
「しかし…本当に君の手を煩わせることじゃないんだよ、ランサー」
 それでも戸惑いを見せるアーチャーの手を真白いランサーの手が救い上げる。肌の色は正反対でも自分に負けず劣らず切らえられた武骨な男の手に包み込まれ、アーチャーは刹那思考が止まった。
「お前さんの事だ、悪さしているとは思っていない。だがそれで苦しんでいるのはわかる。俺らはこれから夫婦になるんだろ?ならば抱える荷物の一つや二つ、共に分け合えなければ嘘だろう」
「ランサー…」
 目の前に、心を奪われた笑顔がある。太陽のようなそれにアーチャーの凝り固まった心はみるみる氷解していく。小さく敵わないな…と呟いたアーチャーは指先からじんじんと熱が血管を通り、全身を熱くさせるのを感じた。
「そこまで言うなら仕方がない、元々必死になって隠すようなことでもないからな。私がここ最近やっていたのは結婚式の準備だ。君の手を煩わせるのは心から申し訳ないのだが…」
 観念したアーチャーが仕事用鞄の中から折りたたんだリストを取り出し、ランサーの前で広げて見せる。すると、目の前の男は次の瞬間口をあんぐりと開けた。
「は?」
 ぱかりと間抜けに開けられた口を見て、やはり頼むには失笑ものだったかとアーチャーが静かに紙をしまおうとする手をランサーが止めた。
「俺お前にどうか結婚してくださいと頭下げた側だよな?」
「そうだが…」
「絶対に幸せにするから、頼むから首を縦に降ってくれってお前さんにワガママ言ったの俺だぞ?」
「だ、だが、それでも君には遥かに価値があってだな、何不自由のない生活をさせるのが私の使命で…」
 心底申し訳なさそうに取り出したのが、まさかの二人の今後に関わる催しだった事にランサーは少なからずショックを受けた。そう、何を隠そうランサーとアーチャーは、元はランサーからアーチャーへ結婚してくれと頭を下げた間柄だ。お堅い姫様へ何度も貢ぎ物を捧げ、何度も口説き、躊躇いを数えきれないほど払ってようやく薬指に銀の輪を嵌めることが出来たのだ。
 何をどう解釈を違えたのか、ともすれば愛する伴侶をこの手から失いかけていた事実にランサーはガシガシと髪の毛をかき乱す。
「そうだよな…お前はそういう奴だった。そこを見抜けなかった俺の責だ」
 男の身の上ではあまりこういった催しに関わらなかったため、事前に主役が準備することを知らなかったとはいえそれは言い訳にならない。己の詰めの甘さに嘆息し、これまでアーチャーに全てを背負わせていた愚鈍さに苛立ちを抱きながらも、ランサーはドスドスとテーブルに向かった。
「あとは何がどれだけ残ってんだ?」
「なんだと?」
「俺も手伝うって言ってんだよ。二人でやる式だ、当たり前だろ?だからこれからも一人で抱え込まねぇで俺も仲間に入れろってんだ」
まん丸くなった鋼色の瞳に思わず小さく噴き出し、ランサーは当然と言った風に肩をすくめてみせた。
「それが、結婚するってことだろ?」
「…ああ、そうだな」
 ようやく伸ばされた手を取ったアーチャーはこれからの人生を共に歩む男を眩しく見つめる。
当日が輝かしいときになるのを信じて、そしてこれからの道も祝福で彩られることを期待して、アーチャーはランサーの隣に収まるのだった。

 余談だが。
「ところでよ、お前ダンスできるのか?」
「ダンス…え?」
「式は殆どお前さんらの文化に合わせるがそれだとどうにもこっち側は物足りなくてな、ダンスタイムだけは追加してもらえると助かる。もちろん現地のものとは言わん、社交ダンスくらいで構わないんだが」
「こ、この過密スケジュールにさらに社交ダンスの練習だと…!い、いや、『疲れた』と口に出来る間はまだ大丈夫なんだ。限界を超えたところに己の真価が…」
「…練習付き合うぜ」
 
 その後リビングで夜が明けるまで社交ダンスを練習する新婚夫婦がいたという。

 ―

人は手の届かない物にどうしても惹かれてしまうのだろう。

傍らでひっそりと輝く奴に抱く想いが、いつしか目が逸らせなくなるほど成長するのにそう時間はかからなかった。
人知れず咲く花が綻ぶような笑顔に心を奪われた。
一瞬でも目を離せば砕けてしまいそうな儚さと、見ていると胸をかき乱されるような愛しさを呼び起こすこの笑顔を世界中の誰にも見せたくなかった。
だからあの時、心を決めたのだ。奴を離さないために。
明確に分岐してしまった道の上で何度後ろを振り返り、あいつがこれで良かったのかと考えているのは薄々勘づいていた。しかし振られた賽はもう変えさせない。
歳を重ねても変わらない不器用な男に、大きな愛の塊をぶつけてやろう。心配性の困った奴に届くように、もう二度とあの顔を曇らせないように晴らせてやろう。
もしも願いが叶うなら、世界が終わる時にはあの刀のように瞬く鋼の瞳が隣にいて欲しいから。

ああ、これが俺の愛だ。

Comments

  • あい
    October 11, 2021
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