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我が家には同居人がいる/Novel by マコト

我が家には同居人がいる

7,404 character(s)14 mins

■押しかけ同居人の槍に戸惑う弓の話。
■以前ついったで開催されていたクーエミライフに参加させていただいた時の話です。素敵な企画をありがとうございました。

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 我が家には犬がいる。
 いや、犬程可愛らしくはないから居候と言い直した方が良いだろう。…そういえば先日からきちんと生活費を入れるようになったのだから、同居人という呼称の方がふさわしいのかもしれない。
 私としてはタダ飯食らいはさっさと出て行けというつもりで、貴様のような者を穀潰しと呼ぶのだぞ、と言ってやったのである。なのにその言葉に目を見開いた男は「そりゃそうだよな。悪い気付かなかった」と言って今までの分とぬかしながらとんでもない金額を渡してきたのだ。慌てて生活費として出してもらう金額やら何やら共に暮らすにあたってのルールを細かに決めることになってしまった。
 今考えてもおかしい。何故追い出そうとしていたのに、逆に同居するにあたってのルールを決める羽目になったのか。
 深々と息を吐く。
 何にせよ、今我が家には何故か一人同居人がいる。
 勿論見知らぬ相手というわけではない。クー・フーリン・ランサー・アルスター。高校卒業と共に母国へと帰って行ったため疎遠になっていたが、一月程前に偶然街中で再会した高校時代の友人である。
 久しぶりにお前の作ったメシが食いたい、と強請ってきた男に応えたのが再会した日の翌日で、土曜であったことと話が弾んで夜遅くなったことから家に泊めたのが全ての始まりであった。
 朝食を食べたら帰るのだろうと思っていた男は日曜日も帰らず、月曜日、こちらが出社する時間になっても出て行く気配のない男に、閉めたらポストにでも入れておいてくれと合鍵を渡したその日の夜。帰宅したら真新しい大きなソファとベッド代わりにもなるし良いだろうと誇らしげに笑う男が待っていた時の私の気持ちを誰か察してほしい。
 当然だが何故帰っていないんだとその場ですぐに問いかけた。それに対する答えが「ここにいたらダメか…?」という質問で、しかも酷く悲しそうな声であったから、私は暫く静観することに決めたのである。
 家に帰りたくない、もしくは帰ることのできない理由があるのかもしれない、と配慮した結果だった。
 良い大人なのだから問題が解決すれば出て行くだろう。
 そう考えて静観すること一か月。変わらず我が家に居座り続け、仕事に行っている気配も、だからといって仕事を探しに行くような気配もない男にいい加減しびれを切らした結果が、穀潰し発言であった。そこでまさか大金が出て来るとは夢にも思わなかったし、同居を続けるためのルール決めまでする羽目になるとは本当に欠片も思っていなかったのである。
 そうしてから漸くきちんと話を聞いてみたところ、基本が在宅勤務だというだけで実は立派に働いているということが判明した。しかも世界的にも有名なグループの会社だった。それどころか一族経営で知られるそのグループの御曹司で、既にそれなりの役職に就いていることまで判明した。
 君、きちんと働いていたのか。
 思わず呟いた言葉に男は、え、オレ働いてないと思われてたのかよ、と目を見開いた。確かに、これだけ立派な会社に勤めているにも関わらず無職のプー太郎だと誤解されるなど、普通では考えられないことだろう。
 だが、朝仕事に行く様子がなく、何時に帰って来ても家にいる男を見て、働いているのだと察しろという方が無理な話ではないだろうか。なにせ営業先からの直帰で通常よりも早く帰って来た時にも、男はソファの上でくつろいでいたのだ。
 それを告げれば、そんな誤解をされるくらいなら、出社した日はお前と同じくらいの時間に帰るようにすりゃ良かったぜと男は唇を尖らせた。なんでも週に一、二回打合せ等で出社するが、用事が済み次第家に戻って来ていたらしい。
 生活費を入れないという点だけを詰って穀潰しと言われたのだと思っていたらしい男は、そのまま一通り膨れた後、というか、オレの家のこと知ってたら普通そこで働いてるって思わねえ?と首を傾げた。
 言われてみれば、やんごとなき家の人間だとか、凄い金持ちだとかいう噂があったような気がしなくもない。
 その程度の認識しかなかったと言えば、オレに興味無さ過ぎないか。泣くぞ、と今度は拗ね始めたので、君と仲良くなるのに何故出身なぞ気にする必要があると鼻で笑ってやったら、一瞬固まった後、そうだよな、と破顔した。その笑顔が随分と嬉しそうであったので、もしかしたら生まれのせいで遠巻きにされることでもあったのかもしれない。
 しかしその後、それはともかくとしてオレにもっと興味を持てよだのもっと気にしてくれよだのと喚き始めたので、高校三年間とここ一月で把握した男の好みの味付けと特に気に入っているだろう料理を並べ立ててやった。
 味付けは濃いめが好き。甘口よりも辛口。ただし甘さ控えめにすればスイーツの類も嬉々として食べる。肉が好きでこの前出してやった煮込みハンバーグがかなり気に入っている。鶏肉と野菜をたっぷり使ったライスをとろとろ卵で包んだオムライスも好き。そういえば鮭も好きだから今度ホイル焼きでも作ってやろう。云々かんぬん。
 これでも無関心だと喚くつもりかと睨み据えれば、言葉を失いソファに撃沈していた。薄情な人間だと言われるのは少々業腹だったため、無事言い負かすことができ胸がすっとした。
 そんなこんなで色々あったが、今我が家には同居人がいる。
 一人暮らしの家に男が転がり込んで来た形であるため部屋は少々狭くなったが、元々物が少ないためそこまで気になることはない。人が増えた分当然食費等の出費が増えたが、別に金に困る程でもない。かといって私が養う義理もないため穀潰しと言って追い出そうとしていたのだが、そこは生活費を受け取ることになったため解決してしまった。
 だからそういった点では特に問題はない。問題は、家に人がいる状態に慣れてしまいそうだということだった。
 男が何故我が家に居座るのかは結局わからないが、いずれは出ていくのだから、共に暮らす者がいるというこの状態に慣れるわけにはいかないだろう。おかえりと迎える声に返すただいまの言葉も、食事の前に明るく響くいただきますの声も、家の中で談笑する相手がいるという状況もいずれ無くなるものなのだ。
 今日も「アーチャー!」とぽふぽふとソファの右側を叩きながら男が笑う。
 こうやって呼び掛けてくる相手も本当ならいないのだから、慣れないように気を付けなければなとそっと息を吐いた。

 +++

 我が家には同居人がいた。過去形である。
 どうしてもアイルランドに帰らなくてはならなくなったのだ、と二週間程前に男は国に帰って行ったのだ。
 その時に初めて知ったのだが、この半年の滞在は日本支社への長期出張であったらしい。つまりこの男、出張中の仮宿として我が家に居座っていたのだ。触れてはならぬ事情でもあるのかもしれないという私の配慮は全くの無駄だったわけである。勝手に邪推したこちらも悪いのかもしれないが、あの気遣いを返してほしい。
 それでも長い出張が終わって良かったじゃないか。またアイルランドで頑張ってくれ、と餞の言葉を紡げば、「何言ってやがる。日本支社に正式に着任できるよう掛け合いに行くんだよ」と唇を尖らせた。なんとこの男日本に本格的に移住するつもりらしい。
 思わずそんなに日本が気に入ったのかねと溢すと、何やら笑みを深め、一度はその方が幸せになるだろうと手放した相手に偶然再会したんだ、と衝撃的な事実を告白してきた。
 離れてからもその相手以上に想える相手はいなかったし、そんな相手と偶然再会できるなんて運命以外の何物でもないのだから、もう手放すつもりはないのだと男は笑った。
 恋人がいるのならそちらと一緒に住むべきだったのではないか。何故貴様は我が家に居座ったんだ。
 至極当然のことを言えば、まだ口説いてないんだよ、と男は更に笑った。「まずはそいつの日々にオレがいることが当然って状態にしてから口説く予定さね。そうしないと逃げられかねんからな」そう言って笑う男の目は獲物を定めた獣の目をしていた。
 そういえばこの男は短絡的と思わせてその実大層思慮深い男なのである。
 じわりじわりと狩りをすることに決めたらしい獣を前にして、私は見知らぬその女性に御愁傷様と心の内で告げてしまった。これは逃げ切れぬだろう。
 どんな相手かは知らないが、この状態になった男が手に入れぬまま終わるわけがないのである。手に入れるまで、いや手に入れてからも男は食らいついて離さないに違いない。
 御愁傷様、ともう一度誰ともわからぬ相手に告げてから、しかし、と思い直した。この男は人間としても、男としても一級品なのである。一緒になれば間違いなく幸せになれるだろうからそこまで悪くもないのかもしれない。是非とも男と二人、幸せな未来を築いてほしいものである。
 そうやって最後に特大の爆弾を投げ込んでから男は国へと帰って行った。
 つまり、元通りの一人暮らしである。
 そう、一人なのである。
 鍋いっぱいに作ってしまったシチューに目を戻し、深々と息を吐いた。
 小分けにして冷凍すればそこそこ保存が効くとはいえ、どう考えても作り過ぎだ。
 男がいなくなってから二週間とちょっと。気付けば一人分を優に超えた量を作ってしまい、やってしまったと頭を抱えるのが常になってしまっていた。恐らく、ではなく、間違いなく男がいた半年間のせいである。
 まさか無意識に二人分の量を作るようになってしまっているとは思わなかった。
 予想外の部分に残る男の痕跡に、力の入った眉間を揉む。
 これに慣れたらいけないな、と身構えていたものについては特に問題はなかったのだ。おかえりの声が無くなっても、真っ暗な部屋に帰る日常に戻っても、談笑する機会が無くなっても、流石に少しばかりは寂しく思ったがそれだけだった。
 けれど、いただきますの声が無くなることは意識できていたのに、作る量が減ることは意識できていなかった。おやすみの声におやすみと返ってくることは無くなるのだとわかっていたのに、そもそも一人で暮らしていた時にはおやすみの言葉すら言っていなかったということを忘れていた。
 そういう意識できていなかったあれこれが事あるごとに顔を出してきて、その度にちくりと胸が痛むようになってしまったのである。
 このままではいけない、と料理の手を止めてソファに沈み込んだところで、またやってしまったと頭を抱える。自分しかいないのだから真ん中に堂々と座って良い筈なのに、男の定位置になっていた左側をつい空けて座ってしまうのだ。
 ああもう本当にどうにかしなくてはいけないと息を吐く。このままでは精神衛生上宜しくないだろう。
 大学進学と共に一人暮らしを始めた時にはこんなことにはならなかったのに、一体何故同居人がいなくなったぐらいでこんなことになっているのだろうか。誰もいないソファの左側を見ながら考える。隣には誰もいない状態が普通であったのに、何故今はそれが寂しいと思ってしまうのか。
 そこまで考えたところで、一人暮らしのために借りた家では、今まで誰かと共に過ごしたことがなかったからではないかと、ふと気付いた。
 つまり、この部屋に誰かと住んでいた、という実績があるのがいけないのだ。
 なるほどと独り言ちる。確かに実家でこういう状態になれば同じように寂しく思うかもしれない。
 引っ越すか。
 導き出された答えにふむと頷く。社会人になってからずっと暮らしている部屋であるため愛着もあるが、この機にもう少しキッチンの広い部屋に引っ越すのもありかもしれない。
 そうと決まれば次の休みにでも不動産屋へ行こう。そう決めてゆるりと息を吐いた。

 +++

 不動産屋から帰って来ると、我が家の前に犬が座っていた。
 いや、以前も思ったが犬程可愛らしくはないため、元同居人と言い直した方が良いだろう。
 元同居人が、我が家の前で座り込んでいた。
 なんでもつい先程日本に帰って来たところらしく、そのまま真っ直ぐこの家にやって来たということであった。お前が返せって言うから返したけどよ、鍵が無いせいで玄関の前で待つ羽目になっちまったぜ、と苦笑した男に、いやそもそもこの家に来なければ良かったのではないかねと返せば、何でだよ、と打ち返された。いやこちらが言いたい。何故ここに来たんだ。
 とはいえ、このまま追い返すのもおかしな話であるので家に上げた。日本に帰って来てすぐにここへやって来たというのが解せないだけで、別に私とて会いたくなかったわけではないのである。
 良い豆が手に入ったから、とコーヒーを淹れてくれることになったのをソファに座って待っていれば、やけに嬉しそうな顔をした男がマグカップを持ってくる。何だか嬉しそうだなと言えば、お前がオレのいる生活を忘れてなかったのが嬉しいんだよ、といつもの癖で空けてしまっていた左側を顎で示しながら笑った。図星ではあるが何だか腹が立ち、貴様が半年も私の家に居座ったせいだろうがと詰ってやれば、おうそうだなとますます嬉しそうに笑み崩れたので、一瞬殴ってやろうかと思った。
 殴らなかったのはその前にはい、とコーヒーの入ったマグカップを渡されたからである。ふわりと立ち昇る香りが優しく鼻孔をくすぐって、荒立った気持ちが何となく落ち着いていく。
 そういえば、引っ越す時に男のマグカップやソファをどうすれば良いのだろうと悩んでいたことを思い出す。男が自分の金で買った物を私が勝手に捨てるわけにはいかないだろう。ひとまず預かっておいて後で送り届けるか、それとも許可を貰ったうえで処分するか。本人が目の前にいるのだから今ここで訊いてしまった方が早い。
 引っ越しをしようと思うのだが。
 そう切り出したところで、男に食い気味に「お!いいな!」と遮られた。君の荷物たちはどうしたら良いだろうか。遮られて続けられなかった言葉が口の中で踊る。
 この部屋も悪くないけどよ、二人で暮らすにはやっぱりちょいと手狭だもんな、と男は上機嫌で続けた。待て、何故二人で暮らすことになっているんだ。
 目を白黒させている間に、男はそれなら実は目を付けてたところがあるんだよ、とタブレット端末を取り出していくつか物件を表示し始めた。キッチンはもう少し広い方がお前使いやすそうだよなだとか、寝室は二つで良いとして、オレの方にはダブルベッドを入れたいんだよなだとか、つらつらと話を進める男を慌てて止める。
 何故一緒に住むことが前提になっているんだ。
 そう告げれば今度は男が目を白黒させた。なんで一緒に住んだらダメなんだよ、と心底驚いたように言うものだから、私の方がおかしいのかと一瞬自分を疑ってしまう。だがやはりどう考えてもおかしいのは男の方だろう。
 逆に訊くが、何故一緒に住もうなどという発想になるんだ。
 顔を顰めて訊けば、ならオレからも訊くが、お前オレと一緒に暮らしていて何か嫌なことでもあったか、と男は目を眇めた。
 朝起きた時にはおはようと言い合える。出掛けた時にはおかえりと言って迎えられるし、ただいまの言葉と一緒に帰って来られる。相手が先に帰っていたら、家のドアを開けた時部屋に明かりが付いている。お前の作る料理は何時だって美味しいが、一人で食べるよりも二人で食べた方がもっと美味い。いただきますだって一人じゃなんとなくつまらないし、おやすみと言っておやすみと返ってこないのは寂しいだろう。二人で一緒に住めばそんな寂しさとは無縁だし、目が合って笑い合うことだってできる。
 そこまで言ってから男はむすりと口を歪ませた。デメリットなんてどこにも無いじゃねえか。何が不満だよ、と続けるのに思わず唖然とする。
 キッチンはお前の聖域だから今まで通り皿洗いとコーヒー以外手出しするつもりはないし、朝お前が干した洗濯物は乾いた頃にオレが取り込むし、家で仕事してんだから平日に掃除機を掛けておくこともできる。それに帰って来たら風呂が沸いているのはありがたいとお前も言っていただろう。
 だがそれでは君にメリットが無いだろう。
 尚も続けようとする男を遮れば、何言ってんだ、と呆れの目を向けられた。今言ったのはオレにとってもメリットだし、オレの方がお前と一緒にいたいと言ってるんだろうが、と鼻を鳴らすものだから呆然としてしまった。
 それとも他に何か問題でもあるのかよ、とずいと身を乗り出して来た男に気圧されながら、あると言えばあるのだと返す。
 それでは君が隣にいるのが当然のようになってしまうだろう。
 そう言えば、当然になればいいじゃねえかよと男はからりと笑った。
 慣れた後に一人に戻ったら、それこそ寂しくて仕方がなくなってしまうではないか、と詰りそうになって慌てて口を噤む。これ以上一緒にいることに慣れてしまったら、再び一人に戻った時にきっと人恋しくなってしまうに違いないのだ。それは嫌だった。
 けれど、な、一緒に暮らそうぜ、と尚も言い募る男が随分と必死に見えて、男も意中の相手を落とすまでは一人が寂しいのだろうと察してしまって、まあ仕方がないかと肩の力を抜いた。
 男がいなくなってから痛感してしまったが、一人は確かに寂しいのだ。
 タダ飯食らいの穀潰しに戻ったら叩き出すからな、と溜息と共に告げてやれば、それが同居への同意だと正確に読み取った男が当然だろうと目を輝かせながら笑った。
 じゃあ新居を決めようぜ、と男が再びタブレットを操作し始める。その顔がとても嬉しそうで、ここ数週間程ほんの少し、僅かばかり寒かった左側が何だか暖かくて、ああもう仕方ないと小さく笑ってしまった。
 全く本当に、貴様が隣にいるのが当然だとこの身に浸み込んでしまったらどうしてくれる。
 胸の内で嘆いたところで、はたと気付いた。

「待て、ランサー。もしかして偶然再会した運命の相手とは私か?」
「なんだ漸く気付いたのかよ」

 気付いたからにはこれから本格的に口説いていくから覚悟しておけよ、と男がゆるりと目を細めた。

 我が家には同居人がいる。今は、まだ、同居人である。

Comments

  • わんわんお
    September 6, 2024
  • July 25, 2022
  • ぺちゃみこ

    ずっとにやけながら読んでました…とても可愛かったです…。

    February 4, 2022
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