1.大学教員の学生に対する言動
大学教員と学生との関係には、二面性があります。
一つは、勤務先の顧客としての面です。
大学にとって学生は学費を払ってくれる存在です。学生が来なければ、大学の運営は、ままなりません。大学にとっての学生は顧客であり、大学教員にとっての学生には勤務先の顧客としての面があります。
もう一つは、指導の対象としての面です。
大学教員は、学生に対して学問的、人格的な指導的な立場にあります。当たり前ですが、学生に迎合しているだけでは、指導にはなりません。その言動は、学生にとって不快感を与えるかも知れません。
この二つの面のバランスを取って行くことは難しく、顧客(学生)サービスの良さを志向する大学当局との間で緊張関係が生じることは少なくありません。一昨日、昨日と紹介している福岡高判令7.9.3労働判例1343-5 学校法人福原学園(減給等)事件は、そうした観点でも興味深い判断を示しています。
2.学校法人福原学園(減給等)事件
本件で被告(控訴人)になったのは、大学を設置する学校法人です。
原告(被控訴人)になったのは、被告と雇用契約を締結し、講師として働いていた方です。
学生への不適切な対応等を理由に、
平成29年3月22日付けで戒告処分を、
令和4年9月8日付で減給処分を
されたことを受け、これらの無効確認や、減給相当額の賃金の支払等を求める訴えを提起しました。
一審がいずれの懲戒処分も無効だと判示したことを受け、被告側が控訴したのが本件です。
本日、注目したいのは、減給処分との関係です。
本件の被告は、減給処分の事由として、次のように主張しました。
(被告の主張)
「被控訴人は、今和3年4月から6月に、本件大学B学部の本件女子学生から妊娠の報告を受けた際、休学、もしくは一旦退学した後に、子育てが落ち着いてから復学する選択肢を示し(本件言動1)、家族と相談するように助言したと説明しているが、休学制度の詳細については把握していなかった。被控訴人のゼミ担当教員という立場を考慮すると、関係事務局への確認をする等の対応が必要だったのであり、上記の被控訴人の対応は、円滑な業務運営を妨げる対応と判断される。」
「また、今和3年12月に本件女子学生が課題について相談に訪れた際に、被控訴人は片親だった場合や、3歳まで親がしっかり育てない場合に犯罪者や問題児に育つ研究結果が出ている旨の発言をしている(本件言動2)。この点について、被控訴人は、あくまでも研究結果であり、可能性がある話として、結婚も入籍もしないと言った本件女子学生に改めてよく考えてほしいとの思いからの情報提供であったと説明している。しかしながら、当時被控訴人は、本件女子学生の家庭環境を把握しておらず、情報提供を行った場合の本件女子学生の受け止め方に対する配慮もなく、教育者としての自覚が著しく
不足していることは明らかである。」
「さらに、本件女子学生から最終課題発表日の前日である令和4年1月24日に課題資料が提出され、25日に発表を希望する意向が示された際、被控訴人は、課題資料が合格することが、課題発表の条件であることを本件女子学生に伝えていながら、提出された課題内容の確認や評価結果の伝達をせず、一方的に追試験の実施を決定し、本件女子学生に追試験の手続きを取るよう指示している(本件言動3)。課題発表の条件として、課題資料が合格することを提示しておきながら、その課題の確認すらしていないことは、職務上の義務違反に相当する職務怠慢であり、教育者としてあるまじき行為である。また、追試験とする理由も説明しない被控訴人の対応は、不適切であると判断される。」
「加えて、令和4年2月15日の追試験当日の『不合格にもできるのに、時間を割いて追試験を実施している』という発言について、被控訴人は記憶がないと言うが、本件女子学生は発言があったと明言しており、少なくとも本件女子学生がそのように受け止める何らかの発言や言動(本件言動4)が被控訴人にあったことは否定できない。被控訴人が、本件女子学生の成績判定について細心の注意を持って対応していたとは考えられず、細心の注意を怠ればハラスメントにも抵触しかねない不適切な対応であったと判断する。」
「これらの行為は、本件就業規則第37条1項第1号,第2号および第7号の規定に該当することから、本件就業規則第37条第2項第4号の規定により減給に処すものである。」
これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、本件言動1~4の懲戒事由該当性を否定しました。
(裁判所の判断)
・認定事実
「被控訴人は、今和3年5月下旬又は6月初旬頃,本件女子学生から、妊娠した旨の報告と出産の意向を伝えられ、今後の学業についての相談を受けた。その際,被控訴人は、休学するか、一旦退学して子育てが落ち着いてから復学するかという2つの選択肢を示し(本件言動1),休学の場合には学納金の負担が発生することも説明した。なお、本件女子学生は、その時点では後期を休学する考えを持っていた。」
「被控訴人の担当するゼミでは、単位認定のためにプレゼンテーションを2回行う必要があったが、前期終了時点で本件女子学生は1回しか行っていなかった。令和3年9月下旬又は10月頃,被控訴人は、本件女子学生から、出産予定が令和4年1月中旬であると聞き、和3年11月末までに残りのプレゼンテーションを終わらせるように指示した。しかし、結果的に、本件女子学生は、同月末までにプレゼンテーションを行うことができなかった。」
「令和3年12月14日頃、本件女子学生が相談のために被控訴人の研究室を訪れた際、被控訴人は、シングルマザーになる意向を持っていた本件女子学生に対し、『片親の場合や親が3歳までしっかり育てない場合は、子どもが犯罪者や問題児に育つ可能性が高いという研究結果がある。』などと伝えた(本件言動2)。自己の両親が離婚していた本件女子学生は、本件言動2に不快感を持った。」
「その後、被控訴人は、LINEで、本件女子学生とプレゼンテーション用の資料に関するやり取りをしていたが、今和4年1月17日、本件女子学生から、陣痛が来て病院にいる旨の連絡を受けたことから、資料の提出は落ち着いてからでよいと返信した。」
「本件女子学生は、同月18日、病院で出産したが、被控訴人にはそのことを連絡しないまま、同月19日以降,被控訴人との間でプレゼンテーション用の資料に関するやり取りを再開した。」
「プレゼンテーションの実施予定日は同月25日であり、被控訴人が、同月23日,本件女子学生に対し、予定どおり行うことが可能かどうか確認したところ、25日にはまだ入院しているかもしれないとの返信があった。その際、本件女子学生から、プレゼンテーションができなかった場合の単位認定について質問があり、被控訴人は、条件を確認する旨返信した。」
「本件女子学生は、23日中に退院することができたが、被控訴人にはそのことを連絡しなかった。」
「被控訴人は、同月24日,本件女子学生から、LINEで、単位認定条件について質問を受けた際、追試で対応することが可能であり、教務課に申請するように教示した。これに対し、本件女子学生から、プレゼンテーション用の資料を修正して提出する旨の返信があり、被控訴人は、提出された資料を自分が了承することがプレゼンテーション実施の条件である旨伝えたが、翌日プレゼンテーションを実施することには懐疑的であった。なお、被控訴人は、この時点では、本件女子学生が出産したことを、他のゼミ生から聞いて知っていた。」
「本件女子学生は、同月24日午後にプレゼンテーション用の資料を被控訴人に送信し確認を求めたが、被控訴人は同日中にそれを確認しなかった。本件女子学生が、同月25日に被控訴人に資料の確認の有無を尋ねたところ、被控訴人は、まだ確認していないと回答し、同日予定されていたプレゼンテーションは実施せずに追試を行う旨伝え、体調が回復したら話に来るように指示した。(本件言動3)」
「なお、被控訴人は、同日の時点で、本件女子学生がまだ入院していると思っており、上記のやり取りの中で初めて退院していることを伝えられた。」
「同年2月15日,被控訴人は、本件女子学生に対する追試を実施した。その際、被控訴人は、本件女子学生に対し、出産の連絡がなかったことや、被控訴人に対する問合せが多すぎることなどについて苦言を呈したほか、成績を不可にすることもできるが時間を作って追試をしてあげているという意味に受け取れる発言をした。(本件言動4)」
「被控訴人は、その後、本件女子学生に3年次の単位認定を行い、一番上の評価 (秀)を付けた。」
「他方,本件女子学生は、同年3月14日,本件大学の学部長に対して、本件出来事2に係る被控訴人の言動を疑問に思っており、ゼミを変えたいと相談した。」
・判断
「本件出来事・・・の時点において既に大学3年生であった本件女子学生は、妊娠・出産した場合の単位認定等について、自ら本件大学の事務局に問い合わせることが可能であり、かつ、それが通常期待される行動である。したがって、本件言動1において、被控訴人の説明に不十分な点があったとしても、職務上の義務や誠実義務に反するものではなく,懲戒事由に該当しない。また、被控訴人が休学よりも退学することを勧めたかどうかは定かでないが、出産や育児における心身の負担を考慮すれば、そのように受け取れる発言があったとしても不合理な助言とはいえず、いずれにしても、本件言動1が懲戒事由に該当するとはいえない。控訴人は、本件ハンドブック・・・の記載を指摘するが、本件ハンドブックは『授業を展開するにあたり留意すべき基本的な姿勢や考え方を示した授業マニュアル』(本件ハンドブック冒頭の説明文)であり、直ちに職務上の義務が導き出される性質のものではない。」
「本件言動2は、被控訴人の指摘する研究結果がどのようなものか定かでないが、偏見や差別的見解と受け取られるおそれの高い発言であり、本件女子学生の家庭環境に対する配慮も欠くものであった。しかし、本件言動2は、学生の身分のまま婚姻せずに出産するという本件女子学生に対して、事柄の重大性を伝えようとしたものと理解され、本件女子学生の考え方を全面的に否定したり、自己の考えを押し付けたりするものであったとは解されない。したがって、本件言動2により、本件女子学生が不快感を持ったとしても、直ちに懲戒事由に該当する職務上の義務違反や誠実義務違反があったというこ
とはできない。控訴人が指摘する本件ハンドブックの性質は前記のとおりである。」
「本件言動3に関しては、被控訴人がプレゼンテーション予定日前日に送信された資料を確認しないまま追試を決定したことが問題となるが、当時のやり取りからすると、被控訴人がその時点で本件女子学生がまだ入院中であると誤認したこともやむを得なかったといえる。したがって、被控訴人が、身体に負担のかかるプレゼンテーションを一方的に取りやめて追試を実施する方針を採ったとしても、必ずしも不合理なものとはいえない。被控訴人の確認不足や説明不足により、本件女子学生を混乱させたことが窺われるが、本件女子学生にも説明不足があったのであり、こうした行き違いは、全てのやり
取りがLINEでのメッセージの送受信だけで行われていたことに起因するものと考えられ、当時の状況から、そのこと自体もやむを得ないといえる。そして、その後の追試は予定どおり実施されており、本件女子学生の健康状態に問題も生じなかった。このような経過及び結果に照らすと、本件言動3が被控訴人の職務上の義務や誠実義務に反するものとはいえず、懲戒事由に該当するとは認められない。」
「本件言動4は、その発言内容を具体的に特定することはできないが、本件言動2と同様,本件女子学生に不快感を与える発言があったと認められる。しかし、本件言動4は、追試の機会を付与したことについて、本件女子学生に何らかの見返りを求めるものではなく、格別ハラスメントに該当するとも認められない(なお、本件大学におけるハラスメ
ントの定義につき、本件ガイドブック第5章の2)。かかる発言は、被控訴人に対する問合せが多いという苦言と併せて理解すれば、手間がかかったことについて嫌味を述べたにとどまるというべきである。そして、被控訴人は、本件出来事2が問題視される前に、本件追試の結果について公正な成績評価を行った。このような本件言動4の内容やその前後の経過を踏まえると、その発言が職務上の義務違反や誠実義務違反に当たるということはできず、懲戒事由に該当するとは認められない。」
「以上のとおり、本件出来事・・・に係る被控訴人の言動は、いずれも懲戒事由に該当するとは認められない。控訴人の主張は採用することができない。」
3.多少の問題があっても、直ちに懲戒事由に該当するわけではない
近時の大学当局-大学教員の間の懲戒処分の効力をめぐる公表裁判例を見ていると、少子化の影響か、大学当局側が過剰なまでに学生に気を遣っているように思われることが少なくありません。学生が主観的に気分を害したことだけで懲戒処分を行うといったようにです。
本件の裁判所は学生が不快感を覚えたことに一定の理解を示しつつも、それが懲戒事由に該当することまでは否定しました。
確かに、本件言動2のような発言が不適切であることは否定できませんし、本件言動4のような嫌味も言わなくても良かった言葉だとは思われます。しかし、不適切な言動が直ちに懲戒処分と結び付けられるとなると、相談に応じることや、助言、指導を行うことに委縮が生じてしまうことが懸念されます。
裁判所の判断は、不適切な言動があったとしても、それを直ちに懲戒処分の対象とすることを戒めたものという見方ができ、大学教員の方の労働事件を扱うにあたり、実務上参考になります。