大好きなあなたが受け取ってくれたから
「おかえりー!♡」
ドアを開けた瞬間、美空の声が飛んできた。
リビングから歩いてくる姿が、いつもより少しだけゆっくりに見える。
笑顔はいつも通り明るいのに、どこか様子が違う気がする。
「ただいま!」
僕が靴を脱いでいると、美空がすっと隣に立つ。
「お疲れさま♡」
美空が僕の腕に触れてくる。自然な距離感。
でも、触れ方がいつもより少しだけ軽い。すぐに離れてしまいそうな触れ方だった。
「今日寒かったでしょ?」
「んー、意外とそうでもなかったかな」
「そっか!コート、そこに掛けていいよ」
いつもなら、コートを脱ぐのを手伝ってくれるのに。今日は少し距離を置いている。
コートを掛けると、美空がリビングの方を指差す。
「座ろ?」
「うん!」
美空が先にソファに座る。
僕も隣に座ると、美空が自然に寄りかかってくる。肩が触れて、美空の温もりが伝わってくる。この感じ、いつも安心する。
でも、今日の美空は少しだけ違う。
寄りかかってはいるけど、体重の掛け方が軽い。いつもより、遠慮してる?
「今日、学校どうだった?」
「まあ普通だったかな?課題出したり」
「そっか!」
美空が僕の袖を軽く掴む。その手が、いつもより少しだけ緊張している気がした。
「美空は?今日何してたの?」
「んー、色々♡」
美空が曖昧に笑う。目が合わない。
「色々?笑」
「うん。後で教えるよ♡」
少しの沈黙。美空が僕の肩に頭を預けている。髪からいい匂いがする。でも、美空の体が少しだけ硬い気がする。
「ねえ」
「うん?」
「今日って……何の日か、覚えてる?」
美空が顔を上げて、僕を覗き込んでくる。その目が、いつもより真剣だ。
「バレンタイン...だよね?」
「……そっか」
美空が少し息を吐く。ほっとしたような、それでも緊張しているような。
「覚えててくれたんだ!」
「当たり前だよ。笑」
そう言うと、美空が一瞬目を丸くする。それからふっと笑う。
「そっか♡」
でも、笑顔の奥に何かある。
不安?
それとも緊張?
いつもの余裕のある美空じゃない。
美空が僕の顔をじっと見つめる。その目が、何かを確かめているみたいだった。
「あ、あのね」
「ん?」
「ちょっと待っててほしいんだけど」
美空が立ち上がる。キッチンの方を見て、それから僕を見る。その目が少し泳いでいる。
「待ってるよ」
「すぐ戻るからね♡」
美空がキッチンへ歩いていく。その後ろ姿が、いつもより小さく見える。
冷蔵庫を開ける音がする。何かを取り出す気配。でも、すぐには戻ってこない。
僕はソファに座ったまま、美空を見ている。
美空が冷蔵庫の前で立ち止まっている。
何かをじっと見つめている。それから、カウンターに置く。
エプロンの紐を触る。髪を耳にかける。また紐を触る。
深呼吸している。
こんな美空、見たことがない。
いつもは明るくて、余裕があって、距離を詰めてくる美空なのに。
「美空?」
「……ん?」
振り返った美空の顔が、少しだけ驚いている。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ!ちょっとだけ待っててね!」
美空が笑う。でも、いつもの笑顔とは違う。無理してる笑顔だ。
もう一度冷蔵庫を開けて、閉めて。それから、ゆっくりとこっちに戻ってくる。
手には、小さな箱。
ラッピングされている。リボンが少し曲がっている。箱の角も、少しだけ歪んでいる。
美空が僕の隣に座る。でも、いつもより距離がある。30センチくらい。いつもなら、くっついて座るのに。
箱を膝の上に置いたまま、僕の方を見ない。
「美空ー?」
美空がびくっとする。それから、ゆっくりと顔を上げる。
「……ちょ、ちょっと待って」
美空が深呼吸する。一回、二回。その横顔を見ていると、胸が痛くなる。
美空、緊張してる。こんなに。
「あ、あのね...」
「うん」
「これ、美空の手作りなんだけど」
美空の声が、いつもより小さい。か細い。
「うんうん。」
「か、形がちょっと変で...」
美空が箱を見つめたまま、言葉を続ける。
「ラッピングも、あんまり上手くできなくて...」
僕は黙って聞いている。美空の声が震えている。
「ほ、本当は、もっとちゃんとしたかったんだけど...」
美空が少し俯く。
「...でも、ちゃんと作ったから」
「……」
「美空の一生懸命をかけて、作ったから」
美空が僕を見上げる。
その目が、不安でいっぱいだった。あざとい表情なんて、どこにもない。ただ、不安そうな顔。
僕の胸が、きゅっとなる。こんな顔させたくない。
「味は……たぶん、美味しいと思う」
「味見してないの?」
「うん。○○くんと一緒に食べたかったから...」
その一言で、胸がいっぱいになった。
美空が、僕のために。
一緒に食べたいって思って味見もしないで待っていてくれた。
言葉が出ない。嬉しすぎて、何も言えない。
「あの、○○くん……」
美空が箱を持ち上げる。その手が震えている。見てわかるくらい、震えている。
「このチョコ、受け取って、くれる、かな?」
美空の声が、今にも消えそうなくらい小さい。
「……」
僕は黙ったまま、両手を出す。言葉より先に、体が動いた。
美空が箱を僕の手に置く。
美空の手が触れる。
温かい。
でも、震えている。
僕は箱を受け取る。軽い。
でも、この軽さの中に、美空の気持ちが詰まっている気がする。
「……ありがとう、美空。」
ようやく声が出た。喉が詰まって、それしか言えない。
美空が少しだけ目を見開く。それから、ほっとしたような顔をする。
「開けていい?」
「う、うん...」
美空が小さく頷く。その目が、不安そうに僕を見つめている。
僕は丁寧に開ける。
リボンをゆっくりほどく。美空が一生懸命結んでくれたリボン。
包装紙も、破らないように外す。
箱を開けると
中には、ハート型のチョコレートが並んでいる。
確かに形は少しいびつ。
大きさもバラバラ。表面も、完璧に滑らかってわけじゃない。
でも、きれいだ。
一つ一つが、美空の手で作られた。
美空が僕のことを思いながら、一生懸命作ってくれた。
胸が熱くなる。目頭が熱くなる。嬉しくて、愛おしくて。
言葉が出ない。
「ね、変だよ、ね?」
美空が不安そうに言う。
「……」
僕は黙ったまま、チョコレートを見つめる。
「...やっぱり変だよね。もっと練習すればよかったなぁ」
「……そんなことないよ。」
やっと声が出た。
「ほ、本当に?」
「うん」
僕が顔を上げて、美空を見る。
「いつ作ったの?」
「昨日の夜。○○くんが寝た後」
「そうなんだ」
美空が少し笑う。でも、すぐに不安そうな顔に戻る。
「起こさないように、すごい静かにしたんだけど」
「気づかなかった」
「よかった♡」
美空が少しだけ、いつもの笑顔になる。でも、すぐに不安そうな表情に戻る。
「……喜んで、くれてる?」
美空の声が震えている。
「……」
僕は答えられない。嬉しすぎて、言葉にならない。
代わりに、箱を膝に置いて、美空の手を握る。
美空が驚いたように目を見開く。
「僕はね、すんごく嬉しい」
やっと声が出た。
「本当に、すごく嬉しい」
「ほんとに?」
「うん!」
美空の目が潤む。でも、泣かない。代わりに、ふっと笑う。
「よかった……」
美空の声が震えている。
「ほんとに、よかった」
美空が僕の肩に頭を預けてくる。その体が、さっきまでの緊張から解放されたみたいに、力を抜く。
僕は美空の肩を抱く。美空の温もりが伝わってくる。
「食べよっか笑」
「うん!そうだね♡」
「一緒に?」
「当たり前!そのために作ったんだから」
美空が顔を上げて、笑う。その笑顔が、少しずつ普段の美空に戻っていく。
「どれから食べる?」
「美空が選んで」
「じゃあ、これ♡」
美空が一つチョコレートを取って、僕の口元に持ってくる。
「はい!あーん♡」
僕が口を開けると、美空が優しくチョコレートを入れてくれる。
甘さが口の中に広がる。少しのビター。滑らかな舌触り。
美味しい。
本当に、美味しい。
「どう?」
「……美味しい!」
「ほんと?」
「うん!」
美空が嬉しそうに笑って、自分も一つ食べる。
「ふふ♡よかった」
美空が僕の袖を掴む。
「ちょっと心配だったんだよね」
「心配?」
「うん。だって、初めて作ったから」
美空が少し照れたように笑う。
「レシピ見ながら作ったんだけど、途中で分かんなくなっちゃって」
「そうだったんだ」
「うん。でも、なんとか形にはなったから」
美空が僕を見上げる。
「○○くんが喜んでくれて、よかった」
「うん」
僕は美空の頭を撫でる。美空の髪が柔らかい。
「もう一個食べよ?」
「うん」
美空がまた一つチョコレートを取る。
「はい、あーん♡」
僕が口を開けると、美空がチョコレートを入れてくれる。
また、甘さが広がる。何度食べても美味しい。
「美味しい?」
「うん!」
「ふふ♡」
美空が嬉しそうに笑って、自分も食べる。
「○○くんが喜んでくれて、ほんとによかった」
「うん」
美空が僕の肩に頭を預ける。
「なんか、すごく安心した」
「安心?」
「うん。ちゃんと受け取ってもらえるかなって、心配だったから」
美空の声が、いつもより柔らかい。
「形が変だし、ラッピングもうまくできなかったし」
「そんなこと、気にならなかった」
「ほんと?」
「うん」
僕は美空を抱き寄せる。
美空の体が、僕の体に密着する。温かい。
しばらく、二人とも黙っている。
チョコレートの甘い香り。美空の温もり。時計の音。
この瞬間が、ずっと続けばいいのに。
「ねえ」
「ん」
「もう一個食べよ?」
美空が顔を上げて、笑う。その笑顔が、完全にいつもの美空に戻っている。
「うん」
美空がチョコレートを取って、僕の口に入れてくれる。
「美味しい?」
「うん。何個食べてもほんとに美味しい」
「ふふ、よかった♡」
美空が嬉しそうに笑って、自分も食べる。
「ねえ」
「ん?」
「バレンタインって、好きな人にチョコ渡す日でしょ?」
「そうだね」
「だからね」
美空が僕を見つめる。
「美空ね、○○くんのこと……」
美空が少し間を置く。
「すごく好き...」
いつものあざとい感じじゃない。真っ直ぐな目で、ちゃんと言ってくる。
「……」
僕は何も言えない。嬉しすぎて、言葉が出ない。
胸がいっぱいになる。目頭が熱くなる。
代わりに、美空を強く抱きしめる。
「……僕もだよ。」
やっと声が出る。
「僕も、すごく好き」
美空が小さく笑う。その声が、少しだけ震えている。
「知ってた♡」
「でも、今美空に言いたかった」
「うん、嬉しい!♡」
美空が僕の服を掴む。
「今日は特別だから」
「特別?」
「うん。だって、付き合ってから初めてのバレンタインだよ?」
そうだった。去年の今頃は、まだ友達だった。
「だから、ちゃんと渡したかったの」
「うん」
「受け取ってもらえて……よかった」
美空の声が柔らかい。
僕は美空の頭を撫でる。
しばらく、二人とも黙っている。
美空が僕の胸に顔を埋めている。その体が、完全にリラックスしている。
「ねえ」
「ん」
美空が顔を上げる。その目がキラキラしている。
「ふふ……なにこれ」
「ん?」
「○○くんのこと」
美空が嬉しそうに笑う。
「やっぱ好きってなっちゃった♡」
美空が笑いながら、僕の胸に顔を埋める。
僕は何も言えない。ただ美空を抱きしめる。
胸がいっぱいで、言葉にならない。嬉しくて、愛おしくて。
「なんか、すごく嬉しくなっちゃった」
美空が小さく笑う。
「受け取ってもらえて、喜んでもらえて」
「うん」
「それで、○○くんと一緒に食べて」
美空が顔を上げて、僕を見つめる。
「やっぱり好きだなって思った♡」
僕は美空の頭を撫でる。
言葉がうまく出てこない。ただ、抱きしめることしかできない。
「僕も」
やっと声が出る。
「僕も、やっぱり好きだって思った」
美空が嬉しそうに笑う。
「うん♡」
リビングの窓から見える夜空は、いつもより少しだけ特別に見えた。
チョコレートの甘さと、美空の温もりと、この瞬間。
「ねえ、○○くん」
「うん」
「明日も、ずっと一緒だからね」
「もちろんだよ。」
「約束ね♡」
美空が満足そうに笑って、目を閉じる。
僕は美空を抱きしめる。この温もりが、ずっと続けばいいのに。
「美空...」
「ん?どうしたの?」
「……ありがとう!」
「どういたしまして♡」
美空が僕の胸に顔を埋めたまま、小さく笑う。
バレンタインの夜は、甘くて、温かくて、少しだけ特別な時間になった。
美空と一緒に過ごせる毎日が、こんなにも幸せなんだと、改めて感じた夜だった。
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