【槍弓/現パロ】三段階ぐらい飛ばしてる
気がついたら同居してた現パロ槍弓です。twitterの企画に参加させていただいたものを手直ししました。
表紙素材はこちらからお借りしました。user/2513282
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クローゼットに、黒のシャツがかけてあった。
「……むう」
この家では家事は私の担当だ。気がついたらそうなっていた。決して押しつけられたわけではない。元々、家事をするのは好きだ。居場所を整えるというのは心地が良い。特に水回りの清掃は目に見えて成果が出る。仕事に行き詰まったときなどは、いい気晴らしになった。
それに同居人のランサーに家事を任せるとどうにもいい加減で、二度手間になることが多い。食後の片付けを任せれば排水溝の生ゴミをゴミ箱に捨て忘れ、風呂掃除を任せれば浴槽だけで洗い場には手をつけない。洗濯を任せれば、洗濯後に洗濯機のゴミフィルターの掃除をしない。
注意をすれば大概は次から改めるのだが、家事を任せるたびに違う不始末をして、注意をするこちらが毎度ケチをつけているような気持ちになる。
仕方ないとは思う。綺麗な顔をしておいて大雑把な彼に、私と同じレベルの家事を求めるのは酷というものだ。そもそも彼が一人で暮らしていた時の家事も大雑把で、混沌を極めていた。それを私が見兼ねて家事をしに彼の家を定期的に訪ね、気がつけば今の同居生活。
そういう事情があるため、我が家の家事担当は私になった。少なくとも私はそのつもりでいて、その中には勿論アイロンがけも含まれている。つまりこのクローゼットに入っているシャツも、本来なら私がアイロン掛けをしているはずなのだ。なのに生憎とその記憶は一切ない。
これは、一昨日私が着たシャツだった。昨日洗ってベランダに干して、日が暮れる前に取り込んだのも私で、夜には出かける用事があったから今日アイロンをかけようと思っていたものだ。それが朝には皺ひとつなく、襟には糊がきっちりとかけられた状態でクローゼットに収まっている。
この部屋には私とランサーしか住んでいない。私が夢遊病患者でなければ、アイロンをかけたのはランサーという話になる。
「アーチャー? どうした」
そのランサーが、しゃこしゃこと歯を磨きながらやってきた。どうもこうもない。シャツにアイロンがかけられているんだ。文句のつけようもなく、完璧に。
「アイロンをかけたのは君か?」
「あー、それか。そう、オレ」
「……やれば出来るではないか」
前にかけた時はおざなりに前面をかけただけ、襟首もヨレヨレだった。だから私がもう一度かけ直したのに、このシャツはそんな必要どこにもない。
「そりゃまあ、いつまでもお前に小言言わせるのもなんだしな?」
歯ブラシをくわえたまま、少し得意げな顔でランサーは告げる。
成る程、それなら納得だ。
思い返せばここ数日、彼の家事能力の向上は目を見張るものがある。私が止むを得ず頼んだ雑用は想定以上の仕上がりを見せ、それだけでなくこのシャツのように自ら進んで家事を行うようになった。いい加減、小言を毎日聞く生活に嫌気がさしたのだろう。
「つまり、私はお役御免というわけだな?」
「は? ちげぇよ! ……オレ、この前会社の飲み会に行っただろ」
「……ああ」
一昨日の話だ。酒に強いランサーが、珍しくほろ酔いの状態で帰ってきたのを覚えている。
「そこで恋人が家事が完璧で、オレの出る幕なんかねえって話したんだ。そしたらよ、『そうやって片方に家事を押し付けてるといざと言う時何もできない男になりますよ』だの『そういうのは相手が不満を溜め込んで嫌われるタイプだ』だの言われたわけよ」
まあ、よくある話だ。他人のたわいもない話を大袈裟に受け止めて、説教まがいのアドバイスをする外野。大体の人間は善意から述べているが、かといってそこまで相手のプライベートに責任を持つ気はない。
そもそも酒の席だ、その手の言い分は適当に相槌を打っておけばいい。
「君がいざという時何もできないわけがないだろう」
ランサーは大雑把な男ではあるが、器用でもある。度胸もあるし、責任を放棄するような男ではない。察しも悪くない男だ、相手が不満を溜め込んでいることに気づかないでいるなんてこともないだろう。
彼と共に住んで一年足らずだが、それでも十分彼の人となりを理解していた。彼の会社の人間の言い分に振り回される必要はない。
「いやまあそうだけどよ、ちと思ったわけだ」
「何を?」
「くだらねえことでお前に嫌われんのも嫌だなと」
くわえた歯ブラシを器用に口だけで上下に動かしながら、ランサーは明後日の方向を見ていた。その顔は、気のせいか朱に染まっているように見える。
「……それはそれは。涙ぐましい努力を見せてもらったが」
「おう」
「……ひとつ確認したい。私たちは恋人なのか?」
ランサーはぽかん、という表現が当てはまるような大口を開ける。歯ブラシは辛うじて口の中に止まっているが、その口の中に唾液と歯磨き粉の泡が混じっているのが見えた。
しまった、彼が歯磨きを終えてから聞くべきだった。だがもう聞いてしまったのだから今更後には引けない。勢いに任せて、もうひとつ確認しなければならない事実を問う。
先に『ひとつ』と言ってしまったが、この際もうひとつ確認してもかわらないだろう。
たぶん。
「というか、君は私のことが好きだったのか?」
ごくん。
開いていた大口をしっかりと閉じて、ランサーが唾を飲み込んだ。
ああ、なんてことを。すぐそこが洗面所なのだから、唾液がたまってつらいのならば吐き出してくれば良かったのに。
「──成る程、よくわかった」
能面のような顔がそこにあった。
赤い目は昏い輝きを放っている。いつの間にか口から取り出された歯ブラシは、何故か彼の手の中で真っ二つにおられていた。
「つまり貴様は、今まで散々オレが紡いだ言葉を理解できていなかったということだな? そーか、わかった」
これは誰に言われずともわかる。わからないものがいたらとんだ間抜けだろう。殺気と取り違えそうにもなるランサーの怒気に、言葉を詰まらせる。
私が何かを口にする前に、ランサーはくるりと体を反転した。ようやく口の中を濯ぎに行ったのかと思いきや、ランサーはすぐさま部屋へと戻ってきた。右手には折れた歯ブラシ……それと、小さな黒い箱が握られていた。
「アーチャー」
口の端を歯磨き粉の泡塗れにしながら、ランサーが私の前にひざまずく。
「オレと結婚してくれ」
ぱかり、と小さな箱が開けられる。中には銀色の指輪がひとつ。
何がなんだかわからなかった。同居人がアイロンがけをできるようになったと思えば、実は私と恋人のつもりで、しかもこうして今プロポーズまでしている。そんな兆候、あったのか?
「……返事は?」
さっきまでの険呑な雰囲気はどこへやら、雨に打たれた子犬のような上目遣いでランサーが問う。
そんなことを言われても。
我々はただ一緒に暮らしていただけじゃないか。肌と肌の触れ合いは一切なく、強いて言えば殴り合いの喧嘩が数ヶ月に一度あった程度。理解の範疇を超えている。せめて考える時間が欲しい。
「……その前に、その口を濯いでこい」
せめてもの悪あがきで告げる。ランサーはすぐさま洗面所に駆け込んでいった。
どうするんだ、オレ。
思わず文字通り頭を抱えてしまう。
ランサーが戻ってくるまであと数秒。それまでに答えを出さなければならない。
返事は待ってくれなんて、あの男は絶対に聞くわけがない。そんなのはこの一年足らずで十分理解している。
なにより一番頭を抱えたいのは、あの指輪を嵌めてもいいかもしれないと考えている自分がいることだった。
お幸せにー!