【Fate】心の在り処【槍弓】
此れも多分どこかに上げてたと思うんだがもう記憶がはっきりしない。誰か私にシナプスとニューロンのコミュ障を治す方法を教えてください。
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愛は真心、恋は下心。
「ああランサー、そこの塩を取ってくれ。そろそろ中身を補充しておかないと」
「あいよ」
ランサーと一緒に住むようになって、どうでもいいやり取りが増えた。
一緒に食卓を囲み、一緒に洗濯物を畳み、一緒に布団を敷く。
やらなくてもいいはずのものを、しかし同居人はとても楽しそうにやろうと手を出してくるので。
いつしか、アーチャーも同じように手を出すようになった。
本当だったら、食事など摂らなくてもいい。
本当だったら、着替える必要もない。
本当だったら、眠らなくても動いていける。
だが、ランサーがとても嬉しそうに笑うので。
アーチャーはそれに付き合う。
付き合って、同じように生きている。
「アーチャー、一緒に風呂入ろうぜ!」
「嫌だ。狭い」
何だかんだと文句を言いながら洗面所へと消えていく背中を見送り、アーチャーは洗い終えた皿を片付けながらゆっくりと思考を巡らせる。
どうして付き合ってやっているのだろう。
マスターが言ったからだ。部屋が余ってる。そのままにしておくのは勿体無い。
でも魔術師の工房に下手な人間を入れられない。
サーヴァントなら、事情はわかってるし、同じサーヴァントが監視していれば問題ないだろう。
家賃も入れるし。
という発言により、宿無しサーヴァントを受け入れることになったと知ったとき、アーチャーは天を仰いで見たことがない神とマスターを罵った自分を覚えている。
それも今では何とかやっていけている。
本当にちゃんと家賃は入れているし、家事に協力的でもある。
必要以上にべたべたしてくることだけが些か面倒ではあるが、それとて本気で拒絶すればすっぱりと止める。
面倒が少ないからか、とアーチャーはぼんやり思った。
ランサーと一緒に過ごすということは、とてもストレスが少ない。
不必要に干渉してこないし、アレと比べて同情を寄せてもこない。
アレのように戻そうと、余計な押し付けもしてこない。
お前はアレであったのだからアレに治れと、義侠心を持って説教されるのが一番苛立たしい。
衛宮士郎であったというのだから、なんだというのだ。
確かにアーチャーは衛宮であった。
衛宮士郎という名の人間であった。
だが今この街にいる衛宮士郎と全く同一の存在であるかといえば、そうとは言い切れない。
この街にいる衛宮士郎は、まだ絶望を知らない。
まだ人を殺していない。
アレの意識では倒したことと殺したことはまだイコールで結びついてはいないだろう。
しかしかつて衛宮士郎であったアーチャーは、絶望を知っている。
人を殺している。
倒すことは滅ぼすことでそれは殺すことだと身に沁みて知っている。
人を殺すという行為は、ひとつの垣根を越えてしまうことだと知っている。
一度その垣根を越えてしまえば、二度目三度目を躊躇うことが、躊躇う余地がなくなってしまうのだ。
それでなくとも、既に死した衛宮士郎とまだ生きている衛宮士郎では全くその中身が違うだろう。
だが生前のアーチャーに慕わしき人物は、そのすべてがアーチャーと、衛宮士郎と関わるが故に、彼に愚かしき幼さを求める。
大人は子供に戻れないのと同じように、死者は生者に戻れないのに。
彼らの、彼女らの思いは痛いほど理解できる。
理解できるが故に、アーチャーにとって懐かしさと負担を同時に叩き込むのだ。
愛しいが、痛い。
大事だが、悲しい。
懐かしいが、厭わしい。
正負の感情を同時にわきあがらせるものは、いつだってつらい。
だからアーチャーはランサーに付き合う。
彼女らの願いよりも、ランサーと共にだらだらと暮らす停滞を選んだ。
どうせ今のアーチャーがどう足掻いたところで、既に座にある彼の磨耗をどうすることもできないのだから。
痛みから目をそらすために、ランサーを利用しているとも言える現状に、アーチャーは唇を歪めた。
卑怯なのはいつだって彼の十八番だった。
「おーいアーチャー!」
風呂場から呼び声がする。
おそらく、石鹸がなかったのだろう。
昨夜補充するかと考えて、そのまま寝てしまったことを思い出しながら歩く。
「どうした?」
「石鹸」
くれ、とも言わずににゅっと手だけが扉から突き出る。
包装紙を破りながら取り出した石鹸を乗せてやれば、さんきゅー、と気の抜けた声が返ってくる。
家族のようなやり取りに、再びアーチャーの顔が歪む。
全くこの男は一体どのような心境でこんな暮らしを送っているのか。
意外に我慢でもしているのだろうか?
いやしかし、アーチャーの知る男はくだらない我慢をするくらいならば一人野生に帰ることを選ぶような人間だったと記憶している。
だとすればなぜ、一緒に暮らしているのだろう。
あんなに気に食わない野郎だと言っていた相手と。
ねぐらが欲しいのならば、それこそ誰だって受け入れてくれそうな男なのに。
「アーチャー?」
まだ扉の向こうに気配が残っていることに気づいたのだろう、不思議そうな声が曇りガラスの向こうから響いてくる。
浴室に反響した声は、聞きなれているはずなのにどこか体の芯を痺れさせるような、不思議な残響を伴っている。
「ランサー。ひとつ聞いてみたかったんだが」
「……おう?」
スリーサイズか? とじゃれついてくる声を無視しながら、ぼんやりと洗面台に寄りかかり腕を組みながら唇を開く。
「君は何故私と一緒にいるのだろう」
呟かれた声に、しん、と浴室が静まり返る。
しばらくしてパシャンという水音と共に、言葉が返ってきた。
「そりゃお前、好きだからだろ」
嫌いな相手と一緒に暮らすとか、普通しねぇよ。
「そうか」
それもそうか、とアーチャーは納得した。
好かれているとは思わなかったが、まあ一般的な視点において合理的な回答であったので、ごく常識的に納得してしまった。
むしろ愛しているとか恋していると言われるよりは断然マシであっただろう、とも思った。
「どうかしたか、アーチャー?」
心配そうな声が耳に届いて、ふとアーチャーはおかしくなった。
ランサーといると居心地がいい。
何も押し付けてこないから。
アーチャーはアーチャーのままで、矮小なエミヤのままで存在を許されているから。
だが黙って傍にいるだけではなくて、一応心配はしているのだなと不意におかしくなったのだ。
そんな風に思われるほど、大事な存在でもあるまいに。
それとも社交辞令の範囲内だろうか?
笑い顔のまま、少しだけ開いている扉へと近づき、そっと手をかける。
「ランサー」
「おう。そこ居ても何も出ねぇぞ」
むしろオレが出る。
茶化す男に、ふっと息が零れ落ちるように。
「どうやら私もお前が好きらしい」
一言言い捨てると、そのままアーチャーは浴室の前から立ち去った。
心配へのお礼のようなものだったが、意趣返しになってしまったような気がしないでもない。
浴室のほうで何かべったんという痛そうな音もしていたが、まあいつもの日常の範囲内だろう。
好きでもない人間の横で呼吸したいとは思わない。全くそのとおりだった。
そういう意味で言えば、アーチャーはランサーが好きだ。好ましいと思う。
何となくやりきった感に突き動かされ、今日はもうゆっくり休んでしまおうと布団を敷き始めたアーチャーを追いかけて、ランサーが足を滑らせた挙句見事な布団巻きになるまで、あと5分。
愛は真心、恋は下心。
そして好きの中に心はないのだ。
一欠けらも含まない。
ならばいくらでも言えるだろう。
嘘をつくよりも滑らかに、さあ。
お前が好きだよ。