七番目の男
1.ポポロンの森
鬼畜ナビゲーターの天使女にチュートリアルを省略された。
省略ってお前。天下の新規プレイヤー様を何と心得てやがる。
しかし一応は最低限の義務を果たそうとしているらしく、地べたに申し訳程度の軍資金と斧が放り捨てられていた。
くそっ、何なんだよ。俺はぶつぶつと文句を垂れながら斧と金を拾った。
軍資金はともかく、武器種を選択させないってのはどうなのよ? そりゃあ斧を選んだだろうが、武器種の選択はチュートリアルで一番楽しいトコだろ。それを……。
……少し妙じゃないか? いくらNAiでもプレイヤーの選択肢を狭めるような真似をするか?
(シンイチ)
ん? ウッディどうした?
(お前は頭が回る男だ。私がロストのたびにスペアボディを増やしていることには気が付いているだろう)
そうみたいだな。
(念のために言っておく。私を増やすためにわざとロストするのはやめておけ。どんな副作用があるのか分からない。私は自分の能力がどういったものなのか把握していない。シンイチ。お前たち人間が自分の才能を自覚せずに生きていくように、だ)
……なるほど。ベムトロンの時はどうだったんだ?
(それは言えない。今の私がお前に対してそうであるように、私はベムトロンに愛着を感じている。そして彼女のケースはあまり参考にならないだろうとも考えている。あの女は変身できるタイプの種族だからな)
そうだったのか……。
(いずれ目にする機会もあるかもしれないな。彼らは滅多に変身しないが、変身能力を最大限に活かせるのは変身できないタイプの種族との戦いだからな)
変身種族同士の戦いでは変身しても潰し合いになるだけ、ということか。
(そういうことだ)
……レイド級は変身後の姿なのか?
いや、答えなくていい。ウッディ、お前は物知りだな。だが余計なことは言うな。攻略本に頼るのは俺の流儀じゃない。
(もちろんそのつもりだ。私も段々とお前という人間がどんなプレイヤーなのか分かってきたところだ。余計なことは言わないさ)
嬉しいこと言ってくれるじゃないの。
よっし、じゃあ恒例のフレリ埋めに行くか。まずはジョンだ。あいつは拠点が米国サーバーだから再会するのに手間が掛かる。今ならまだ日本サーバーに居るかもしれねえ。首尾良く会えたなら一緒に飲みにでも行くとしよう。幸いにも今の俺には軍資金があるからな。
そういうことになった。
2.人間の里-居酒屋【火の車】
あり得ないなんてことはあり得ない。
国内サーバーの人間の里はエンフレがうろつく魔境と化してしまったようだ。
今もドス濃いビジュアルしたデカブツどもが、口があるかねーかも分かんねーようなナリしてダベっている。
【てかコンフレに戻れねンだけど……】
【魔族だよ。魔族の呪いってぇ話だ】
【やっぱ魔界の力はダメだな。太陽がイヤに眩しいぜ……】
誰が魔族だ。
うざってーな。もうロスト確定してんだから、さっさとレイド級に喧嘩売るなりしてリセットしろや。
ジョン、ヴォルフさんと一緒に【火の車】のカウンター席で飲んでいる。
俺はジョッキを軽く持ち上げてジョンの背中にニカッと笑い掛ける。
ステイシー! ペタタマサーンだよ。分かる?
ジョンの背中にブッ刺さってる棒がカタカタと震える。
おお、おお……! 俺は感動した。形はどうあれ、ステイシーは確かにここに居るのだ。
しっかしジョンよ。背中に棒が生えっ放しってのはどうなんだ? 不便だろうに。
ジョンは背中の突起物が邪魔で椅子を横にして座っている。
痛いところを突かれたと言うように照れ臭そうに笑って、
「試用運転中ネ。遠征仕様のCタイプは一番効果高いケド、ロストしちゃうから微妙かもデス。限界突破してレベル1439なら普通にマクレーンとビリー連れてきたほうが有効だったヨ」
ビリーというのは……。
「二本目の彼ネ。逃げ足の速いお調子者でしたケド……いざという時には頼りになる男デシタ」
仲が良かったんだな。
「ハイ。増幅器は自分にとって価値のある人じゃないと意味ないデス。愛ですヨ」
ヴォルフさんが飲み干したジョッキをダンとテーブルに叩き付けた。
「私は認めないぞ! 愛だと……! それは間違った遣り方だ!」
ジョンは少し間を置いてから言った。
「ヴォルフサン。増幅器には工程上の秘密が幾つかありマス。私は日本の皆さんを信じてるから増幅器をお見せしマシタ。ヴォルフサンも私を信じて欲しいネ。……ダメですカ?」
「そんな言い方は卑怯だろう……」
ヴォルフさんは勢いを失って俯いた。
……祝福と呪詛。人間増幅器を最も有効に使えるのは、おそらくヴォルフさんのようなタイプの人間だ。仲間に価値を認めているからこそ代償として成立する。マクレーンの死に涙したジョンの気持ちに嘘偽りはない。
でもよ、ジョン。俺はジョッキを空けながら言った。こっちのサーバーにゃ相当数の中国人が潜んでるぜ。本当に見せて良かったのか?
「合衆国には君主が居マセン」
ん? そうなのか?
「ハイ。レ氏をやっつけるのは幸運に恵まれないとトテモ難しいデス。PRC(中国のこと)の君主は白龍のものネ。私は一度だけ彼と戦ったことありますケド、その時は決着が付きませんデシタ」
ナーガ。白龍のことか。引き分けたってカートリッジ込みでか? 白龍ってのはそんなに強かったのか。
「そうですネ。トテモ。彼は増幅器の弱点をすぐに見抜きマシタ。その弱点を克服したのがCタイプなのデス。今すぐじゃなくてもイイ。もう一度……戦ったらどうなるのカナ? それが答えデス。ペタタマサーン。私は負けず嫌いなのですヨ」
負けず嫌いね。中国にはマジュンが居るぜ。白龍をブッ倒してアビリディを継いだってぇ話だ。
「素敵デスネ。アンディが荒れてたヨ。アンディはマジュンサンのことライバル視してたカラ」
先を行かれて焦ってるってか。心の狭ぇ男だよ。
「ハイ。マジュンサンに引導を渡すのは自分だって暴れて大変だったヨ」
……ん? 引導?
「……ン? マジュンサンの話ですよネ?」
……マジュンくんに何かあったのか?
ジョンは頭を抱えた。ややあってから、顔を上げて俺の目をじっと見つめてくる。
「ペタタマサーン。マジュンサンはもう長くないネ。彼はキルペナをカンストしまシタ」
そうなの?
「ハイ。残念ながラ。キルペナをカンストしたプレイヤーは助かりマセン」
メイヨウ……。メイヨウは無事なのか? リンリーは?
「リンリーサンはマジュンサンの味方ですヨ。メイヨウサンはマジュンサンがデリートする前に君主のジョブを剥奪しようとがんばってマス」
中国サーバーは面倒臭ぇことになっていた。
え〜? マジかよ〜? 俺も頭を抱えた。
……サトゥ氏が言ってたのはコレのことか。ま、マズいぞ。サトゥ氏め。中国のゴタゴタに首を突っ込むつもりか。俺同伴で。
くそっ、こうしちゃいられねえ! 俺はカウンターに有り金を叩き付けて叫んだ。マスター、おあいそ! ヴォルフさん、ジョン! 俺は地下に潜ります。ここで俺と会ったことは胸の内に仕舞っといてください。
こうなったら逃げるしかねえ。マジュンくんがヤバいってのにメイヨウが俺に声を掛けなかったのは、この件で日本人に頼るつもりはねえってことだろう。俺はメイヨウ様の意を汲むぜ。
おっと店内の飲んだくれどもがガタッと席を立って俺を包囲した。て、テメェーらは元【敗残兵】の……。
クソのような廃人の手下の一人がぐっと身を乗り出して俺の耳元でぼそりと呟く。
「コタタマさんですね? 一緒に来て貰えませんか。ウチのサトゥがあんたに用があると」
……悪いな。これからリチェットと会う約束になってンだ。それが終わってからでも?
俺は嘘を吐いた。リチェットとの約束などない。コイツらを納得させるためにはリチェットの名前を出すしかないと見てのことだ。
「……リチェットと。本人に確認しても?」
いや、無駄だろう。サトゥ氏には内緒で、という話だった。
「その話を俺らには話してくれたんですか? 俺らを信頼してくれたんですね。嬉しいな」
こう見えて人を見る目はあるつもりなんでね。
俺たちはニコッと笑みを交わした。
スッと表情を消した男が手下に命じる。
「おい、連れてけ。リチェットさんと約束ってのは嘘だ。よくもまぁとっさに口が回る。コイツの言うことには耳を貸すな」
くそっ、モブキャラがハシャぎ過ぎだろ……。
俺は知らない廃人どもに両脇を抱えられて、捕獲された宇宙人のようにズルズルと引っ張られていく。俺は焦って叫ぶ。
ジョン! ジョーン! ヴォルフさーん!
ヴォルフさんはカウンターに突っ伏していた。無理な飲酒が祟ったらしい。
ジョンは俺を助けてくれるつもりはなさそうだ。イヤに真剣な眼差しで誘拐される俺を見送る。
「ペタタマサーン。キルペナのレッドゾーンから復帰したプレイヤーは数少ないネ。あなたはその一人ヨ。ペタタマサーンなら、もしかしたらマジュンサンを……」
ンなの無理に決まってんだろ! マジュンくんが全力で殺しに回ったらどうにもなんねーよ! キルペナカンストしたからって脳みその使い方を忘れる訳じゃねーんだ!
3.エッダ海岸
というような話を連行された先でサトゥ氏にしたところ、クソのような廃人はにっこりと笑った。
「今の中国サーバーは二つの陣営に分かれてる。マジュン軍とメイヨウ軍の二つだ。そろそろ頃合だろう。介入するぞ」
サトゥ氏よ。俺は神妙な顔をしてクソ廃人の手をガッと握った。
メイヨウを頼む。くそっ、俺は……! こんな時だってのにロストしちまった。セーブポイントもリセットされた……。お前らの脚を引っ張る訳には行かねえ。こっちはこっちで何とかして海を渡るぜ。俺が行くまで持ち堪えてくれ……!
サトゥ氏が俺の手をガガッと握り返す。は、離せ……。
「安心してくれ。コタタマ氏。お前のロストは想定済みだ。紹介しよう。空中移動要塞セブンだ」
「ふん……」
セミ野郎が偉そうに腕組みなどして砂浜に突っ立っている。ネカマ六人衆も一緒だ。
珍しく生きている死に損ないが六人衆と俺に声を掛けてくる。
「おい、六バカ。準備はいいな? 崖っぷち。物のついでだ。お前も連れて行ってやるよ」
言下に赤い光が地表を波打つ。完全変身の前兆だ。
ネカマ六人衆は事情がよく分かっていないようだ。
「……準備って?」
「おやつのことじゃないの?」
「え? おやつって?」
「セブンはいつもそうだよね」
「分かる。いつもそう。いきなり準備はいいな?とか言ってくる」
「まぁ半々で俺らがハイハイ適当に頷いたパターンだね」
事前説明をしても半々で聞き流される日々がセブンを効率厨と化してしまったのか。もはや無能どもの意思など関係ないとばかりに赤い輝きが六人衆の身体を蝕んでいく。
六人衆が悲鳴を上げた。
「やっ! 何コレ! 気持ち悪い!」
セブンは六人衆を直轄する立場に居る。
セブンのリソースが常人離れしているのは、ヤツ一人だけの力ではなかったからなのではないか。
円卓の六人衆が、無意識の内にセブンに力を分け与えているのだとしたら……。
セブンの本領は、相互協力型のエンドフレームということになる。
そして今、ついに効率厨と無能どもが一つに融合した。
通常のエンフレの二倍近いはある巨大な体躯を、七対の羽が覆っている。
これが……セブンの完全体なのか。
まぁセミだ。ベースがベースなので、そこは劇的な改善が望めないのだろう。
……アレに乗ってけってか。
ギョロギョロと目を動かして退路を探る俺を、良い笑顔のリチェットがガシッと掴む。よいしょと俺を持ち上げて、
「そぉいっ!」
ブン投げた。
ブン投げられた俺を、セミ野郎がキャッチ。鋭く尖った口吻を俺の服にブッ刺して、七対の羽をバッと広げる。
は、離せ!
ジタバタと暴れる俺だが、至近距離で轟いたセミの鳴き声にぐったりする。
もはやちょっとした音波兵器だった。
俺を連れて飛翔したセミ野郎が咆哮を上げる。
Zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz
【李信馬准……! ヤツは俺が殺す!】
なんで俺を巻き込むんだよぉ〜。俺、関係なくね?
これは、とあるVRMMOの物語。
どちらかと言えば元凶ですね。
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