ウィング見参!
1.日本-月の洞窟
ひぃやあああああああああ!
アットムくーん! アットムくーん!
「コタタマ! 今行くッ!」
浮遊しているスライムの亡霊が俺の腹に触手をブッ刺してくる。肉体的なダメージはないが、内臓を撫でられている感触がひたすら不快だ。
やだ! やだー!
ボロボロと涙を零す俺に、ギリッと奥歯を噛み締めたアットムくんが憤怒の形相を浮かべてスライムのゴーストに肉薄する。
「コタタマは! 僕が守る!」
繰り出した左拳がゴーストの核を穿つ。
本来ならばアンデッド系のモンスターに物理攻撃は通用しない。しかしアットムくんの人智を越えた怪しい拳法なら話は別だ。
ピギィ!と甲高い悲鳴を上げたゴーストの幽体にびきびきと亀裂が走る。
ザッときびすを返したアットムくんが俺に手を差し伸べてニコッと笑った。
「もう大丈夫。先へ進もう」
アットムくんの背後で、ゴーストの幽体がザアッと砂山が崩れるように霧散した。
俺はゴシゴシと涙を拭ってコクコクと頷いた。アットムくんの手を取ってふらふらと立ち上がる。
アットムと一緒に常設ダンジョンを周回している。
お目当ては月の洞窟でレアドロップする月の雫だ。
アットムが延々とソロアタックしていると聞いて手伝いに来たのだが、残念ながら俺はまったく使い物になっていない。
俺の特技はMPK。モンスターの行動パターンを利用して同士討ちさせることもできる。しかしMPKは受動的な技術なので相性というものがある。どうしても不可能なケースだってある。
ここ月の洞窟に出没するアンデッド系のモンスターがそうなのだ。
月の洞窟に出現するモンスターは四種。
骨モグラと骨うさぎ、骨ブーンと先ほど交戦したゴーストだ。
過去に埋葬されたモンスターがプレイヤーの悪影響で土の下から這い出したのがアンデッド系なのだからそうなる。
浮遊してスィーと宙を滑るように動くゴーストはともかく、スケルトン三種は生前ほど素早くない。しかし糸で吊られた操り人形みたいに動くので、とにかく動きが読みづらい。俺の目があれば小さな予備動作を拾うことも可能だが、負担が大きく視野を少し広げただけで俺の対処能力を超えてくる。
そして何より粉々にしてもすぐに再生する。
定期的にヘイトがリセットされるらしく、ハメることもできない。
おまけに俺はアンデッド系のモンスターにトラウマがある。
MPKの練習には最適だからとネフィリアに放り込まれて軽く千回ほどブッ殺されたのだ。
今の俺は魔法使いだからアットムくんの助けになれると考えたのだが、どうやら俺の心の傷は思ったよりも深かったらしい。
スケルトンとゴーストが近寄ってくるとパニックになって泣き叫ぶことしかできない。
アットムくんが近くに居るという安心感が逆にダメなのかもしれない。アットムくんに手を引かれて歩いてる今も悲しい気持ちが湧き上がってきてぐすぐすと洟をすすっている。
念のためにバンシーモードでチャレンジして正解だったぜ。男キャラでお化けが怖いなんて言って泣くのはダサすぎる。
アンデッドの姿がチラつくたびにびくっとする俺にアットムくんは神妙な顔つきをして、
「ムラムラしてきた。……どうする? 今日はやめとく? コタタマ、調子があまり良くないみたいだし」
……俺にだってプライドはある。このまま引き下がるなんて真っ平だ。せめて俺のリアルラックでお宝の採取に一役買いたい。
でもよぉ、アットム。何だってそこまで月の雫に拘るんだ? もしかしてクリスマスプレゼントか?
するとアットムは照れ臭そうに視線を逸らした。ややあってから、ぽつりと呟きを零す。
「……少し仲良くなったティナンの子が居てさ」
大丈夫? それピエッタさんじゃねえ?
「く、クリスマスに指輪を贈ってさ。プロポーズするつもりなんだ」
大丈夫? それピエッタさんじゃねえ?
「月の雫を見たことないって言うから、喜んでくれるんじゃないかなって」
大丈夫? それピエッタさんじゃねえ?
俺は再三に渡ってピエッタさんの犯行を示唆したが、アットムの翻意を促すことはできなかった。決意は固いようだ。というか見た目がショタロリなら中身はどうでもいいのだろう。
ピエッタはNPC詐欺の常習犯だ。ヤツが本気で詐欺を仕掛けてきたら、この俺ですら見破ることはできない。ビジュアルはもちろんのこと、細かな仕草や喋り方の癖をキッチリと変えてくる上に新キャラ登場の流れまで作ってくるのだ。手が付けられない。
むしろ俺なんかはなまじ良く見える目を持ってるもんだから、多少フラグが立っていても自分の判断を過信してドツボにハマるところがある。お陰で七回連続身ぐるみを剥がされた俺をピエッタさんはアホだと思ってるふしがある。二度か三度くらい騙されれば多少は警戒するのが普通なのに、俺の場合は勝手に別人だと判断してホイホイと騙されるから同じ日をループしてるんじゃないかと錯覚するほどだったらしいぞ。四回目辺りに小声で「エンドレスエイト?」とか言ってたもん。ハルヒね。俺は嫌いじゃないぞ、エンドレスエイト。あれ日によって監督が違うんだよな。同じシーンでも監督ごとに演出や解釈の違いがあって、垣間見える苦悩を鑑賞できる稀有な例よ。
しかしプロポーズねぇ。
俺は心がもやもやするのを感じた。
この俺以上にアットムくんを満足させてやれる女が居るとは思えなかった。
……こうなったら結婚式当日に会場に乗り込んでブッ潰すしかねえ。俺の胸にめらめらと嫉妬の炎が燃え盛る。
ウチのアットムくんをたぶらかす泥棒猫ティナンは許せないが、首尾良く月の雫を手に入れることができればアットムくんは喜んでくれるだろう。俺の株が上がることは間違いない。よし、やるぞー! 俺は気合を入れ直した。
2.月の洞窟-深部
だが気合や根性ではどうにもならなかった。
ヤダヤダヤダヤダー!
骨格標本みたいになってる骨もぐらと骨うさぎが雑な人形劇みたいな動きでガシャガシャと骨を鳴らして迫ってくる。骨ブーンに至っては破れて使い物にならなくなったビニール傘の骨みたいな翼を申し訳程度に上下してワイヤーアクションしてくる。
俺はガターンと腰を抜かして尻もちを付いた。ガチガチと歯の根が噛み合わない。だ、ダメだ。マジでどうにもならん。遺跡マップの中層域に混じっているアンデッドは割と平気だったのだが、ここには頼りになるリビングアーマーもホブゴブリンもサハギンも居ない。ちなみにサハギンとは半魚人のことである。サハギンが居るならマーメイドもどこかに居るだろうとマーメイド捜索部隊が攻略に当たっているが未だに発見報告はない。同じ人間である筈の女キャラがあまりにも男に冷たいので俺たちゲーマーはモンスター娘に癒しを求めるのだ。
魚っていうか竜族じゃねえの?というくらいクソ硬い鱗を持ち、種族人間を三枚におろしてくるサハギンはともかくとして。俺は地べたに尻もちを付きながらケツをずりずりと擦って後ずさる。ブンブンと手を振って、
「う、ウッディー!」
俺の腕からにょきっと生えたウッディが、やれやれと身をよじる。
(世話の焼ける。シンイチ。お前は本当に私が居ないとダメなやつだな)
ウッディの腹から銃身が伸びる。ビッと放たれたレーザー光線を、バッと跳躍して側転したスケルトンが華麗に回避した。
スペアボディを生やしたウッディがボヤく。
(……何なんだ。この星のMOBは。強すぎる)
それって?
(私のスペックは宿主のステータスに依存する。今の私では勝てない。……背に腹は変えられんか。シンイチ。少し身体を貸せ)
おお……。こ、この感覚は。
俺の身体に潜り込んだウッディが俺の心臓に取り付き血管を通して全身に根を張るかのようだ。
俺はかつての力を取り戻そうとしている。
そう、この感覚だ。思い出したぞ。
どこからともなく出現した黒い金属片がザクザクと俺を串刺しにして俺の身体を作り変えていく。
俺の身体の主導権がウッディに移る。
これが……超コタタマくんスタイルウッディだ!
前脚を擦り合わせたウッディがブンと羽を震わせて飛翔する。駆け付けてきたアットムくんの傍らに移動するや口吻をブブブと振動させて言った。
「今だ。アットム。焼き払え」
「ハエ!?」
ハエだった。
……い、いや。ウッディは俺の妖精さんなのだからフェアリーフォームと呼称するのが正しい筈だ。つまり見た目がハエでも心が妖精なら本質的には妖精であると断言してもいいということになる。大切なのは外見じゃなくて内面なんだって昔の偉い人が言ってた。
警戒して近寄って来ないアットムにウッディは一計を案じた。
「ゆえあって正体は明かせないが、私は怪しいものではない。シンイチの友人だ。アットム。君が危ないと聞いて駆け付けた次第だ」
おお、変身ヒーローっぽいぜ。
しかしアットムくんは納得してくれなかった。
「いや……ウッディだよね? とうとうコタタマを乗っ取っちゃったの?」
「失礼な。私はそのウッディというものを詳しくは知らないが、シンイチの友人ならばきっと人格者に違いない」
「……ちゃんとコタタマに身体を返してあげてね?」
「ああ。ウッディとやらにはそのように伝えておこう」
滞空しながら身体を前傾させて頷くような仕草をしたウッディにアットムくんはようやく納得してくれたようだ。
ウッディを追ってきたスケルトンの群れをキッと見据えて、バッと両手を広げる。アットムの身体の輪郭に沿ってチリチリと命の火がくすぶる。
「一掃する」
アットムくんが俺の元を離れていたのは、自分を囮にして範囲狩りするためだ。古来よりMMORPGで用いられてきたMPKの基礎技術の一つで、列車と言う。
アンデッドは回復魔法を受けるとダメージを受ける。このゲームの場合、正確には死に損ないにしぶとく備わる生命力の残りカスを燃料化して莫大な再生コストを支払わせる、ということになるらしい。
要はプレイヤーで言うところのロストだ。
白い肌を紅潮させたアットムが長い睫毛を震わせて悩ましげな声を上げる。
「んっ……!」
アンデッドはヒーラーにとってオイシイ獲物だ。
殴ってもすぐに再生するため、群れを成しやすい。しかし定期的にヘイトのリセットが掛かるため急に方向転換して味方とぶつかることも珍しくない。
無秩序に動き回るスケルトンの群れは大半がアットムの射程距離に収まっている。トレインの成果だ。
「ふあっ、やぁ……!」
妙に色っぽい声を上げたアットムが赤い波を放つ。
【心身燃焼】を浴びたスケルトンの再生が始まる。巻き戻しの映像のように筋繊維が復元し、ぽっかりと空いた眼窩の空洞から神経が伸びて眼球が生える。それらが一定の段階を越えた時点で待つのが支払い能力の破綻だ。
びくりと震えたスケルトンの群れが糸の切れた人形のように地面に崩れ落ち、ザアッと風化していく。
大きく吐息を漏らしたアットムが祈るように胸に手を当てて呟く。
「もう、お休み……」
死者を悼むアットムの姿にウッディは強い感銘を受けたようだった。
「凄まじいな……。この星のレイド級に備わるスキルは第一世代、第二世代のものが多い。最も強力なスキルが生まれた頃の時代だ」
アットムはあまり攻略に興味がない。ひたいに浮かんだ汗を拭って軽く首を傾げた。
「ウッディは物知りだねぇ」
「私はウッディではない。そうだな……。ウィングとでも呼ぶといい。さらばだ!」
ウィングがブンと羽を震わせて颯爽と手頃な岩陰に隠れる。
変身が解けた。身体の主導権も俺に戻る。
俺はアットムくんに駆け寄って安い三文芝居をした。
「アットム、無事か!?」
アットムくんはくすくすと微笑んでいる。
「うん。コタタマの友達が助けてくれたよ」
からくも危機を乗り越えた俺たちのダンジョン探索は続く。
これは、とあるVRMMOの物語。
変身ヒーローあまり役に立っていなかったような……。
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