炎の戦士
西暦2005年の出来事だ。
とある洋ゲーでレイドボスが用いるDoTダメージを与える毒がダンジョンの外に持ち出されて人から人へと感染を繰り返し都市部に拡大、屍の山が築かれる事件があった。
毒そのものは10秒ほどで自然治癒するものであったが、召喚獣やNPCに伝染したことで感染源の根絶は不可能となりサーバーを停止する事態に発展した。
【巫蟲呪画】とはプクリの固有スキルである。
プクリの討伐を困難と見た中国サーバーはスキル選挙でこれを解放し、スキル性能や有効な活用法を検証した。
結果、【巫蟲呪画】は禁術指定され現在に至る。
メイヨウは言う。【巫蟲呪画】は、膨大な魔力を秘めるレイド級が使えば地雷のような効果を持つスキルになる。プクリにとってはそれで十分だったのだろう。レイド級の攻撃はどれもがオーバーキルで、応用したところで無駄な魔力の浪費にしかならない。
だが、種族人間は違う。乏しい魔力しか持たない種族人間は限られた手札を駆使し工夫を凝らすしかない。
複雑な工程を持つスキルほど応用の幅は広がる。
つまり【巫蟲呪画】とは……この上なく種族人間に適したスキルだったのである。
1.中国-ポポロンの森-人間の里-日中連合軍会議席上
海上都市は、足を踏み入れたが最後、【巫蟲呪画】に蝕まれる死の街と化した。
海上都市から撤退した中国軍と日本軍はオムスビコロリン打倒を目指して一時的に手を組むことになった。
正直それは無理だろと思ったのだが、今回の戦争で日本軍の全体指揮を執っていたのはリリララであり、すでに中国軍に寝返っていたので案外スムーズに連合軍を組織できたという背景がある。
メイヨウは荒れている。壁をガンガンと蹴って、
「あの残飯ヤローッ! 私の兵を! よくも!」
残飯野郎。オムスビコロリンのことだろう。中国には冷えたメシを食べる習慣がない。日本のおにぎりは中国人からしてみると残飯にも等しい食べ物なのだ。
サトゥ氏も不機嫌だった。少し目を離した隙に俺とリリララとモッニカ女史が中国軍に寝返っていたのが気に入らないのかもしれない。メイヨウを諌める声にもどこかトゲがある。
「少しは落ち着けよ。メイヨウ。お前には連合軍の頭を張って貰う」
メイヨウはバッと振り返ってテーブルを両手でバンと叩いた。
「これが落ち着いていられるかぁ! ヤツは禁術に手を出したんだ! だから私はプクリの固有スキルを解放するのは反対だったんだよッ! 得体が知れないッ、気味の悪いスキルだ!」
サトゥ氏はメイヨウの説得を諦めた。ぼーっとして座っているリリララに声を掛ける。一転してにこやかな様子で、
「リリララ。どうだ? ここ最近のお前は絶好調だからな。今回も当てにしてるぞ。さあ、何が見えてる?」
極限まで最適化されたゲーム脳を搭載しているサトゥ氏にとって、未来を悲観しアビリティを暴走させたリリララはノッている状態という解釈になるらしかった。
リリララの精彩予測に頼って楽をすることを覚えた男だ。モッニカ女史がサトゥ氏を見つめる目はひどく冷たい。
「……サトゥさん。何度も申し上げた筈ですわよね? マスターは不調なのです」
「もちろん分かってるさ」
サトゥ氏の歯列がギラリと光る。
「動くのは俺たちだ。リリララは休んでいてくれ。後方で指示を出してくれればいい。さ、リリララ……。ん? どうした? 心なし顔色が良くなったな。何よりだ。さあ、俺たちを導いてくれ」
リリララはふるふるとかぶりを振った。
「導かないよ」
「なっ……!」
サトゥ氏は傷付いたような表情をした。しかしすぐに気を取り直してリリララの華奢な肩にぽんと手を置く。
「リリララ、言ったじゃないか。みんなが笑顔で暮らせる素敵な未来を作って行こう。俺たちのユートピア計画は走り出してるんだ。もう止まらない」
クソのような廃人は少し目を離した隙に怪しげな計画を推進していた。
モッニカ女史がバシッとサトゥ氏の手を払いのける。
「汚らわしい! 血に汚れた手でマスターに触らないでくださいまし!」
サトゥ氏が悲鳴を上げる。
「言い方ひどくない!? 血に汚れた手って何ならリリララのほうがよっぽどキル数稼いでるじゃん! お前ら【目抜き梟】のトレーニングモードの勝率がエグいって掲示板で散々叩かれてるぞっ! その点、元【敗残兵】の俺らは魅せるプレイに徹してるから半分が優しさで出来てる……」
国内サーバーではトレーニングモードを駆使したサバイバルゲームみたいなのが流行っているらしい。俺は流行に取り残されている。以前にメガロッパが言っていた通りだ。日本と中国を行き来している俺はどうしたってコンテンツの消費が遅くなる。
サトゥ氏とモッニカ女史がきゃんきゃんと喚き散らしている横で、俺は椅子を引きずってリリララに話し掛ける。
もう未来予知はしないのか?
「バンシーちゃん。私、アビリティの使い方が分かったんだよ。先生の言う通りだった。バンシーちゃんはブラックホールみたいな人なんだね」
言い方ぁ! ブラックホールってお前!
リリララは自己完結している。うんうんと頷いて、決意を表明するようにおっきなおっぱいの前でぎゅっと手を握り締める。
「私は工夫しなくちゃダメなんだ。バンシーちゃんには負けないっ」
くそがっ、納得行かねえ!
ぎゃんぎゃんと吠える日本のお猿さんたちをメイヨウが「静まれ!」と一喝する。
「最初に言っておくが、私はお前ら日本人が嫌いだ!」
サトゥ氏が反発した。
「俺だってお前ら中国人が嫌いだよ! いつまでも昔のことをネチネチネチネチと……! 反日とか民度低すぎんだろ!」
メイヨウは腕組みなどしてサトゥ氏を見下す。
「それがどうした! 私たちは幼い頃からお前ら日本人はクズだと習って育つんだ! だから気に入らないと言ってる!」
メイヨウは素直だなぁ。
まぁどうにもならん問題に拘っていても仕方ない。話を先に進めようぜ。
俺の提案にメイヨウは頷いた。
「残飯野郎を殺す。戦力が足りない。手を貸せ」
サトゥ氏が「待ってくれ」と声を上げた。
「そうは言うが、そもそも何が起きてる? 【巫蟲呪画】はプクリの固有スキル。それは分かった。だが、具体的にオムスビコロリンは何をしてるんだ? ヤツを殺せば解決する問題なのか?」
メイヨウは嫌そうな顔をした。情報を渡すのが嫌なのだろう。
「むむむっ。……これを言うと議論になるからあまり言いたくないのだが」
メイヨウ。言いたくないなら言わなくてもいいんだぞ。俺はお前の味方だからな。
「……そういう訳にも行かん。事の根幹に関わる話だ」
そうなのか。世知辛い世の中だぜ。
「うん。では言う。サトゥよ。【巫蟲呪画】はな、アクティブスキルだ。攻撃魔法ではない」
「……【スライドリード】と同じか」
「先に言うが驚くようなことではないぞ。【スライドリード】にしても強化魔法と言えなくもないだろう。アクティブスキルと魔法の境目はひどくあいまいなものだ。私たちに分かりやすく区別しているだけで、レ氏などは最初から全部引っくるめてスキルと言っている」
アクティブスキルか。だが近接職のスキルにしては……。いや、まさか、そういうことなのか? ハッとした俺をメイヨウがじっと見つめている。
「そう。【巫蟲呪画】は生産職の三次職だけが使える芸術に属するスキルだ。四次職は見つかってないから知らん。どうだ? 話が見えてきたろう。オムスビコロリンはダークプリーストだ。回復魔法と補助魔法を使える生産職。つまり……一種の儀式を執り行う職業なのだろう」
……ダークプリーストは生産職の系譜だったのか。しかし考えてみれば当然のことだった。クルセイダーとヴァルキリーは蘇生魔法を使える。言ってみれば【スライドリード(速い)】を使える司祭だ。ヒーラーがクラスチェンジを経て前線で戦える職性能になっていくのはよくあるパターンで、【心身燃焼】は回復魔法として完成されすぎている。実質的にプレイヤーを無敵化する魔法だからな。全てのジョブの頂点が君主であるように、このゲームのクラスは職位が上がるごとに統合されていく。
オムスビコロリンはダークプリースト。四次職は見つかってないから、現時点で【巫蟲呪画】を使えるのはダークプリーストだけということになる。ヤツ以外にダークプリーストは居ないということか?
メイヨウは情報を出し渋っている。
「……いや。あの症状は呪骸を使ってる。呪骸に選ばれるのは残飯野郎の信奉者だけだ」
呪骸とな。何やら物騒な単語が飛び出したぞ……。
「カートリッジ。聞き覚えあるだろ? メリケンどもがエッダを決戦に引きずり込むために使った人間増幅器だ。呪骸はそれに近い。【巫蟲呪画】の、より適した感染源になれるよう人体改造されている。ヤツらは残飯野郎に忠誠を誓っている。寝返りは期待できない。残飯野郎が本気なら呪骸を探すのは時間の無駄だ」
種族人間は、自分たちを根絶する手段の模索に熱心な奇特な生き物なのである。
サトゥ氏が義憤を燃やした。
「呪骸だと。人間を一体何だと思ってるんだ……!」
俺も義憤を燃やした。許せんよなァー!
モッニカ女史がぽつりと言う。
「魔族の秘術ですの……」
悪漢、オムスビコロリンを討つべし!
俺とサトゥ氏はえいえいおーと握り拳を突き上げた。
2.日本-クランハウス-居間
やることは単純だ。
【心身燃焼】を打って海上都市に突撃。バルキリーモードに突入したクルセイダーを総督府に放り込んでしばし待つ。
その間、暇なので俺はウチの丸太小屋に戻ってゴロ寝する。一分の無駄もない完璧な計画だ。名付けてV作戦。勝利のVだぜ。
メイヨウは無敵の戦士たちの運用に難色を示していたが、放っておいてもレイド戦で暴走して邪魔するような連中である。十人くらいは軽くロストするかもしれんが、遅いか早いかの違いだろう。俺たちが考えるべきなのは、完全変身させてアビリティを頂戴するか否か。その一点のみよ。クルセイダーって便利だよなぁ。
海上都市と山岳都市の戦争は今後も継続して続いていくことになるだろう。
そりゃそうだ。何しろ種族人間は何度でも死ねる。オムスビコロリンが【巫蟲呪画】の発動に踏み切ったのは膠着状態を狙ってのことだ。たくさんの人間が死ぬことになる。
だが、しょせんはゲームだ。殺し合いも最初は楽しいが、いずれは飽きる。俺はもう飽きた。ピークが過ぎれば、あとは野となれ山となれよ。俺の知ったことじゃないね。
俺はモグラさんぬいぐるみを抱き寄せてソファに横になる。居間の窓から差し込む陽光にうとうととしながら、夢うつつに炎上する総督府を思った。
すやぁ……。
これは、とあるVRMMOの物語。
事象の地平面:自力で脱出することが不可能となる境界線のこと。ブラックホールが黒く見えるのは、この事象の地平面より光が脱出できなくなるためである。シュバルツシルト面とも言う。
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