君をのせて
1.海上都市ニャンダム
くそっ、針を飲んで出遅れたぜ。
中国本土の決戦は市街戦に移行した。
リアルの戦争なら本土上陸を許した時点で王手なんだろうが、このゲームの場合は違う。
エンドフレームは最終局面で運用することができない。
デカすぎるのだ。どうやってもティナンを巻き込んでしまうから、NAiに仕込まれた頭ン中の爆弾が作動して自爆することになる。
しゅるしゅると縮んだ日本産のゴミどもが市街地に雪崩れ込んで中国軍と衝突した。
そう、戦争は続いている。
一部のゴミは引退がどーたらとゴネるリリララに絆されて戦闘を放棄し宴会に突入したようだが、大部分のゴミどもは愛や友情などというものが弱者のたわごとであることを理解しており……というか悲劇のヒロインムーブをしていたリリララがまず強キャラだ。悲劇のヒロインっつーか黙って聞いてれば悪質な月詠計画みたいなのを企てていたとんでもない女である。
が、俺は知ってる。
リリララが血も涙もない非道の魔法使いであることを。
例えばPvPのチーム戦などでは精彩予測からの壁抜き【全身強打】という理不尽極まりない凶悪コンボを叩き込んでくる。その理不尽さを一言で言い表すならば豪鬼使いであり、もしくは第五部のボスの人であり、またの名を吐き気を催す邪悪さんと言う。つまりはサトゥ氏の同類だ。あんまりにも高性能キャラだからてっきり接待プレイして負けてくれるのかと思ったら手加減するのは失礼だからとか抜かしやがる。バッカお前、手加減したら失礼なんて言いぶんが社会で通用すると思ったら大間違いだぞ。オンゲーのPvPがイマイチパッとしないのは熟練者が勝たせてくれねえからじゃねーか。これに関しては断言できるぜ。PvPがつまんねえのは負けるからだよ。そこに来てザコMOBさんはコロコロと負けてくれるから狩りのほうが面白ぇんだ。
そんなリリララさんに引退の心配をされても正直なところ「余裕っスなァ!」としか思えないのは、
(無理からぬこと……)
であった。byウッディ
さて、先生に見送られて砦を後にした俺はリリララとモッニカ女史を供に海上都市を駆けている。
俺の説得の甲斐もあり、二人はひとまず今回に限って中国側に付いてくれることになった。あれ? 俺、針の飲み損じゃね?
「まったく意味が分かりませんわ……」
モッニカ女史はぶつくさと文句を垂れているが、ネトゲーでより楽しそうな陣営に回るのはごく当たり前のことだ。日本産のゴミどもを見飽きた俺は中国産のゴミどもに混ざって一緒に遊ぶ。結果として山岳都市が陥ちたとしても大して問題はない。結局のところ、矢面に立って殺し合うのは種族人間だ。
おっとメイヨウ発見。称号持ちが前線で指揮とは恐れ入る。
メイヨウがゴミどもに混じる俺を見つけてニヤッと笑った。漢服の袖をバッと広げて叫ぶ。
「チュンユウ! 待っていたぞ! さあ、死力を尽くして戦おう!」
ご期待に添えなくて悪いな。俺は今回お前らの友軍に回る。
「なに!? いやっ、それもまたよし! 私は細かいことには拘らない女だ! いいだろう! 共に日本猿どもを血祭りに上げるのだ! 突撃!」
メイヨウ様ー!
俺はリリララを手土産に持って行けば喜んでくれると思って総督府に向かっていたのだが、メイヨウはマジで凄いやつなのかもしれない。面倒臭いことを兵士に一切考えさせない。これもまたカリスマか。
メイヨウは日本軍の圧力に一切ひるまない。ドンドン前に出てくる。
「むっ、そこに居るのはリリララとモッニカだな! 歓迎するぞぅ! 私は使えるプレイヤーが好きだ! 撃滅せよ!」
指揮官がドンドン前に出て来るから兵士たちも戦線を押し上げざるを得ない。精強な兵士を多数抱える中国軍でしか通用しない戦法だ。とはいえ部下は堪らない。
「【傾国】! 下がれ! あんた弱っちいんだから……!」
「やかましい! 後ろでちまちまと指揮を執って何が楽しい! 血湧き肉躍る! これだ! 戦争だ戦争だ戦争だー!」
もうメチャクチャだ。
あっさりと裏切りが露呈した俺は知らないゴミに絡まれている。
「テメー! セブン共々ブーンのエサにしてやっか!?」
俺はニヒルに切り返した。
「偏食は良くねえ。たまには別のモンを食わせてやらねーとな?」
つまりお前のことだよオンドレぁ! むっ、防がれた。やっぱ正面切ってのバトルは分が悪いな。力比べに持ち込まれた。こうなると俺は弱い。何を隠そうレベル1なのだ。力を逸らす技術も追い込まれた状態で魔法を使う技量も俺にはない。おい、リリララ! 俺を助けろ! 何をぼーっと突っ立ってんだ! 援護しろ!
リリララはぽかんとしてから、不意に口元を手で覆ってくすくすと笑い出した。
「ふふふふふ」
ブッ殺すぞテメー! あっ、あっ、あっ、死ぬ! 死んじゃうからぁ!
リリララは、すうっと大きく息を吸って歌い出した。
La La La……。
おい! こっち見ろ!
ギリギリと押し込まれて俺はドンドン仰け反っていく。
パッと明るい顔をしたリリララがモッニカ女史の手を取ってぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「モニカ! 私、分かった!」
「う、うん?」
モッニカ女史は戸惑うばかりだ。
いつになく明るい口調でリリララが続ける。
「コタタマくんは悪い未来を作る人なんだね!」
何それひどい! お、お前な……! お前っ、言っていいコトと悪いコトあるぞ!
「そっかぁ。だからコタタマくんはすぐに死んじゃうんだ。みんな楽しいほうが絶対にいいもん!」
な、なんつー言い草だ……。
俺はもう立っていられなかった。ゴリゴリと押し込まれて地べたに押さえ付けられる。
ぴょんと跳ねたリリララが俺の横にしゃがみ込んで俺の顔をじっと覗き込んでくる。
俺はリリララのパンツをガン見した。
リリララはくんくんと鼻を鳴らして、不思議そうに首を傾げた。
「どうして悪いことするの?」
悪いこと? しないよ。
俺はリリララの誤解を正してやった。
俺は犠牲になったんだ。犠牲にな……。分かるか。リリララ。つまり俺は死にそうだ。助けろ。俺はお前の味方だと言ったろ。逆に言えばお前は俺の味方ってことになる。助けろ。
リリララは左に傾けていた首を右に振った。
「助けて欲しいの?」
そうね。
俺を押さえ付けている知らないゴミが親切に忠告してくる。
「おい。崖っぷち。ヤバい話の流れだぞ」
それは俺も思う。でも諦めたくないんだ。俺はお前に勝てそうにないから少しでも可能性があるなら賭けてみたい。
リリララはゴソゴソと懐を漁って魔石を取り出した。
これは? 俺は俺を殺そうとしている知らないゴミに尋ねた。
「見ろ、他の連中が避難していくだろ。リリララは黒魔術師だ。黒魔術師は魔石を孵して攻撃魔法のステージを上げれる」
なるほど。分からん。
「簡単な理屈だ。人間には魔法を使いこなせない。だから魔石を孵してモンスターを媒体にする。使い魔、ファミリアとか呼ばれてる」
ほう。かなり派手なことになりそうだな。お前も逃げたほうがいいんじゃないか。俺に構うな。行け。
「お前を置いて行けるかよ」
そうかい。バカだな、お前も。俺と知らないゴミは刃越しに苦笑を交わした。
リリララの手のひらで魔石が孵化した。
生まれたのは小さなスライムだ。
葛饅頭がぶるりと体表を震わせて、光の輪を浮かべる。それは天使の輪っかと似ていた。【全身強打】の三段階目がついに俺に牙を剥こうとしている。
……何故だろう。不思議だ。俺を助けるという話だった筈だったのに、かつてないほどに惨たらしく殺されようとしている。
だが……生きる目はあった。
俺と知らないゴミが憎しみを捨てて互いに手を取り合ったならば、この至近距離だ。リリララに為すすべはあるまい。ほんの少し……。ほんの少し、歩み寄ることができたなら。俺たち二人なら……。きっとリリララに勝てる。
それは。
あまたのアビリティが折り重なったことで起きた奇跡だったのか。
瞬きすら許されない薄く細い時間の切れ目に俺は確かに聞いた。
(大丈夫)
知らないゴミ……。
(痛くないよ。強がりじゃない)
いやゴンさんじゃねーか!
え? なに? シチュが似てたから、ついやっちゃったの?
セミ野郎がノッてきた。
どことも知れない部屋のソファにセブンが脚を組んで座っている。認識阻害? セブン生きとったんかワレぇ!
「確かにある」
ちょっ、アホなことやってないで俺を現世に帰して!
「あり得ない? いや、ある。ある武道では心滴拳聴と呼ばれている現象だ」
お前マジで覚えてろよ! 絶対に殺す!
セブンの認識阻害が解除された。時間稼ぎは十分ということだろう。くそがっ。
俺は知らないゴミの斧が首に食い込むのにも構わずリリララに掴み掛かった。死んで堪るか。生きるんだ。吠える。うおおおおっ!
リリララの使い魔が天使の輪を放った。
テキスト、魔法の誕生だったか。魔法は【奇跡】の変形であるらしい。だから一部の魔法は天使の特徴を残したものになるのだろう。ごく初期の段階で生まれた魔法がそうなのかもしれない。
俺の首を半ばまで断ち割った知らないゴミの斧が塵と化した。
光の波が俺と知らないゴミの身体を貫通した。まず助からないと覚悟を決めていた俺と知らないゴミはキョトンとして互いに顔を見合わせる。い、生きてる?
いや、そうか。そういうことか。いくらリリララでも三段階目の攻撃魔法を完全に操ることは難しいんだ。不発に終わったらしい。
なんだよ。拍子抜けだ。俺はニヤニヤと笑ってリリララの肩をぽんと軽く叩く。おい、残念だったな? 俺は生きてるぜ。
お? 俺の手が鮮血を撒き散らして機械化した。なんだ? 変化は止まらない。俺の意思に反して浮かび上がった複雑な紋様が這い回って俺の身体を人外のそれへと作り変えていく。
ぐっ、うぅ……! 俺はうずくまって鎮まれと命じる。ま、マズい。そ、そういうことか。【全身強打】の三段階目は【戒律】に……母体にダメージを……!?
俺は知らないゴミを見た。知らないゴミが苦しげにうめきながらもニコリと笑い、コクリと頷いた。……悪いな。巻き込んじまった。
俺と知らないゴミの身体が鮮血を撒き散らしながら変貌していく。さすがに一発ロストすることはないだろうが……攻撃魔法には更に上の四段階目がある……このまま何もしなければ残機が削られていくだけだ。
もう身体の自由が利かなかった。俺と知らないゴミは地べたに這いつくばりながら、ガクガクと震える腕を互いへと伸ばす。
黒い金属の腕。鋭い鉤爪。もう人間のそれじゃない。それでも。異形と化した指先が、そっと触れた。わずかな接触を起点に、もう離さないとばかりに力強く手繰り寄せる。
もはや言葉は要らなかった。俺と知らないゴミは微笑を交わし、指と指を絡めて繋いだ手をゆっくりと持ち上げる。
どちらからともなく呟いた。
「【重撃連打】」
落雷が四方八方に飛び散る。
降り落ちた雷が地を砕き、轟音が過ぎ去ったあと……そこに俺たちの姿はなかった。
まるで、死してなお抗うかのように……。
これは、とあるVRMMOの物語。
この感情を何と言い表せば良いのか……。
GunS Guilds Online