伝説のパンダマン
1.海上都市ニャンダム-とあるティナンの屋敷
ログインするなり椅子に縛り付けられて金髪碧眼のロリキャラに頬をペロペロされている。
……昨夜の記憶があいまいだ。
まぁそれはいい。浴びるほど酒を飲んで記憶が飛ぶのは今に始まったことじゃない。
ただ気掛かりなのは、べろんべろんに酔っ払って人類の歩むべき道について熱く語っていたスィシーの姿が見えないことだろうか。
俺は、二日酔い特有の乾いた倦怠感にうめき声を上げた。身じろぎして肩でロリキャラを押しのけて言う。
やめ、やめろ……。なんで舐める……。ばっちぃな。俺に懐くな。他を当たれ……。
するとオムスビコロリンは意外そうな声を上げた。
「あれ? 嬉しくなかった?」
俺だってロリキャラを全否定するつもりはねえよ。だが二次元と三次元のロリは別モンだ。俺は女は見た目が全てだと思ってるからな……。お前くらいのガキンチョは顔のパーツが出来上がってねえからハッキリ言ってブサイクだし、クソだせぇアニメロゴの入ったシャツと靴を履いて奇声を上げながら走り回ってるようなヤツに欲情しろってのは無理な相談だ……。
コロリンさんよ。お前だってお前自身のキャラクリで分かってるだろ。大人の顔をガキの胴体に乗っけても不気味なだけだ。けどな、それがアニメや漫画の幼女なんだよ。縮尺やらデフォルメで誤魔化しちゃいるが、実写にしたら単なる着ぐるみだ。このゲームのグラフィックはリアルと遜色ねえから、ロリキャラを作ろうとしたらリアルに寄せるしかねえ。お前がそうだ。二次ロリと三次ロリの間には越えようにも越えられねえ大きな隔たりがある。ハッキリ言って犬猫と変わんねえよ……。
同席しているメイヨウがくつくつと喉を鳴らして笑った。
「それ見たことか! だから言ったろう。コロリン。お前の色仕掛けはチェンユウには通じないと」
金髪ロリは「ちぇー」と小さな唇を尖らせて俺から離れた。マジュンくんの隣の席に座って足をぷらぷらさせる。
……称号持ちが三人揃って俺に何の用だい? スィシーの姿が見えないようだが……。
マジュンくんがニコリと笑う。
「さあ? 君は路上で一人で寝ていたと報告を受けているが……」
本当に?
マジュンくんはテーブルに両肘を突いたまま器用に肩を竦めた。
「私の言うことが信用できない?」
まさか。信用してるよ。俺はマジュンくんの目をじっと見つめながら軽く首を横に振った。それから付け加えて言う。
ずっと前からね。
俺とマジュンくんはしばし見つめ合った。
ややあってから根負けしたようにマジュンくんが声を立てて笑った。
「悪かったよ。やめよう。これじゃあまるで刑事と容疑者の遣り取りだ。正直に言うよ。スィシーは置いてきた。理由は色々とあるが、まず何より仙人をティナンの屋敷に連れて来るには準備が不足していた。彼ら仙人にはティナンといえど万が一があるから怖い」
……エンドフレームの抜き打ちか。
「抜き打ち?……ああ、君の目だとそう見えるのか」
ん? 違うのか?
「いや、誉めたつもりなんだ。詳しくは言えないよ。チェンユウ。君は私たちの側に付くつもりはないんだろう?」
どうかな。俺のひとまずの目的はジャムジェムの安全確保だ。リンリーとは違う、もう一人のαテスターが気に掛かる。それに俺を味方に付けてお前らに何の得があるのかと思っている。
メイヨウが腕組みなどして俺を見ている。漢服の下に隠されたおっぱいは大きくも小さくもない。
「チェンユウ。それは」
「メイヨウ」
何か言い掛けたメイヨウをマジュンくんが手振りで制した。
「私が話す」
メイヨウがムッとした。
「ダメだ。私から言う。お前は何かと回りくどい」
マジュンくんが席を立つ。
「分かった。戦って決しよう」
「そうしよう」
そういうことになった。
マジュンくんとメイヨウの試合が始まる。
マジュンくんは両足を前後を開いて手のひらを突き出した構え。形意拳か。対するメイヨウの流派はちょっと分からない。重心はやや後ろ寄りか? 両の手刀を顔の前と胸の前に立てた防御寄りの構えだ。
俺が壁際に避難して観戦していると、ちょこちょこと寄ってきたオムスビコロリンがくいっと俺の袖を引っ張って俺を見上げてくる。あんだよ。
「思ったよりも自己評価が低いんだな? かつて山岳都市に免罪符をバラ撒いたプレイヤーの発言とは思えない」
やりたくてやった訳じゃないからな。ティナンの社会は一種のネバーランドだ。俺らのリアル歴史で、ボロすぎて禁止になった商売なんざ幾らでもある。面白いよな。間抜けが引っ掛かるからそれはダメっつって違法になるんだぜ。まるでネトゲーの下方修正だ。バグを悪用した荒稼ぎは罰される……。だが悪用ってのは何だ? そりゃあ運営のミスだろう。文句を言いたいのはこっちだぜ。
つまり俺は悪くない。俺はハメられたんだ。
オムスビコロリンはニコッと笑った。部屋のドアを指差して、
「少し歩こう。話がある」
嫌だよ。俺は断った。お前と二人きりになりたくない。
「金やるから。バイト感覚で」
マジかよ。じゃあ行くわ。俺は快諾した。
だが勘違いするなよ? 金目当てじゃない。俺はキリッとした。先生と同じ【賢者】の称号持ち……。俺はお前に興味があった。
拳撃を交わすメイヨウとマジュンくんをよそに、俺とオムスビコロリンはこっそりと部屋を出た。マジュンくんとは元々そういう手筈になっていたのかもしれない。部屋を出ていく俺たちを、マジュンくんはメイヨウの連打をいなしながら見送った。
2.海上都市ニャンダム
オムスビコロリンはティナンに大人気だった。
海上都市を一緒に歩いていると、ロリショタエルフがちょこちょこと寄ってきて「賢者様〜」だのとうっとうしいことこの上ない。
たちまちティナンに取り囲まれた金髪ロリのお零れに預かる形で、一人ぽつんと立っている俺にティナンの輪からはみ出したショタエルフが構ってくる。
「コロリン殿の護衛ですか? お勤めご苦労様です」
まぁそんなもんだ。俺は嘘を吐いた。着任して日が浅いんだが、いつもこうなのか?
ティナン男子はコクリと頷いた。
「そうですね。コロリン殿は総督府に務めて長いですから。ああ、もちろんマジュン殿とメイヨウ殿も人気ですよ。ただ、お二人は武門のトップですから……」
総督府というのはつい先ほど俺たちが居たティナンの屋敷のことだろう。
なるほど。言ってみれば文官のオムスビコロリンはティナンの暮らしと密接に関わっているから人気があるのか。見た目もティナンに近いしな。
俺はセミプロだから小遣いは前払い制が基本だ。金はもう受け取っている。つまりこの場にとどまる理由はない。放っといて先に行くか。
俺は金髪ロリを置いてさっさと歩き出した。
ティナン包囲網に絡め取られている金髪ロリがびっくりして叫んだ。
「あっ、逃げる! 追え!」
ちっ! 俺はダッと地を蹴って駆け出した。楽しそうに悲鳴を上げた子ティナンが俺の背中を引っ掴んでぶんぶんと振り回す。やめろ! 服が伸びちゃうだろ! 俺キャッチボールが始まった。舐めるなよ……! 今の俺は魔法使い。魔法使いコタタマ様だ!
俺は糸クズのような細い電撃を放って応戦する。子ティナンどもは大喜びだ。クソの役にも立ちゃしねえ。
降って湧いたような俺キャッチボールイベントに負けじと種族人間によるパフォーマンス合戦が白熱していく。ゴミのような種族人間はティナンの財布をいかにして軽くするかを競い合っている。海上都市はそういう街だ。
俺とオムスビコロリンは混乱に紛れて逃げるように海上都市を後にした。
3.エッダ海岸
なんか無駄に疲れた。
金髪ロリと一緒に波打ち際に立ってぼんやりとしている。
オムスビコロリンはケロッとしている。ティナンに囲まれるのなんて慣れっこなのだろう。
「マジュンは君主だからなー。ティナンたちも気を遣ってるんだよ。側役のリンリーは……あまり良く思われてない。マジュンの前任者が猪武者っつーか、そんな感じで王族を蔑ろにしてな。リンリーはその仲間だと思われてる。あれだ、性格は全然違うが、お前っトコのサトゥとスマイルの関係に近い」
中国サーバーのトップは一度入れ替わっている。
話には聞いていたが……それほどか。
「うん。今になって思えば、マジュンの反逆は必然だった。白龍……マジュンの前任者のことだが……ヤツは強すぎた。仙人会ですら手を焼くほどの怪物だ。世界は広い。ああいう人間も居る。あれでもう少し考える頭があればな」
それで、お前が追い落としたのか。
金髪ロリが無邪気に笑った。
「ま、そういうこと。白龍は頭を張るには不向きだった。ある程度まではそれでいいんだろうが、俺は先を見越してマジュンを取った。総合的にはマジュンのほうが上だと思ったからだ。後腐れのないよう決闘の舞台を整えて、白龍にマジュンのほうが上だと認めさせた。ロストまで追い込んだが、今頃アイツどうしてんのかなー」
案外楽しくやってると思うぜ。
「そうだといいんだが」
話はそれだけか?
「さて、どうしたもんかな。正直、迷ってる。チェンユウ。お前は何も言わなくても気にしなさそうだ。俺としてはこのままオサラバしたいところなんだが、マジュンは義理堅くてな。お前が海上都市を守ってロストしたことを気にしてる」
俺に関係ありそうなことだけ教えてくれりゃいいよ。余計な情報は要らない。
「それだと全部になるんだよ。まったく関係ないなんてことあるか? 同じゲームで遊んでるんだぜ?」
それもそうか。じゃあこうしよう。知ってたら面倒臭えことになりそうなコトは省いてくれ。
「それなら、そうだな……。まず事の発端はお前のアビリティが解放されたんじゃないかっつー疑惑による」
ん? ああ、ジャムジェムにロストされたからな。そういうことになるのか。
コクリと頷いたオムスビコロリンは指を二本立てた。
「メインストーリーは二つある。一つは【ギルド】絡みだ。もう一つはNAiの。NAiの目的は【奇跡】のスキルを取り戻すことにある」
そういうのを余計な情報っつーんだよ。なんで言った?
「まぁ聞けよ。こればっかりは避けて通れない。プレイヤーは職種によって使えるスキルが違うよな? 条件を満たすことでジョブチェンジし、特定のスキルを決まった段階まで使える。これは【戒律】だ。アビリティも同じさ。個人によって合う合わないがある。そいつを、俺たちは白龍のアビリティを解放したことで知った。ヤツのアビリティを受け継ぎ、使用できるようになったのはマジュンだけだ。だが、いくらマジュンでもン万というプレイヤーで唯一無二のパーソナルってことはないだろう。似た人間は居る。つまり……アビリティの解放、継承には幾つかのタイプがある。個人に受け継がれるもの、そうでないもの。これが【型】だ。でも、NAiはそれじゃ困るよな?」
アビリティを集めて【奇跡】を取り戻そうとしてるってのが本当のことならな。
「だから、これはレ氏とNAiのゲームなんだ。継承の型の違いを俺たちは血液型に当て嵌めることにした。もちろん細かい分類は別にあるが、ネトゲーマーは何故か無駄な知識を嫌う傾向にあるからな。まずは大雑把でも直感的に把握できる手法を広めることにした。A型、B型、AB型、O型、RHマイナス、そしてRHプラス。R型ってのはRHプラスのことだ。血液型にはあり得ない全適合型のアビリティ。RH判定はD抗原の有無だから……それだけを考えれば大多数の人間はD抗原を持ってるRHプラスだ」
そう言ってオムスビコロリンは俺を見た。
「チェンユウ。お前がそうなんだよ。いざって時に自分のアビリティを全プレイヤーにバラ撒いてやろうと考えてるだろ?」
いや? 別に?
もちろん俺は否定した。真偽の程は自分自身でも分からないが、R型のアビリティがヤバいってのは分かった。ならば肯定しても損しかしないだろう。血液型の性格診断を信じるなら俺は几帳面なA型か協調性があるO型だな。どっちにするか悩むぜ。
まぁどっちかと言えば相互協力型かな。ハンターxハンターの念能力ね。複数人で成り立つ能力だから強いっていう理屈が問答無用すぎて好きだわ。それアリなんだ?みたいな。
ともあれオムスビコロリンの言いたいことは分かった。
大規模侵攻で中国サーバーが俺を狙ったのは、俺を攫うことそのものが目的だった。いや、多分目的は複数あって、ついでに達成できるのが俺のアビリティが解放されたのか否かの確認だったのだろう。赤カブトさんにロスト食らった時、俺は完全にはコンフレームには戻れなかったからな。前例があったとも思えない。解放されてるかどうかは半々だった。
結果は白だ。あれだけ多くのゴミが居て誰も俺のアビリティを使わなかったなら、ほぼ確定と言ってもいい。調べれば分かりそうなもんだが、まぁついでだからな。
多数の戦闘員を動員して、たった一つの目標をクリアできればOKなんてのは戦争末期の考え方だ。これはゲームだから、安全なところから自キャラを動かしてるプレイヤーはリアルよりも冷徹な判断を下せる。
例えば、大規模侵攻そのものが耳目を集めるための囮だったりな。
中国サーバーの連中は俺というザコキャラを攫うことで、まんまと日本サーバーの抵抗を押しのけて目的を果たしたという事実を手にした訳だ。他国の連中はどう思うかな。あの顛末を目にして日本は中国よりも強いなんて思うやつは居ないだろう。
国の数だけサーバーがあるなら、ゲームユーザーが少なすぎてレイド級に絶対に勝てないというサーバーもあるだろう。そいつらはエッダ海岸のマップが解放された時点で他国との連携を思い付く。何しろ他に手段がないのだから。
まぁ俺には関係ないことだ。好きにすればいい。
ところが金髪ロリの話には続きがあった。
「俺の話は推論だらけで穴があると思ったろ? お前はずっと半信半疑だ。無理もない。全部受け売りだからな。ウチの国にはパンダマンの伝説っつーのがある」
……パンダマン?
「アビリティの血液型判定を考えたのは、パンダのビジュアルをした、ある一人のプレイヤーだった」
波打ち際にごおっと強い突風が吹く。
俺は振り返った。
ボロを纏った先生がそこに立っていた。
オムスビコロリンがぽつりと言う。
「いつの間に女神像の登録を?……あんたがそうだったんだな。先生」
これは、とあるVRMMOの物語。
その再会はあまりにも早すぎて……。
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