前哨戦
1.中国-ポポロンの森
エンドフレーム同士の戦いはコンフレーム同士のそれの延長上となる。基本は一対一だ。このゲームは魔法使いゲーなので、まず相手の魔法を警戒せねばならない。俺のエンフレは斧を持っているが、別に魔法使いは斧を持ってはならないという決まりはないのだ。
海上都市に出現したメイドインチャイナのエンフレは四体。先鋒はまず近接職と見て間違いないだろう。【スライドリード(速い)】を使える近接職は威力偵察に適したジョブだ。勝てればラッキーな俺とは事情が異なる。堅実な手を打ってくるだろう。
とはいえ、どの程度のプレイヤーかは分からない。ロストの危険性を鑑みて初戦は雑魚キャラを出すという見方もできるし、逆に無駄な犠牲者を出しても仕方ないから最強の駒を出すという見方もできる。
俺のエンフレは羽が生えていて空を飛べるという大きなアドバンテージを持つ。しかし本当にそうか? 疑うことは大切だ。
エンフレは別に羽が生えてなくても空中を走ることができる。つまり俺のアドバンテージは旋回性にある。上空から一方的に攻撃できるなんて期待は捨てたほうがいい。
日本産の粗大ゴミと中国産の粗大ゴミが徐々に距離を詰めていく。
俺は多節棍みたいな舌をジャラジャラと伸ばし、触手の先端に実っている斧をジャッジャッと擦り合わせる。
俺のエンフレは魔法生物タイプという分類に入るらしい。要するにカーバンクルの仲間ということになる。
相手は予想通り一体が先行。人型だ。汎用性が高いモデルということになるのだろう。背中の突起を引き抜き、ブンと振り回すと魚の骨みたいに展開して骨と骨の隙間に光の幕が張る。ビームサーベルかよ。メイドインチャイナが吠える。
【日本人〜! ギルドを引かせろ〜!】
やだよーん。
俺の可愛いクロアリは着実に海上都市を侵攻している。着実。まぁ着実だ。
ハッキリ言って俺がクロアリに侵攻を命じたのは単なる嫌がらせである。戦果を期待してのことではない。クロアリのスピードではティナンには追いつけないし、細かい指示に応じる器用さもない。ただ、デバフも相まって耐久力はレイド級に匹敵するだろう。
クロアリが全身から黒いこんぺい糖みたいなのを射出した。あれらは金属製の武器防具を腐食するデバフ効果を持つ。つまり余計な出費を嫌うなら丸腰で挑めということだ。俺が設計しただけある。素晴らしくイヤラシイ。
ティナンはクロアリに接近するリスクを犯す必要がない。貧弱な種族人間では文字通り歯が立たない。
そいつを引かせろって? 俺に何の利がある。
「利ならばある!」
あ? 誰だよ。見れば、中国版エンフレの肩の上に誰か乗っている。小さすぎてゴミかと思ったぜ。
着物姿の女だ。黒を基調としており袖口は赤い。多分漢服ってやつだろう。日本の着物と違って帯を強調した作りになってない。全体的にひらひらしていて、長い裾とゆったりした袖が特徴的だ。現代の中国人に漢服を着る風習はないと聞いたことがあるが……。いや、ネトゲーならアリか。このゲームにはないけど、課金アイテムの見た目装備に水着とかあったら海パン一丁で狩りとか平気でするからな。
漢服女が声を張り上げる。
「私はメイヨウ! ネカマだ! お前はチュンユウだな! 話には聞いている!」
メイヨウね。そりゃ字かい? ちょいとネットで調べた程度の知識で恐縮だが、こっちじゃ親でも上司でもないのに姓名で呼ぶのは失礼に当たるんだろ?
メイヨウと名乗った女は目を丸くしてから俺の気遣いを笑い飛ばした。
「いつの時代の話だ! 字なんてものを律儀に使っているのはマジュンくらいだ! 彼はこちらの代表だからな。らしさに拘る」
ほう。そうなのかい。
じゃあメイヨウとやら。俺から言えるのは一つだ。ここはじきに戦場になる。どきな。
「待て! チェンユウ。お前のことは知っている。我々にはお前と戦っても得るものがない。それは分かるだろう。だから話し合おうと、こう言っている」
知ったことかよ。おい、デカブツ。俺とお前の勝負だ。さっさと掛かってきな。
【メイヨウ殿がそうせよと言うならばそうしよう。言うことを聞け。殺すぞ】
ヘタれてんじゃねえよ。お前が死ね。
メイヨウが長い袖を振って両手を広げる。
「そう責めてくれるな。私はマジュンの留守を預かる者だ。【傾国】と。そう呼ばれることもある」
傾国……。称号持ちか。
だったら尚更だ。消えな。信用ならねえ。オメェーにはティナンの悲鳴が聞こえねえのか? 海上都市を放ってこんなところで何をしてる。俺のことを知ってると言ったな。口先だけで俺を丸め込んで体良く利用するつもりなんだろう。イイ人ぶっちゃいるが……。
俺は触手の先端でメイヨウを指差した。
傾国とやら。いいことを教えてやるよ。いざって時、ティナンのために動けねえ人間は信用ならねえ! もう一度言うぜ。テメェはこんなところで何してる!
何しろ俺自身がそうなのだから説得力は抜群だ。
メイヨウはチッと舌打ちした。離脱の構えを見せ、中国版エンフレに命じる。
「逃がすな。確実に息の根を止めろ」
ひゅう! 俺は口笛を吹いた。いいね! メイヨウさんよ。そっちのほうが断然魅力的だぜ! ああ、心配すんな! 俺は逃げねーよ! 最初からそのつもりさ! トコトンまで行こうぜ!
俺はブンと羽を震わせて前に出る。
アビリティが発現した。黒い紋様がじりじりと宙を焦がすように遊離し円環状に広がる。中国産エンフレも応じて前に出る。俺とは異なる紋様が浮かび上がった。紋様と紋様が接触してバチバチと火花を散らす。接敵まで5秒。粗大ゴミの肩からぴょんと飛び降りたメイヨウが、俺の称賛に不快げな顔をして罵ってくる。
「日本猿が! 決めたぞ! ロストしたお前を見つけ出して私の奴隷にしてやる!」
やれるもんならどーぞ! おらっ、どけ! ひき潰すぞォー!
アナウンスが走った。
【GunS Guilds Online】
【Duel!】
【所有権の限定的な解除】
【所持アイテムをBetしてください】
【制限時間:00.30…29…28……】
俺は即答した。
【何でもいい! 好きにしろ!】
いちいち水を差すんじゃねえよ。
俺は咆哮を上げて中国人を威嚇する。
メイドインジャパンの底力を見せてやるぜ。薄利多売のお前らとはモノが違うのさ。
負けじと中国人も吠える。
【傾国に取り入るかッ! 下衆が! バラバラに引き裂いてくれるわ!】
上等! 行くぞ行くぞ来い来い!
死ねよやぁーッ!
俺の斧とビームサーベルの刃が噛み合う。俺の斧が両断された。想定内だ。俺の触手は一本じゃない。まん丸ボディを半回転して残りの触手を振るう。まぁ当たらない。上体を倒して大きく屈んだ粗大ゴミが鉄棒を逆上がりするように俺の頭上をとる。初心者の動きじゃない。逆手に持ち替えたビームサーベルで俺を串刺しにしようとしてくる。俺は口を大きく開いて敵機の腕を狙う。元より近接職とのガチンコで勝てるとは思ってない。相打ちなら悪くない。俺は燃え尽きたいのだ。
『コタタマりーん!』
はーい。俺はしゅるしゅると縮んで自害した。悪い。帰るわ。
俺はダッシュで死に戻りしてシュバババッと山岳都市に帰還した。
2.日本-山岳都市ニャンダム-露店バザー
シルシルりんが俺を呼んでいる。
俺を逃がさないと豪語していたメイヨウには悪いが、俺の好感度稼ぎが不十分だったな。あの短時間で何をやれたかと言われれば疑問ではあるが、称号持ちなら高いハードルを飛び越えてくれないと。残念だ。
そういえば所持品を賭けろみたいなことを言われたが……特に何も減ってないな。何だったのだろう。首を傾げつつ、山岳都市の街中を駆けていく。
攻め込んできた中国プレイヤーと迎え撃つ日本プレイヤーは市街戦に突入したようだ。街中の至るところで戦闘が勃発している。ぱっと見た感じ日本産のゴミは意外と善戦している。頭数が違うのだろう。攻め込む側は海を越えなくてはならないので一気に大量の戦闘員を投入するのは無理なのかもしれない。
とはいえ、攻め入ったからには何らかの勝算がある筈だ。
「コタタマりん……!」
シルシルりーん! シルシルりんが抱きついてきた。今日のシルシルりんは大胆だな。どうしたんだろう。
「こ、怖かった……」
……?
ああ、戦争が怖いのか。一瞬何を言ってるのか分からなかった。このゲームのプレイヤーはチュートリアルの時に頭ン中をいじられて戦闘を忌避しないように調整されているのだ。そうでもしないと血ドバドバ内臓コンニチハのVRMMOで戦闘なんて無理なのだろう。シルシルりんも調整は受けているのだろうが、純生産職のプレイヤーはその辺りの感覚が段々と鈍っていくらしい。
俺はシルシルりんの背中を優しくナデナデした。大丈夫。俺がそばに居るよ。俺も戦争は怖いけど二人で一緒に健気に生きていこう。
シルシルりんはコクリと頷いた。
「うん。一緒に、居て」
好きな人と一緒に生きる。それが幸せってモンだろう。それ以上に何を望む? 高望みしてもろくなことはない。ましてゲームだ。ゲームん中で権力なんてものにどれほどの価値があるのかね? 俺はそう思うぜ。
お前さんはどう思うね? マジュンの旦那。
俺がシルシルりんと合流できたのは、目立つやつが近くに居たからだ。
配下を従えたマジュンくんがティナンの家の屋根の上に立って俺を見つめている。
「チェンユウ。君に会えたなら一度は謝っておきたかった。私は君の敵じゃないと言ったが、あれはリップサービスのようなものだった。本心から出た言葉ではあるが。すまなかった」
マジュンの長い髪が風に揺れる。
俺はシルシルりんを抱きすくめたまま下からマジュンを見上げる。
律儀なやっちゃな。元より期待しちゃいねえよ。お前さんは中国サーバーのトップだ。そういうこともあるだろうさ。それはそうと、こんなところでのんびりしてていいのかい?
「私が用があるのは生産職の人々なんだ。ティナンとの結び付きが強い君たちでなくてはならない」
狙いはガムジェムか?
「同盟だ。連合軍を組織する。そのためには上下関係が必要だ。方法は何でもいい。ただ、一番確実なのは……。そう。ガムジェムだ。それと君主のジョブ。この二つを我々に差し出して欲しい」
そういうのはサトゥ氏辺りに言ってくれねえかな?
マジュンはサッと首を横に振った。
「言ったろう。生産職だ。人間ではティナンには勝てない。私は戦闘職と同じテーブルに着くつもりはない」
断れば?
「こちらのαテスターを連れていく。リンリーの働きぶりを見たろう。海底に潜む【ギルド】を拘束し、先遣隊を送り込むためには彼女たちの力が要る。αテスターを放置することは反撃の芽を残すに等しい」
俺はそんなことはやらせねえよ。戦争の道具じゃねえんだ。
リンリー嬢がひょっこりと顔を出した。マジュンくんの肩を小突いて言う。
「聞いたか? チェンユウはイイ男だ。どこかの誰かさんとは大違いだな?」
マジュンくんがちらりとリンリンを見る。
「サトゥはどうした?」
「エンドフレームを出したから逃げてきた。【敗残兵】のメンバーは何人か本土に潜んでる。そろそろ動き出すぞ」
マジュンくんが俺に視線を戻した。
「聞いての通りだ。チェンユウ。今回は引き上げる。私が言ったことをよく考えてみてくれ。私たちは女神像の登録を終えた。……そう。チェンユウ。君は仲間から崖っぷちと呼ばれているそうだな。君たちは、まさしくその崖っぷちに立たされている」
くるりときびすを返したマジュンくんに俺は声を掛けた。
マジュンの旦那。お前さんの国に【賢者】は居るのかい? 賢者の称号持ちは?
ぴたりと足を止めたマジュンくんが、しばし沈黙した。間を置いてから肩越しに振り返り、
「着ぐるみ部隊というのか。彼らに関しては別だ。非常に興味がある。パンダも……居るのか?」
パンダさんは居ない……。
俺の返答にマジュンくんは取り立てて反応を示さなかった。うんともすんとも言わずに俺の目をじっと見つめている。
小気味良い音を立ててマジュンくんのカットインが入った。
……ん? 今のは何のカットイン? 誰かパンチラした? いや、してない。何なんだ。
カットインの謎を残して、マジュンくんは去っていった。
なお、ばいばいと手を振ったリンリー嬢が去り際にこんなことを言っていた。
「なんかメイヨウがチェンユウを連れてこいってうるさい。一緒に来る?」
はて。とんと心当たりがないなぁ。人違いじゃないですかね。
これは、とあるVRMMOの物語。
称号持ちに目を付けられたよ。やったね。
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