李信馬准
1.海上都市-某所
事の起こりはこうだ。
ログインするなり俺は知らない小屋に寝かされていた。昨晩の記憶があいまいだ……。
二日酔いでふらふらしている俺をニジゲンが手厚く介護してくれた。ケツでも撫でてやるかと俺が優しい気持ちになっていると、知らないティナンがやってきて俺とニジゲンの手を「こっち」と引く。朝一番のセクハラは未遂に終わった。
粗野な言動から誤解されがちだが、俺とニジゲンは子ティナンに優しい。ティナンってのは本当にあざとい種族で、種族人間のガキンチョの面倒クセー部分を丸ごとそっくり排除したような優等生ちゃんばかりだ。俺はそれが少し物足りなく感じる時がある。いや、大司教様の教会には一人だけクソガキが居たか。他のガキどもに輪を掛けてチビの癖してアホみてーに強ぇクソガキだ。
ふと戦績発表の項目が脳裏を過る。
(ティナン王子の発見)
いや、まさかな……。俺は自分の思いつきを一笑に付した。もしもそうならとっくのとうに露見している筈だ。ネトゲーマーにあり得ないなんてことはあり得ない。パンイチで大司教様に迫ってクソガキにブン殴られたゴミが俺だけってことないだろう。むしろ全裸にならなかった分、俺は良心的な部類だ。
まぁそれはいい。今は俺とニジゲンの手を引く子ティナンだ。小間使いだったらしく、俺たちをデカい屋敷の前まで連れていくなり「ここー」と言って駆け去っていった。
ニジゲンは名残惜しそうにしていた。山岳都市を活動の拠点にしている生産職は基本的にティナンと仲良しだ。
さて、ここはドコだ? 俺は首をひねった。
開放的な屋敷だった。中国版のニャンダム御殿ということはあるまい。化け猫様が住むには狭すぎる。
屋根付きの鳥居みたいなのを潜って敷地内に入る。神社の境内みたいな広い場所に出た。海上都市にはこういう場所がちょこちょこある。プレイヤーが一堂に会して拳法の練習をしてたりするのだ。
だが俺たちが招かれたのは拳法道場ではなかった。
じゃらんとドラを叩く音がした。
天女のような格好をした女キャラどもが左右の建物から出てきた。列を成して舞い踊る。
おお。カンフー映画だぜ。
何が何やらさっぱり分からねえが歓迎されてるようだな。
俺はすっかり上機嫌になって踊り子たちの真ん中を歩いていく。そして正面奥に控える屋敷にズカズカと上がり込んだ。
そして……。
女の色香に迷ってノコノコと誘い込まれたらこのザマだよ。
大きな丸いテーブルの上には色とりどりの料理が並んでいる。満漢全席ってやつだな。思ったよりもゴチャゴチャした感じはない。どう考えても食べきれる量じゃないが、そんなことは関係ないのだろう。
富。女。そして、権力。
今、俺らの目の前にあるのがそうなのだ。
まぁ美味いメシに罪はない。頂くとしよう。俺というキャラクターは体調を崩しても食べれば治るタイプの体質をしている。こんなの絶対に美味いわ。
メシにがっつく俺を李信とやらはにこやかに見つめている。美丈夫というやつだ。体格もいい。筋肉ダルマって訳じゃないが、均整のとれた身体つきをしている。身長は185cm……いや187cmってトコか。
若き指導者、という言葉が自然と脳裏に浮かぶ。そんな男だった。
参ったね。どうもお笑い担当とは思えねえ。どうしたものか。
てか美味っ。美味いよコレ。レシピ欲しいけどアホみたいに手間暇を掛けてるんだろうなぁ。俺は調理工程に要するスピードを重視して極端に味が落ちないなら手間を省いていくタイプだから多分真似できない。
洗練された仕草でスープを口に運んでいる李信が食事の合間に声を掛けてくる。
「ジョン・スミスは」
けっ。いちいち言葉がピリつく。
李信の話ぶりはゆったりしている。特殊な訓練を積んでいるのか、声に淡く響くような心地良さがあった。
「チェンユウ。世界最強と言われる男と会ってみてどうだった? 興味がある。聞かせてくれ」
ジョンか。そうだな……。
俺は悩むふりをして素早く計算した。そして結論を下した。ゲーム市場の規模はサーバーの強さに直結する要素だ。アメリカと中国には潰し合って貰う。それが最上。
俺は答えた。
李信さん。あんたならヤツとそこそこイイ勝負ができそうだ。見れるなら見てみたいもんだな。中国とアメリカのトップのタイマンをよ。
「そう? 嬉しいな。私がトップかどうかは分からないけどね。ウチのプレイヤーは強いよ。中には己自身を鍛えることにしか興味を向けない者も居る。正直、手を焼いてる」
そう言って苦笑する李信に、俺は歯列をギラつかせた。
普通だな。フツーの答えだ!
レンゲをテーブルに放って続ける。
ジョンの秘密を教えてやる。
アイツの強さの秘訣は線の動きにある。
上がる、下がる、押す、引く。基礎的な動作が全て線で構成されている。
直線だ。だから速い。無駄な動きがない。だから強い。言葉にするのは簡単だが、多くの武術はそういう考え方をしない。基本は円だ。角をなくして隙を削る。けどジョンは違う。おそらくは精神的な……ゼロから一気にトップギアまで持っていく秘術のようなものを持ってる。アビリティかもしれない。俺はジョンのアビリティが何なのか知らない。レ氏との戦いでもそれらしきものは見えなかった。
李信が感嘆の声を上げた。
「凄いな。プレゼンテーションが上手い。戦りたくなってきたぞ」
俺が放り投げたレンゲをちらりと見て、
「私の闘争心を煽ろうとしたのか。私に反論をさせて……その先まで言葉を用意してある。しかし空振りに終わった。それは何故?……そうか。私の性格をこうと決めて狙い撃ちしたのか。確実と思える手段でなく速度をとる。それがチェンユウ。君か」
いちいち解説するのやめてくれます?
俺は頭を抱えた。やっぱりダメか。頭を張るような人間なら当然他人を蹴り落としてここに居る。強い競争心を持っているということ。挑発に乗ってくると思ったんだが。
……数千、数万という人間の中でトップを取るようなヤツは俺にとって理外の住人だ。例外中の例外で、俺とは見ている景色が違う。
若き指導者が朗らかに笑った。
「誤解をさせてしまったようだな。私には、どうも相手を身構えさせてしまうところがある。そうじゃないんだ。チェンユウ。私は君の敵じゃないよ。ただ、私はこう言いたかったのだ」
笑うと驚くほど柔和な印象になる。それは特別な親密さを見るものに錯覚させる笑顔だった。
李信さんは言った。
「海上都市へようこそ」
ぐっと身を乗り出して続ける。
「チェンユウ。私はこう考える。大切なのは役割分担することだ。私の仕事は歓迎の意を示すことだよ。こればかりは私が最適だ。誰にも負けない自信がある」
そんなことねーよ。だってあんた男じゃん。
「おや、急に投げ遣りになったね。女性との触れ合いをお求めかな? 男は嫌い?」
嫌いっつーか存在価値がねえよ。ここに居るJK子を見ろよ。可愛らしいもんだろ。コイツは分かってる。
俺は大人しく箸を動かしているピンク髪の頭を撫でてやった。目立つまいとしていたニジゲンが急に注目されて椅子の上で縮こまる。
俺はベロリと舌舐めずりした。ネカマってやつは本当に男のツボを突くのが上手い。
さて、どうしよっかな。
俺は可愛らしく小首を傾げた。ああ、JKのことじゃねえぜ?
あんたのことさ。李信。俺は人を驚かせることが好きでね。
例えば、こんなのはどうだ?
俺の背中が独りでに裂けて血に濡れた羽が生えた。
李信が目を見張る。
そう。その顔を見たかった。
俺はニヤリと笑った。
実は俺はゆるやかにロストして行ってる最中でな。やろうと思えばいつでも母体の力を引きずり出せる。ロストまでの猶予は最大で三ヶ月ってトコだ。
ブンと羽を震わせた俺がふわっと浮き上がる。腹と背中を突き破って生えた触手がぶらんと垂れ下がる。
李信。あんたは君主なんだろ?
確証はない。だが可能性は高い。何しろ英雄の称号持ちだ。
イベント王位の簒奪。君主のジョブは殺し殺されて人から人へと渡っていく。
全スキルを使える最強のジョブ。ゲーマーなら誰だって一度くらいはなってみたいと思うだろう。俺もそうだ。
ギンギンに顔面を黒光りさせた俺は舌を突き出して笑った。
「料理、美味かったよ。ごちそうさん。デザートを頼んでも?」
李信は丸腰だ。護衛も居ない。今は。
「驚いた。驚いたぞ。己自らのロストを罠に使うプレイヤーが居るのか」
李信がテーブルを蹴り上げた。そう来ると思ってたぜ。俺はニジゲンの腹に触手を巻き付けて引っこ抜く。ブンと羽を震わせてぐるりとテーブルを回り込んだ。ちょいと失礼。ついでに食べ損ねた小籠包を拝借。触手で摘んでひょいと口に放り込む。アチチ。あふあふ。
額から垂れ落ちてきた黒い血を舌で舐めとる。額と頬に生えた目をギョロリと動かして李信の動きを追う。サッと立ち上がった李信が腕組みなどして俺を見る。その表情に焦りはない。罠か? いや、何をしようが今の俺の前では……。
李信が自信たっぷりに言う。
「私の遊び相手になってくれるのか? チェンユウ。久しぶりだ。お前のような男は」
アナウンスが走る。
【警告】
【強制執行】
【逆臣の処刑】
【消えゆく定め、命の灯火……】
【誰も救えない】
【王は一人】
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:君主の殺害】
【制限時間:00.00】
【目標……】
【英雄】
【君主】【Majun】【Level-36】
ビンゴだ。ツイてる。当たりくじを引いた。
だが、Majun? ああ、字ってやつか。古代日本の忌み名は中国が元になってると聞いたことがある。キャラネにするなら姓名より字ってコトになるのか。
俺の触手に掴まってるニジゲンが叫ぶ。
「崖っぷち! 誰か来る! 囲まれるぞっ! な、なんだコイツは……。ヤバいのが混じってる!」
ニジゲンの索敵能力は俺以上だ。そのニジゲンがヤバいと言うならマジでヤバいんだろう。
李信がダッと地を蹴って逃げ出した。なにっ!? 俺は意表を突かれた。まさかこの期に及んで逃げるとは思っていなかった。ちっ、逃がすかよ! 俺はブンと羽を震わせて李信を追う。
死ねよやぁーッ!
壁際に追いつめて斧を振るうが、壁を突き破って伸びた手でガッと掴まれる。やんっ。凄まじい力で引っ張られて床に引きずり倒された。
緑色の籠手が、少し力を込めただけで壁を砂糖細工みたいに崩していく。
ぽっかりと穴を開けた壁から、黒髪の女が、ぬっと姿を現した。龍を象った意匠の緑色の籠手を腕に巻いている。こ、コイツは……。
黒髪の女が床に転がる俺を一瞥した。
俺はケツで床を擦ってずりずりと後ずさる。母体の力を引きずり出した今の俺は強い。人間の限界に近いだろう。し、しかし……。
俺はガタガタと怯えた。
こ、これは、次元が……。
黒髪の女は興味を失ったように俺から視線を逸らした。壁にへばり付いている李信をじっと見る。
李信さんが片手を突き出して命乞いした。
「ま、待て。私を殺すのか? それは違うだろう。それは。リンリー。君はトッププレイヤーの守護者だ。そう聞いてる。君自身が君をそう律したのだと。わ、私は君主だ。一時的にせよ君主を継げば君のフレンドリストは破棄される。確かに君は友達が少ないが……。い、いや。失言だった。忘れてくれ。つまり私が言いたいのは、君の行為は数少ない君のフレンドを……。くそっ、回り回ってか! ならば言う! リンリー! もっと友達を作りなさい!」
李信さんの言いぶんを黙って聞いていたリンリーさんが口を開いた。
「マジュン。私はあなたよりは友達が多い」
マジュンくんが吠えた。
「居ても一人か二人だろう!」
リンリーさんがくわっと目を見開いた。
あ……。俺はさっと目を逸らした。
マジュンくんはリンリーさんに腕を引っ張られて屋敷の奥に連れて行かれた。
俺とニジゲンは、遅れて駆けつけてきた人たちと一緒に部屋の片付けを始めた。
これは、とあるVRMMOの物語。
ドラマは世界中で起きている。仙人みたいなのが野に潜んでいてドラマらしいドラマが起こらなかった国もある。
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