メタタマ、大海を知る
1.某国-エッダ海岸
さて、見知らぬ土地で母娘寄り添って生きる健気な俺たちがまず真っ先に警戒するべきは海外版ネフィリアの存在だ。
上陸する過程で【歩兵】との接触は避けられない。狙撃手としての能力なのか何なのかは知らんが【歩兵】はプレイヤーを個別に照合する機能を持つ。俺がネフィリアの立場ならエッダ海岸の女神像に罠を張る。つまりまったくのノーデータ……まず別サーバーの刺客と見て間違いないゴミがノコノコと女神像の登録をしに来たところをズドンだ。
しかし抜け道はある。ポポロンの森だ。
チュートリアルを抜けた新規ユーザーは、死に戻りポイントにポポロンの森の女神像を初期設定されている。あそこでノーデータのキャラを撃ち殺そうとすれば無差別攻撃になる。
だが焦りは禁物だ。
海外サーバー潜入経験を持つプレイヤーは口を揃えて日本サーバーはヌルいと言う。
仮にポポロンの森に海外版の人間の里があったとしても、普通にエンドフレームが闊歩する人外魔境の地になっている可能性だってある。そいつらはとっくのとうに人間を辞めていて、小さくて可愛らしい俺を指で摘んでこう言うのだ。マダ生キ残リガ居タノカ……と。
たとえ人間らしく見える皮を被っていようとも種族人間は信用できない。種族人間はゴミすぎる。一つでもボタンを掛け違えたなら何があっても不思議じゃない。
俺たちが本当に頼れるのはティナンだけだ。よって、まずは市場を目指す。情報収集を優先する。一回目の戦績発表に「市場の構築」っつー項目があったからな。仮に純粋な意味での種族人間が滅亡していようとも何らかの痕跡は見つかる筈だ。
問題はそこまでどうやって辿り着くか。
それらしき建造物の方角は分かっているが、宇宙からこの星を眺めたのはバトルフェーズの真っ最中の出来事だ。ゆっくり撮影している暇はなかったから雲やら何やらが邪魔して詳細までは分からない。そもそも陸路になるから、ただまっすぐ歩けばいいというものでもない。
ここは地元民の身体に聞くのが一番だろう。
俺はJK子の手をぎゅっと握って慎重に人間ぽく見えるゴミの動向を探る。ニジゲンの耳元に唇を寄せて小声で尋ねた。
……JK。アイツら人間か? 体内からギチギチだのギリギリだのと歯車が回るような異音がしてたりしないか?
ニジゲンは耳がいい。俺が海外進出のパートナーにコイツを選んだ理由の一つだ。
ニジゲンは俯いてもじもじしている。
「い、いや。してない……」
そうか。ならいい。……そう簡単には尻尾を掴ませないってことか。厄介だな。
俺は内心で悪態を吐いた。
今の俺は短期間に連発して目を使うことができない。ロストして耐久力にリセットが掛かっているのだ。
だが、人間のふりが上手いってんならそいつを利用するまでよ。
よし、居た。アイツだ。追うぞ。
種族人間には往々にして女神像を利用できない状況というものがある。
セーブポイントで待ち伏せするのは初心者でも簡単にできるPKの基本だからな。
そいつを回避するために最寄りの女神像をスルーして次のマップに進む。初歩の初歩だ。これが中級者ともなると女神像を大きく迂回して山越えルートを取ることになる。女神像の近くを通るのは、もしかしたら追っ手が居ないかもしれないという未練の表れだ。
そして追っ手を撒く技術が未熟な初心者は複数の経路を開拓していないので最短ルートを行くことが多い。今の俺たちにとっては好都合という訳だ。
ベロリと舌舐めずりした俺はニジゲンの手を引いてゴミの尾行を開始した。この場合、尾行はバレてもいい。俺くらいになると紳士協定と呼ばれる犯罪者同士の無言の了解を自在に結ぶことができる。旅は道連れ世は情けってな。互いに捕まったらヤバいから一定の距離を保ったまま助け合うのだ。後ろ暗い稼業に手を染めたやつには、同類にだけ分かるニオイがある。俺は同類ではないが、闇の勢力との熾烈な争いをイメトレしてたら自然と身についていたワザだ。
俺は知らないゴミと深くシンクロしていく。
追っ手が居ないか気にしながら移動する人間の行動様式は一種独特なものになる。
常に退路を確保しようとする一方でパンピーに紛れようとするので平静を装って歩行速度が異様に平坦になる。踊るエモーションが感染していくように紳士協定は連鎖していく。知らないゴミを俺が尾行し、別の知らないゴミが俺を尾行する。無意識の内にミリ単位で同一距離圏内を保つようになった俺と知らないゴミどもが、まるで目に見えないヒモで結ばれるかのようだ。ゾーンに突入した俺たちのゴミスキルが相互干渉してバリバリと黒い稲妻を発した。この時、ゴミのようなスキルは国境を越えて結び付いたのだ……。
ギンギンに黒光りする俺の顔面をニジゲンがぴしゃぴしゃと叩く。
「ちょ、バレるバレる……。初対面すら済ませてない外国人のアビリティのステージを引き上げんな……」
引き上げたつもりはない。ただ、潜在能力を解放する手助けをしてやってるだけだ。ほんの少しな。これがヤツらの本当の実力なのさ。
2.海上都市ニャンダム
女神像から女神像へとゴミトレインを乗り継いで、俺とニジゲンは無事にティナンの街に辿り着いた。海上都市ニャンダムと言うらしい。門番ティナンが教えてくれた。
海上都市は三方を海で囲まれた都市だ。小島と小島を橋で結び、複数の経路から海上都市に入れるよう設計されている。
街に足を踏み入れて、まず驚いたのは活気だ。
まるで街全体が露店バザーのようだった。
客引きが凄い。
山岳都市の場合、露店バザーはプレイヤーがノスタルジーに浸る場っつーかね。ゴミが多すぎるので閑散とした印象はないのだが、客引き行為を見掛けることはあまりなかった。かつての賑わいを懐かしんだプレイヤーが作り上げた市場の主導は客のほうにある。寝落ちする前に露店を広げて、客が勝手に金を出して買っていくという伝統を踏襲してるんだな。客からしてみるとウィンドウショッピングに近い楽しみがある。
だが、ここ海上都市は違う。所狭しと並んだ露店の店主がガンガン声を掛けてくる。周りの店も負けじと声を張り上げるので何言ってるのか分かんねー。そして最終的には店主同士の殴り合いに発展するようだ。そこだけは山岳都市と一緒だな。
しかしこの店主が只者ではなかった。
拳を構えた服屋とメシ屋が激突する。
腰をひねるように大股で前進した服屋がバッと跳躍して踵を振り下ろす。当てることが目的ではなかったようだ。くるりと一回転して片足で着地した服屋が蹴り足をぴんと伸ばしたまま静止する。左右の手を突き出して、それぞれ二本指を立てたポーズだ。かなり苦しい体勢だろうに服屋はポーズを維持する。まだ維持する。ぐんと身を起こして踊るように回し蹴りから後ろ回し蹴りを披露。突き出した足刀の照準をぴたりとメシ屋に合わせた服屋が甲高い雄叫びを上げる。
「はいィー!」
服屋の派手なパフォーマンスに、見物しているティナンたちがワッと歓声を上げた。
メシ屋も負けちゃいない。こちらは女キャラだ。心情的には応援したい。
メシ屋がニコリと微笑み、その場でタンタンと小刻みに跳ねる。ステップを刻みながら服屋の周りをぐるりと一周。元居た場所に戻るや飛び跳ねるのをやめてキュッと内股気味にスタンスを広く取る。身体のキレを確かめるように右の打突を二連。見物客の一人がポンとリンゴを高く放った。これに反応したメシ屋が軽やかに跳躍。空中で半円を描くような蹴りを振り抜く。一切ブレない姿勢が高い技術を物語るようだった。くるりと反転して着地したメシ屋がリンゴをキャッチ。リンゴの皮が包丁で剥いたかのようにバラリと落ちる。それを見物客の一人が素早くキャッチして信じられないといったように広げて見せる。メシ屋が剥き身になったリンゴをかじる。シャクッと瑞々しい音を立てたリンゴを掲げてパチリとウィンク。悪戯っぽく笑った。
ワッと歓声。ヒューと口笛が鳴る。
う〜ん……。
俺は胸中でうめいた。
……大丈夫かな、俺。
この国でやって行けるのかな……?
なんか一気に自信なくなってきたわ。
つーか濃い。濃いよ。濃いのね。
え? ここ中国なの? 中国人ってマジでこんな感じなの?
カンフー映画じゃん。つーかカンフー映画じゃん。
そりゃ中国といえばカンフーみたいなトコはあるけどさぁ……。
外国って実際に行ったら意外と普通みたいなトコあるよね? 日本で言ったらサムライいねーじゃんみたいな……。
服屋とメシ屋が拳撃を交わす。
押し負けたかのように見えたメシ屋がくるりと回って脚を跳ね上げた。スパンと顎にイイのを貰った服屋の膝がガクリと揺れる。ふらりと前のめりに倒れ掛ける服屋だが、その手がゆらりと上がり……。
ドン!と路面が砕けるほどの踏み込みから背中をメシ屋に押し当てて吹っ飛ばした。
……なんかバーチャファイターで見たことがあるような、ないような……。
吹っ飛ばされたメシ屋がかろうじて立ち上がる。しかしダメージは大きかったようだ。こほっと小さく咳き込むと、口の端から、つ、と血が一筋垂れる。
スッと姿勢を正した服屋が感嘆の声を上げる。
「ほう。この俺の《勁》を受けて立つのか」
勁とな。
俺は他人事ながら心配になった。
胸中で独りごちる。
お前ら大丈夫なの? お前らの国民性はこの方向性でいいの? これが漫画だったらお前、作者なんも取材してねーだろって。勘で書いてるだろって叩かれるレベルよ? そうじゃないだろ。そりゃ人口が多いから多少はゴチャゴチャしてるかもしれんが、お前らにはお前らなりの歴史があって俺みたいな外国人には分かんねーことだってある筈なんだ。それなのに。一体お前らに何があったんだよ……?
これは、とあるVRMMOの物語。
古池や メタタマ飛び込む 水の音(字余り)
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