GunS Guilds Online
血を数滴垂らしたとする。
床に跳ねた血痕は、その時々によって形状を変えるだろう。
指先の震えや呼吸の深さ。様々な要因がある。意識してどうなるものでもない。
ただ、それは間違いなく己自身の徴なのだ。
それがエンドフレームの「特性」。
1.ポポロンの森-人間の里
黒い衝動が体内で暴れ回るかのようだった。
急速に開発されたアビリティが身体の隅々にまで馴染んでいく。
Sprite。米国サーバーではそう呼ばれているらしい。魂とか霊的な存在を意味するのだとか。
言葉は生きた情報だから、国によって時代によって翻訳は変化していく。このゲームはプレイヤーの脳波を読んでいるから、元になった単語に一番近いと俺たちが感じる言葉に変換されるのだろう。スキルを解放した時に流れるアナウンスのローディングというのがその作業なのだと言われている。
ハードラックに関して言うなら、何か不利益が発生した際、俺たち日本人に「神よ」と天を仰ぐ文化はない。そういうことだ。言葉には直接的な意味とはまた異なるニュアンスが宿っている。
ほんの一例ではあるが、俺たちにとって「ハードラック」とは踊っちまうものであり、もしくはタフなスケジュールを暗示するものなのだ。ダイ・ハードね。
ゴミアビリティの代名詞であるが、種族人間の才能なんざ高が知れてる。俺とサトゥ氏で天地ほど離れてるということはあるまい。ならば俺のリソースとやらはドコへ行ってしまったのか。お出掛け中かい? いいや違う。
これがそうなのだ。
円環状に拡大したドス黒い紋様がゴミどものそれに接触して黒い稲妻を発した。ワンピースの話ばっかりしてたからかな? 覇王色の覇気の衝突みたいになってる。
相互作用したゴミアビリティがゴミどもを覚醒させた。過去ログに没したゴミどもの記憶が持ち前の往生際の悪さを遺憾なく発揮して死の淵から這い上がる。
産業廃棄物でもこうは行かねえ。最高のゴミどもだぜ。
ョ%レ氏の頭上を取った粗大ゴミどもが各々の武器を突き出して急降下してくる。
【ふっ】
ョ%レ氏は薄く笑い……それは珍しく皮肉げなものではなかった……地に突き立てたタコ足を軸に急旋回する。振り回されたタコ足がゴミどもの武器を木っ端微塵に打ち砕いた。強襲は失敗だ。レベル差が大きすぎる。このタコ野郎にとってゴミどもの武器はポッキーとそう変わらない強度ということか。
エンドフレームの武装は身体の一部だ。普段使っている武器が反映されるのだろう。【ギルド】のレプリカという出自が影響しているのか後衛職は光線銃を生やしてるパターンが多い。
粗大ゴミの集中砲火を、ョ%レ氏はぐんと伸ばしたタコ足で捕まえたゴミどもを盾にして防ぐ。
【弱さは罪だ。それが世の理。私は諸君らを戦士と認めたが、それは戦士としての働きを期待するという意味でもある】
マールマールが動く。俺のまん丸ボディに噛み付きボリボリと噛み砕く。やだっ、俺、食べられてる。栄養補助食品なの? 俺、栄養補助食品なの? 敵の敵は味方とかそういう流れじゃないの? 違うらしい。俺は何とかして逃げようとジタバタするが、超重力でがっしりとホールドされた。乙女のように怯える俺にマールマールさんの巨躯がのし掛かってくる。
アッー!
だが、俺は栄養補助食品としても失格だったらしい。マールマールの咀嚼は段々と弱まり、ついにはぐったりとして俺にもたれ掛かってきた。ダメージが大きすぎたのだろう。内臓が機能を停止すれば生体としての破綻は加速度的に増していく。
かつての宿敵の弱々しい姿に衝撃を受けたのは俺だけではなかったようだ。
【マール、マール……】
ゾッとするような静かな変身だった。
サトゥ氏……。一切の力みを排除した無駄のない動きだった。もはやこの男にとってエンドフレームへの換装はスマホに充電ケーブルを差すくらい自然な行いなのか。
五面ボスみたいになったサトゥ氏は項垂れ、そっとマールマールの前足を手に取った。
【こんな……。こんな終わり方ってあるのか……? 俺たちは……もっと……】
俺たちにとって、マールマールは理不尽なまでに強く、乗り越えられない大きな壁であり続けた。レイド級の象徴みたいな存在だった。真っ向から挑むことに価値を見出せる存在だった。
サトゥ氏がスキル選挙で【四ツ落下】の獲得に拘ったのは、どのレイド級よりもマールマールを認めていたからなのだろう。
サトゥ氏……。マールマールを頼む。看取ってやれ。
俺は身体を貫通している槍を引きずって前進する。せり上がってきた血の塊をベッと吐き捨てて、ゴミどもを蹴散らしているョ%レ氏を睨み付ける。
身体が重い。駆け出そうとするが、意思とは無関係に身体が萎える。【戒律】……か……。これを抜かねえと……。俺は槍に触手を巻き付けて押し込んでいく。所有権絡みの【戒律】ではなかったようだ。が……。引っこ抜いた槍を杖代わりにして今にも倒れそうな身体を支える。不自然な倦怠感は解消されたが、血を流しすぎた。戦えるような身体ではない。
けれどゴミどもが戦っている。俺も……。
俺はよろよろとョ%レ氏に近付いていく。
ゴミどもが散っていく。
吹っ飛んできた粗大ゴミがド派手に地表をめくり上げて俺の横を転がっていった。
タコ足を叩き付けられて半身がひしゃげ、なおもガクガクと震える足で立ち上がろうとした粗大ゴミの顔面を、打ち出された槍が貫き、冗談みたいに急加速して人間の里の家々をなぎ倒していく。
アナウンスが降る……。
【女神の加護】
【Death-Penalty-Cancel(逃げて)】
【Stand-by-Me…(勝てない)】
ゴミどもの返り血で全身を染めた怪物が、戦闘の興奮にまざまざと赤く輝く目を細める。己の存在を誇示するように触手を大きく広げるや、一斉に変換された魔石が繭に包まれ、時間差を置いて次々と羽化していく。
【大伽藍】
海が生まれた。
水流に足を取られた粗大ゴミどもが足元から生えたイヤに痩せた木に絡み付かれる。もかぎ苦しむように突き出された手が力を失ってだらりと垂れた。枯れ細った木々の枝の先端に珊瑚のようなものが咲く。
アナウンスが走る。
【波間に揺れる、花は珊瑚、火に似て……】
コストダウンの魔法環境……。作ったのか。クラフト技能で。
怪物が笑った。
【こんなものか。魔石の質が悪い】
俺はクソ運営の眼前に立った。
ゴミどもは全滅していた。
クソ運営がタコ足を手繰り寄せるようにして身を乗り出して俺の目を覗き込んでくる。
【戦士メタタマ。君の魔石にも期待できそうにないな】
勝ち目などない。
やる前から分かっていたことだ。
だが、アイツらが流した血は無駄じゃねえ。
俺たちは弱いから。
弱い癖して向こう見ずだからよ。
バカじゃねえのって。やめとけよって言われても止まんねえからよ。
仕方ねえから手を貸してやるよって言ってくれるやつも居るんだ。
アナウンスが走る。
【GunS Guilds Online】
【条件を満たしました】
【新たな魔法が解放されます】
【マールマール】
【GumS Gems Online】【Loading……】
【新たな魔法が解放されました!】
【四ツ落下】
苦しい時は支え合って生きていくんだよ。
悲しい時は肩を叩いてやるんだ。
レ氏。それはあんたにはない「強さ」だろうがよ。
高々と跳躍したサトゥ氏が水しぶきを立てて俺の隣に降り立った。マールマールの返り血が洗い流され、海上にぷかりと魔石が浮く。
サトゥ氏は、ふらふらしている俺の身体をガッと掴んで支え、祈るようにマールマール産の魔石をぐっと握り締める。その手をゆっくりと突き出してョ%レ氏を指差した。
【マールマールは死んだぞ。俺たちに全てを託してな】
これは、とあるVRMMOの物語。
……本当に?
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