生きるコツ3月11日「東北大震災から15年~美輪明宏さんとの思い出」
2011年3月11日から、15年か。
月日の流れはなんと早いものか。あの時の0歳児も中学卒業となるのか。15歳なら元服だ、自分もそうだったか世の中のことはもう分かってるよ!と言ってもおかしくない年頃だ。実際には何もわかっちゃいないお子様だけど。
私は幾度となく、そして幾人にも話してきたし、ひょっとしたらこのNoteのどこかにも記しているかもしれないことを今日はもう一度、書く。
あの東北大震災の起きた頃だ。私はBS11で「テリー伊藤の月に吠えろ!」というトーク番組の構成をやっていた。BSながら伊藤さんの人脈を駆使して毎回、豪華なゲストが出演してくれた。そのおかげで作家の私も多くの著名人に事前のインタビューする機会に恵まれた。
今は亡き、芥川賞作家の西村賢太さんも丁度、震災が起きたころに会った。計画停電の真っ最中で電灯の灯らない新潮社の一室で打ち合わせをした。どうしようない現実を忘れるように話もした。とりわけ面白かったのは昔から、大の日本ハムファンであった西村賢太さんが「俺は今の日本ハムが怒ってるんだ!」という。何ごとかと思ったら「日本ハムの監督がイケメン過ぎる!」というのだ。若い人は知らないだろうが昔は土橋監督とか、大沢親分とか、近藤監督とかいかつい監督が日本ハムの定番であった。それが「梨田監督」「ヒルマン監督」さらには「栗山監督」。現在はというと新庄監督だ。ひたすらに女性客を意識してるのか、イケメン、ナイスダディ系の系譜が脈々と続いている。
そんな目線で見てないから、西村さんの怒りには笑ってしまった。とてもいい思い出だ。そしてもう一人、人生においても決して忘れえぬ方にもあった。それが美輪明宏さんだ。
当時、美輪さんに会うことを知り、横浜の映画館に美輪さんの「蜘蛛女」を観に行き、「紫の履歴書」「正負の法則」など著作を読み漁った。
美輪さんは何かしら影響を受けてきたし、尊敬もしている。でもせっかくの機会だからと誰からも質問を受けてないことを質問したいと当時の私は躍起になっていた。少しでも美輪さんに「こいつ本気ね」と思わせるような質問をぶつけたいとひたすらに神経を尖らせた。
当時の私は美輪さんの「ヨイトマケの唄」にハマっていた。よくよく考えると桑田佳祐さんがカバーしたのをきっかけによく聴いていたかもしれない。歌詞のテーマは「母子の無償の愛」である。いじめられた息子が母親に慰めてもらおうとするが、男に交じって土方の仕事をする母の姿を見るにつけ、一生懸命に勉強してエンジニアになる、そして母に感謝する内容だ。あれを聴くたびに、何回を聴いても涙した。内容が分かってるはずなのに涙した。
この時にふと思ったのだ。「ああ、僕は今、毎回美輪さんのヨイトマケの唄を聴いて涙しているがこれは僕だけじゃないだろう」と発売が1965年だから40年(当時の時点)は経っている。これは普遍なのだ。時代を超えるし、きっと涙を流すのは僕だけじゃないだろう、と思った。つまり、この曲は1000年後の人が聴いても涙を流すのではないか?と思った。それは源氏物語のようにいい作品は1000年の月日さえ、超えることもありうるだろうと。
そこでぶつけた質問はこうだ。「僕は美輪さんのヨイトマケの唄を聴くと毎回、泣いてしまうんですがこれは僕だけじゃなくて1000年後の人も同じじゃないかと思うんです。そこでお聞きしますが1000年後の人に美輪明宏とは?と言われた時に伝えたい写真は何ですか?」と訊いた。
そこで上がってきたのは「神武以来の美少年」と言われた15歳当時の写真だった。
そしてこんな質問もした。
「美輪さんにとって美しい人は誰ですか?」と。
圧倒的な美しさと気品を持つ美輪さんが「美しい」と感じる人は誰なのか?少なくとも私が目にしたインタビュー記事を読んでもこの質問も誰もぶつけてなかった。なので私は訊いてみた。質問の前から誰が上がるのか?随分と考えた。原節子さん?吉永小百合さん?オードリーヘップバーン?まさか夏目雅子さんてことはないだろう。マリリンモンロー?そんなわけないなと。だからこそ、どんな名前が挙がるのか?ぜひ、訊いてみたかった。
これを読んでくれている方は誰か、想像出来ただろうか?聞けば「ああ」と納得できる方である。
その方とは・・・「それは美智子様です」ときっぱりと答えてくださった。
それは一片の迷いなく、というか美輪さんが戸惑う瞬間は一度も見なかったがとにかく即答であった。やはり美智子様は美輪さんにとって格別の気品と美しさを持っているのだとその答えにすら感動していた。
そしてここからが今回の本題だ。当時の震災が起きた状況で美輪さんに訊いてみた。
「美輪さん、今日本は震災で多くの方が苦しんでいます。何か励まし言葉を掛けるとしたら何でしょうか?」と私は尋ねた。
美輪さんはまた、悩むことなく即答してくれた。
「それはね」と一呼吸おいて美輪さんは言った。
「日本は大丈夫です。日本は戦後間もない頃、日本全土が焦土となり、そこから復活を遂げた国です。今東日本の人が苦しんでいます。でも西日本の人は大丈夫です。西日本の人々が東日本の人々を支えてあげればいいんです」と言った。
私はこの返答を訊いて、体が震え、また涙を流しそうだった。言葉には力があると思った時だった。その言葉を聞いて突然何かが変わるわけじゃない。目の前ですぐ何かが変わるわけじゃないけど、それはとてつもない希望に満ち溢れた言葉で「そうだ、まだ日本は大丈夫だ!」と無性に勇気付けられたことを、昨日のことのように今でも思い出す。
あれから15年か。
日本はまだ大丈夫だろうか?
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