【槍弓】軽率にギャルゲ起動(略)あいつと遭遇編【9/24新刊】
■ゲーム画面からあいつが出てきちゃった!系コメディの続き。槍と弓が出くわして「えっおまえも!?」になる遭遇編です。わちゃわちゃ情報交換?してます。
■9/24新刊「あのことロマンス」を発行します。当日スペースは【東6 レ7b 梨園堂】です。
とらさん→https://ec.toranoana.jp/joshi_r/ec/item/040031099280/
A5/p76です。突発の謎ネタ本だったはずが何故かページ数が増えに増え……、よろしくお願いします!!
■ここまでで本の2/3くらい。ほぼこれが本編です。あとは小ネタと槍弓成就編、後日談編があります。
・出現編(しぶ先行アップ済/これのいっこ前)
・遭遇編(しぶ先行アップ済/これ)
・エロ導入if・槍から編((槍+ヒモ槍)×弓/襲うけど未遂)
・エロ導入if・弓から編(槍←弓vs執事のはずだったんだけど槍弓成就編になりました)
・後日談
※ネタバレになってもいいからくっつく組み合わせが気になる方はここの本文のずずっと下までスクロールをお願いします。
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「エミヤぁ、これ買ってもい?」
たったっとやってきたセタンタが、エミヤを見上げて菓子の箱を差し出した。キャラクターものだ。おずおずとした表情と相俟って、とてもかわいらしい。
エミヤは目を細めて頷いた。
「いいよ」
わぁいとセタンタが歓声を上げる。単なる菓子ならエミヤが手作りするが、こういったものは味や量の問題ではないと、子供らしくない子供だった自分とて知っている。
「そうかしこまらなくても、お手伝いした時には好きなものをひとつ買い物カゴに入れていいと言ったろう」
体のサイズが小さい彼だけはエミヤの持ち服を着回せず、買い揃える必要があったので、少年なりに気にしているのだろうか。
「でも、あいつらボコボコにされてたから」
「そっ……れは、だな……」
そう言われると、エミヤがまるで容易く前言を違える暴力亭主のようである。
いや、亭主では語弊がある。大家さんといったところか。
住まいを提供する代わり、はじめは穀潰しの青年二人に買い物を命じたのだ。
数日の観察の結果、個体により程度の差はあれど概ね社会常識は備わっているとわかった。空腹は訴えるものの、電子生命体である彼らは流行している感染症とは無縁だというし、普段と比べて約三倍に増えた大量の食料品も難なく持って帰る腕力がある。無為に遊ばせておく理由はない。
買い物メモを渡し、ついでに必要なものがあったら適当に買ってもいい、と送り出した。
すると、アロハのほうはぶら下げたエコバックにカートンの煙草を突っ込み、箱買いの缶ビールを担いで戻った。欲望に正直なことだった。
御子様のほうは世話になっているからと遠慮したのは美徳だが、より良い食材をとの厚意のつもりで、ブランド肉や高級魚を買い求めてしまったのである。騎士のポーズで捧げられたところで、元手はエミヤの金だ。
まさかいい年をした大人を玄関に正座させ、「財布には何かあった時のために多めに入れているのであって、決して使いきるものではない!」と滾々と説教せねばならぬとは思わなかった。
(自宅でまで、あの男の領収書チェックと小言か……)
互いの社会常識に齟齬があったため起こった事故だった。
そう、会社では予算を使い切らないと補充どころか減らされるなんてことが起こるかもしれないが、家庭では預け金を使い切ってしまった個人に二度と食費の裁量が委ねられることはない。
以降は学習をかねて荷物持ちをひとりずつ、順にエミヤが連れてきている。狼犬は通行人がびっくりしてしまうのでお留守番だ。
しばしの回想を終えたエミヤは遠くなっていた眼差しを戻した。
「そうだな、あれは私の確認ミスだった。ちゃんと私に訊く君は偉いな」
「おう? あ、カート押すぞ」
「ありがとう。でも、足を掛けて漕いではいけないよ」
快活な少年のやりそうな悪戯を先んじて注意すると、セタンタは頬を膨らませた。
「遊びたくって言ったんじゃねえよ! エミヤを手伝いたいからだろ」
なんと良い子だろうか。エミヤは感激した。この子は私がちゃんとした大人に育ててみせる!と決意する。育てたら自分の尻が危ないなどとは欠片も考えなかった。
「それは嬉しいが、頑張ってもお土産はひとつだぞ」
「そうじゃないんだよな~…」
ぱちんと片目を瞑ると、わかってないなあとぼやかれてしまった。
ちょっとした茶目っ気のつもりが、せっかく手伝ってくれている少年のやる気を削いでしまったろうか。
「セタ……」
「あっ、見つけたえみや! おまえどこ――」
「え?」
少年を宥めようとしたところ、後ろから二の腕を掴まれたのだった。エミヤが振り返ると、そこにも青髪赤眼の男がいた。
言葉を途切れさせた彼も、自分から声を掛けておきながら吃驚顔になっていた。
「――え?」
エミヤを見て赤眼を瞬き、セタンタを見てさらに瞠目する。
赤い実のような瞳がこぼれ落ちてしまいそうだ。家に置いてきたアロハ男が勝手に追ってきたものかと思ったが、であれば何を驚くことがあろう。
同じ姿形ながら微妙に異なる雰囲気、与えた覚えのない服装。
「なあ、エミヤ。こいつ」
「しっ」
つまり、〝ご本人様〟のご登場に違いあるまい。
今まで地元の御用達スーパーで出くわしたことなど一度たりとなかったというのに、どうしてこのタイミングで会ってしまうのか。
シャツの裾を引いたセタンタを、エミヤは背に庇った。
「経理のエミヤ、だよな。おまえ、そのガキ」
「他のエミヤに心当たりでもあるのか。ひとを指差すんじゃない、相変わらず不躾な男だな、クー・フーリン」
自動で流れ出す厭味を吐きながら冷や汗を掻く。
定番の言い訳は『親戚の子供』。言い張るのは無茶だろうか。青年の彼らほど瓜二つではないにしろ、誰がどう見てもエミヤより目の前の男に似ているのだ。彼にしてみれば、丸きり幼少期の自分が現れたようだろう。
「え、いや、えー……」
どんな案件にも臆すことがないと評判の営業部の英雄殿が口端を引き攣らせ、犬猿のエミヤに厭味を返すのも忘れるほど仰天しているではないか。
(それか、隠し子の心当たりでもあったか。身に覚えが……まあ、この男ならいくらでもありそうだが)
こっそりと身柄を確保し、脅迫の材料にしようとする人間だと思われていたら少し悲しいものがある。
だが、彼の動揺している理由はどれとも違ったのだと、次の瞬間にエミヤは知ることとなる。
「ランサー! お酒のコーナーにいないから探してしまったじゃないか!」
彼の連れだろう青年が、彼の愛称を呼びながら飛び込んできたのだ。
「な」
「逸れた際、互いに動くとこうなるんだ。迷子の呼び出しをされたくなければその場でじっとしていろ」
なんということか。
まるでエミヤの吐くような棚上げセリフを言ったその男は、声や口調ばかりでなく、白い髪も灼けた肌も、顔付きさえもエミヤと酷似した外見をしていたのだった。
差異といえば、前髪をセットせずに額に下ろしていることと、少し若めの服装をしていることくらいだろうか。実際、童顔を気にし始める前の年齢設定なのかもしれない。
設定。そうだ、これは設定だろう。
まさか本当に〝他のエミヤ〟の心当たりがあったとは。
「おや」
絶句するエミヤに気付いたそっくりさんは、軽く眉を上げた。
どちらかといえばその腰に張りつく少年のほうに驚いたようだったが、反応はそれだけ――ではなかった。これみよがしにランサーの腕へ、自身の腕を絡めたのだ。
「不遇な出会いもあったものだ。これは困ったな、旦那様?」
ぎゅむっと男の腕を抱き締め、唇をくっつけんばかりに耳元へ顔を寄せる。
「困るっつか、こいつもあれだよなあ、こりゃ」
しかも、そうされた男は青年とのスキンシップに慣れきっているのか、慌てもしなければ押し返そうともしない。仲睦まじい恋人同士のようだ。
「下劣な男め」
「あ?」
ぽつりと吐き捨てたのを聞きつけ、ランサーはエミヤに眇目を向けた。
日頃、罵声混じりに侃々諤々と言い合っている相手なのだ。その鋭い眼光にこそエミヤは慣れている。
「なるほどな、『1』を持っているのは貴様か」
一切動じずにそう言うと、トーンの異なる「あ?」が返った。
「わん?」
「負け犬が吼えたのか?」
「誰がいつ負けた。背骨ぶち折るぞ、テメェ」
犬はいいんだろうか。などと混ぜ返していてはいつまでも話が進まない。
言われてみればそうか、書籍とは違い、ゲームソフトの一作目にナンバリングの付いていることは非常に稀だ。
「私の元には『2(ツー)』がある、と言えばわかるか」
バスケットのジャッジのように、立てた二本の指をぱたぱたと折り曲げてみせる。
ゆえにエミヤは、同タイトルの『1(ワン)』があると推測できた。
今度は通じたようで、ランサーはぽんと手を叩いた。
「あーあー、そういうことか。オレのは売れ残りの福袋に入ってたんだわ。暇潰しに買った」
「同じくセール品だったが、私は修理の動作確認用だ。これでは確認になっていないがな」
ネット検索で何もヒットしなかったので、正規の市販品ではあるまい。どこかに『1』があり、同じ現象を引き起こしていたのであれば体験談を聞けないかと考えていたのだが、よもやこれほど近くに持ち主がいようとは。
連れているのが互いの似姿でさえなければ、互いに気付きもしなかったものを。
「「いったいなんだって……」」
と、同時に言いかけたのは、まさしくその件であろう。
やはり同時に答えた。
「スケコマシが野郎に群がられてたらおもしれえと思った」
「ナンパ師が男に口説かれて困ってたらウケるなと思った」
相手の発言に呆れる資格はどちらにもなかった。同じ思考回路で同じ悪戯に耽ってしまったことが甚だ遺憾である。
げんなりさせて嫌がらせが実ったところで、ひとを呪わば穴二つとはよく言ったものだった。
「そうだな。せっかくのご縁だし、『1』の所有者である君に『2』を進呈しようじゃないか」
気を取り直してエミヤは余所行きの笑顔を作った。
「は? いやいや、『2』だけあるほうが困るだろ。おまえに『1』やるよ」
不気味がったランサーも、さすが営業仕込みのさわやかスマイルを浮かべる。
「いやいや、遠慮せず持っていきたまえよ」
「いやいや、オレ他にもソフトいっぱい持ってるし!」
「今なら貴様も好むであろうこの焼き肉アソートがついてくる!」
「ハンバーグに入れると美味いらしい謎スパイスとセットでお得! こっちも会計前だけどなァ!」
「………」
「ちっ気付いたか、みたいな顔してんじゃねーよ」
それはそう、いまだ買い物中のカゴから取り出しているので、単に店内の商品をおすすめしただけ、喜んで受け取ったところでレジで金を出すのは受け取った当人である。
「彼らは貴様なんだから貴様が面倒みるのが筋だろう!」
「おまえこそおまえが引き取れや!」
オブラートは早々に剥げ、醜い押し付け合いが勃発する。
ふいに、ぐすっと鼻を啜る音がした。
「エミヤはオレがいらないんだ……」
「っ、いや違うぞ! これはな、無駄に体積を取ってるヤツらの話で!」
覿面に冷水を浴びせられたエミヤがセタンタに駆け寄ると、
「ランサーは私を捨てるんだ……」
子供の真似をしたのか、ランサーの腕にくっついているソレが、わざとらしくしなを作った。
残念ながら、図体のでかい成人男性が低音で縋っても絆されはすまい。
「あんなことまでしたくせに」
「あ、おい」
「――あんなこと?」
もったいぶって付け足された文言に、エミヤのこめかみがぴくっと反応する。
瞬時に向き直り、焦りを見せたランサーの胸座を掴んだ。
「あんなこととは? 節操なしのケダモノか、貴様」
「うわ、おまえまで言うかよ」
渋面の中にわずかばかり愉快の色が窺え、エミヤは目を丸めた。
こちらと同じく複数いるのは想定内だが、「おまえまで」ということは〝他のエミヤ〟にも言われたわけで。言われるような出来事があったわけで。
「っはあ⁉ まさか本当にコレに手を出したのか⁉」
「コレとは心外な。彼はもう興奮しきって私の唇を」
「く、くちっ……⁉」
「おまえは黙ってろ」
と、ランサーが腕にひっついている白髪を撫でるよう小突いた。不服そうに乱れた髪を直す褐色の手のひらの下、こちらを嘲笑ったのをエミヤは見た。
「そういうゲームなんだろうが。こいつはオレに惚れてるし、とっととクリアしようとして何が悪い」
「悪いに決まってる! 口先の宣言では何も起きなかった、同様にただ体だけ繋いでも意味がないんだ! 貴様は」
惚れてはいないだろう、と、目の前で指摘するのは憚られた。
そう、これは恋愛ゲームなのだ。
果たして慣れた仕種で誘ってくる相手に、ではいただきますと乗っかって〝恋愛成就〟と呼べるだろうか。
(彼は私以上に良い性格をしているようだしな)
わざとバッドエンドへ誘導している可能性だってないではない。
下手を打つと、攻略不能に陥る。
ゲームオーバーで初期化されればいいが、己に対して一切の好意、興味関心を失った彼らを永遠に養い続けねばならなくなったらどうする。超常の存在を粗末に扱うとしっぺ返しを食う、まるで現代の妖怪譚だ。
「えっ? てことはおまえ、試しにヤらせたの? そのガキに⁉」
「なんでわかっ……」
考え込んでいたので、うっかり答えかけてエミヤは口を押さえた。
「ぁあ⁉」
案の定、誤解したランサーが食ってかかる。
当然だ、大人が子供によからぬことをするなど許されない。ましてそれが自身の幼少の姿であれば。
「あっいや違う、なんで私がヤられるほうだと……っ、ええい、ヤってもヤらせてもない! 試さなくても彼らの言動から推測できるだろう、それくらい!」
「はん、ケツ狙われてるってのも推測でわかったのか? 小僧でもオレみたいな美男子だもんなあ、迫られていい気分になってたってか!」
「私ほどの大男にすら現在進行形で鼻の下を伸ばしている貴様に言われたくはないな!」
諍いは混迷を極め、場所も忘れて怒鳴り合っていると、ぐいっと後ろからエミヤのベルトが引っ張られた。
「エミヤ、エミヤってば」
「止めるな、セタンタ! 悪鬼調伏せねば……」
「みんな見てるけど、いいのか」
「―――」
スーパーで騒いじゃだめなんだろ?と、教えをちゃんと覚えている少年が小首を傾げる。
途端、周囲の光景が目に飛び込んで、エミヤの頬はぐわっと羞恥に燃えた。
(こ、こんなところで私は何を!)
あの男につられて、子供の前だというのに下劣な言葉を遣ってしまったではないか。
青髪の少年を連れている白髪の男と、相対するは同じ特徴を持つ二人連れ。いったいどんな関係に見えたろう。
「さて、ヤるのヤらんのとプレイヤー同士、赤裸々な情報交換は大いに結構だが。議論を続けるのであれば、場所を移すべきではないかな?」
どのツラ下げておまえが、と言いたいが(どうせ厭味な自分の顔だ)、その提案に否やはなかった。
針のむしろで買い物を続けられるほど厚顔ではない。そそくさとレジへ向かい、一行はスーパーを後にしたのだった。
◆ ◆ ◆
世の中には、自分と同じ顔をした人間が三人はいるという。
だからと言って、人生でその相手に出会う確率は限りなくゼロに近いだろう。
「だからと言って、なんだって私の家なんだ……⁉」
取り憑かれたように買い物の整理をしていた男が、ようやくキッチンの床から這い上がった。
正味二家族分の買い物量は尋常でない。話している間に悪くなってしまうであろう要冷蔵、要冷凍品を彼は一手に預かり、パズルのごとく冷蔵庫に収めきったのだった。曰く、食品に罪はないのだそうだ。
「おまえが冷蔵庫がないと困ると言ったからだろ」
「だから私は人目に付かないホテルを提案したのだが」
「あんなところに入って堪るかッ!」
ランサーがマジレスし、隣にいる小悪魔えみやが混ぜ返し、本人のエミヤがキレた。ペットボトルくらいしか入らない備え付け冷蔵庫のことか、それとも建物自体だろうか。どっちみち子連れでは断られたに違いないが。
「まったく、子供の前で……。彼らに麦茶を持っていってくれ。ちょっと重いぞ」
「平気だ」
ランサーは改めて、エミヤの助手を務める少年を見る。彼が採用されたのはサイズの問題か。広々としたキッチンでも、自分たちのような図体が並んだら窮屈だろう。
そういえばうちの執事もちびに任せている。同じ理由かもしれない。
「お茶請けはオレが運ぼう」
手伝いを申し出たその男に目を移す。ちょっと年上っぽくて落ち着いている、自分とよく似た男。
「麦茶だ? こんだけ人数集まったら麦酒じゃねえの?」
「黙れ、チンピラ」
酒宴を催促して怒られている男が外見上いちばん似ているが、髪は短い。性格は自分より賑やからしい。彼らは順にやってきてテーブルに着いた。
それから畳に寝そべっている大型犬。これはもはや毛色くらいしか共通点はない。
そっくりさんが一対ずつですら衆目を集めまくったのだ。つまるところ、この面子で会議の出来る場所はそうなかった。
(知り合いに見つかると面倒くさいしな)
それで何故わざわざ隣町(こちら)のスーパーに?とエミヤにも訊かれたが、品揃えがいいらしいとねだられたからで、それがおまえんちに近いとは知らなかったと言ったら、ゴミを見る眼で見られたのだった。
「ああ、そちらの分は私が注ごうか」
「いいよ、届く。客は座ってな」
「おや。お酌は互いにするものだろう? 私からの杯は受け取ってもらえないのか」
侮られたと思ったのだろう、少年は固辞したが、小悪魔は小悪魔だった。甘ったるい声で大人の社交ルールを騙り、少年のまろい頬を指先でちょんと突付く。蠱惑的な微笑は標準装備だ。
すると、白皙が見る間に朱を帯びた。もごもご言いながら、麦茶ポットを渡してしまっている。
「ありがとう」
「……あ、うん」
「オレにも頼むわー」
「どうぞ」
まさしくお色気お姉さん(男だが)に誑かされる青い少年の図である。他人の空似なのだが、ランサーは我が事のように恥ずかしい。
「おい、いい加減にしないか」
この少年は明らかにエミヤのオキニであろうし、またキレられたら面倒くさい。だが、咎めたのはランサーではなかった。
「おまえのマスターはその男だろう。他所にまで色目を使うとは呆れるな」
年上っぽいほうの青髪だ。口調に表れているとおり、少々お堅い性格らしい。
「色目? 私はふつうに接しているだけだが? そう言うそちらが私を邪な目で見ているのでは」
「必要以上にくっついて、べたべたするのがふつうか。軽い尻だ」
「重すぎて錆びつくよりはマシだね。触れてみなければイイかどうかもわからない」
属性が水と油だ。あっという間にモメた。
「羨ましいならそう言ったらどうだ。私はマスターと毎夜のようにくんずほぐれつしているぞ。途中で邪魔者が混ざってくるのはいただけないがね。まあ、彼は全員抱き潰せるくらい絶倫なので、私のように淫蕩な性でないと付き合えないんだ」
がっちゃん、とキッチンのほうで食器を落とした音がした。
お茶とお菓子が出ているのに、エミヤはまだ軽食でも作ろうとしているらしい。こちらのテーブルに着きたくないだけかもしれないが。
「してねぇよ」
と、ランサーはげんなり呟いたが、聞こえただろうか。誘われてその気になっても邪魔が入るので、健全に格闘しているというだけの話だ。絶倫? それこそ推測だろう。
黙ってしまい、言い負かされたと見えた男が口を開いた。
「それで、おまえをいいと言った男はいたか?」
自慢げに反らしたえみやの胸に、突き刺さる槍の見えた気がした。
「焦って痛々しいほどだな。現におまえのマスターは止めもしな――」
バシャッと麦茶がぶちまけられた。
(うわ、ポットごといった)
男の着ている白い開襟シャツが薄茶に染まり、青髪からぽたぽたと落ちる水滴がその範囲を広げていく。
畳に染みる前にさっと隣から台布巾が出てくるのは家主の教育の賜物か。いや、畳よりお仲間を心配してやれよ。
「……えー、うちのがすまん」
「謝ることはないさ。自業自得だ」
水をぶっ掛けられたほうが言えばうつくしいセリフだが、淡々と述べたのは加害者である。
「おい?」
立ち上がって帰ってしまうのかと思いきや、キッチンのエミヤに「代われ」と凄み、フライ返しを奪い取っていた。一部始終に聞き耳を立てていたため、経理部の悪魔とて抗い難いだろう。
「オレは風呂に行ってくる」
「あ」
「ついでに掃除だろう。わかっているよ」
水も滴る色男がすれ違うエミヤに、打って変わって微笑みかけたのはあてつけじみていた。
「……今の彼に掃除を頼むほど私は非道ではないのだが」
慰めの言葉を掛けようとしたが見つからなかったようで、しばし見送っていたエミヤは仕方なくこちらへやってきて、ランサーの向かいに腰を下ろした。
「先に放言したのはこちらだったな。失礼をした」
「ま、痛み分けってことで。畳、大丈夫だったか」
「問題ない。ああ、拭いてくれてありがとうな」
社会人の礼儀を済ませながら、微妙な顔付きをしている。
おそらくランサーと同じ気分なのだろう。
言い合う自分たちを端から見るとああなのか。
どうでもいいことを突付いて、わざわざ癇に障る言葉を選んで、見栄を張って。人の振り見て我が振りを知るとは、まさにこのことである。
ひとことで表せば、『ガキか、おまえら』。手酷いブーメランだ。
「〝セタンタ〟」
「うん?」
ランサーが呼ぶともなしに呟けば、素早い対処を褒められていた少年がこちらを向いた。『ガキ』で思い出したのだ。
名付けの由来をエミヤに訊こうと思っていた。
「オレがガキの頃に呼ばれてた名前だ。よく知ってンな」
キャラネームは自由入力だった。名付け主に他ならぬエミヤは唖然とし、顔じゅうで何故ばれたと訴えていた。
彼は口にしないよう気を付けていたつもりだろうが、少年に付けた名を一度だけランサーの前でも呼んでしまっていた。それを、ランサーはしっかりと聞き留めていたのだ。
「女にでも聞いたか」
とすると、ランサーの親しくなった女性がエミヤにもコナを掛けていたことになり、甚だおもしろくないのだが。
エミヤは瞬時に立て直した。
「いや、知らないが」
「とぼけんなよ。偶然かぶる名前じゃねえだろ」
「むしろ必然だ。無辜の女性に情報漏洩の疑いが掛かっては白状しないわけにいくまい。君の名前がそも『英雄クー・フーリン』から取られたものだろう。伝記を読んだら幼名が書いてあったのでな、ふと思い出して拝借したまでだよ」
ゆえに、実際にランサーがその幼名で呼ばれていたと知って驚いたと。会社の同僚が、話した覚えのない自分の幼名を何故か知っているというよりは筋が通っている。
気に食わん男の名の由来となった英雄の伝記を読んだのか。弱みを握るためか何か知らないが、それはまた奇特なことだ。
「あー、だから御子様は〝クー・フーリン〟か」
「みこさま?」
「今出てったあいつ。元はキラキラしい衣装着てたんだぜ」
王子様くらいの意味だったろうか。それが設定された属性だろうな、とランサーは頷く。
「なるほど、王子様の恋のお相手といえば淑やかお姫様か。小悪魔とは相性が悪いはずだ」
「こっ」
予想外の属性だったのかエミヤが絶句した。まあ、彼のイメージからは絶対に出て来ない単語だろう。経理部の悪魔をランクダウンさせてやったらああなった。
うるさいのが黙っている隙に、ランサーは自分のそっくりさんたちに握手を求めた。
「つーわけでオレもクー・フーリンだ。よろしくな」
オレ『が』と言うべきだったかもしれないが、ランサーはオレ『も』と名乗ることに慣れていた。一族共通の名前なのだ。ここの家系は遺伝子が強力らしく、そっくりさんの存在にも耐性がある。
「紛らわしいだろうから、ランサーでいいぜ」
「あ。オレ〝ランサー〟」
なので、愛称をセットで名乗るのが慣例化しているのだが、そちらもかぶってしまったらしい。アロハを着ている男がすっと手を挙げた。
「こっちもかぶりかよ。じゃあどうすっかな」
名付けのバリエーションからすれば仕方ないだろう。だが、同僚から身内まで知り合いのほとんどが親しげに呼ぶ、その愛称をエミヤは呼ばない。
貴様のどこが英雄かと侮蔑するようにきゅっと顎を上げ、クー・フーリンと呼び付けるのだ。
「どうせアロハとかチンピラとか呼ばれてるけどな!」
人懐っこい笑みが、どうしてか勝ち誇って見えた。
ひでえな、とランサーは苦笑する。
「こいつ、真面目そうで口悪ィからな」
「そうそう。すぐ手も足も出る」
「オレには手加減するんだよなー。そういえば自己紹介してなかったな。オレが〝セタンタ〟、わんこが〝クー〟だよ」
少年が寝そべる大型犬を指差して教えてくれる。「わふ?」と頭を擡げた犬は平和そうだ。
「犬に『犬』……」
「うるさいな」
ランサーの出身地の言葉だ。視線が物を言ったか、エミヤに睨まれる。さすが雑学家の彼は意味まで知っていた。まあ、日本においてはよくある犬名らしい。慣れるまでは散歩中に聞こえてきた犬の名前にぎょっとしていたものだ。
「はは。座敷で飼うサイズじゃねえなあ」
「……怒るかと思ったが」
「犬化か? 実はうちにも白毛の猫がいる」
「ねこ」
動物パーツがあるなら使ってみたくなるのは人の性。とはいえ、ほわと頬を緩めたエミヤは動物好きなのだろう。
「それは一度見てみたいものだな」
「すぐ会えるぜ。そいつらは見た目からして違うし、御子様は喋った瞬間、うげ、オレが優等生やってる!って感じだったんだが、あんたはあんまり違和感ねえよな。チンピラだっけ」
エミヤのランサーに対するイメージはそんなところなのだろうか。犬になれ子供になれ更生しろはまだしも、嫌がらせで生まれた被害者に同情を寄せていると、
「んにゃ。ヒモ」
「ヒ……」
あっさり否定されたが、ますますひどい。
「んだからオレは一応、初級の家事スキル持ってるんだが、マスターがこれだと宝の持ち腐れでなあ」
ランサーは思わずエミヤを見た。彼は手を突き出したポーズで固まり、制止しようとしたが間に合わなかった瞬間を体現していた。
「エミヤさん? オレ、働いてますけど?」
お気楽にヒモ生活を満喫している自分に自分で違和感ないとか言ってしまったじゃないか。そも働いていなければ彼と同僚になんぞなっていないのだが。
揶揄われたエミヤはぐっと詰まり、
「外見のベースになっただけの貴様とは関係ないだろう! なんだ、同じ顔を突き合わせてピーチクパーチクと。ひとの好みにケチをつけるな!」
ちょうど鳴ったチャイムに「客が来た!」と立ち上がり、玄関のほうへずんずん歩いて行ってしまう。
(好み……?)
ヒモが? 嫌がらせだったのでは。
ひとりは首を捻り、ひとりは小さくガッツポーズをし、ひとりは項垂れと、残された者たちの感情は様々ながら、心の呟きは一致していたようだった。
「うわあ!」
ガラリと玄関を開ける音に続いて悲鳴。そしてエミヤがばたばたと慌ただしく居間に駆け込んできた。
「お早いお戻りで」
「あ、あ、あれは貴様の仕業かッ⁉」
「ん?」
「失礼、勝手に上がらせていただいた」
ランサーに詰め寄り前屈みになったエミヤの背後からさらによく似たのが顔を出し、エミヤはまた「ひえっ」と悲鳴を上げたのだった。
「出迎えが案内を放棄するとは嘆かわしいな。一から教育したいところだ」
「えっと、お邪魔します」
脇からひょこっと白髪の子供が、その腕からにょっと白猫が出てくる。こちらはきちんと挨拶をした。
「うわっうわっ」
「今更何を驚いてんだ。こっちも四体いるって言わなかったっけ」
「それを何故うちに呼ぶ⁉」
呼んでないけど勝手に来たのだ。
留守番組に事情説明と帰宅が遅れる旨を連絡したら、私もそちらに行くと言うので、住所がわかり次第地図を送ると返信すると、GPSを追うから不要と返ってきた。えっ、なにそれ知らん。うちの執事がこわい。
そも知らんうちに奴専用のスマホを手に入れていた。身分証とか金とかどうしたんだ。
「会議するならこっちも全員必要だろ」
ランサーは目を逸らして、適当に答えておいた。
「はじめまして、執事の〝エミヤ〟という。これはお近付きの印に」
「おっ、あんた気が利くじゃねえか!」
テーブルにひんやり冷えた缶ビールタワーが積まれ、アロハが歓声を上げた。着替えて戻ってきた御子様もぱっと顔を明るくしたので、クー・フーリン属は揃って酒好きらしい。
いまだふてくされている小悪魔が仏頂面でツマミの皿を置いていく。
「わ、わたしの家がのっとられる……」
「働きモンでなあ」
ランサーもカシュッとビールのプルトップを引いた。
「貴様、これ幸いと扱き使って――、待て! それより先に使いきりたい食材がある! あと貰い物のジュースが!」
エミヤは手に仕事がないという状況が耐え難いらしく、ちまちまテーブルを拭いたり、グラスやカトラリーを配ったりしていたが、とうとうキッチンに突進していった。己の拒否した酒宴の準備を率先して整えてしまっているのだが、気付いているのだろうか。
ちびは同じくらいのがいる!と目の合った途端に駆け寄って、犬猫含めてあっという間に仲良くなっていた。もふもふころころ微笑ましい。
「ほら、子供用はこっち。動物用はこれだ。間違えるなよ」
「ありがとう、えみや!」
「あれ? エミヤに似てるひとたち、みんな〝エミヤ〟っていうのか?」
少年の素朴な疑問によりその場が凍った、ような気がした。
特別肌に突き刺さるものを感じるのは、すべての原因がランサーにあるからだろう。
くぴ、とビールを呷りながら開き直る。
「ひらがなとカタカナだ。性格に合ってるだろうよ」
「……貴様、その様でよく私を笑えたな」
「おまえの名前もじるの難しいんだよ、三文字しかねえんだぞ。あだ名とかあんのか?」
彼らをエミヤ種族とするなら全員を種族名で呼んでいるようなもので、己を軽んじられたも同然のエミヤに睨め付けられるのは尤もであった。
ゲーム内表記で区別が付けばよかったのだし、まさか確固たる人格をもって画面から出てくるなど夢にも思わないではないか。
「彼に名で呼ばれるのはおもに私だな」
「私は〝執事〟で構わんしな」
小悪魔がふふんと口角を上げ、執事はクールに大人の対応である。しかし、
「オレは〝セタンタ〟だ。おまえは?」
「うん……」
出来たばかりの友達にそわそわと首を傾げられ、名乗れずに俯いてしまっている子供はあまりにもいたいけだった。一纏めにされて嬉しいわけがなかろうに、ランサーには文句を言ったこともなかった。
「こいつは〝シロウ〟だ」
ランサーが白い頭を撫でてやると、ぱっと顔を上げる。元ちびえみ。いや、カッコカリだったことにする。
「ふーん。おまえ、シロウっての?」
「……うん」
「ここいっぱい部屋あるし池もあるんだぜ、一緒に見に行くか」
「うん!」
保護者を窺う目顔に手を振ってやると、たっと探検に駆け出す少年たちの笑顔が眩しい。プレイヤーであるランサーが宣言すれば改名が通るようだ。良い事をした。
ふと、エミヤがまじまじとランサーを見ていた。
「なんだよ? あいつはいたずらなんかしねえぞ」
小言癖からして子供の躾にはうるさそうだが、うちの子に悪い虫が!だとか言い出すつもりだろうか。
「いや、ただ……私のフルネームくらいは知っていてくれたのだと思って」
意外にもエミヤは嬉しそうに、はにかんで言ったのだった。
ここ最近でランサーが目にした類似する顔貌、そのバリエーション豊かな表情たちの、どれとも違った。
ふわり、シャボンが弾ける。
「いちばんに避けるべき私の住んでいる町名すら記憶していないような男と一蓮托生の情報共有など甚だ不安でしかなかったのでね。少しは安心したよ。ところで、肝心の話がまったく出来ていないのだが?」
厭味な口振りも、ぽろっと漏らしてしまったことに狼狽えた、ただの照れ隠しなのだとわかりやすい。腕組みし、背けた頬には熱が上っているだろうか。
うわ、きもちわりぃ。とは、不思議と思わない。
とりあえず、「へー、おまえの下の名前ってシロウってんだ?」と言わなかったのは己の運勢にしてはグッジョブであろう。
(バレたら袋叩きモンだな……)
頭が白いからシロウである。少年をシロウにするか、猫をシロにするか迷った。実は。
この秘密は墓場まで持っていこうとランサーは誓った。あとバレないうちに猫の名前も考えなければならない。
「正直こちら側の面子はあてにならん。私と同レベルの者と話したいのだが、借りて構わないか」
照れ隠しだとわかったところで、腹立たしいのには変わらないが。
「オレをばかだと言ってるか?」
「私を賢いと言っているのだよ」
答えたのは執事だった。彼になら、ランサーは腹は立たない。この中で抜きん出た最優秀のスペックを誇るのは間違いないからだ。
「私はパスだ。客間をひとつ借りるぞ。ぜひ夜這いに来てくれ、マスター」
気ままな小悪魔えみやはふらっとどこかへ行ってしまった。
「仕方ないか。どうせ彼はまともに話しては……って、うちに泊まっていく気か⁉」
溜め息を吐いたエミヤが、発言の意味に気付いてすわと振り返る。その肩をアロハが叩いた。笑顔に犬歯が光る。
「まあいいじゃねえか、宅飲みってそういうもんだし」
「いつから宅飲み会になった!」
「和室って人数制限なくていいよなあ」
これはランサーの感想である。もちろん雑魚寝の、だ。制限はあるぞと言いたげにエミヤが憮然とした。
彼が親から継いだというこの家は広い。本当に全員押し付けたいくらいに。
「ぶっちゃけ酒でも入れねえと、やってらんねえと思う」
どのようにキャラメイクをしたのか、その心理状態とは、そしてどのような現象が起こったのか。軽く脳内でまとめただけで、おかしくなりそうだ。真面目に語れるものか。
「しっかし、おまえと会ってオレだけに見えてるんじゃねえとわかったのは助かったぜ。巣篭もりのストレスで幻覚見始めたかと思ったもんよ」
「ストレスってまだテレワーク初日だったのでは。……気持ちはわからなくはないが。いまだ夢を見ているようだよ」
「オレと会えたのが夢のようだと?」
「悪夢のほうだ。なるほど、ヤツに買い込まれた酒は私が飲むべきだったのか」
「おまえのが溜まってんじゃねえのか、ストレス」
御子様に取られた手を慣れた様子で振り払い、エミヤが缶ビールを取ったので、缶をガションとぶつけた。すかさず逆側からもぶつけられたそれに、ニッと笑い合う。アロハとランサーはやはり気が合うようだ。
「つぶれたら私が介抱するので、ケダモノどもの対処はご心配なく」
「それは頼りになる」
エミヤはハイスペック執事に理想の自分を見たようで、一目で信頼を置いていたが、ランサーは少しゾッとした。つい「えっ」と言ってしまったアロハの命運はおそらく尽きた。アルコール浪漫は今も昔も犯罪だ。
「んじゃ乾杯!」
そうして飲み会メインのふたりと、賢い組のエミヤ、執事、御子様とで絵面は地獄の合コンじみた情報交換会がはじまったのであった。
翌朝、よもやあのような騒動が巻き起こるとは知りもせず。
◆ ◆ ◆
「―――って!」
「⁉ ―――のか!」
人のうろうろと歩きまわる気配、ざわめきが耳に入り、ううんと唸ったエミヤは目を覚ました。朝だ。
己は自分の寝室があるにも関わらず、深酒をしたせいで雑魚寝の一員となった。ランサーと執事を両サイドに防波堤とし、並び順で揉めている連中を置いてさっさと寝落ちた記憶がかすかに残っている。
「しまった、寝過ごし……っ、ぅぐ」
行き来する足をぼんやりと眺めるうち繋がった記憶に、慌てて頭を起こした。途端、ひどい頭痛に見舞われ、エミヤは再び布団に突っ伏す。
酒は強いほうではないが、さすがにビールで宿酔いにはならない。途中で投入された見慣れぬ外国の酒は、口当たりは良いが度数の高いものだったのだろう。
(あんなものどこから……、ああ、彼らの買い物の中にあったか……)
迂闊。と、心に刻みながら、今度は頭を揺らさぬよう気を付けてゆっくりと起き上がった。
「なんだ、朝っぱらから騒々しい」
エミヤの感覚ではすでに朝っぱらではないが、リモートワークゆえ時間の融通は利く。出勤日だったら怨嗟を叫んで駆け出していたところだ。
「ああ起こしたか、悪いな」
「おまえはずっと寝てたよな? 無事だよな⁉」
「暢気に寝てたなら無事だろう……何かあったのか?」
ぼさぼさに乱れた白髪を適当に撫でつける。人前に出る格好ではないが、あまり動じないタイプの男どもが揃って狼狽しているのだ。家主としてのんびり身繕いなどしていられない。
まあ実際、この場にエミヤ以外の〝ヒト〟は気に食わん同僚ひとりだけだ。同じく寝癖を付けた、そのランサーがしょげた様子で訴えた。
「どこにもいねえんだよ、あいつら」
「何、」
それを聞き、まずエミヤが案じたのは子供たちの行方不明であった。が。
「大人のくせにうるさいなー」
「こっちまで聞こえてたよ」
何事もなく、眠そうな顔で襖の向こうから現れた。それぞれ青い犬と白い猫を伴っている。
昨夜、飲み会に参加せずにきちんと宛がわれた部屋で寝たのは彼らだけだ。否、彼らと、客間にいたはずの――
「うぅ、寝取られた……!」
そういえばと居間にいる面子を見回したところで、ランサーががくりと膝を折ったのだった。
「は?」
ねとる?
「貴様やっぱりアレとそういう関係だったのか」
「表現上、寝て奪えばいいのだから、関係後とは限るまい」
「なんだ、とんびに油揚げか」
「言われてみれば、確定するのは横から掻っ攫われたことだけか、ふむ」
「そう、手を出す気概のないくせに、己のものだという意識はご立派にあるのだよ」
「オレの情けなさを論評するな、エミヤども……‼」
すでに膝を屈していたランサーが腕まで折ったので、もはや土下座であった。
油揚げの味噌汁食いたいと空気を読まずにセタンタが言い、その諺を口にしたシロウが快く頷いている。台所に立ちたいお年頃だ。彼のメンツを立て、一品任せてあげよう。
「とりあえず布団を仕舞ってしまうか」
「そうだな」
「おまえたちも顔を洗ってきなさい」
「「はーい」」
雑魚寝の飲酒組で起きたのはエミヤが最後だった。酒の強さランキングとは思いたくないが、体調の芳しくない家主を制して、執事とアロハが布団を抱えていった。
渋面の猫は少年らにぬいぐるみ扱いをされ腕の中、狼犬がとっとっと尻尾を振ってついていく。
そうして不在者がはっきりする。一組、足りない。
「おまえも、寝取られたって叫んでいいんだぜ」
「誰が叫ぶか。私には貴様のように邪な心などない」
お仲間と言わんばかりに肩を叩いてきたランサーの手を叩き落とす。
「そうか、御子様が……」
――消えてしまったのか。
クリアすればいずれそうなるもの。それを目標としてはいたけれど、しばらく共に暮らしたのだ。寂しくないはずがなかった。
だが、喜ばしいことではあるのだろう。彼は恋を叶え、想う相手とともに同じ世界へ旅立ったのだから。そう、きっと生涯に一度きりの恋を。――恋?
「えっ。いちばんギスギスしてたのに⁉」
たった一晩で何がどうなってそうなった? 彼らのイベントムービーを観られないかと、エミヤにしては珍しく下世話な興味を懐いた。
「ケンカしてたらうっかりヤっちまったとか。ムカムカしてるうちにムラムラと……あるだろ?」
「あるかッ! そんなこと!」
その場合の『ヤる』は、『殺る』一択だろう。経験で言っているような口振りの危ない男から、「実は殺し合ったんじゃ……?」と言いながらエミヤは心持ち距離を取った。
するとまたランサーが「客間の痕跡からそれはねえな」と空いた分以上に詰めてくる。
痕跡とは何か。具体的に想像したくはないが、彼らが手に手を取って消滅したと確信するだけの何かは残されていたのだろう。
「それ私が片付けるのか……」
「執事がホテル並みのベッドメイクしてたぜ、ティッシュとかも処理済みだから安心しろ。そこで思ったんだが」
だから想像の解像度を上げる単語を出すなというのに。
エミヤが思考を停止していると、気安く肩に腕をまわされた。ぐっと寄せられたのは何故か真剣な面持ちだ。
「っ⁉ ちょ、なに、まっ」
ケンカしてたら――、それは彼我にも適用され得るのではないか。まさか、まさか⁉
ぐるぐると目を回したエミヤは胸の前に両手を突き出し、ぎゅっと目を瞑った。
「つまりよ、こいつら対消滅するんじゃねえか」
「……へ?」
簡単に言うと、プラスとマイナスを合わせるとプラマイゼロになる、というあれか。この場合はでっぱりとへっこみだろうか。酒飲みに毒された頭がつらい。
ランサーは指を三本立てた。
「あと三体。そっちとこっちで三カップルくっつけりゃ万事解決、おまえのケツも無事だ! どうよ!」
他所に押し付けるような作戦を己に秋波を送っている彼らに聞かれてはまずいのはもちろん、名案に興奮したあまりに顔を近付けてしまったらしい。目の前のやたら眩しいドヤ顔を、エミヤは無言で押し返す。
まったく紛らわしい。しかし、アイデアは悪くない。
「下品な言葉を遣うな。……そうだな、少なくともクリアの道筋は広がったと見ていいだろう。他人を巻き込んだり強制するのは倫理的に認められないが、好きになれと言ってなれるものでもなし。彼らが自発的に心変わりしてくれるのならば、我々としては僥倖だ」
プログラムと言ってしまっては味気ないが、彼らは出現した時にはすでに各々の〝マスター〟に好意を持っていた。似た人物にも惹かれる習性があるかもしれない。
いや、定められたプログラムを振り切って真実の恋をするのだと考えたほうが夢がある。
「だろ? お見合い大作戦だな」
「だが、いいのか。そんな作戦を立てて。君はまた寝取られたと大騒ぎするんじゃないのか」
しょんぼり顔を思い出して揶揄った。自分に好意を向けてくれていた存在が己から離れて他の男に寄り添うところを、エミヤはともかくランサーは黙って見ていられるのだろうか。
「そりゃまあ、ちびには花嫁の父みたいな気持ちになるかもしれねえけど」
それはエミヤも否定できない。でも少年たちがちいさな手を繋いだり、犬猫がしっぽを絡ませていたりしたらほっこりした気持ちになると思う。
「あいつはさあ……。オレのすること喜んでくれて、よく見りゃかわいい顔してるわ体はむちむちだわ、やらしいわりに意外と初心でかわいかったんだよなァ……」
かわいいって二回言った。しみじみと噛み締めるように吐露され、どう反応したものか。
こちらはそれとほぼ同じ顔、同じ体付きをしているのだ。何をか思い出すように己の色彩を舐めるその赤眼に、エミヤの鼓動が跳ねる。
手が伸びて、寝起きゆえの下りた前髪に触れる寸前、はっとしたように握り込まれた。
「あっ、おまえじゃねえぞ⁉」
「わ、わかっているっ!」
己とは正反対の評価だ。エミヤは怒ってばかりで、無論かわいくもない。
精神の話だろうとは言っても、男の脳内で描かれているものと相似の姿をしているのだから、意識するなというほうが無理だろう。
(むちむち……? やらしいってなんだ)
嘘か真か、あの彼はエミヤを煽るように彼の唇がどうのと言っていた。ああいう振る舞いが男は好きなのか。
じわ、と赤くなった気のする耳をエミヤはごしごし擦った。
「しかし、真面目ぶってむっつりな野郎だよな、御子様。こっちで宴会してる間に、うちのに夜這いかけたってこったろ?」
「あ、それは私が失礼を詫びに行けと言ったから」
不名誉はならんとあっさりバラせば、徐にランサーの両拳がエミヤのこめかみを捉えた。
「テメェのせいじゃねーか‼」
「いだだだだ!」
ぐりぐりと締められ、エミヤは悲鳴を上げる。厄介払いを喜んでいるのか、嘆いているのかどっちなんだ。
「だったらなんで、彼に言葉を掛けてやらなかったんだ!」
夜這いと茶化していたが、あれはフラグだろう。ランサーが出向けば、ふたりきりのイベントが発生したはずだ。ひとんちでやるな!とは言いたいが。
「言ったぜ? 『おまえをそういう性分に作ったのはオレだ、別に気にしねえよ』って。部屋入れてくんなかったけど」
「たわけか⁉」
再現されたセリフを聞いた瞬間、エミヤはばしっとランサーの腕を払い落とし、掴んだ手首を素早く背中へ回して関節を決めた。いだだだだ!と今度はランサーが悲鳴を上げる。
「許してどうする! 気を引くためにやってるに決まっているだろう、ばかか、貴様は!」
「わかったような口利くじゃねえか! 付き合ってる女もいねえくせに!」
「女性の心理は深淵だがな、ひねくれ者の性根なら手に取るようにわかるわ!」
「へーえ、テメェでひねくれ者って認め、いででで‼」
結果論だが、咎めるのが正解だったわけだ。教師も匙を投げた不良が、真摯に叱ってくれた相手に心開くようなものだろう。
ふらつく態度に怒って、オレだけのものになれと言ってくれたら。そうしたらきっと。
「何やってんだ、あんたら」
「ほう、なかなか筋がいいな」
布団を仕舞ってきたふたりが戻り、保護者の監督下でないとキッチンを使わせてもらえない少年らも「まだー?」と顔を覗かせる。
と、手の弛んだ隙にランサーが跳ね起き、突如宣言した。
「喜べ! 話し合いの結果、全員で居候することになったぞ!」
「なっ」
「「やったあ‼」」
殴り合いの結果じゃないのか?という光景はさておき、何を勝手な!とエミヤは色めき立つ。が、小さな反論は少年らの歓声に掻き消されてしまった。
「それは重畳。私も遺憾なく能力を発揮できるというものだ」
「にゃん」
ハウスキーパーを担う執事が頷き、助手ポジションの猫が追従する。
とにかく広い家(キッチン他あらゆる機能も向上する)に移れるワンルーム組と、友達の出来たセタンタ、狼犬は諸手を上げて賛成のようだ。
逆に言うと、アロハだけがこっそりと舌打ちをしていた。友好的で快活な男が、である。
鈍感に定評のあるエミヤだが、さすがにピンときた。
己の尻がピンチだと。
(まずい……!)
舌打ちの理由は、牽制し合っていた最大のライバルが消え、これでエミヤを口説けると思っていたのに、邪魔者がわんさと増えてしまうからだろう。昨夜も執事となにがしかの攻防を繰り広げていたらしいのだ。
エミヤを挟んで争ううち何かが芽生え――などと砂を吐きそうな事例を考えると、接触機会の多くなる同居は必須だろう。
そも通うのは現実的でない。親戚でもない家に頻繁に出入りするのは推奨されないご時世であるし、彼らに知られては破綻する恐れのある以上、攻略会議という口実も長続きしない。
ではどこで自分以外を見初めさせろと?
己の尻の安全のためにも、人数のいたほうが都合が良いのは確かであった。ていうか執事おいてってください、執事。執事だけでいいんで!
「……ということだ、現時点より合宿を開始する! 異論は認めん‼」
損得勘定を終えたエミヤも仁王立ちになり、宣言した。
最強執事は主のランサーについてくる。といって子供と猫を放り出すわけにはいかない。芋蔓でもないが、結局全員まるっと引き取る羽目になるのだ。
こうしてエミヤとランサー、それぞれの攻略対象。二家の同居がはじまったのであった。
あいつと遭遇編 終
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ここまでで本の2/3くらいです。(76頁の本の44頁まで)
サンプルっていうか、ほぼこれが本編でして、
あとは小ネタと槍弓成就編、後日談編があります。
・出現編(しぶ先行アップ済/これのいっこ前)
・遭遇編(しぶ先行アップ済/これ)
・エロ導入if・槍から編((槍+ヒモ槍)×弓/襲うけど未遂)
・エロ導入if・弓から編(槍←弓vs執事のはずだったんだけど槍弓成就編になりました)
・後日談
ネタバレになってもいいからくっつくカプが気になる方はずずっとスクロールしてください。
くっつく組み合わせ
・御子様槍×小悪魔弓(既成事実)
・狼槍→少年弓
・少年槍←執事弓
・ヒモ槍と猫弓(まったり)
・本人槍×本人弓(両想い)
こんな感じです。
Comments
- ポリゴンSeptember 18, 2023