ムキダシの愛をぶつけて
1.チュートリアル空間
サトゥ氏が切り札を切った。
徴発権。
多くのネトゲーには、そのゲーム独自の言い回しやマイナールールがある。
徴発権もその一つだ。
新スキルの解放はこのゲームで最大級の報酬であり、あと一歩で逃すなどということはあってはならない。
よってレイド戦において頭を張るプレイヤーはある程度の無茶を通す権限を持つ。
徴発権とはレイド級に勝つために必要な物資を問答無用で徴収しても良いということだ。
だが、紅蓮の天秤ガチャ事件しかり何をしても許されるという訳では決してない。恨みを買うことはまず避けられないだろう。
サトゥ氏は本気だ。
ポポロンをひたと見据えたまま叫ぶ。
「サトウさん! 徴発部隊の指揮を! 完全でなくともいい!」
サトゥ氏は現場を離れられない。徴発部隊の指揮を取る人間が必要だ。その人間にサトゥ氏はスマイルの旦那を選んだ。スマイルの旦那が一番うまくやれると判断したからだ。
サトウシリーズ御大は即応した。素早く後退し叫ぶ。
「左右で分けるぞ! 私より左手側! レベル10以上の近接職は私に続け! チュートリアル空間を抜けて人間の里へ向かう! 勝ちたいなら従え! 武器の供給にメドが付いた時点で段階ごとに人員を現場に戻す! そのつもりで居ろ! アオ! お前は残れ! フレンド登録を!」
君主にはフレンドリスト破棄の【戒律】がある。だが今はムキダシサモナーだからフレンド登録も可能だろう。
過去の確執とクランの枠組み。それらを越えて種族人間が大きく動き出す。
ポポロンもまた動く。地に突き立てた触手を足代わりに蜘蛛のように歩き出す。速い。いや、デカい。巨体に見合わない俊敏さは歩幅の大きさによるものだ。そのぶん小回りは利かない筈。
……外皮が薄くなってる? 気の所為か? 今の俺には強化された目がない。記憶の参照ができないため確信を持てなかった。スクショを撮っとけば良かったな。
しかし触手の増殖は一定のリスクを伴う。事前に予想していたことではある。
サトゥ氏が片手を大きく振って叫んだ。
「来るぞぉー!」
頭上から触手が雨あられのように降り注ぐ。こんなの避けられるかよ……。
俺含めゴミどもが散っていく。陸上動物の死角は頭上と足元に集中している。それは人間に限った話ではない。触手の雨に対応できたのは一部のプレイヤーだけだった。
だが今の俺たちには胡散臭い女神の加護がある。
チュートリアル空間特有の身体を探られるような感覚がジリジリと精神を焦がす。
命は沸き立ち、力は無限に湧いてくる。
しつこく立ち上がるゴミどもにポポロンが怒りの咆哮を上げる。
Pyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa
アナウンスが走る。
【GunS Guilds Online】
ポポロンの猛攻がより一層激しさを増す。
俺たちは目まぐるしく生と死を行き来する。意識の輪郭があいまいになっていく。肉体という器から精神があふれていくかのようだ。
星々の煌めきを感じた。
とめどもなく戦火は拡大していく。
あれはいつのことだったか。今と同じことを考えたことがある。
俺たちに宿るこの力は受け継がれてきたものだ。
遥か遠くの星で誰かが【ギルド】と戦っている。この星に不時着した【ギルド】は歩兵のみ。ヤツらの主力、本隊は別に居る。そいつらの相手をしているのは俺たちなんかとは比べ物にならないほど強いやつらなんだろう。
宇宙は広い。嫌ンなるね。
だが、雑魚には雑魚なりの仕事があるのさ。
俺は腹を貫いた触手を掴んだ。血反吐を撒き散らしながら腕の力で身体を引き寄せる。一歩でも前へ。
虫けらのように地べたを這いずる種族人間にNAiが大きく頷いた。
【私はチュートリアルナビゲーター。天使NAiです。かつて神は仰いました。度を越した力は傲慢であると】
生憎と俺は無神論者でね。
救いを求めるよりもまず足掻いてみるのさ。
だのに謙虚な俺を差し置いて新規ユーザーのチワワどもは着ぐるみ部隊の皆様を取り囲んでもるもると啓示を求めている。もはや恒例と化した新兵教導だ。
くそっ、俺の先生だぞ。いちいち手を煩わせやがって。いつぞやの可愛くないチワワが我が物顔で先生の補佐に回っているのも気に入らねえ。チワワめ。どうしたらいいですかだと? 見れば分かンだろ。デカブツを追っかけ回して運良く近くに来たらブッ叩くんだよ。
生産職の阿鼻叫喚が聞こえてくるかのようだ。スマイル麾下の徴発部隊が力尽くでブン捕ってきた武器を地面にバラ撒いていく。
武器種に拘ってる場合じゃねえ。俺は槍を拾い上げて突進した。邪魔なところに立っているゴミごとポポロンの触手に槍を突き立てる。虹色の光が降り注いで手元の槍が粉々になった。ええいっ、次だ次! 武器が足りねえぞ! もっと持って来い!
俺たちはポポロンが足代わりにしている触手に群がって集中攻撃を浴びせていく。何本か切り倒すことに成功したが、焼け石に水とはこのことだぜ。
ポポロンの外皮がボコボコと泡立ち、30本目となる触手が生えた。
次の瞬間、ポポロンが振り上げた触手を地面に叩き付けて跳躍した。空中で巨躯をたわめて全方位に触手を打ち出す。ダメ押しとばかりに光の輪を縦横無尽にブッ放してくる。俺たちは全滅した。
……今なら分かる。かつて山岳都市でポポロンはニャンダムと怪獣大決戦をやらかしたことがある。レベル差を覆してポポロンと互角以上に渡り合うニャンダムに注目が集まったが、そうじゃない。
(お前たちに分かりやすく言うとな、ワシは前衛職だ)
異常なのは、ニャンダムに近接戦を挑んで一歩も譲らなかったポポロンのほうなのだ。
チュートリアル空間はレイド級が暴れ回れるほどの広さを持つ大きな部屋だ。
遥か頭上の天井に張り付いたポポロンが触手を駆使してゴムまりのように跳ねる。天井から壁へ。壁から床へ。思考停止に陥った俺たちは無我夢中でポポロンを追い掛け回すことしかできない。
ハッとしたサトゥ氏が叫んだ。
「メイトを帰せぇ!」
ポポロンが群れなすムキダシメイトの眼前に地響きを立てて降り立った。
まさか。そんな。嘘だろ? コラボだぞ? 召喚獣と同じ扱いじゃねえのかよ?
そいつらは何もしてねえじゃねえか……。
そう、何もしてないから……俺たちは見誤ったのだ。
ゴミどもが悲鳴を上げた。
「召喚解除できない! ロックされてる!」
「勝手に召喚されてる! 何でだ!?」
ムキダシサモナーというゲームは、プレイヤーの殴り合いをムキダシメイトに見守って貰うスマホゲーだ。
戦闘中にムキダシメイトを帰還させる術など最初から用意されていない。
思えば開戦当初からポポロンの態度は一貫していた。
俺たちの心をへし折りに来ている。
ポポロンの蹂躙が始まる。
腐れメイトどもの悲鳴が上がった。
「ミダシナミー!」
お、俺は騙されねーぞ……。
いっそ役立たずが居なくなって清々すらぁ……!
だが俺の身体は自然と俺のメイトの元に向かっていた。
ポポロンが手加減したのか、それとも人間よりも頑丈に出来ているのか、吹っ飛ばされて地面に転がったゾンビ犬みたいなのはかろうじて生きていた。
四肢をだらしなく投げ出して寝転がっている。
お、おい。大丈夫かよ?
「ミダシナミ〜……」
弱々しい鳴き声を上げるメイトの前足を俺は掴んでやった。
「致命傷だ。これは助からないな」
ネフィリア……。
ひょっこりと顔を出したネフィリアが肩越しに俺のメイトを見つめていた。
俺はうまく頭が回っていない。
何で。どうして。こんな……。
ネフィリアは笑った。仕方ないやつめと言うように。
「Goatから何も聞いてないのか?」
せ、先生? 先生が、一体何を……。
「このイベントの報酬について、レ氏は言葉を選んでいた。Goatなら気付いたろう。おそらく……レ氏はストーリーを繰り上げるつもりだ」
……何の話をしてる?
「コタタマ。今のお前ならば、ある程度はアビリティを選べるだろう。だが戦闘型のアビリティはやめておけ。お前には合わない」
お前に何が分かる。
「分かるさ。コタタマ。私のアビリティは追跡だ。必要な時に確実に効果を得られる。つまらないアビリティなんだろうが、それがどれほど価値あることか、お前ならば理解できるだろう」
俺は答えなかった。腕の中で冷たくなっていくメイトをぎゅっと抱き締めてやる。
ネフィリアは続けた。
「私の下に居た頃、お前は情け容赦のない男だった。私の下を飛び出して、Goatと出会い、お前は少し変わった。表面上はあまり大きな変化ではなかったが、様々なプレイヤーと出会っていく中で、またお前は変わる」
……黙れ。黙れよ。気が散る。放っといてくれ。そんなこと今はどうだっていいだろ。
「コタタマ。まだ分からないのか? レ氏はお前を第三世代のプレイヤーのようだと言ったらしいな」
ネフィリアが親しげに俺の肩に手を置いてくる。俺はネフィリアの手を払いのけた。
何だってんだよ!
「いずれ分かる。お前は低レベルでありながら強い影響力を持ったプレイヤーだ。かつてこれを成し遂げたネトゲーはない。レ氏がやろうとしているのはそれだ。このゲームはそうしたプレイヤーを生み出すデザインになっている」
どうでもいい。俺はネフィリアを無視した。興味ねえ。
俺は……。
動かなくなったメイトをそっと地面に横たえる。
……俺は、コイツのために何をしてやれる?
分かっていた。ネフィリアは俺にネトゲーマーらしい未来を捨てろと言っているのだろう。
やってやるさ。
俺は目に力を込めた。
ビキリと眼窩に疼痛が走る。
この痛みは警告。奇跡の代償なんだろう。
身体は覚えていなくとも心は目の使い方を覚えている。一度目にロストした時と同じだ。
俺は霊感を解放した。
ムキダシメイトを蹂躙しているポポロンに目を向ける。
お前の相手は俺だ。
ハッとしたポポロンがこちらを向く。
俺は無理やり口をひん曲げて笑った。
ポポロン……。お前がタマの親だってんなら俺はお前の妻ってことになるよな?
嫁さんを放ったらかしにしてゾンビ犬と戯れてんじゃねえよ。嫉妬しちゃうぜ。
ポポロンが触手を地面に叩き付けて跳躍した。
俺の眼前に降り立ち、じっとこちらを見下してくる。
俺は奇声を上げて突進した。
死ねよやぁーッ!
これは、とあるVRMMOの物語。
ミダシナミ……。
GunS Guilds Online