戦え、ムキダシサモナー!
1.チュートリアル空間
はは……。
「笑える」
血の海だ。
何のことはねえ。
偉そうにあーだこーだ言ってた俺も初日組じゃあない。だから俺も知らなかった。それだけの話だ。
「これが魔王か」
ひしゃげた俺の片腕がボトリと落ちる。
上半身をねじ切られたサトゥ氏の亡骸が無造作に地面に転がっていた。
ゴミどもを串刺しにした触手を地に突き立てて巨躯の怪物が迫る。全身をびくびくと震わせて咆哮を上げた。
Pyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa
俺の鼓膜が破れた。
使い物にならなくなった耳は自然と内なる声に向く。
それは、ひどく懐かしい色彩を帯びて俺の脳裏を過った。
2.回想-取り調べ室
魔王?
おうむ返しに呟いた俺に、ティナン警備兵がコクリと頷いた。
「その疑いがあるということだ。お前の言う……MPKか? それをやる人間が居ることは把握している。だが、お前のそれは規模が違う」
警備兵さんはニコリともしてくれない。
「眷属を支配し操る。そうした存在を私たちは魔王と呼ぶ。お前たちが言うところのレイド級ボスモンスターだ」
警備兵さんは震えていた。
「ああ、これか? 怖いんだ。もしもお前がそうなら私なんて一捻りだからな。魔王にも色々と居るが、中には人に化けるやつも居る。そして、そういうやつほど簡単には尻尾を掴ませない。人に紛れて他の魔王の虚を突くんだ」
俺はひゅうと口笛を吹いて軽口を叩いた。
魔王ってのは随分と大らかなんだな。知らなかったぜ。ついでに言うとちょいとばかり間抜けだ。俺はティナン警備兵にブッ叩かれた頬をさすってニッと笑う。
わざわざ疑われるような真似をしてブン殴られて牢屋にブチ込まれても許しちゃうんだから大したもんだ。
もしもそんな魔王が居るとしたら、そいつはもうお前さんたちと仲良くしたいんじゃないかな? どう思う?
すると警備兵さんはキョトンとしてから、小さく苦笑した。
「お前、変な人間だな」
そう言ってまじまじと俺を見つめてから、モミジみたいに小さな手を俺の手に被せてくる。
「一つおまじないを教えてあげる。森で迷ったらポポロンと唱えるんだ。ポポロン、ポポロンと。ポポロンは最も恐ろしい魔王の一人だ。その名を聞けば大抵の悪いことは近寄って来れない」
3.チュートリアル空間
だが、その最も恐ろしい魔王の一人とやらに俺たちは完全に標的にされていて、こんな時にどうすればいいのかを警備兵さんは教えてくれなかった。
女神像を経由してチュートリアル空間に足を入れるなり四散したゴミどもの肉片がそこら中に散らばっている。
認めよう。俺たちには油断があった。ポポロンはレイド級の中では穏健派で、イキナリ襲い掛かってくることはないと高を括っていた。そしてそれは単なる思い込みだった。
今日のポポロンはとても大胆で……。
スキル投票権というエサに釣られたゴミどもがもるもると嬉しそうに鳴きながら続々とチュートリアル空間に転移してくる。
荒ぶるポポロンがギリギリと引き絞った五本の触手を高速で打ち出してゴミどもを串刺しにした。さながらレーザー砲だ。
惨劇の舞台と化したチュートリアル空間に鬼畜ナビゲーターの軽やかな笑い声が響く。鼓膜が破れていようがお構いなしだ。
【ようやく真剣にゲームをする気になってくれたのですね。もっと早くその気になってくれたなら、と思わなくはありませんが】
俺は肩口を押さえてうずくまる。千切れ落ちた腕の傷口からあふれた血がボトボトと落ちる。
……おい、NAiさんよ。今回のイベントはチュートリアル空間に攻め込んできたポポロンを撃退するっていう話じゃなかったか? てっきり俺ぁお前さんと共闘するのかと思ってたぜ。
NAiは俺の言葉を無視した。歓迎を示すように両手を大きく広げて言う。
【条件は満たされました。では、始めましょう】
指揮棒を振るように指で宙をなぞり、歌うようにアナウンスを告げる。
【女神の加護】
【Death-Penalty-Cancel(沸き立つ命。無限の力)】
【Stand-by-Me!(ゲームの始まり)】
チュートリアル空間を埋める赤い輝きが渦巻く。飛散した命の火がプレイヤーたちに降り注ぎ、根源に眠る力を呼び覚ます。
蘇ったゴミどもがダッと地を蹴って鬼畜ナビゲーターに殺到した。出血多量でぱたりと死んだ俺も即座に復活してクレームの輪に加わる。
「なんだアレぇ!」
「開幕ブッパはヤメロって何度言ったらチクショー!」
「ポポロンさん猛ってるじゃねーか!」
「クソ運営! お前らスキルを寄越すつもりねーだろ!」
「ミダシナミー!」
ムキダシメイトは遠巻きに俺たちゴミを見守ってくれている。
なんだかテンションが高くなって突入前に一斉召喚したのだが、マジで何の役にも立たねえ。
テイマーの召喚獣と同じ扱いなのだろう。ポポロンも腐れメイトに関しては完全スルーの姿勢だ。
なんか見守ってくれることでゴミ強化とかあるのかなと少し期待していたのだが、そういったことはまったくないようだ。依然としてゴミはゴミのままである。
NAiはゴミ一同の抗議を無視した。
【女神の加護はレイド戦時に発動するパッシブスキルです。デスペナルティの免除とリロードの簡易化といった恩恵を受けることができます】
!?
何やらチュートリアルを始めたぞ……。
俺たちもヤケクソになって序盤の効率的な進め方を声高に尋ねる。
「魔法が使えないんですケドどうしたらいいんですかねェ!」
「チュートリアルが難しくてクリアできないんですけどォ!」
「ジョブチェンジってどうやるんですかァ!?」
NAiはニコリと微笑んだ。
【ggrks】
ナビれや! ポンコツがッ!
……すまない、言い過ぎたな。俺たちは謝罪した。しかしもう一つ現状報告しておくと、ポポロンが触手を一振りしただけで全滅するのがこのゲームのプレイヤーってことだ。お前はそういうザコどもを導くナビゲーターなんだ! お仕事お疲れ様でーす。
俺たちはひとまず鬼畜ナビゲーターの労をねぎらった。実際問題、ナビるもクソもねえわな。最初から戦って死ぬこと以外に選択肢などないのだ。
さて、やるか。
俺たちはムキダシサモナーだ。
武器はねえ。魔法もねえ。だから何だ。
このゲームには魔石の流通が完全にストップした暗黒時代が存在する。
頃合い良しと見て、サトゥ氏がポポロンを指差す。言った。
「久しぶりだな、ポポロン。あの頃と比べて、俺たちはどれくらいマシなゴミになったのか? 試してみようか」
ポポロンの外皮がボコボコと泡立ち、新たに五本の触手が生えた。
計10本の触手をわらわらと不均等に伸ばしたポポロンの核の中枢がどくんと脈打つ。ガムジェムの鼓動だ。
核からトゲが伸びて触手に芯が通る。触手の先端が割れて上下に歯が生え揃う。それらが一斉に禍々しい声を発した。
Aaaaaaa…aaaA…Aaaaa…
その声はどこか悲しげで。
もしかしたら愛する我が子と引き離された慟哭だったのかもしれない。
それらに呼応して触手の先端に光の輪が灯る。虹色に輝くそれが幾重にも折り重なってゆっくりと広がっていく。
まるで大輪の花が咲き誇るかのようだった。この世のものとは思えない美しい光景に目を奪われる。
これが……【全身強打】のオリジナル……。
瞠目した俺たちの視界をアナウンスが埋める。
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:レイド級ボスモンスターの討伐】
【制限時間:00.00】
【目標……】
【使徒】【Photo-Roton】【Level-3511】
スキルの解放段階を進めるためには、レイド級にやる気になって貰うことだ。
何が原因なのか分からないが今日のポポロンはとても積極的に迫ってくる。
どの道、一発で死ぬ俺たちに立ち止まる理由などない。後退する理由などない。これはゲームなのだから。
前衛も後衛もない。俺たちは奇声を上げて突進した。
ポポロンが触手を振るたびに虹色の花が咲く。美しさもさることながら威力も凄まじいものがある。花弁に触れた瞬間には俺たちの身体はチリになっている。
しかし大量ロスト事件を乗り越えたゴミどもは負けちゃいない。このゲームでレベルを上げるということは%野郎に近付くということ。真相に近い力を手に入れるということだ。
押し寄せる光の奔流の中、上等なゴミどもが命の火を激しく燃やして強引に突っ切る。
ポポロンに肉薄したサトゥ氏が歯列をギラつかせた。
「ごっつぁんです……!」
ぐんと首を伸ばしてポポロンの外皮に歯を突き立てた。
噛み付きである。
半液状の身体を持つポポロンに打撃は効果が薄い。種族人間はお猿さんだった頃にそこら辺に転がってる石で殴ったほうが強いという歴史的な大発見をしたので、鋭い爪を持たない。それが裏目に出た形だ。従って噛む。
上等なゴミがわらわらとポポロンに取り付いてガブガブと噛み付いていく。
ポポロンがぶるりと体表を震わせる。上等なゴミどもがまとめて吹っ飛ばされた。
前歯を持っていかれたサトゥ氏がベッと血が混ざったポポロンの外皮の一部を吐き捨てた。ニッと不敵に笑い、こめかみをトントンと指先で叩く。
「人間はここで戦うのさ」
知恵と工夫で困難を乗り越えると言いたいらしいが、やってることは原始人もびっくりの力業だった。
歯抜けのサトゥ氏に女キャラはドン引きだ。
これはいけないとリチェットが素早く動く。ポポロンから産出された魔石を両手に持ってガンガンと叩き付ける。暗黒時代に生み出された戦法の一つ、ラッコ闘法だ。片手の魔石をポポロンの外皮に押し当てて、もう一つの魔石を叩き付けるのがコツである。
そこら辺に転がってる石ころでもやれるのだが、種族人間が手に持った石ころは所有権の関係なのか【全身強打】の標的になってしまう。その点、ポポロンから産出された魔石なら【全身強打】をスルーできる。理由は分からない。
俺もリチェット隊長にあやかるとしよう。魔石を拾ってガンガンと叩き付ける。おらァ! おらァ!
「ミダシナミー!」
ちっ、うっせーな! 声援を送ってくる腐れメイトに絆されたアホどもが腑抜けた顔で手を振るが、俺は騙されねーぞ。安全圏でのうのうとしやがって。怨念を込めてガンガンと魔石を叩き付ける。おらァ! おらァ!
作戦は順調だった。
厚い毛皮を持たないポポロンに対してラッコ闘法は有効だ。一撃のダメージは武器でブン殴るのとそう変わりないだろう。
しかし俺たちはすぐに思い知ることになる。
ポポロンの触手は、単に攻撃回数を増やすためのものではないのだ。
両手に魔石を持って群がってくる種族人間を触手と【全身強打】で追い払っていたポポロンの外皮がボコボコと泡立つ。
新たに生えた触手は10本。これで計20本。
次の瞬間、ポポロンの動きが劇的に変化した。
地に触手を突き立てて、ぐんと自分の巨体を持ち上げる。
俺たちは両手に魔石をぶら下げてアホみたいにポポロンを見上げるばかりだ。
地べたに張り付いている俺たちに、ポポロンが触手を一閃した。俺たちは全滅した。
……つまり、こういうことらしかった。
ポポロンの触手は本数を増すごとに運用の幅が広がる。リミッターが解除されるように。
そして、ポポロンは……。
最大で35本の触手を生やせると予測されている。
さっと青褪めたサトゥ氏が決断を下した。
「触手を切り落とすぞ! 市場の武器を掻き集めろぉ!」
もうラッコ闘法は通用しない。
ムキダシサモナーはクラフト技能を使えない。
コラボ期間中は転職することもできないだろう。
現存する武器を湯水のごとく投入するしか手がなかった。
その結果、どうなるか。
種族人間は第二の暗黒時代を迎えようとしていた……。
これは、とあるVRMMOの物語。
生産職の人たちが犠牲になるよ! やったね!
GunS Guilds Online