トレーニングモード
1.ポポロンの森-女神像
セーブポイントの女神像はゴミで溢れていた。
大量ロスト事件でカッとなったゴミどもが新規ユーザー狩りをやってるからな。くくくっ、ちと短絡的じゃねえか? いや、あるいはサトゥ氏辺りに煽られたのかもな。
木を隠すなら森の中。ゴミを隠すなら夢の島だ。俺は死に戻りしたゴミどもに混ざって地下祭壇を這い出した。
俺はキャラロストでふりだしに戻ったが今後の計画は立ててある。まずはレベルを上げる予定だ。目は要らない。鍛え直すにしてもアレはレベル上げてからのほうが絶対にいい。目にも経験値が入るなら早いほうが最終的には強くなれるという考え方もあるだろうが、それは廃人の理屈だ。俺がカンストまで持っていくのは無理だ。単純に時間が足りない。
……本来ならNAiと手を組む予定だった。プレイヤーの所有権を持つあの女は俺たちの心を読める。だからこそ交渉の余地がある筈だった。何しろあの女はョ%レ氏と敵対関係にあるからな。それに心を読まれたところで俺たちは大して困らねえんだ。人間様は頭いいフリをしちゃいるが、予定通りに事が運ぶことなんてないからな。その場しのぎの繰り返しだ。直前まで絶対にこうしようと決めてたことがチョットしたことでやっぱりナシになる。行き当たりばったりなのさ。人類社会ってのはそうやって作られてきたモンだ。だから首を傾げるような場面が多い。
しかし召喚術師ね。くくくっ……どこのアホか知らんがクラスチェンジ条件秘匿の罪は重いぜ? 神と等しい先生ですら丸焼きにされる寸前まで行ったからな。情報は共有しなくちゃいけねえよ。俺TUEEEEしたいならオフゲーでもやってろっつー理屈よ。いや、理屈じゃねえな。俺たちは単に他人が幸せになるのが気に入らねえのさ。それはネトゲーの真理でもある。
おっとクズ女だ。俺は素早く茂みに身を潜めた。書籍化未遂作家のキャメルがカメラを両手に持ってふらふらと森をうろついている。
「コタタマさ〜ん。居るんでしょ? 顔だけでも見せてくださいよ〜。私、すっごく心配したんですよ?」
心配? いいや違うね。キャメル。お前は金で俺を売ったんだ。俺がキャラネとビジュアルを変えて舞い戻ると予想した。それで俺の顔写真を撮ろうとしてるんだろ?
クズ女め。金のためなら何でもやりやがる。ハイエナのような女だ。
目障りだな。消すか? 斧の柄を握る俺の手にグッと力が込もる。いや……。俺は考え直した。今はこの場を離れることが先決だ。いや。ムカついたからやっぱり殺そう。行き掛けの駄賃だ。俺は斧の刃をベロリと舐め上げた。くくくっ、悪のブン屋を成敗してくれるわ……。
おっとアナウンスが俺の行く手を阻む。
【トレーニングモードが解放されました】
そして流れるように強制召喚。
死出の門が足元に咲き、そこから這い出てきた無数の手が俺たちを引きずり込んでいく。
2.黒い星-ポポロンの森
気付けば俺たちは黒い森の中に立っていた。黒い、というのはアレだ。木や草が機械みたいになってる。灰色の空からワイヤーみたいなので吊るされた雲っぽいのがわざとらしく流れていく。
トレーニングモード……。トレーニングモードっていうか……これ本番じゃね?
クソ虫さんたちが森の中をうろついている。ちらっと俺たちを見てから、すぐに気を取り直してうろつく作業に戻った。
視界の端にポンとちびナイが湧いた。
またお前か。ここはどこだ。俺たちに何をした。
ちびナイは俺の質問を無視した。
【新しい機能が解放されたみたいね! 今日はトレーニングモードについて説明するよぉ〜!】
これ本当にトレーニングモードなの? 間違って【ギルド】の本拠地に転送してない? 大丈夫?
ちびナイは両手を広げてくるくると回っている。他のゴミどもにも同じものが見えているようだ。飛蚊症にも似た、見えているのに殴れないというストレスに頭を抱えている。
【トレーニングモードはバトルフェーズの練習モードのことね! 通常フィールドと違ってエネルギーが循環する仕組みになってるから、心ゆくまでエンドフレームの超パワーを堪能できるんだよ! すごーい!】
いや、でもそれができるなら最初からやれよって話だよね? ぶっちゃけ俺らのエンフレって【ギルド】のコピーなんでしょ? だからクソ虫さんたちの本拠地に来るとコード刺さってなくても充電されるとかそういうアレじゃないの? ねえ聞いてる?
ちびナイは聞いちゃいなかった。
【トレーニングモードの専用ルームにはティナンもモンスターも居ないから思う存分に走り回れる! お友達を誘って競い合ったり色んなことをやってみて!】
女の悲鳴が聞こえた。今の声は……リチェットか?
ちびナイが無邪気に笑っている。
【やり方が分からないなら教えてあげるね】
……サトゥ氏はレベル上げの途中で、セブンはロストしてキャラクリを終えたばかりだ。
廃人三連星で、リチェットだけがロストを免れている。高レベルを維持できている、ということ。
いや、あるいは……NAiは最初からリチェットに目を付けていたのかもしれない。
攻略が進むにつれてサトゥ氏は本性を露わにしていき、一方でリチェットは丸くなっていった。リチェットは優れたバランス感覚を持ったプレイヤーで。徒党を組むと果てしなくアホになっていく野郎どものストッパー役になっていた。あのセブンですらリチェットには無自覚に頼っている面があった。
エンドフレームには何らかの特性が付与されるパターンが多い。五面ボスなんかは可愛げのあるほうで、ミノムシ野郎は母体分割に羽化、自爆と一人だけトチ狂った性能をしていた。それは多分プレイスタイルの結晶と言えるもので、短い寿命しか持たないセミ野郎の特徴が表れたものだった。
俺は振り返った。
死に戻りしたセブンを迎えに来ていたのだろう。地下祭壇からふらふらと這い出してきたリチェットが頭を抱えてうずくまる。
リチェット……。俺は後ずさった。
……異常個体と呼ばれるレプリカは、多分それほど強い個体ではない。個性が強く、それゆえに機体として破綻している部分がある。
もしも最強のエンドフレームなんてものがあるとすれば、それは正統派のプレイヤーの母体だろう。
リチェットの輪郭がどくんと脈打つように歪んだ。
トレードマークの修道服が黒く染まっていく。
ソシャゲーのガチャキャラのレアリティが上がっていくかのようだ。
縛りプレイくらいにしか役に立ちそうにないNリチェットが色っぽくなってSSRに昇格していく。
「りっちゃん!」
残像の尾を引いてサトゥ氏が飛び降りてきた。リチェットの肩に手を置いて揺さぶる。
リチェットが顔を上げる。
「さ、のすけ」
皮肉にもそれでリチェットの緊張の糸が切れた。
リチェットの身体が繭に包まれる。手を弾かれたサトゥ氏が繭の表面をばんばんと叩く。
「くそっ、NAi! やめろ! 俺が【ギルド】と戦う! それでいいんだろ!?」
だが、おそらくサトゥ氏は異常個体だ。正当な進化の系譜から外れた弱い個体なのだ。
繭の中でリチェットがぱくぱくと口を開いている。サトゥ氏とリチェットの手が半透明な繭越しに重なる。
「な、なんだ? リチェット。大丈夫だぞ。俺とセブンが何とかしてやる。俺たちはいつも一緒だった。これからも。だから……」
殺して、とリチェットの口が動いた。
地面から迫り上がった黒い金属片がリチェットを取り巻く。
アナウンスが走る。
【Training-Mode】
【警告】
【レイド級クランの出現を確認しました】
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:レイド級クランの撃破】
【制限時間:00.00】
【目標……】
【ヴァルキリー】【リチェット】【Level-1030】
「クソゲー……!」
悪態を吐いたサトゥ氏が瞬く間に完全変身を遂げた。
変身途中のリチェットに組み付き、押さえつけようとする。
リチェットが片腕を無造作に振った。弾き飛ばされたサトゥ氏が木々をなぎ倒して倒れる。
……バトルフェーズはオートパイロットだ。正常な個体はプレイヤーの意思を無視して動く。
リチェットのエンドフレームは少女の姿を模した死神のようだった。
赤い唇と長い髪。髪は半ばから機械の束になっている。黒い襤褸から覗く人形のように痩せ細った手足が痛々しい。顔に巻き付いている黒い布きれが目を覆い隠していた。ひび割れた肌がボロボロと脱落していき、一部のフレームが剥き出しになっていく。
唇の隙間から獣のような唸り声を発したリチェットが地を蹴ってサトゥ氏に襲い掛かる。
視界の端でくるくると回るNAiの声が場違いに明るい。
【戦って。戦って。どんどん強くなって。トレーニングだから大丈夫! あ、でもギルドの幹部クラスには気を付けてね。特殊な能力を持った個体が多いから。ちゃんと警告を流すから幹部が来たら脱出しようね。簡単、簡単!】
サトゥ氏にリチェットを傷付けることはできない。
リチェットがサトゥ氏の片腕を掴んで引き千切った。ぐったりしたサトゥ氏の背中から生えているビンに手を掛ける。引き抜こうとしているようだが、びくともしない。
リチェットが長い髪を一本引き抜いた。手の中で展開した髪がメイスに変形していく。メイスを大きく振り上げたリチェットがサトゥ氏の背中をブッ叩いた。一回、二回。殴られるたびにサトゥ氏のビンに走った亀裂が広がっていく。
サトゥ氏の目が青白く発光した。手のひらから生やした剣でリチェットのメイスを受け止める。巨大な質量の衝突に火花が散った。
サトゥ氏の母体、【刺しビン】が長い咆哮を上げる。
Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa……
リチェットの母体の唇が引きつるように吊り上がった。交差した武器越しにサトゥ氏を威嚇するように吠える。
Waaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa
俺は歯噛みした。
くっ、サトゥ氏、リチェット……。
悲しい戦いだった。
戦っている二人に俺は何もしてやれない。
いや、本当にそうか?
俺はゴミどもに歩み寄って尋ねた。
「オッズは?」
ゴミどもが深刻そうにコクリと頷く。
「リチェットが優勢だ。1.2倍ってトコだろう」
サトゥ氏……。俺は胸中でサトゥ氏に声を掛ける。俺はお前を信じるぜ。お前ならリチェットを止めてやれる。
俺は屋台で売っていた得体の知れない焼き鳥にパクつき、ぐびっと麦をあおった。
サトゥ氏、俺も戦うぜ。お前を一人にはしない……。
二体の巨人が組み合う。戦いの余波がここまで伝わってくるかのようだ。
俺はサトゥ氏の馬券をぎゅっと握りしめてデカブツの対決を熱く見守る。
がんばれ、サトゥ氏。お前がナンバー1だ。
これは、とあるVRMMOの物語。
友の勝利を信じて……!
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