先日新しくオープンされたドックランの魅力を紹介するというロケで夏葉はカトレアと一緒に撮影を行った。自然豊かな公園を散歩して広場を自由に走りまわり、ドックカフェでご飯を食べて写真撮影をする。カメラやスタッフがいたのでカトレアにとって慣れない環境だったと思うが夏葉と一緒だからかカトレアが楽しんでいるのが伝わってきて、ドックランのスタッフやカメラマンも満足そうにしていた。
そして今日。レッスンも終わったので帰ろうとしている夏葉をプロデューサーが引き止めて紙袋を差し出した。心当たりがなくて夏葉は首を傾げる。「カトレアに」と言われ中身を見てみるとそこに入っていたのはカトレアが好きなクッキーだった。
「昨日よく頑張ってくれたご褒美にと思ってさ。これ好きって言ってたよな?」
「ええ、ありがとう!きっと喜ぶわ!」
紙袋の存在に気が付くと同時に夏葉の周りをぐるぐると回るカトレアが想像出来て頬が緩む。昨日、夏葉もご褒美にお気に入りのおやつをあげようと思ったがちょうど無くなってしまってあげられなかったのだ。きっといつも以上に喜ぶだろう。
ふと夏葉が視線を下ろすとプロデューサーの手には鞄があった。
「…プロデューサーももう帰るのかしら?」
「ああ、急ぎの仕事もないしな」
プロデューサーがこんなに早く帰るのは珍しい。
これはチャンスだ、と反射的にそう思って夏葉は咄嗟に口を開いた。
「...ねえプロデューサー。きっと直接渡した方がカトレアも喜ぶと思うわ。もしよかったらこのまま私の家に来ない?」
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...まあ、多少ダシに使った自覚はあるが実際カトレアはプロデューサーによく懐いている。プロデューサーの姿を見るなり飛びついて喜んで歓迎をした。夏葉が紅茶を入れている間にお気に入りの玩具を持ってきたカトレアはずっとプロデューサーに遊んでもらっている。
紅茶とクッキーを運んでソファに腰をかける。最初は微笑ましく見てその様子の写真を撮っていたりしたがさすがに寂しくなってきてしまった。
「よしよし、カトレア!昨日はよく頑張ったな!」
──私だって頑張ったわ。
「はは、カトレアはさらさらで気持ちいいな」
──私だって髪の毛さらさらよ。
「カトレアが好きなクッキーを持ってきたんだ。お手!…よし、いい子だ!」
──…私だってお手ぐらい出来るわ!
…最後のはおかしいわね、と自分にツッコミを入れながら夏葉はぬるくなってきてしまった紅茶を飲み干した。ソファの下ではプロデューサーに手渡しされたクッキーをカトレアが美味しそうに食べている。
「…プロデューサー、紅茶が冷めちゃうわよ」
「ああ、すまん!カトレア、ちょっと休憩な」
漸く夏葉の隣に座ったプロデューサーが紅茶を飲んだ。その様子を眺めていると感想を求められているかと思ったのかプロデューサーはにこにこと笑いながら「美味しいよ」と口にした。プロデューサーの視線がこちらに向いてるのに嬉しくなって、自分でも単純だと思った。
「クッキー喜んでもらえてよかったよ」
「うふふ、クッキーだけじゃなくてアナタに会えたのも嬉しいみたいよ」
それに返事をするようにカトレアが小さく吠えて、プロデューサーはまたカトレアを撫でる。その顔はふにゃりと柔らかいもので、その視線を向けられるカトレアに夏葉はまた嫉妬してしまった。
…それにしてもまさかここまでプロデューサーが犬好きだと思わなかった。
確かに初めてカトレアの写真を見せた時は目を輝かせながら可愛い可愛いと言ってくれた。自分の愛犬が褒められるのが嬉しくて色んな写真を見せたことを覚えている。それから夏葉がプロデューサーを家に招くようになってから、すっかりカトレアとプロデューサーは仲良くなった。家に誘う時も「カトレアが会いたがってるわ」と言うと嬉しそうな顔をして「…じゃあ」と言って頷く。来てくれるのも、仲良くなったのも嬉しい。嬉しいけど。…カトレアに負けてるみたいで悔しい。
せっかく二人きりなんだからもっと話して、甘えたいと思っていたのに。
──いえ、待ってるだけじゃダメよ。私の方からアピールをしないと、
夏葉がそう決心して口を開こうとした瞬間、頭の上にぽんと優しく手が乗せられた。そのまま頭を撫でられて夏葉の口から「…プロッ、デューサー…?」と少し間が抜けた声が洩れた。
「夏葉もよく頑張ったな」
「...あ、ありがとう」
夏葉の言葉にプロデューサーの目が優しげに細くなる。夏葉は無意識に撫でやすいように視線を下げて口をキュッと閉じた。
カトレアがプロデューサーに撫でられたがる理由も分かる気がする。プロデューサーに撫でられると頭がふわふわして、ドキドキするけどそれ以上に安心するのだ。頭を撫でられるだけでこんなに幸せになるなんて知らなかった。
「カトレア?...はは、俺に妬いてるのかな」
構ってと言わんばかりにカトレアが頭をソファに座っている二人の間に乗せる。どちらに妬いているのか夏葉はなんとなく分かった。...犬は飼い主に似ると言うが、まさかこんな所まで似るとは思わなかった。
頭から離れるプロデューサーの手を慌てて掴む。カトレアは大事な愛犬である。しかしそれとこれとは別だ。いくらカトレアとはいえこれ以上プロデューサーを渡さない。
夏葉の行動にプロデューサーは不思議そうに視線を向ける。夏葉は大きく息を吸ってから口を開いた。
「...プロデューサー、私もご褒美が欲しいわ」
「ご褒美?確かに夏葉にあげてなかったな...いいぞ!何か欲しいものがあるのか?あ、休みとかでも...」
「.........」
「...夏葉?」
無言のまま腕を広げる夏葉にプロデューサーは目を瞬きさせた。
「ハグして欲しいの」
「え、そ、それがご褒美になるのか?」
「もちろんよ。さっきカトレアにしてたじゃない」
「...カトレアにするのと夏葉にするのは違うだろ。ほ、ほら!もっとわがまま言っていいたんだぞ!新しいダンベルとかシューズでも「プロデューサー」」
「...ダメ、かしら」
夏葉が上目遣いでわざと悲しげな声を出すとプロデューサーはぐっと息を詰まらせた。プロデューサーが自分に甘いのは知っている。じわじわと顔を赤く染めて目を泳がせるプロデューサーを見て、少し気分が良くなった。
「...よしよし」
「っ、」
観念したように息を吐くとプロデューサーは優しく夏葉を抱きしめた。夏葉の全身を包むプロデューサーの匂いと温もりに鼓動が自然と速くなる。バレたらどうしようかと思っているとスーツ越しにプロデューサーの心臓の音が聞こえて、夏葉は頬が緩むのを誤魔化すために背中に回した腕の力を強めた。
「...はは、カトレアに怒られないかな」
「大丈夫よ。カトレアはプロデューサーのことが大好きだからきっと私とプロデューサーが仲良くしてた方が嬉しいわ」
「ワンッ」
「うふふっ、そうみたい。だからもうちょっと...いい?」
「...もうちょっとだけな」
......明日カトレアにご褒美をたくさんあげないと。