実はお前のことばかり
とあるカルデアのキャスターとエミヤの二人。初期メンバーの二人は当初はよく絡んだものの、サーヴァントが増えていくにつれて疎遠になり…。寂しく感じると同時、恋心に気づいたエミヤのうだうだとしたお話です。
■先日twitterにてとあるイベントに参加した際、久しぶりにリクエストを募ったところお優しいフォロワーさんから「キャス弓でカルデア時空でキャスの嫉妬もの(振る舞いは知的なドルイドなのに頭の中は弓の事でいっぱい)」のお題を頂戴致しました。時間が経ってしまい申し訳ありません、久しぶりに募集したのですが凄く楽しかったです。ありがとうございました!(*‘ω‘ *)
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召喚された先、笑顔で出迎えてくれたマスターの隣にあの男がいた。
クー・フーリン。見知ったクラスとは異なり、現界した姿はキャスターだという。何度か喚ばれた先で見た顔ではあるが、馴染みある槍の代わりに手には杖が握られ、ぴっちりと身を包む青いスーツの代わりにローブ崩れの衣服を礼装として纏っていた。
柔らかな雰囲気を常に纏っており、物腰も穏やか。驚くことにそれは私に対しても異なることはなく、他所での記憶を持ち合わせているというのにフレンドリーに接してきた。
最初は所詮クー・フーリンだろうといつもの調子でいたのだが、何を言っても軽く流されるうちに段々とバカらしくなってしまった。気づけば奴のペースに巻きこまれ、なんというかまるで友人のような……ランサーの彼とは異なる関係を築いていった。
私達が所謂初期メンバーというやつだったのも理由の一つと考えられる。
最初の頃はこのカルデアはかなり脆弱だった。
どう危機を乗り越えあるいは回避していくかに頭を悩ませ、度重なる苦難を共に乗り越えてきたからこそ築けたのだろう。共に考え、共に苦しみ、共に怒り、共に喜び、共に悲しみ……、そんなことを繰り返していくうちに距離はあっという間に縮んでいった。
召喚された場所が変われば容赦なく殺し合う相手だということには変わりはないのだが、今はそうではない。マスター不在の深夜、お疲れ様会や反省会と称して食堂で二人きりで飲むなどということも度々あった。
仲が深まっていくとキャスターの私室、彼の魔術工房に場所が移った。少しずつサーヴァントが増え始めている頃だったこともあり、こちらの方が気を遣わずゆっくりと語りあえるだろうという彼からの提案だった。
特に断る理由もない。この日も誘われるままに夜食を用意して訪れていた。
キャスターは寝台に背を預ける形で、床に敷かれた古い絨毯の上に片膝を立てて座している。訪問から既に一時間が経過しており、酒による心地よい気怠さがエーテル体で編まれたカリソメの身を包みこんでいた。
「槍なしでの現界なんざ最悪だって思ってたが、一つだけよかったことがある」
酒の入った杯を揺らし、目尻を僅かに赤く染めたキャスターはおもむろに切り出す。
ふむと一撫でしたばかりの顎を持ち上げる。見上げた先、天井近くには名前のわからない枯れた草花を束にした物が幾つも吊るされており、軽く視線でなぞりあげた。
「高い位置にある物を杖で落とせることか?」
「それじゃないな~~、っつうか横着してるとこ見られちまってたか」
「目撃済みだ」
ランサー程にはガサツではないものの、キャスターに全く雑さ加減がないというわけではない。細かな作業をすることが多く手つきは繊細なのだが、こういう部分でボロが出ているというか。
……この行儀の悪さについて口では窘めはするが、実のところクー・フーリンらしさを感じるために嫌いではなかった。本人に伝える予定はないがね。それらしい顔で頷き、気をつけたまえと重ねておいた。
「不正解~。なんだと思う?」
「おい酔っ払い、近づくな」
「お前も酔ってっから大丈夫だ」
「何も大丈夫じゃない」
「で、なんだと思うよ」
キャスターになったことでの利点は何なのか。槍がなくなったことで相手が油断するだとかか? いや待てよ、魔術でできることが増えたとか……。真剣にあれやこれや考えるが、その間にニヤニヤと笑う男が四つん這いで近づいてきた。
この男、酔うと妙にあまえたがる。
身を寄せようとする相手の肩をぐいぐいと押し返そうとするが、けらけらと楽しそうに笑うばかりでやめようとしない。眉間に皺を寄せ、再び掌を伸ばすと する……と白い指が手首に絡みつき肩を跳ねさせた。
「さて、なんでしょう」
ざらりと間近で長い髪が垂れ落ちる。至近距離で覗きこんでくる赤い双眸に、ゴクっと咽喉を鳴らしてしまった。
低い甘やかな声に心音が早まる。動揺していることなどお見通しだとばかり男は綺麗に笑い、指先を頬へと伸ばし輪郭を確かめるように顎元へと滑らせていく。
キャスターの纏う香草と煙草の入り混じった匂いが強く薫り眩暈がした。顔に熱が集中する。コツンと触れ合う額に、体が硬直した。
「キャ、ス……」
「――なんだと思う、アーチャー」
「…………っっ」
「かーわい」
鼻先同士が触れ合い、耐えきれずにぎゅっと目を瞑った。
(この男は、本当に性質の悪い揶揄い方をしてくる……っ!)
ちょくちょくこんな風に酔うと距離を詰めてくるのだが、突き離そうとするたびに「クラスが変わってんだから、容赦しねえと怪我しちまうだろー」などと言うのでこちらからは無理に引き剥がすのが躊躇われた。それをいいことに好き放題こちらをおちょくってくるのだが、段々と悪ふざけが酷くなっていっているので非常に困る。
白い指に己の褐色の指が絡め取られてしまう。問いなどどこかへ吹っ飛んでしまって、頭の中は目の前にいる相手のこと一色に塗りつぶされてしまっていた。
「エミヤ」
紡がれる真名にぶるりと全身に痺れが走った。
困る…………、困るのだが……べつに嫌じゃないと感じているから本当に困る。
+++
時間が経つにつれてサーヴァントがかなり増え、私はキッチンを任されることが多くなっていった。特殊な特異点でも出てこない限りはあまり戦闘に駆り出される機会は減り、当初の頃とは状況がだいぶ変わっていた。
キャスターはというと……、導く者としての立場に変わりはない。悩んでいるマスターにそっと歩み寄り必要な助言を与えたり、いつも傍に在った。ときに励まし、苦言を呈し、褒めてやる。まるで兄のような存在だと、マスターもよく懐いていた。
増えていくサーヴァント達。ケルト勢も多く増え、そうでなくとも彼に近しい者はどんどん増えている。気の合う仲間も増えつつあり、私との接点はどんどん薄れていった。
“一番苦しいとき”を乗り越えた仲間ではあるが、この“一番苦しいとき”というのはこのカルデアでは随時更新されるものだ。凌いできたのはただのひとときでしかなく、キャスターにとっては沢山ある中の僅かな時間でしかないだろう。
戦闘に出ても肩を並べることはなくなっていた。そのために以前のようにお疲れ様会も反省会も開く必要がなくなって――最近になってやっと寂しく感じていることに気づいた。
否、伴う空虚さ、ジクジクと痛む胸。ただの寂しさじゃない。どうやら私はキャスターに特殊な感情、恋心を抱いていたのだと漸く自覚した。
とはいえ意識したところで何か変わるわけではない。臆病な私は口実を見つけることすらできず、ただ想うことしかできない。振り返れば声をかけてくれたのはいつもキャスターの方だったな。一度くらい自分からも誘えばよかったと後悔した。
今更、なんと声をかければいい。
私などとすごすより、ずっと楽しい時間を作れる者達がいっぱいいるんだ。前みたいにどうだなどと誘ってしまえば困らせてしまうに違いない。
誘えないまま、ふらりと訪問する勇気なども勿論持ち合わせてはいない。
以前のように戯れに籠に夜食なんぞを用意したりもするが、今夜も持って行けそうにない。……そう、今夜「も」なのだ。情けないことに諦めることもできず、もう何度も同じことを実は繰り返していた。
(もう終いにしておかねば)
どれもキャスターの好物ばかり。美味い、また食べたいと言ってくれた物ばかりだ。籠の中を見下ろし、我ながら女々しいなと苦く笑った。
作ったからには決して無駄になどせず、マスターや廊下で偶然出会った誰かに食べてもらうということをしている。出歩いていればまず誰かと顔を合わせるのだが、今日はどんな顔ぶれと出くわすだろうか。何故私がこれを持って彷徨っているかを深く考えずに受け取ってくれる相手だと助かるのだが……まあ大丈夫だろう。最悪自分で食べてしまえばいい。
(作り上げられた物が食べられて消えると同時、私の想いも消えてなくなればいいのに)
柄にもなく感傷的になっている。バカバカしいと自嘲気味に口端を吊り上げ、取っ手を掴んだ。
パネルで照明を消し、一歩足を進める。キッチンから食堂に出ると、薄暗い室内にぽつんと佇む人影があり目を見開いた。
「それ、誰に持ってくんだ」
「……ッ、キャスター」
聞きなれた声に体が硬直した。視線の先には青い衣を纏う見知った男が立っている。今一番会いたくて会いたくない男、その存在の出現に混乱した。
動けない私にはお構いなしで男は距離を縮めていく。あっという間に目の前に来たと思えば、籠にかけられている布を捲り中を検分した。
「ふうん」
短い一言の中に何が篭っているかを察するには容易い。
この籠の中には何が入っているのかを遅れて思い出す。どれもこれも彼の好物で、聡い彼ならば自分の浅ましくも小賢しい思惑を一発で見抜いたのだろう。
気持ち悪い奴だと思われたに違いない。さあっと血の気が引いていくのがわかった。
嫌われたくない、その一心で慌てて口を開く。
「あ、あの、これは……!」
「お前さんの作るモンは全部美味いが、特に美味いもんばっかじゃねえか」
「……ッ」
もしや気づかないのでは、気づかないでくれという願いも虚しく砕け散る。
終わった、完全に詰んだ。
弁明の余地もない。ギュッと目を瞑り、次の言葉<<死刑宣告>>を待った。
「で。これ、誰に持ってくんだ」
「……?」
どんな侮蔑の言葉も受け入れなければと覚悟を決めたのだが……、どういうことだ? 言っている意味がわからない。あえて私の口から言わせることで、自分の愚かさを思い知らせようとしているんだろうか。
本人の目の前で申告させる行為。確かに不相応な想いを抱いてはいるものの、あまりにも酷い仕打ちじゃあないのか。……いや気分を悪くさせた私に非がある。こことは大人しく……などと考えている間にも、キャスターの機嫌はどんどん悪くなるばかり。空気は張りつめヒリついていた。
「何故こんな時間にこんな場所を出歩いている……っ」
「おう。なんでも深夜に赤い弓兵さんが時々バスケットに喰いモン詰めてうろうろしてたって話を小耳に挟んでな。噂が広がりすぎる前にとっ捕まえにきた」
「捕まえ!? 何故!」
「一個答えてやったろ。オレの質問に答えろよアーチャー」
だいたいこの時間にはキャスターは自室に篭っているはずだ。つい口に出してしまった疑問をキャスターは拾い上げて丁寧に答えてくれる。
誤算、完全に誤算ッ! 既に何度か持って行けなかった食事を他のサーヴァントに託しはしたものの、そのことを他所で話すとは思っていなかった。どこで聞いたのかは知らないが、ピンポイントでキャスターの耳に届いただなんて不運すぎる!
よし、潔く座に還ろう。
例えば今日だけならたまたまだという言い訳ならば、苦しいもののどうにか通じただろう。しかし何度も同じことを繰り返していること、それから彼ならばぬかりなくバスケットの中のメニューを聞いている気がするので気色の悪いストーカー認定されたはずだ。夜な夜な未練がましく女々しい真似をしている男に失望したことだろう。
薄らと微笑んではいるが目だけは笑っていない。形だけの笑みが妙に恐ろしく、思わず身を竦ませた。唇を開いては閉じを繰り返していると、白く長い指先が私の頬に添えられた。
「――なあ、この幸せ者の名前を教えてくれや。オレの獲物を掻っ攫ってったクソ野郎の名前をよ」
妙に優しい声音の猫撫で声が恐怖を煽る。
体の震えが増したことを認識したと同時、強張った肩にごちんと何かが降ってきた。指先の触れていない側で、ふわりとした感触に瞬く。視界端にちらつくモコモコは被っているフードについている物で――ずしりと乗ったそれは彼の頭だった。
「あー……くそ」
「キャスター……?」
「ほんっとどうかしてる」
ぐずる幼子のようにぐりぐりとそのまま額を擦りつけてくる。意図がわからず混乱していると、はあああ……っと大きな溜め息が零れた。
「違う奴のために作ったとしてもだ。美味いと言ったモンをお前が覚えててくれたことが嬉しいだなんて、とんだ腑抜けになっちまったもんだ」
「何、を」
「なあ、オレに渡しちまえよ。ぜーんっぶ美味しく戴いてやるから。一つたりとも、絶対に残してやらねえから」
な、な、と繰り返されて戸惑う。
……? これは……これはもしかしてもしかしなくとも。キャスターは勘違いをしているんじゃないのか。きょとんとしていると、呪詛のように「ばーかばーか、えみやのばーか」などという拗ねた声が耳に届いた。
「元から君の物なのだが」
「は」
「これは、君のために作った物だぞキャスター」
焦がれていたキャスターとの密着にぽわぽわと夢心地になってしまったこともあり、素直に白状してしまった。
ぴたりと揺れが止まる。数秒の間を置いた後、ガシ!! っと両の肩を強い力で掴まれ眉間に皺を寄せた。少しばかり離れた身に惜しいななどといった感想を抱いてしまうあたり、本当に愚かだ。
「は!? え、え? え、ちょ、ちょっと待て、おま、ええ……えええええ……ッ!?」
「落ち着きたまえ」
「え、あ、え!?」
謎の混乱に陥っている相手のお蔭で逆にこちらは冷静になっていく。
すうっと深呼吸をし、落ち着いた心もちで最期の言葉を紡いだ。
「君とまたあんな風に過ごしたいのに、口実を作ることがどうしてもできなくて。……気味の悪いことをしてすまない」
「マジかよ」
「マジだ。気分を悪くさせてすま……」
「そうじゃねえ、そうじゃねえだろ!!!! なんっだそりゃッ、最高なんだが!?」
「!?」
ブンブンと首を横に振られ面喰った。
最高、何がだ??
意味を理解できず、眉間の皺を深めた。
「こ、これはオレのために……!?」
「あ、ああ」
「纏めるが、オレんとこに持ってけずに、最近もうろうろと……?」
いちから説明をしろと促されて首を竦める。ぐ……改めて人から聞かれるとクるものがあるな。苦々しく頷き、自分の感情、そして奇行についてぽつりぽつりと話をした。
キャスターは真面目な顔つきで話を聞いている。目を見開き、白い頬が段々と紅潮していく。く、黒歴史すぎると恥ずかしくなってしまったんだろうか……。確かに好いた相手に告白もできず、奇怪な行動をしていたものな。
よし死のうすぐ座に還ろう。最期くらいは潔く在りたい。ぐっと拳を握りしめた。
「君はいつだって世界のため、マスターのためを考えて行動しているというのに。私は私のことばかり、情けない……」
「いや、そんなことねえよ」
「慰めはよしてくれ」
「いや……。その場凌ぎの言葉じゃなくて、マジなんだなこれが」
はああ……と溜め息をつき、そっと手を握り込まれる。魔力を溜めこみだしたのを察したんだろうか。結構な力で指が絡んだ。
「これ聞いたら軽蔑間違いなしだろうが、言う必要性を感じたので白状するんだが。オレが立ち回ってンのは、全部お前との時間を作るためだぜ」
「どういう、ことだ?」
「お前、事件<<イベント>>起こるとすぐに呼ばれるだか顔をだすだろ」
長く白い節くれだった指がトンと胸に突きつけられる。言われたことを理解できず考え込み、暫しして反論しようとし、すぐに敵わずに目を逸らした。
事件……。
特殊な事件、というものがこのカルデアには存在する。そういった非常事態において、時折日本特攻鯖がどうの、あるいは性質がどうのと言い来てくれと頼まれることは少なくは……なくもない。
ちらと視線を戻すと幼子の如くキャスターが頬を膨らませている。若干可愛らしいが、居た堪れないものも同時に感じたのでやっぱり目を逸らした。
「確かに首を突っ込んでることは少なくはないかもしれんがッ」
「十分多いと思うんですけどねぇ! イベント参加、それだけじゃねえぞ。厄介ごとが長引くと皆疲弊するだろ。士気を高めるための手っ取り早い方法となると食事。そうなってくるとお前さんが駆り出される、超駆り出される」
「そ、そんなには……」
「めちゃくちゃ!!!! 捕まってるだろ!!」
ご指名がない場合でも緊急事態には変わりはない。皆が頑張っているのに自分だけ休むわけにはいかない。当然できることに取り組みはするものの、そんなには……そんなに言う程に駆け回ってはいない。と、思う。……、……。正直なところ少しばかり自信がない。ぐうっと言葉を呑みこみ、唇を引き結ぶ。目の前の相手が更に目を眇めた。
「普段ですらずっと使われてるってのに、これ以上とか! どんどん一緒に過ごせる時間が減ってく一方じゃねえか。許せねえんだよ」
だからです~~!!!! なんて稚拙な言葉で、大きな声で返されて瞬く。
ちょっと笑ってしまいそうになるが今は堪えて意味を考える。そろっと見つめると、わざとらしくぷい! ッと顔を背けた。
「え、その、だから……つまり」
「……」
「君は私との時間を増やすために?」
「…………」
「問題解決に、取り組んで?」
「悪ィか」
まずい。胸の奥底に、押し込めようとしていたモノが溢れ出しそうだ。
キュンと聞き慣れない音を聞いた気がして睫毛を伏せる。カッと頬に熱が集中していった。
「ど、動機が不純すぎる……君らしくない」
「がっかりさせて悪ィが、オレだってただの男だぜエミヤ」
何度目かの溜め息を済ませる頃には開き直りを覚えたらしい。ほらと掌をこちらに向けてくると、バスケットを顎でしゃくった。
「――ほれ。もういいだろ、全部寄越しな。食いモンもお前の想いも」
本当にこの男には振り回されてばかりだ。
――それでも悪くないと思っているのだから、どうかしている。
「……承知、した」
上擦る声で返すと同時、がっしりとした腕に囲われた。
ドクリドクリと早鐘のように打つカリソメの鼓動はどちらのものか。
むず痒い気持ちで目を伏せ、肩口に額を押しつけてやった。