自制心がゆるいキャス弓
人生初の企画参加もの。なのに〆切破りました本当にその節はすみませんでした。
匂わせる程度のエロあり、多分R-15くらい。
なまぬるーく見てください。
- 41
- 36
- 1,411
『よくもまぁ飽きねえなぁ…』
居酒屋の喧騒の中、人当たりの良い笑みを貼り付けた下でキャスターはひっそりと毒づいた。
目の前には仕事で何かと世話になっている得意先の上役がいる。随分とデキ上がっているようで、先程から熱く何某かを語っているのだが、呂律が回っていない上にキャスターに聞く気が無いので、何を語っているかはさっぱりだ。
その上役の話に根気強く──と見せかけて若干放置気味に相手をしているのは、同僚のロビン。此方も顔は上役に負けず劣らず赤くなっているものの、見た目ほど酔っ払ってはいないのか呂律も受け答えもはっきりしている。恐らく、赤くなりやすい体質なだけだろう。
「◯◯が△△で…」
「へぇ、そうなんスね〜」
呂律が回らないまま熱弁を振るう上役に、機嫌を損ねない程度に受け答えをしながらつまみをつつく。塩を入れすぎたか、ただただしょっぱい枝豆を口に入れながら、どうしてこうなったと嘆きたくなった。
本日、今月最後の金曜日。世にプレミアムフライデーと呼ばれる日。本来なら今頃は、エミヤが何やら前日から張り切って仕込んでいた夕飯を食べて、お互いのお気に入りの酒を片手に、先週借りてきたドラマ鑑賞でもしている筈だったのに。せっかく定時で帰れるように仕事の調節もしたというのに、急に呼び出してきたこの男によって、全て台無しだ。ちらりと腕時計を見れば、時刻はとうに23時。呼び出された時点で連絡は入れたから、恐らくもうエミヤは寝てしまっていることだろう。
金曜日に呼び出しをしてくる辺り、深酒をしても平気なように、と理解のある風に見せかけて、その実『明日仕事があるので』と途中で抜けられなくする為の罠だ。開始早々『明日は休みだから朝まで飲もう』と牽制されてしまったが、キャスターとしてはそんなつもりは毛頭ない。だが、何かと関わる上に世話になっている相手だけに、無碍に断ることもできない。
さて、どう断って抜ければ角も立たず収まるだろうか、と酔いが回って力加減の狂った手で背中をバシバシ叩かれながら思案する。
その時。ジャケットのポケットにしまったスマホから、軽快な着信音が流れる。普段個別に着信音を設定することはないが、唯一この音だけは設定した。エミヤからだ。
「ちょっと失礼します」
スマホだけを片手に、断りを入れてから席を立つ。少し急いで喧騒から離れたところに行き、指を滑らせ通話状態にしてから耳に当てた。その瞬間。
『──逢いたい』
「エミヤ?」
耳に滑り込んできた言葉が信じられなくて、思わず問いかけるように呼ぶ。随分らしくない声音だった。寂しそうな声だった。
ひゅ、と電話口の向こうで息を呑む音がした。訝しんでいると、再び聞こえてきた声は普段のものに戻ってしまっていた。
『あ、あぁ、すまない。何時に帰るのかと思ってね。まだ接待中だったか、失礼した』
何だか様子が変だった。普段なら連絡さえ入れておけば、後は勝手に日々のルーティーンをこなしてさっさと寝てしまうこの男にしては珍しい。
疑惑は続いた声音に確信に変わった。
『オレは先に休む。戸締まりは頼──』
ブツ。
反射的に指が通話終了を押してから、しまったと思った。考えるより先に動いてしまっていた。あいつは自己卑下しやすい性格なのに。かと言ってかけ直しても、多分通じる可能性は低いだろう。だったらもうやることは一つしかない。
足早に席に戻り、手早くジャケットを羽織り鞄を手にする。財布の中から樋口一葉を1枚抜き出し、ロビンの前にバンッ、と置く。
「え、ちょ、急にどうし─」
「帰る」
「はっ?え、この人どうすりゃ…」
「適当にタクシーでも押し込んどけ。兎に角オレは帰る。エミヤからラブコール入ったんでな」
「えぇ〜…あーもう、分かった、分かりましたよ。ここはオレが何とかしますんで、どうぞお先に。埋め合わせはしっかりしてもらいますからね」
「おーぅ、社内の綺麗どころ集めて合コンでもセッティングしてやるよ」
「やめてくださいよ社内恋愛ご法度じゃないスかうちの会社!」
叫ぶロビンにケラケラ笑いながら居酒屋を後にして、その足で夜の繁華街を駆け抜ける。一分一秒でも早く、エミヤに逢いたかった。
電車内以外は全て走って、共に住むマンションのエントランスを走り抜け、目的階へ。ドアを引っ張ってみても鍵がかかっていて、焦りながらガチャガチャと喧しくドアを開けて家に滑り込む。
「エミヤ!!」
「きゃす、たー…?」
「おう、ただいま」
「おかえり…?」
まだ事態が飲み込めていないエミヤに構わず、ぎゅーっと抱き締める。すると、遠慮がちな褐色の手がそろりと背中に回されて、控えめに抱き返してくる。
顔を上げ、何度か触れるだけのキスをしながらチラリとテーブルの上を見てみると、案の定開封されたアルコールとグラスが一つ、そしてその傍らには雑に盛り付けられた肴があった。
「お前…酒弱えくせにオレの飲むなよ…」
「む。オレはよわくらい」
「分かった、じゃあ、お前が思うほど強くない」
「んむ」
「オッケーなのかよこれは」
開けられた瓶はキャスターお気に入りのアイリッシュウイスキー。飲み慣れている上に酒にも強いキャスターでさえ、グラス一杯飲めばほろ酔い程度にはなる。飲み慣れず酒にも然程強くないエミヤが飲むには、この酒は少々強すぎた。おまけにグラスにはまぁるい氷が一つだけのロックときた。寧ろよく飲めたなと感心してしまう。
酔っ払いらしく、抱き合う身体は少し力が入りきらずふにゃりとして、普段怜悧な鈍色の瞳は柔らかく蕩けている。頬を撫でれば擦り寄り、うっとりと目を細める姿は猫のようだ。
うりうりと撫でてやると擽ったいと文句を言いつつ逃げないので、そのまま暫くじゃれ合う。時折物欲しげに見つめてくる目に応えて、軽くキスをする。満足げに目を細めては素直に身を寄せるエミヤを抱き上げて、寝室へ。ベッドに転がしたエミヤに覆い被さりながらネクタイを抜き取ると、しなやかな褐色の腕がするりと首に絡んで引き寄せられた。近付いた唇は薄く開かれ、誘われるように舌を伸ばす。触れ合い擦れ合う粘膜が気持ち良くて、夢中になって舌を絡め合いながらお互い身に纏っていたものを脱ぎ捨てて、素肌同士が触れ合う度に増す幸福感と興奮に、それに身を任せるように貪り合った。
✼✼✼✼✼✼✼✼
時計を見れば、日付はとっくの昔に跨いでいた。
腕の中で眠るエミヤは、少し意地悪しすぎたせいで目元に涙の跡がある。可愛い姿をたくさん見られたので反省はしていないが、少しやりすぎたとは思う。
白銀の柔らかな髪を梳くように撫でると、寝顔が少し緩むのが堪らなく愛おしい。
そっと前髪を避けて額に口付けると、擽ったそうに首を竦めた後むにむにと唇を動かしてはまた健やかな寝息を立てる。
「やっぱり、お前は酒弱えよ。お陰で楽しめたけどな」
くく、と喉を鳴らす。
キャスターは知っている。エミヤが自分を『オレ』と呼ぶ時は、自制心が緩んでいる時だということを。そしてそれは、アルコールを摂ると尚の事顕在化しやすくなることも。
接待が入ったことも、それにより彼が度数の強い自分の酒を開けることも予想外ではあったが。同じく予想外に可愛い姿を見られたので、良しとする。後始末を押し付けたロビンには申し訳無いと思わなくもないが、埋め合わせを奮発することでチャラにしてもらおう。
もう一度時計を見れば、空が白むまでにはもう少し時間がありそうだ。日の出の遠い夜は静かで、腕の中の存在は温かい。微かに聴こえる寝息は耳によく馴染み、聴いているうちに自分も知らず知らずその呼吸につられる。
ゆるゆると落ちる瞼を抗わず落としていきながら、キャスターは腕の中のエミヤを抱きしめ直し、その髪に鼻先を埋めた。
尚、この数時間後。キャスターはスーツを脱ぎ散らかしたことをエミヤにしこたま怒られたのだが、それはまた別の話。
Comments
- わんわんおDecember 22, 2024