破滅の闘牌
チュートリアルナビゲーター【NAi】にまつわる謎は多い。
ナビゲーターと謳ってはいるもののろくに情報を寄越さないし、お告げと称してプレイヤーにあれこれとちょっかいを出してくる。その正体はョ%レ氏が作り出したAIであろうと言われているが定かではない。
ただ、莫大な資産を隠し持っていることは確かなようだ。チュートリアル空間から旅立つ前に小遣いをくれる。
その出処はどこなのかと言えば、おそらくはプレイヤーだ。何らかの事情でデリートしたキャラクターのアイテムは所持金含めロストすることになる。それらを回収しているのだろう。
そして、いつしかチュートリアルは腕利きの博徒が【NAi】に挑む不夜城と化した。
今日も【NAi】の隠し資産を巡ってチュートリアル空間を魑魅魍魎が跋扈する。
1.東三局-二本場
命の灯火が燃えている。
チュートリアル空間に灯る赤い輝きは、レイド戦が勃発した際に発動するパッシブスキルと同じものであるらしい。
この勝負……。見逃す手はないかもしれねえな。ベガ立ちして打ち回しを眺めていると、知らない女が俺に声を掛けてきた。
「あの〜」
ん? どうした?
俺は気さくに返事をした。
話し掛けてきたのは、燃え上がるような赤い髪をした女だ。癖っ毛で、目鼻立ちに派手さはない。
まぁ見渡す限り美男美女しか居ないから気後れしたんだろうな。30人の中で一番最後に来たのがモブ顔だったから話し掛けやすかったってのもあるかもしれない。
俺は忠告してやった。武器と防具は装備しないと意味がないぞ。
「いえ、そこは別に」
じゃあ何だよ。
「あのですね。このゲームのタイトルって……」
ああ、ガンズ何ちゃらっていうタイトルを見て始めたクチか。そりゃあチュートリアルでいきなり麻雀が始まったら不安にもなるわな。
俺は解説してあげた。
いや、大丈夫。間違ってないよ。
ガンズ何ちゃらってのは正式タイトルじゃないんだけど、露出が多いのはむしろそっちなんだよな。
「え、何でですか?」
運営が信用ならないからだよ。PVしかりテーマソングしかり、とりあえず表向きキラキラした感じのタイトルをつけて誤魔化そうっつー意思が透けて見える。
「わ、分かりました。ありがとうございます」
あいよ。
赤毛の女はぺこりとお辞儀して離れて行った。
……ふむ。俺は観戦に集中する。
気になるのは【NAi】に食って掛かり勝負の再開を要求した男だ。雰囲気がある。凡庸な打ち手とは思えないが……。打ち回しに理が見えない。
男がクッと含み笑いを漏らした。
「【NAi】、だったか。強いんだってナ? 麻雀」
「強いかどうかは分かりかねますが……」
【NAi】は謙遜した。
「半荘戦に限って言うならば、生まれてから一度も負けたことがありませんね」
ゴミ相手に勝ったところで自慢にはならないってことか。完全に舐められてる。
「ふっ。つまらないか? 人間と……卓を囲うのは」
「いいえ。楽しいですよ」
【NAi】が山から拾って来た牌を招き入れた。代わりに出したのは四ピンだ。リーチは掛けなかったが……不要な牌を整理したという感じじゃない。張ったか?
「かつて……私に全財産を賭けて挑んで来たプレイヤーが居ました」
「面白いな。どうなった?」
男の合いの手に【NAi】は笑みを零した。
「パンツ一丁でチュートリアル空間を逆立ちして一周していましたよ。あれは実に愉快でした」
そこで何故俺を見る? 俺は打たないぞ。【NAi】の打ち回しは機械のように正確だ。おそらくは常に最善手を打てる。割に合わない勝負だ。
だが、その男にとっては勝ち負けの問題ではないのかもしれない。男が山から拾った牌を晒した。二ピン。おそらくは【NAi】の当たり牌だ。
「その二ピン。捨てるのですか? それとも上がりですか?」
「ふっ。捨てる、と言ったらどうする? 上がるか?」
「ええ。上がりますよ。二ピンはドラですから」
男は笑った。何故……笑った?
「上がりなよ」
「……麻雀に流れなどというものはありませんよ。麻雀は確率のゲームです。運否天賦の打ち筋では私には勝てません。決して」
【NAi】は遠回しに二ピンを戻すよう伝えた。男が【NAi】の当たり牌と分かった上で牌を晒しており、そこに不気味さを感じたからだ。しかし単なる痩せ我慢かもしれない。もしかしたら通るかも。一理の希望に縋るような打ち方では自分には勝てない。【NAi】はそう言っている。
男は……やはり笑った。
「そうかい。じゃあオレも教えてあげる」
男は前髪を掻き上げた。たったそれだけのことでガラッと印象が変わる。チンピラ然とした容貌が、今や鋭さを帯び、まるでインテリヤクザのようだった。
「金魚……。それが、オレの名だ」
金……魚……。
いや、キンギョか? キャラクターネームに使えるのはカタカナとアルファベットだけ……。
しかし。な、何か……。
【NAi】が手牌を倒した。
「ロン。満貫です。8000は12000。三本場、ですね」
だが俺は見た。
金魚は……今の二ピンで上がれた。しかし上がらなかった。【NAi】に放銃することに、何の意味がある?
ふっ。金魚は笑い、手牌を伏せた。さっと振り返る。俺と目が合った。
「座れ、崖っぷち……!」
俺に打つ気はなかった。だが俺の足は……自然と卓へと向かって歩き出していた。
【NAi】の対面に座った俺に金魚は何も言わなかった。ただ、寄り添うように卓を囲んだ。
しかし麻雀か……。正直な話、さっさとチュートリアルを終えてゲームをしたいんだが。まぁいい。さっさと終わらせよう。とにかく【NAi】の親を蹴らないとな。
次局。俺はリーチ攻勢を仕掛けた。プレッシャーを与えて【NAi】の手を鈍らせるのが狙いだ。
俺は点棒を卓に放って宣言した。通らばリーチ!
「通りません。ロンです。3900」
ほ、ほう。ん? 何やら妙な受けじゃねえか? なるほどな。俺を狙い撃ちか。なるほど。熱くなってきたな……。
次局。俺は手堅く安目を上がる。ツモ! 300・500!
へへっ……。なあ、【NAi】さんよ。このままじゃ埒が明かねえやな。そこで提案なんだが、ビンタアップと行こうや。
「どこの高レート麻雀ですか。アップも何もウマはナシというルールです」
だったら俺とお前の差しウマってことになるな。それとも怖いのか? 俺に負けるのが。
「怖い? 冗談でしょう? 私は構いませんよ。ですが、あなたは何を賭けるのですか? 残金は既に残り少ないようですが」
全部だ。全部を賭ける。手持ちがなくなったからってリセマラもしねえ。もしも俺が負けたらパンイチで逆立ちしてチュートリアル空間を一周でも何でもしてやるよ。
【NAi】は嗜虐的に微笑んだ。
「良いでしょう。受けて立ちます」
2.南四局-オーラス
【NAi】は強かった。俺は積み込み、ガン牌と持てる手段を駆使して追うも、ことごとく逆手に取られる始末だ。
勝負は依然【NAi】トップのままオーラスに雪崩れ込んだ。俺は断トツのドベだ。
小休止を挟んで卓に戻ってきた俺に、先ほど俺に話し掛けてきた赤毛の女がギョッとする。
「な、なんかげっそりしてませんか?」
騒ぐな。毒素を吐いてきただけだ。
俺はこの勝負に全てを賭けている。全てだ。
待たせたな。さあ、始めようか。
俺。嵌東、打四ピン。次順、嵌三萬、打五萬。次順、嵌八ピン、打七萬。
ここまで俺と【NAi】の捨て牌は完全に一致。奇しくも一致。もしくは……合わせた?
【NAi】……打中。俺……打三索。
「ポン」
【NAi】が……ポン。【NAi】が鳴いた……。
俺、嵌中、打二索。
「ポン」
【NAi】……二索をポン。
一つ晒せば自分を晒す……。
二つ晒せば全てを晒す……。
三つ晒せば……地獄が見える。見える見える、堕ちるさま……!
俺は吠えた。
「【NAi】! オメェの狙いは緑一色!」
「ふっ」
【NAi】が笑った。
俺は【NAi】を思う。光と闇……。仮に【NAi】がョ%レ氏の作ったAIだとすれば、ョ%レ氏は【NAi】に人の光と闇を詰めたことになる。
【NAi】も俺を思う。俺は誰だ? 俺は……一体どこからやって来た? その答えもまた……光と闇なのかもしれない。
俺。嵌西、打三ピン。嵌南、打二萬。嵌白、打三萬。嵌北、打八ピン。
【NAi】。嵌発、打五索。嵌四索、打五索。嵌一索、打四索。嵌二索、打四索。嵌三索、打四索。
俺が積み込んだ山だ。【NAi】の引き込んだ牌が手に取るように分かる。
【NAi】は待ちを崩した。俺が国士に走っていることに気が付いたから……!
そうよ。俺は張っている。国士十三面待ち……。一索は必ず【NAi】から出る……。
! 金魚……打一索。
上がらねえ。【NAi】から出るまでは……!
【NAi】……打四索。四枚目の四索だ。緑一色の役牌に該当しない七索と九索は【NAi】の手牌にはない。あるとすれば六索か八索の暗刻。一索は必ず【NAi】から出る……!
金魚……二枚目の打一索。
【NAi】がぽつりと呟く。
「いいのですか? 四枚目ですよ」
四枚目? 四、枚目。
【NAi】の手牌に一枚。残る一枚は……俺の。
そうか。そうだったのか。【NAi】、お前は……。
【NAi】……嵌八索。二索、加カン。嵌八索。三索、加カン。嵌八索、打……一索。
俺……同巡上がれず。
【NAi】……俺の負けだ。
俺……打八索。【NAi】……八索カン。嵌……発。
「ツモ。緑一色」
俺はパンイチで逆立ちしてチュートリアル空間を一周した。
これは、とあるVRMMOの物語。
どうあっても破滅しなければ気が済まないらしい。
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