アットムメス
1.クランハウス
今日も部屋で経験値稼ぎ。
またかよと思われそうだが、ローマは一日にして成らず。日々の積み重ねが大事なのだ。ちなみに俺のレベルは一向に上がっていない。レベル一桁台にして経験値テーブルが狂ってることもあるのだが、
「私だ」
俺がさあやるぞと意気込みを新たにしたところで狙い澄ましたかのように邪魔が入る。
せめてノックをしろ、しないの議論はとうに終え、結論として俺の部屋には急なポチョさんの訪問に備えて専用のクッションが置かれることになった。納得行かねえ。
マイクッションにちょこんと座った金髪が口火を切る。
「そろそろお前の正式な入隊について話を詰めようと思う」
「悪いが俺では力になれないようだ。どうも団体行動というやつが苦手でな」
俺は入隊の意思がないことを明確に告げた。本人の与り知らないところで話が最終フェーズに移行しようとしていた事実に戦慄を禁じ得ない。
ポチョは微笑んだ。手間の掛かるやつだと言わんばかりである。
「最初は戸惑うことも多いだろうが、おいおい慣れていけばいい。私もフォローしてやるから心配するな」
嫌だよ。お前らナチュラルに自分と同じ水準をメンバーに強要するんだもん。
俺は遠慮とかではなく本気で嫌がっている旨を告げた。
言っとくけど、お前らの基準はおかしいぞ。お前は前からおかしかったけど、近頃はスズキもおかしくなってきた。アットムはまぁ分かるよ。あいつは頑張ってる。でもスズキはこう言っちゃあ悪いけど、普段は遊び呆けてるだけだからな。全ての元凶はポチョさん主催のポチョキャンプに違いない。
しかしポチョは引き下がらなかった。
「その私たちをお前は皆殺しにしたではないか。そう自分を卑下するものではない」
その自分だけは分かってるみたいな目をやめてくれませんかね。あと卑下してないから。それどころか俺の数少ない取り柄だとすら思ってるよ。
だが、ポチョは俺の話をまったく聞いていない。
「あれは悪くなかった。お前が裏で操っているのかと思うと、モンスターもなかなかどうして」
何か頭のおかしいことを言い始めたぞ……。俺が半目でじっと見つめていると、教会に仕える聖騎士ポチョは決まりが悪そうに髪を指先に巻き付けてもじもじとした。
「実は私は対人戦のほうが好きなクチでな。その、ほら、リアルで人を殺すと犯罪だろう? 得難い体験をしていると思う……」
やめろやめろ。恥ずかしそうに一体何を報告してるんだ。もはや供述の域に達してるじゃねえか。俺の部屋は取り調べ室じゃない。そういうのは刑事さんに言ってくれ。
「ふっ、強情なやつめ。だが、これを見ても同じことが言えるかな?」
サイコパス女はそう言って手をぱんぱんと叩いた。
女装したアットムが部屋に入ってきた。
おぅ、堂々としてやがる。正体を隠す気が微塵もないと見受けたぜ。真性の変態にとって女装なんて手段の一つに過ぎないってことか。
俺が胡乱な目で見つめていると、アットムは持参したドリンクをグラスに注いだ。
「いやぁ、ゴメンね。ちょっと(ポチョに)話を振ったら思ったよりも(頭が)ひどくて、(面倒臭くなったから)押し付けちゃった」
そうかい。俺は近頃お前の目を見れば大体何が言いたいのか分かるようになってきたよ。
俺はアットムの酌でひとしきり喉を潤してから、俺を懐柔したつもりでいるポチョに言った。
「せめてスズキだろ。むしろお前でいいよ、もう。何故アットムでイケると思った?」
「私はサブマスターとして、こんないかがわしいバイトをクランメンバーにやらせる訳には行かん」
いかがわしい、いかがわしくないで言ったらアットムのほうがよほど際どいだろ。こんな肩ガバァってなった服どこにあった? キャバクラ嬢みたいになってるぞ。可哀想に……。そりゃあスズキにこんな服着せたら完全に犯行現場だけどよ……
「呼んだ?」
廊下で待機していたとしか思えないタイミングでスズキが俺の部屋にインしてきた。
出待ちかよ。俺は内心ツッコミながら劣化ティナンの今日のコーデをチェックする。この半端ロリは最近になってお洒落に目覚めたのか何なのか、たまに目を疑うような服装をしてくることがある。
鎧を付けることから無難な格好で済ませる近接職と違い、上からLめのアウターでも羽織れば割とどうにでもなってしまう狩人はファッションセンスを問われる上級者向けの職業だ。
剣と魔法の世界だなんて思っていたらとんでもない。ティナンにしても最初はやたらと露出が多い部族衣装だったのに、段々プレイヤーの影響を受けてチャラチャラした格好をするようになってしまった。
日本人ってそういうところあるよな。郷に入れば郷に従えとか言ってるくせに自分のスタイルを崩すつもりがまったくねえ。
本当に勘弁してくれよな。俺は渋谷を冒険したくてゲームやってる訳じゃないんだよ。
おっと今日は合格コーデのスズキさんが警戒した眼差しでアットムメスの様子を窺っている。
「……誰?」
「僕だ」
アットムが名乗りを上げた。
凄いな、コイツ。知り合いに女装してる姿を見られても全然ひるまない。そんじょそこらの変態とはモノが違うぜ。アットム。
「…………」
アットムメスの照合を終えた無口キャラが俺を見る。マジかコイツという目だ。
俺の推理が冴え渡る。さてはスズキめ、この俺がアットムに女装を強要した上で自分の部屋に引きずり込んだと思ってるな? おいおい、随分と業が深いプレイじゃねえか。それ完全に俺の過去に何か悲しい出来事がある設定だろ。勘弁しろし。
もちろん言葉で否定するのは簡単だ。問題があるとすれば、俺がアットムのやたらと細い腰に腕を回していて、どう言い繕っても無駄としか思えないってことだな。何故腰に腕をと問われたなら、それはもう流れとしか答えようがない。お笑い芸人がバナナの皮を見てスルーするのはあり得ないのと一緒だ。
「……!」
スズキさんがハッとした。何か拓けたようだ。何事もなかったかのようにポチョに声を掛ける。
「ポチョ、バザー行こ」
「ふむ、やぶさかではないぞ。以前は街に出ようとしなかったお前がバザーに興味を示すのは良い傾向だ」
ポチョの言う通り、スズキが露店巡りに味を占めたのは最近の話だ。まぁ分からないでもない。露店バザーは山岳都市ニャンダムの一区画を借りて開かれている。当然、ティナンが顔を出すこともある。スズキとしては完全上位互換の上位種と出会うようで遣り難かろう。
あぐらを掻いたままというのも何だったので、俺は立ち上がって二人を見送った。つられて立ち上がったアットムが慣れないスカートなど履いているせいでつまずく。俺はとっさにアットムの身体を支えてやった。
「おい、足元に気を付けろ」
「ありがとう。お手間を掛けます」
アットムはおどけたように笑うが、俺の部屋で転ぶのは本当に危ない。日頃から思いつくままに試作品をクラフトしているため、ガラクタがそこら辺をゴロゴロしている。ボタンを押すとプラスドライバーが発射される仕込みなんかもある。本当に危ない。プラスドライバーがあまりにも勝手にどこか行くことが多いので、仕方なくアトラクション的な感じにしてみたのだ。これが大当たりよ。受け取り損ねて頭に刺さったことも何度かあるけど、今では目を瞑っていてもキャッチする自信がある。
アットムを助け起こしていると、立ち止まったスズキがじっと俺たちを見つめていた。
……何だよ。言いたいことがあるなら言えよ。俺ら自身、止め時を見失ってあっぷあっぷなんだぞ。いい加減にオチをくれよ。
しかしスズキは何でもないと首を振り、
「二人は仲良いよね。この前も一緒だったし。でも、たまには私も一緒に遊びたいなぁ、なんてね。ちょっと思いました」
「スズキ……?」
こいつ……もう無口キャラでも何でもないよな。綾波路線はもういいのか?
そういう意味での問い掛けだったのだが、スズキは何か勘違いしたらしく慌てて手を振った。
「そ、それだけ! じゃっ、行って、来ますっ」
テンションがおかしくなったスズキは俺の部屋を飛び出し、追い付いたポチョの腕に抱き着こうとして迎撃された。反射的に腕を引き抜いたポチョが、空振りに終わってつんのめるスズキの無防備な足を刈り取る。まさしく電光石火の早業だ。
あっ、と思った時は遅かった。顔面を強打して気絶したスズキを、一人佇むポチョが沈痛な面持ちで見つめるばかりだ。
俺とアットムは寄り添うように窓の前に立ち、スズキをおぶってポポロンの森を歩いていくポチョを見送った。
2.ポボロンの森-人間の里
見送りはしたものの、俺にも外出の用事があったためすぐにクランハウスを出た。
気色悪いコントに終わりが見えなかったというのもある。仮に用事を終えて戻ってもコントが続くようなら、俺は刺し違えてでもヤツを殺さねばならないだろう。そうならないことを祈るぜ。
俺が足を運んだのはポポロンの森の外縁部に位置するクランハウスの密集地帯である。
プレイヤーは女神像から女神像に移動することができるため、利便性を求めるなら女神像の近くにクランハウスを建てたほうがいい。考えることは皆一緒なので、必然的に人が集まる。人が集まれば何らかのルールが生じ、ルールを下敷きに共同体が築かれる。
それが、ここ人間の里だ。
スピンドック平原に里を設けるという案もあったらしいが、見慣れない建造物に怯えたスピンがクランハウスを前足で殴って壊す中に居る人間は死ぬという事態が多発したため、実質的に選択肢は一つしかなかった。
俺は店舗経営型のクラン【まんどらごら】の手前で立ち止まった。
ここ【まんどらごら】は俺が懇意にしている薬屋だ。店主は人見知りが激しい男なので、いきなり正面から乗り込むと怯えてしまうかもしれない。気を利かせた俺は、窓から挨拶してワンクッション置いてから入店しようと決めたのだが、肝心要の窓がない。なんなんだよ、辛気臭ぇ店だな……。
ちっ、仕方ねえ。俺は手持ちのアイテムを広げる。何かあったかなぁ。トンカチ、スパナ、ノミ、マイナスドライバー、ガムテープ、バールのようなもの、ビニール紐。まるで生産職の鑑だな、俺は。
よし、君に決めた。俺はトンカチとノミを手に取り、【まんどらごら】の壁にノミを突き立てた。
窓がないなら俺が作ってやるよ。
トントントントン……
開いた。ぱかっと木片を取り出し、店内に顔を覗かせる。やあ。
「そんなことってある!?」
おぅ、ご挨拶じゃねえか。
店内で呆然と俺を見つめているのは、シンプルな柄のワンピースを着たポニーテールの少女である。
名前はアンパン。
改めて正面のドアから入店した俺をアンパンは引きつった表情で迎えてくれた。
「崖っぷちの旦那……。いきなり家を攻撃された人間は呆然と見ていることしかできないってのがよく分かったよ……」
大袈裟だな。ちょいと風通しを良くしてやっただけじゃねえか。そう、言うなればリフォーム。快適な暮らしをあなたにお届けってやつよ。
にっこりと笑う俺にアンパンは小動物のようにぶるぶると震えた。頭の後ろで一括りにした栗色の髪が左右交互に揺れている。
「な、何の用だ。ショバ代はきっちりと組織に納めてるぞ。一度たりとて怠ったことはない……! 本当だっ、信じてくれ!」
組織って何だよ。そりゃあ組織っちゃ組織だが、あれは単なる生産職の相互組合だぞ。
戦闘職を肉食動物とするなら生産職は草食動物だ。非力で愛らしい俺たち生産職は互いに助け合って生きて行くしかない。稼ぎに応じて組合に金を預け、困ったことがあれば皆で解決するんだ。特に店を構えて商売をやっているプレイヤーにとっては盗難や強奪に怯えることなく暮らしていけるとあって組合に所属するやつが多い。金稼ぎってのはどうしても妬みを買うからな。
まぁそれは本題じゃねえ。アンパンの野郎が俺の顔に泥を塗るような真似をすれば組合の幹部から俺に一報が入るだろうからな。
「ポーションな。あれは売れるぜ。いい稼ぎになりそうだ」
「つ、使ったのか!?」
つい先日、エッダ水道で深手を負った俺が使ったポーション。あれを精製したのがアンパンだ。
ああ、と俺は頷いて注射器を打つ仕草をする。アンパンが悲鳴を上げた。
「静脈注射はよせって俺言ったよね!? イメージ悪すぎるんだよ! 完全にヤバいクスリじゃねーか!」
アンパンは見てくれこそハイティーンの女子高生だが、自分がネカマであることを隠そうともしない男だ。
このゲームはキャラクター視点なのだが、基本的にMMORPGは見下ろし視点であることが多く、アンパンは男のケツを見ながらゲームをする意味が分からないと言い張るタイプのプレイヤーである。そうしたプレイヤーは実のところ結構な数に上る。実際は単に男にチヤホヤされたいだけのホモなんじゃねーかと俺は疑っているんだが。
俺はホモかもしれない男と商談に入った。
「ひとまず攻略組に卸して反応を見る。組合に仲介人を寄越して貰ったほうが無難だろうな。仲介料は取られるだろうが、面が割れるよりはマシだ。しかし特許なんてもんはねーからな。どうしたってレシピを盗むやつは現れるだろうよ。そこは諦めろ。独占販売なんざやったら俺が先生に怒られる」
「本当に先生は偉大だなぁ。旦那はずっと先生のクランに居続けるべきだと心底から思うよ」
「お前もそう思うか」
風通しが良くなった室内を見渡しながらのんびりと言うアンパンに、俺はぐっと身を乗り出した。
「実はこの前、久方ぶりにネフィリアと会ってな……」
「うっ、魔女か。旦那はあの人の右腕だったからね……。手放したのが惜しくなったのかな? たまたま一番弟子がうまく育ったから勘違いしてたんだろうな」
「よしてくれ。俺は足を洗ったんだ。二番弟子とか居るのか?」
薬剤師のアンパンは攻略組に顔が利く。
薬剤師そのものはとても人気職とは言えないが、体調を整えるというのは実は非常に大切なことだ。明暗を分けると言っても決して過言ではない。
極端な例になるが、腹を下したまま戦えるか?ということだ。
ネフィリアは俺と袂を分かった後、何人か弟子を取ったがうまく育っていないと言っていた。
あのおっぱいに弟子入りするような人間が真っ当である筈がない。まず間違いなくおっぱいが目当てだろう。
おっぱいの性格上、俺を引き合いに出して弟子どもを冷遇しているに違いない。面倒なことになりそうだ……。
俺が内心の不安を吐露すると、アンパンは俺を気遣ってか楽観的な見立てを述べた。
「大丈夫じゃないかな? わざわざ旦那を敵に回す人間が居るとは思えないよ。俺、はっきり言ってネフィリアより旦那のほうが怖いし。味方のふりして近付いてくるから本当に厄介なんだよな。元気出せって!」
「そうかい。ありがとよ」
その能天気なツラも今日で見納めになるのかと思うと寂しいぜ。
俺はアンパンの肩に手を置いてにっこりと笑った。
「ピクニックに行かないか」
二人きりでな。もっとも下山するのは俺一人になりそうだが。
これは、とあるVRMMOの物語。
口は災いの元である。賢者は黙して語らないものだ。しかし往々にして賢者は弟子を選り好みしないから、真に後継者足る者と巡り合うことは望みようもない。それが取り返しのつくものであれば良いのだが。
GunS Guilds Online