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#30-1 interlude/Novel by ちくわぶ

#30-1 interlude

6,121 character(s)12 mins

士弓主従聖杯戦争ifストーリー三十三話目。腐向け。 
幕間のため、士弓タグをつけていますが士弓成分はほぼありません。

版権元:Fate/stay night 
注意(シリーズ共通):
 腐向け(士弓)、ねつ造、設定改変、独自設定、重大なネタバレ、原作程度の暴力表現・流血表現

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 膝をついた体はそれ以上倒れ込む暇も無く、砂の城が崩れるような呆気なさで崩壊していく。
 最強の英雄とて所詮仮初めの生命。亡骸を晒すような現実味もなく、バーサーカーは全ての命を使い切り消えていった。
 敗北したのだ、予想された通りに。
「この我自らがあやうく剣を手にしかけるとはな。流石に狂っても真正の英雄か」
 手数が足りない。
 もっといい武器があれば、もっといい防具があれば、バーサーカーの刃は、剣すら握ることなく戦いきったこの傲慢な男に届いただろう。
 武具の数の違いなど、本当は埋められるはずの差だった。準備不足で負けたのならば、この敗北はバーサーカーではなく、主人たるイリヤスフィールの敗北だ。
 セラが手入れした美しい中庭は崩れ、真新しい血の赤が鮮やかに石畳を彩っている。胸元に墓標のような宝剣を突き立てて倒れ伏す二つの人影は、壮絶に戦って散ったホムンクルスの亡骸だった。
 全ての従者を失ったイリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、回収したバーサーカーの重みに喘ぐ胸を押さえながら、気丈にも侵入者を睨みあげていた。
「……自ら思考する聖杯、か。人形遊びに慣れた者とは、かくも残酷なことをする」
 哀れみを向けられている。それはイリヤスフィールが一番嫌いな感情だった。この身は千年の執念が生んだ錬金術の最高傑作。敬われ、望まれ、どうか願いを、と跪かれることこそあれ、人間じゃなくてかわいそうになどと、この世の誰にも言わせるものか。
 貴婦人たる彼女の矜持は眼前の無礼者を千々に切り裂いてやろうと激昂していたが、それを実行するための肉体は思うとおりに動かなかった。
 英雄としては最高峰に位置するヘラクレスの魂の価値は、一騎にして凡百の英霊数騎分に匹敵する。小聖杯の機能を全うするため、イリヤスフィールという器は急速に奪われ、人としての振る舞いを放棄していきつつあった。
 見える景色も聞こえる音も、何もかもが他人ごとのように遠く、肉体はもはや重荷にしか感じられない。こんなとき助けてくれるはずだったリズとセラはもう死んだ。
 もとより人として生きて死ぬつもりなどない。しかし今、隙だらけに佇む男に一矢報いることすらできないのは、イリヤスフィールがアインツベルン製の小聖杯であるからだった。
(負けるもんか)
 ひとりぼっちの心細さを押しやって、優雅じゃないけど歯を食いしばって、イリヤスフィールは一人奮起した。
 私はアインツベルンの最後の希望で、お母様とキリツグの娘で、シロウたちのお姉ちゃんで、何より、バーサーカーの主人なのだ。
 肉体は動けなくても、魔術は使える。彼女ほどの魔力量と、特異な魔術特性があれば、サーヴァントに痛撃を加えることとで不可能ではない。
 分厚いコートの隙間から燐光が漏れる。はっきりと魔術回路の励起を見せつけるように、顔、首、手――わずかに顕わになった素肌に、赤い文様が浮かび上がる。
 全身を魔術回路に捧げた少女の全霊の魔術行使は、芸術作品を披露するかのような美しさを伴った。わずかに目を眇めたギルガメッシュに向けて、アインツベルン城の攻勢防壁が牙を剥く。
 瞬きの間には、中庭を数重にも取り囲む銀糸の檻。糸と糸との交差点では一呼吸ごとに光が集い、柱と呼ぶべき光の集合体を成した。
 その数は千にも届いただろう。一つずつが人の腕ほどの太さのある光柱は、その全てがギルガメッシュへと矛先を向ける。死んでしまえ、と声なき城主の号令が下る。線の集まりは面となって、逃げ場のない全方位攻撃が光の速さで殺到した。
 中庭の中心で光が爆発して、後を追った暴風は城の壁を引きはがして放射状に散っていく。術者であるイリヤスフィールの小さな体も、風に押されて転がされて、背の低い茂みにぶつかりようやく止まった。
 バーサーカーを従えるほどの莫大な魔力の持ち主が、自らの工房で振るう最大火力の攻撃である。対魔力のランクが低いサーヴァントであれば、これで決着するほどの威力だった。
 代償にイリヤスフィールの肉体はいよいよ本人の操作を離れ、少女は立つことはおろか僅かに指先を動かすことさえ困難となった。呼吸をすること、心臓を動かすことに注力してなんとか人としての機能を保とうとする。
 体がままならぬのはどうも大魔術の代償だけではなさそうだ。器が満ち満ちるのを感じる。サーヴァント一騎分の重みが更に増す。
 誰が脱落したのかとイリヤスフィールの希薄な感情が少し動揺したが、脱落者はアーチャーではなかった。粗暴だが高貴な気配――ランサーか。
 なるほど。ギルガメッシュ以外の侵入者は槍兵だったらしいと、ようやく得心がいく。いつまでも合流できないアーチャーのことが心配だったが、きちんと勝利してくれていた。
「足掻かなければ、聖杯の機能をまっとうさせてやってもよかったが――」
 砂煙はまだ晴れない。
 動かせない体、動かせない横向けの視界は煙り、月光を遮り薄暗い。声だけが制限なく響いてイリヤスフィールの鼓膜を打った。不愉快そうな声だ。
「王に刃向かう愚か者には慈悲は要らぬな」
 次第に散っていく砂煙を裂くように歩み寄る。わかっていたことだけど、その姿には傷一つなかった。
 四肢を力なく投げ出して転がったままのイリヤスフィールは、なお立ち上がろうと藻掻いた。
 残るサーヴァントは、いよいよ二騎。魔法を使うためになら七騎、願望器としてなら六騎の贄を必要とする器は、しかしすでに十分満ちていた。ヘラクレスたち神代の英霊の重みのせいだろう。なんでもとは言えないが、大抵の願いなら叶えてやれる。……その叶え方が、呪いで満ちたもので構わないのならば。
 ああ。だけど、それでは駄目なのだ。イリヤスフィールは、同調して至った衛宮士郎の根幹を――炎と呪いの中一人彷徨う男の子の姿を思い出して、力を振り絞った。
 たった一人の弟を悲しませてまで至る魔法になんて価値はない。私には呪われている中身はどうすることもできないけれど、それが溢れないように聖杯としての役目を果たし続けてあげることならばできるはずだ。
 爪先がわずかに地を掻く。眦が微かに険しく上がる。
 この心臓はシロウのものだ。他の誰にも渡してやるものか。
「…………」
 なんの時間稼ぎにもならない、たった一人の反抗。僅かに目を細めて王の蔵から剣を取り出したギルガメッシュの歩みを止めることなんてできはしない。
 だが、その身の半分がホムンクルスとして鋳造され、全身を魔術回路に明け渡した、ヒトとしては出来損なったその生命が発するには、あまりに苛烈で真っ直ぐな人間性の発露であった。ギルガメッシュが目を細めたのも、あるいは彼女の揺るぎのない覚悟に多少なりとも価値を見いだしたからか。
 沈黙は思案の現れのようにも思えた。英雄王が手にした剣を振るうまでの、僅かな時。
 人間であれば数メートル駆けることもできないくらいの時間であったが、しかし、急行する英霊が城を越える時間には足りた。
「……フン。狗め、よもや贋作者フェイカーごときに破れるとはな」
 月光を負って中庭に飛び込んできた男へ半身振り返って、ギルガメッシュは不愉快そうに鼻を鳴らした。動かすことが難しいイリヤスフィールの視界にも、ギルガメッシュの更に奥に着地したばかりのアーチャーの姿が見える。
 サーヴァントにはなんてことない高さのはずだが、アーチャーの着地は少々不格好だった。どこか怪我をしているのかもしれない。それでも立ち止まったり怯んだりすることなく、飛び降りてきた勢いそのままイリヤスフィールたちの方に駆けてくる。
 イリヤスフィールは自分の魔術の衝撃で中庭の隅にまで飛ばされている。アーチャーがどう工夫したって、間近に立つギルガメッシュを無視して彼女のもとにたどり着くことはできない。
 ギルガメッシュもいよいよ全身で乱入者の方に向き直った。相変わらず鎧一つ装備しない慢心しきった態度であるが、まさかイリヤスフィールを救い出す暇を見逃すほどの油断はないだろう。
 それを、アーチャーもすぐに察したのか。駆けつけようとしていた足は、中庭の半ばまで来たところで止まった。残った距離はそれなりだ。今のイリヤスフィールには途方もない距離だが、バーサーカーなら一足で、アーチャーでも二歩もあればたどり着けるくらいの距離だった。
 逆に言えば、あと二歩進むだけで戦闘の火蓋が切られるということだ。そういう、中途半端な距離を開けた先で、アーチャーは武器を取ろうと右手に魔術の気配を煌めかせ、――しかし、結局何も握らずにやめた。
「提案がある、英雄王」
 焦燥を堪えるような声だった。
 イリヤスフィールからは後ろ姿しかみえないギルガメッシュは、片手に無骨な剣を提げたまま僅かに首を傾げた。
「〝提案〟?」
 途端、蚊帳の外に置かれているはずのイリヤスフィールですら背筋を凍らせた。対面しているアーチャーはより明確に、ギルガメッシュの怒気を感じ取っただろう。
「我に許可もなく語りかけるのみか、その上、王に向けて〝提案〟だと? 贋作者フェイカー風情が何様のつもりだ」
 言外に、対話を望むなら相応の態度を取れと言っている。
 アーチャーはその意味を読み違えないようだった。一呼吸分だけの間を置いたかと思うと、ゆっくり膝をついて頭を垂れる。
「恐れながら、申し上げる」
 屈辱を堪えているような気配はなかった。ここが戦闘痕も生々しい中庭の一画であることを忘れられそうなくらい、堂に入った見事な礼だ。慇懃ながらも謙った感じはなく、他国の王の元に来た使者とか、そんな雰囲気がある。こうなると、薄汚れた装束や、痛めているのか先ほどから動かさずにぶら下がっているだけの左腕のような、不格好な戦闘の名残が目についた。
 ギルガメッシュはある種完璧なアーチャーの礼をしばし不機嫌な沈黙で受けていたが、どれだけ待ってもピクリともしないのを確かめると、渋々そうに言った。
「発言を赦す」
 敵同士のはずなのに、それは王と臣下のやりとりそのままであった。
 臣下であるところのアーチャーは、本気で敬っているようにしか思えない見事な態度で、頭を上げないまま許しへの礼を述べると、
「その娘の心臓を得るなら今しばしお待ちいただきたい。それは魔術回路と接続していなければ聖杯として機能せず、そしてここに魔術回路の代替はありません。ですが、ここで小聖杯を生きたまま連れ出せれば、良質な魔術回路には心当たりがあります」
 平坦な声で続けた。ギルガメッシュは一定の興味を示しているのか、特に咎めず無言で先を促している。
「小聖杯を生かしたままにすれば、外で気絶している衛宮士郎は必ず、最後のサーヴァントとそのマスターに助けを求めます。彼女は断らず、セイバーとともに王の下へ、決着を求めて参じるでしょう」
「遠坂の娘か。それに器を移し替えろと?」
「はい。案内人である衛宮士郎は、私が殺しますので、セイバーと新たな器の候補者だけが、正しい降臨の地で待つ王の下へ至ることになります」
 イリヤスフィールは一人ぎょっとした。ちょっと霞がかったようなフワフワした現実との距離感が一気にゼロになって、人間として元気だったころに戻ってきたような衝撃だった。
 なんだか様子がおかしいと思っていたら、急に何を言い出すのか。アーチャーはシロウを守ると言ったのに。
 馬鹿なことを言わないでと叱りたかった。だけど波立つのは心だけで、喉からは出来損なった喘鳴のような音しか鳴らない。せめて彼がどんな顔をしているかがわかれば、と思ったけれど、イリヤスフィールの体は動かず、語るべきことを終えたアーチャーもまた深く傅いて動かなかった。
「賢しげに何を言うかと思えば。セイバーは何をせずともいずれ我のもとに訪れる。貴様と雑種は確かに目障りだが、ならばここで殺しても同じことだ」
 唯一動いたのは、決定権を持つギルガメッシュだ。剣を持たない左手を無造作に振るったかと思うと、アーチャーの後ろ、うなじにほど近い空間に黄金の波紋が現れる。
 数多の宝具を収めた宝物庫の〝取り出し口〟だ。アーチャーが無抵抗を貫くのなら、あそこから剣が打ち出されれば首を落とされて死ぬだろう。
 提案を一蹴され、更に断頭台に乗せられたようなものだ。普通なら抵抗するし、礼を尽くして見えるのが一時しのぎの演技であるのならば、多少の動揺くらいは見られるはず。
 だけどアーチャーは微塵も動かなかった。死ねと言われたら死ぬのだという忠義じみたようなものがそこにあるようにすら思えた。アーチャーのこれが全部自分を延命させるための演技だと信じているイリヤスフィールですら、次第にその本心を不安に感じるほどの揺るがなさだった。
 裁定者であるギルガメッシュは黙している。真偽を確かめるかのような沈黙は、気まぐれに流されてきた雲が一時月光を陰らせ、また晴れるまでの間続いた。
 不意に黄金の蔵への扉が閉ざされる。イリヤスフィールを殺すために携えていた剣もしまって、ギルガメッシュは吐き捨てた。
「……が、我が宝物を貴様らの血で汚すのは気分が悪い。贋作は贋作同士でつぶし合うのが道理よな」
 歩き出すと頭を垂れたままのアーチャーの真横を過ぎり、中庭の中央にまで進むと、この城にやってきたのと同じ輝舟を取り出して乗り込んだ。
「降霊地は柳洞寺とする。その不愉快な姿が我の視界に入らぬように準備せよ」
 言うと、跪いたままのアーチャーが応えをするのも聞き遂げずに飛び立っていった。

 残されたアーチャーは、ギルガメッシュが完全にいなくなるまで油断なく臣下の礼を続け、もう気まぐれで戻ってくることもないだろう、というくらいの時間を待ってからようよう立ち上がった。収めた英霊たちの重さに喘ぐイリヤスフィールのもとまで、真っ直ぐ無言で歩いてくる。
 何を考えているのか、まるで悟らせない無表情。だけど、だからこそイリヤスフィールは悟った。シロウはきっと、アーチャーに全部伝えたのだろう。それがアーチャーに決断を強いたのだ。同時に、下さなければならない決断を前に、アーチャーは未だ惑っている。
 余計なリスクを背負ってまで、イリヤスフィールを助けようとしている。シロウを殺さず、だけど殺害のための筋書きだけを残している。
 やるべきことへと足を進めながら、守りたかったはずのものを手放せないままでいる。 
「――シ、……ぅ」
 アーチャーはイリヤスフィールの目の前で足を止めた。動かせない視界には、無骨なブーツに覆われた足しか見えない。
 イリヤスフィールは大きい方の弟のために懸命に喉を震わせて言葉を紡ごうとしたが、しゃがみ込んだアーチャーは気遣いを拒むかのように大きな手でイリヤスフィールの瞼を下ろすと、同じ手でそのまま彼女の頸動脈を圧迫し、何も言わせないまま意識を奪った。

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