#28 家族の肖像(偽)
士弓主従の第五次聖杯戦争ifストーリー三十話目。腐向け。
版権元:Fate/stay night
注意(シリーズ共通):
腐向け(士弓)、ねつ造、設定改変、独自設定、重大なネタバレ、原作程度の暴力表現・流血表現
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何やら声が聞こえてくる。
「――では、故意ではなかったと?」
「当たり前よ。万が一がないように多く用意しただけで、まさか全部飲みきっちゃうだなんて思わないわ」
「……まあ、あまり覚えていないが、やつが相当に手間取っていた覚えはある。ひとまずは君の言い分を信じるとしよう」
言い争いかと思ったが、そこまで険悪な空気でもない。冗談の延長線上のように、少女が拗ねた声を出した。
「なあに、その言い方。やっぱり躾がなってないわ。あなたは『完璧な処置をありがとう、お姉ちゃん』ってかわいらしくお礼を言う立場じゃないかしら?」
「……完璧な処置をいただきありがたく思う。イリヤスフィール」
「ちっがーう! わざとね、この根性曲がり! そんなこと言う子はこうなんだから-!」
「待て、バーサーカーはシャレにならな――」
■■■■、とまったく解読できない控えめな咆哮が部屋に響く。
嫌な予感にさすがの俺も目を開けると、ぽーんと放り投げられたアーチャーがこっちに吹っ飛んでくるところだった。
「がふぅっ」
なすすべなく仰向け姿勢で受け止める。
受け止めるというか、ベッド共々クッションとなっただけだが、おかげで落下物たるアーチャーにさしたるダメージもなかったようで、苦しんでいる俺を尻目にさっさと立ち上がりイリヤとの口論戦線に復帰していく。
「な、んて乱暴な……! 年齢相応の大人げというものを持てないのか。あと、バーサーカーをおかしなことに使うんじゃない!」
「フーン? 大人げないのはどっちなのかしら? 助けてあげたのに、いつまで経ってもぶすくれちゃって」
「……ライダーを撃退したことは礼は言う。が、そのあとのことははっきり言って不満だ。君が余計なことをしなければ、こいつだって馬鹿な真似は――、む? なんだ、起きているではないか。起きたなら起きたと言え」
と、ここでようやく俺の覚醒に気づくアーチャー。
いつもどおりと言えばいつもどおりの気遣いゼロさに、まだ痛むみぞおちの文句をなんだか言いそびれる。こいつは俺が人一人降ってきてもまだ寝こけているような寝汚いやつだと思っているのだろうか。
「えーっと、おはよう」
上体を起こすとアーチャーとイリヤ、二人分の視線が俺に集中した。それにちょっと怖じ気づきつつ、困った末に無難なあいさつを返した。
「……思ったより、普通ね。はあいお兄ちゃん。私が誰かわかる?」
「はいぃ? いや、イリヤだろ」
「じゃあここはどこ?」
よくわからない質問だが、とりあえず答えようと室内を見渡す。
俺が寝かせられていたのはフカフカのベッドで、部屋の調度品はベッドにチェスト、丸テーブルに椅子が二脚と最低限といった様子だが、上を見ればシャンデリアがかかっていたりと、相当豪勢なのがわかる。少なくとも和の心を感じるインテリアではない。
「どこだろう……ドイツとか……?」
「……日付は? 今がいつかわかっているのか?」
「え? いや……むう……わかんない、けど。寒かったから、冬だと思う」
何せものすごく寒くて凍えていた記憶がある。外国の季節に詳しくはないが、いくら北国でも真夏にあの気温ということはないだろう。
イリヤとアーチャー二人がかりの尋問はそこで一旦終了し、代わりに二人は目を見合わせて何やらアイコンタクトをとっている。
……なんだ、なんなんだ一体。というかアーチャー達は一体いつのまにこんなに仲良くなってるんだ?
「私が何者かは知っているか」
「アーチャーだろ、俺のサーヴァントの。……なあ、さっきから何を聞きたいんだ?」
「どこまで聞かねばならないが探っている最中だ。いいから黙って答えていろ」
で、また二人でアイコンタクト。
……むう。なんだか釈然としないぞ、すごく。
「サーヴァントと言ったな? サーヴァントが何かはわかっているということか」
「改めて聞かれると……。つまり、英霊の現し身ってことなんだよな。それを、聖杯を使って現象じゃなくて使い魔として運用してる」
「それじゃあ聖杯って何かしら。聖人の血を受けた杯のこと?」
「いや、そういうのじゃなくて、十年前の……。? えっと、確か、最後はセイバーが――」
言ってるうちに自分でもよくわからなくなって言い淀む。それを、険しい顔つきのアーチャーが見下ろしていた。なんだか無性に焦りが生まれて、必死で記憶を浚う。
「――冬木だ。冬木には、霊脈があって、遠坂がそれを管理してて、聖杯はイリヤで……。あ! そっか、ここは冬木の、イリヤの城だな。ドイツじゃなかった。そうだよ、だから、今は聖杯戦争中で、つまり二月くらいじゃないか?」
寝起きで附抜けていた頭がようやく回り出した感じがする。さっきの間違いを訂正するために慌てて言い募るが、アーチャーたちの、呆れたような怒ったような気配にはいまいち変わりはなかった。
ベッドの上の俺を置いて、また二人で向き合って、なにやら相談を始め出す。
「……うーん。かなりの重症、ただしカイゼンの余地ありってとこかしら」
「改善の余地などあるものか、こんなのでどうやって元の生活に戻るつもりなんだ。……くそ、君の責任は大きいぞ、イリヤスフィール。止められるとしたら君だけだった」
「だってシロウってば頑固だし。なにより、あなたが無事で嬉しそうだわ。ね? シロウ」
「え? えーっと、それは、まあ、……うん」
と、顔が熱いので多分頬を染めながら頷いたであろう俺を前にして、アーチャーは苦虫の躍り食いでもしたかのような顔をした。
あんまりにもあんまりな対応だが、俺も邪険にされて怒るどころかちょっと安心感すら覚えているので、どっちもどっちかもしれない。
「チッ、まあいい。今日は二月十二日、我々がライダー達に敗れてから三日経っている。――さて、どこから説明が必要だ?」
「どこからって言われても……?」
「ライダーのマスターが誰かわかるか」
「ライダーは、マキリの。……いや、間桐の……?」
首を捻って言葉も必死に捻り出す俺に、アーチャーとイリヤの音階の違う二人分の溜息が被さってきた。
「……なんだよ」
こっちだって起き抜け早々の尋問に頑張って答えているんだから、もうちょっと労ってくれてもいいんじゃないか。
「紅茶でも煎れよう。これはいよいよ、長話を覚悟した方がよさそうだ」
*
セイバー:遠坂凛
ランサー:不明
アーチャー:衛宮士郎
ライダー:間桐慎二 ×
キャスター:葛木宗一郎 ×
アサシン:キャスター ×
バーサーカー:イリヤスフィール・フォン・アインツベルン
手の中のメモには、こんなことが書かれている。
字体は見覚えのある俺のものだが、書いたのはアーチャーだ。肌の色も筋肉量も違う手が俺と同じ字を書くのを見るのは、不思議な感じというか、少々気味の悪い光景だった。
「聖杯戦争開始から九日。脱落者は三騎、いずれも一応は我々が交戦したことのある相手だ。――残念ながら、私が倒した敵は一人もいないが」
最後の言葉に含みがあるのは、マスターである俺に対しての苦言だろう。
不殺の令呪を指しているのはわかっていたが、俺も撤回するつもりはない。その辺りについては後でちゃんと話そうと思いながら、俺は苦言部分は無視して頷いた。
「うん、大丈夫だ。聖杯戦争あたりの記憶は、結構しっかりしてると思う」
「……そうか。ひとまずはそれでいいが、それでどうする?」
ベッド横に立つアーチャーが僅かに首を傾げて尋ねてくる。質問の意味を図りかねて俺も首を傾けた。
「どうする、って?」
「今後の方針だ。当初からの変更はなし、ということで構わないのか」
アーチャーが言いたいのは、俺がどうして聖杯戦争に参加しているのか、最後に何を求めているのか、という部分だろう。
やりたいことが枝分かれして増えていきはしたものの、俺が聖杯戦争に求めることはただ一つ、最少の犠牲で聖杯戦争を終える、ないしは休戦させることだ。こんなものが二度と繰り返されないで済むのなら、聖杯なんて破壊してしまったって構わない。アーチャーには強く頷いて答えた。
(慎二――)
同時、自嘲が湧いた。名前の上に引かれた射線が生々しい。イリヤは明言は避けたが、まず生きてはいないだろう。仮にバーサーカーが何もしなくたって、あの蟲の躯ではどう生きていくのかすら不明だ。
すでに犠牲は出ているのだ。最少の犠牲などという考え方は、彼の死が仕方の無い、最小限の犠牲だったと認めているかのようで嫌になる。
目を塞いで自己満足の祈りを捧げる。間桐慎二は、衛宮士郎の友人であった。彼はしてはならないことに手を染めたが、友の死を悼むのは当然のことだ――と思う。
ただ、俺たちを友人たらしめる〝思い出〟が、どれだけ探っても少しも思い出せないのは、我が事ながら薄ら寒い事実だった。
「――そうか。では、君には一度退室願おうか、イリヤスフィール」
瞑目は僅かな時間だった。
話が続いていくのに目を開く。退室を命じられたイリヤは、不服そうに形の良い眉を寄せて唇を尖らせた。
「あなたに命令される謂われはないわ」
「客人に少しの自由も許さないのがアインツベルンの流儀か? 平民だとて内緒話の一つくらいする。君が恩人であるからと言って、何もかにもさらけ出さねばならないということもあるまい」
「恩人じゃなくてお姉ちゃんだもん」
「……とにかく、一度出て行ってくれ。私とてここで目覚めてまだ一日もないんだ、こいつに言いたい文句もある」
さらっとスルーしたアーチャーにもめげずにしばらく姉を自称することをやめなかったイリヤだが、ごねにごねた末に結局諦めて出て行った。アーチャーの根気勝ちだろう。
黙ってずっと控えていたリズも一緒に退出したので、だだっ広い部屋にはいよいよ俺とアーチャーだけになった。
ベッドとテーブルセットの他にはチェストと備え付けのクローゼットくらいのシンプルな部屋だ。俺がベッドに座っているのはいいとして、椅子もあるのにアーチャーが立ったままなのも落ち着かない。
「座ったらどうだ」
椅子を勧めると、イリヤを見送ってドアの方を向いたままだったアーチャーは、無言ながらも振り返って俺を見て、少しの思案を挟んだ後に勧めの通りに腰を下ろした。座り際、俺の手にあったメモを回収してテーブルに置く。
「……彼女は随分と様子が変わったな」
ペンを手に取ったのでてっきり聖杯戦争についての話が始まるのだと思ったが、アーチャーが最初に漏らしたのはイリヤに対しての疑念だった。あんまり深刻そうな様子でもないので、彼にとってはちょっとした疑問というところか。クルクルと手持ち無沙汰にペンを回しているので、余計にこれがただの雑談だっていう印象を受ける。
英霊のペン回しってなんか貴重な光景だな、と俺も肩の力を抜いてまったりと答えた。
「言われたらそうかもな。姉ぶるのは俺と同調してからのことだから、俺もまだちょっと慣れてないんだけど――」
カン、カラン、トス。
そんな音が鳴った。アーチャーの手の中で景気よく回っていたペンが勢いよく放り出され、机を跳ねた上で床のカーペットに落下した音だった。
「おい、ペン落ちたぞ」
らしくない失敗だ。見ればアーチャーは飛んでいったペンのことに気づいているやらいないやら、半端な体勢で硬直したままあんぐりと俺を凝視していた。
「……同調? 誰と誰が?」
「誰、って……。そりゃ、俺とイリヤだけど。あー、その、お前にしなきゃいけなかっただろ? その練習だって言って、手本を見せてくれて」
内容が内容だけに適当に視線を外して答える。が、言葉の途中に鳴った奇妙な音に、すぐにアーチャーの方へ目を向けることになった。
見ればアーチャーはテーブルに両手をついて立ち上がっていて、そのテーブルには罅が入っている。先ほどの変な音はひび割れの音だろうか。
しかしこのテーブルの天板はおそらく大理石製の立派なもので、それにこうも簡単に罅が入るのはちょっと普通なことではない。例えるなら手を置いただけで墓石に罅を入れるくらいの所業である。サーヴァントの膂力ならやってやれないことはないだろうが、俯いてわなわな震えているアーチャーの様子からはなんだか不穏な気配がする。
「どうしたんだよ」
今いるのがベッドの上でなければ後ずさりたい気分だったが、そうもいかないので恐る恐る声をかける。同時に、かけられる荷重についに真っ二つになったテーブルの天板はゴトゴトと(カーペットなのであまりうるさくない)床に落ちていった。がばりと勢い込んでアーチャーが顔を上げる。
「さ、最低だ……最低か貴様は! 何をしているんだこの変態!}
「は、はいい?」
「ロリータコンプレックス……しかも義理とはいえ姉相手だと……?! 冗談じゃない、私の名誉にも深く関わる問題だぞこれは。矯正……矯正せねば……」
目を据わらせたアーチャーさんはそこで何故か肉包丁を取り出し俺のいるベッドににじり寄ってくる。その目は俺を見ているようで見ておらず、敢えて言うならシーツの下にある下半身を睨み付けている。
「ひえ」
アーチャーが何をしようとしているか思い当たる。想像だけで縮み上がった。令呪があるので殺されはしないかもしれないが、命に支障がない範囲で切り落とされたりはあり得るわけである。ナニかを。
「ま、待て! 待った! 待ってください!」
思わず制止三段活用が飛び出したが決意を固めたアーチャーの接近は止まらない。
(こいつはいきなり何考えてんだー?!)
広いベッドとは言え後ずさるのにも限度がある。本能的にシーツで身を隠してみるが正直何の防御力も期待できない。
落ち着け、なんでこうなったのか考えよう。もうアーチャーは目の前なわけだがギリギリまで考えるのをやめるべきではない。諦めたらそこで試合――じゃない、青少年の健全な人生が終了してしまう。
ハムスターに遊ばれる滑車もかくやという勢いで空回る俺の思考であったが、この上ない身体の危機に追い詰められた脳みそはオーバーヒート寸前に追い詰められながらも、直前までの会話を元になんとかこの混沌の元凶を導き出した。
問い:アーチャーが去勢を迫ってくる理由はなにか。
回答:俺がイリヤとxxしたと思っているから。
「ち、ちっがーう!!」
「違う? 何がだ。まさか実年齢なら向こうが年上とかいう言い訳を持ち出すのではなかろうな」
「誤解だ、ひどい誤解だ! 俺とイリヤは一緒に寝ただけだから!」
「自白しても減刑はないぞ」
「自白……? はっ、いやいや違う! 一緒に寝るっていうのは比喩表現じゃなくて本当に一緒に寝てたのであって――ぎゃあ、待て待て待て待て!」
いよいよ肉包丁を振りかぶるアーチャーに、ぶんぶんと首を振って弁明する。
そのあんまりにも必死な様子に同情したのか、あるいは誤解があるらしいことに気づいてくれたのか、コンマ一秒後には処刑執行できる状態のアーチャーが一時停止した。
誤解を解くには今しかない、と俺は慌てて言いつのる。
「よ、よく考えてみろってアーチャー。イリヤみたいな優秀な魔術師が、同調なんかで一々あんな原始的な方法をとるわけないだろ? な?」
「…………」
「なんならイリヤに聞いてくれていい。誓って言うけど俺とイリヤには何もなかった」
懸命に無実を訴えたのが功を奏したのか、見つめ合うこと三秒。
「たしかに」
ぽつりと一言。不意にアーチャーは手を下ろして包丁も消した。
ほっと息を吐く。どうやら誤解は解けたらしい。
そのままアーチャーはゴトゴトと崩壊したテーブルを組み直し、何やら魔術を使って修繕すると、蹴倒していた椅子もいそいそと立てて、もとの通り座り直した。わざとらしく咳払いを一つ。
「それで、今後についての話だが」
……どうやら、さっきまでのことはなかったことにしたいらしい。
「おまえなあ……」
散々人の心胆を寒からしめておいてその態度はちょっとどうなの、と思わないでもなかったが、澄ました顔がちょっと赤いので、自分の誤解を恥じ入ってはくれているようだ。
あんまり掘り起こしたくない話題でもあるので、俺は甘んじて話題転換に乗ってやることにした。
「……まあ、いいよ。それで? 何の話がしたいんだ」
とんちき騒ぎで盛大に脱線してしまったが、わざわざイリヤを追い出したのだから、何か話したいことがあったのだろう。
俺の言を受けたアーチャーは、サーヴァント一覧メモにサラサラと一行を書き足しながら、
「この聖杯戦争には八人目のサーヴァントがいる。覚えているか?」
完成した紙面を見せてくれる。
セイバー:遠坂凛
ランサー:不明
アーチャー:衛宮士郎
ライダー:間桐慎二 ×
キャスター:葛木宗一郎 ×
アサシン:キャスター ×
バーサーカー:イリヤスフィール・フォン・アインツベルン
アーチャー:不明
俺は少し記憶を辿った。喧嘩別れのようになった遠坂が、最後に忠告してくれたのが、確かそんな内容だったはずだ。
「セイバーを追い詰めたってやつだよな。覚えてるよ」
聖杯戦争中の記憶に比較的混乱が少ないのは、俺とアーチャーとの間にズレがない記録だからだろう。俺の記憶力を信頼していないのか、アーチャーは少し疑わしげな表情だったが、ひとまずは納得して先を続けた。
「この八人目は、どの陣営にとっても厄介者だ。さっさと退場させなければならない――が、一方で、セイバーを圧倒する程度の力量がある。つまり、こいつを打倒するためにならば、いずれかの陣営とは同盟が成立する。そして現状、感情面でも性能面でも一番有力なのはバーサーカー、イリヤスフィールだ。しばらくは今の友好関係を続けたい。だが――」
言ってアーチャーは、八人目のサーヴァントとランサー、そしてバーサーカーの行に打ち消し線を引いた。
「聖杯戦争の停止を求めるのなら、最後まで残すべきなのはセイバーだ。聖杯成就を願うアインツベルンとは、過程で必ず敵対することになる。
だからバーサーカーには八人目の相手をしてもらうが、そこで相打ちになってもらうのが望ましい。八人目が私の思うとおりの相手であるのなら、バーサーカー単騎ではおそらく勝てないはずだ。私が助力の程を調整すれば、共倒れにさせるのは難しくはない。
……ランサーの出方が不明瞭なのが気にくわないが、バーサーカーかセイバーか、いずれかの力があれば勝てる相手だ。多少タイミングは前後しても、最終局面までには撃破できるだろう」
ランサーをどこかで倒し、八人目とバーサーカーには相打ってもらう。そうすると、残るのはアーチャーとセイバーだけになる。
実際紙片にはその二行だけが残っている。アーチャーはその一行目、セイバーの名前のところをペンの背でコン、と叩いた。
「セイバーを残すのは、聖杯を破壊できるほどの火力を持つのは彼女しかいないからだ。一方であいつは聖杯を欲しているから、破壊しろと頼んだところで応じないだろう。
だが、幸いセイバーのマスターは遠坂凛だ。遠坂凛を説得できれば、令呪を使わせて聖杯を破壊できる。そうすれば晴れてゲームセット、お前の望み通りに聖杯戦争は勝者不在で終了する――という青写真だが……」
そこで滔々と語る口を止めて腕を組む。
「ふむ。今の説明に噛みついてこないとは意外だな。てっきり不満が上がるものかと思ったが?」
アーチャーは俺が黙っていることこそ不満だ、とでも言いたげな態度で眉を寄せた。あるいは、衛宮士郎ならばこれに異を唱えなければならない、くらいに思っているかもしれない。
確かに、アーチャーのプランにはいくつか感情的な問題がある。一つは、イリヤスフィールを体よく利用して使い捨てること。もう一つは、聖杯を欲するセイバーに、令呪で破壊を強制すること。
「そっちの話はまた後で、ってちゃんと考えてるよ。それより、セイバーにわざわざ聖杯を壊させるっていうのは?」
そもそも聖杯戦争の中止と、聖杯の破壊は別に等号関係にない。
俺もアーチャーも聖杯なんていらないのだから、最後に残ったセイバーには快く聖杯を譲ってやればそれでいいのだ。いや、そもそも破壊に拘らなければ、イリヤと袂を分かつ必要すらない。八人目を協力して倒したら、被害が出ないように決着をつけてもらえばそれで終わりだ。
なのになんだって聖杯の破壊を目指さなければならないのか。
「誰がどう使っても、あの聖杯は呪いしか返さないからだ。私が知る限りはそうだったし、お前が十年前、あの火災に見舞われたというのなら、今回もやはりそうなのだろう。
もう聖杯は壊すしかない。そして、本人の意思はともかく、それができるのはセイバーしかいない」
そうか、と素っ気ない返事をする。
……一応聞いたけど、実のところ俺にも答えはわかっていた。認識の摺り合わせは大事だろうと思ったけど、知っている答えを聞いたところで、やっぱりそうか、という感想しかない。
否定の意思は全く湧いてこなかった。肺に溜まった二酸化炭素を吐き出すと、まるで溜め息のようになった。
目を閉じると光景が過ぎる。脳裏に焼き付くある夜の姿。
呪いがこぼれ落ちる天の産道。
その宿痾ごと薙ぎ払う、星の鍛えた聖剣の目映さ。
――この情景の出所は摩耗しても残ったアーチャーの記憶で、これがこいつの聖杯戦争だったのだろう。
俺だって一度、バーサーカー相手に振るわれたエクスカリバーの威力は目の当たりにしている。セイバーなら聖杯を破壊できるというのに疑う余地はない。
「セイバーの力を借りるしかない、っていうのはわかった。けど、令呪で無理矢理やらせる必要なんてないはずだ」
「馬鹿を言え。サーヴァントの中でもあいつが一番聖杯に執着している。自分の手でそれを壊すだなんて、令呪でもなければ納得するはずがない」
「それじゃあお前のときは令呪を使ったのか?」
問いに、束の間アーチャーは沈黙した。思案に気を取られた無防備な表情だったのは少しのことで、すぐに苦虫を噛んだような顔に変わる。
「……さあな。覚えていない」
一見にして苦しい言い訳だったが、アーチャーの苦り切った態度からして、俺の言いたいことは伝わったようなので追求は止めておく。
遠坂なら話せばわかってくれる、と信じるのならば、セイバーだって話せばわかってくれると信じないのはおかしな話だ。
アーチャーの出自を詳らかにすれば、聖杯汚染の信憑性はぐっと増す。聖杯がよくないものだという確証さえあれば、あれほど高潔な騎士が協力しないとも思えない。
「あとは、イリヤとバーサーカーのことだな。八騎目を倒すのに協力してもらうってのは賛成だ。けど、騙し討ちみたいなのはよくないと思う。バーサーカー……に話が通じるかはわからないけど、聖杯を諦めてもらわなきゃいけないなら、それをちゃんと説明するべきだ」
「……対話による相互理解を信仰するのはかまわんがな、イリヤスフィールと遠坂凛では前提条件が全く違う。遠坂には汚染の事実もその経緯も伝わっていないようだったが、アインツベルンは汚染を起こした張本人だ。呪いのことも、それが十年前百余名の人命を損ねたことも、全て承知の上でこの聖杯戦争に臨んでいるんだ。今更聖杯が汚染されているから破壊せねば、などと語ったところで、『それがどうした?』で終わるだけだぞ。
バーサーカーの戦力は過剰すぎる。まともに当たって勝てる相手ではない。黙って共倒れを狙うのが一番確実な方法だし、それを狙うなら何も語るべきではない。大火災の再現を回避したいのだろう? お前も少しは冷静に考えろ」
アーチャーの口ぶりは、怒っているというより呆れているようだった。丁寧に諭されていると、俺が聞き分けのない子供になったかのように思えてくる。
けど、この件に関しては短慮なのはアーチャーの方だ。俺の方がずっと、イリヤのことをわかっている。
「考えてるよ、ちゃんと。イリヤが全部知ってて戦いを始めたのは事実かも知れないけど、その時と今では状況が違う。俺が――俺たちがどれだけあの光景を憎んでいるのか説明すれば、聞き入れてくれるはずだ」
「イリヤスフィールはアインツベルンの第三魔法へ賭けた全てを背負って立っている。聖杯成就を譲るとはとても思えない」
「おまえってやつはどうしてそう悲観的なんだ……。信じろよ。イリヤは確かにアインツベルンかも知れないけど、あの切嗣の娘なんだぞ?」
それも、俺たちと違って本当に血を分けた実の娘だ。ちょっとバイオレントなところがあるのは認めるけど、こんな大事なお願いを、イリヤがすげなく突っぱねる方が、俺にはとんと想像できない。
「――――」
俺にとっては当然の理屈なのだが、アーチャーはよほど驚いたようで、いつも不機嫌そうに引き結んでいる口を閉じるのも忘れて、目も見開いて愕然としている。
ぎこちなく開閉した口からは、しかし、とか、だが、とか否定の接続詞が飛び出てくるが、かと言って具体的な反論が飛んでくるわけでもない。反駁がうまく思いつかないらしい。
アーチャーを議論で遣り込めたのは初めてかも知れない。俺もちょっと気分が良い。
「……では、なんだ。イリヤスフィールにも、遠坂凛にも、セイバーにも、全員に馬鹿正直に説明して、それで争いも起こさずに、みんな仲良く揃ってこの戦争を終結させると?」
「そうだけど、なんか言い方に悪意があるな……。別にこれは夢物語ってわけじゃない。お前だって、ちょっとは納得してるだろ? たまには他人を信じてみろよ、みんな揃って俺よりずっとできた人間なんだからさ」
あっけらかんと言う。
俺のそんな楽観がちょっとはアーチャーに移らないものかと思ったが、アーチャーは最後まで気難しい顔のままだった。難儀なやつだ。
ただ、「もうお前に任せる」とやや投げやりに言ったので、反抗するのを止める程度には納得してくれたらしい。
ほらな。やはり話せばわかりあえるものだ。俺は満足して今後の話を終えると、追い出していたイリヤを呼び戻してもらうようアーチャーに頼んだ。
*
「……ところで、一つ気になっていたんだけどさ。お前、俺との儀式のこと、あんまり覚えていないのか?」
廊下に控えていた使い魔に声をかけてイリヤが戻るのを待つ間、ふと疑問をぶつけてみる。
「その話題を掘り返すとは正気か貴様? 不問に処すという私の心遣いを棒に振るな」
「あ、いや、そういう話じゃなくて……。もっとこう真面目な話な。ほら、お前が止めに入ってくれたのがあったろ? それをどれくらい覚えてるのかなって」
「……止めに、というのは、契約のことか? 何を持ちかけられたのか知らんが、止めておけ。検討するだけ時間の無駄だ。自分たちが滅びないために他人の力を借りなければいけないような存在が、人類を救うなんて芸当ができるわけがない。お前の願いはアレでは絶対に叶えられない。聖杯などよりよっぽど粗悪な不良品の願望器だよ、あんなもの」
うんざりとした様子ながら、俺に言い聞かせる声音は真摯だ。アーチャーの言葉には万感の思いが込められていて、アラヤに『人類救済』の願いを入力するのは全くの無駄なのだと十分伝わる。
が、なるほど。どうやらアーチャーは契約の気配は感じていたが、その内容までは知らないようだ。あれで以外とプライバシーは守られていたらしい。
通りで、思ったより怒られなかったわけだ。目覚めてからこちら、予想より柔らかなアーチャーの態度にようやく合点がいく。俺が結ぼうとした契約の内容を知っていたなら、こんな悠長な会話をしているはずがないのだ。
「……アーチャー、あのな。俺の願いは、お前の思っているどれとも多分違ってるんだ。その……」
アーチャーが俺の目指すところを知らないのなら、それは騙しているようなものだ。ちゃんと知らせておかなければ、と思って口火を切る。切るのだが、先が続かない。
「? どうした? どんな内容であれ止めるまでだが、言いたいなら聞くだけは聞いてやろう」
続きを待つアーチャーも訝しんでいる。
先延ばしにしたっていいことがない。ちゃんと言おう、と思うのだが、最後の踏ん切りが中々つかない。
イリヤが指摘したとおり、俺の告白はアーチャーを喜ばせない。どころか、とんでもなく怒らせるし、後悔させるし、最後には悲しませるだろう。
こいつと何気ない会話をするのは、結構楽しい。アーチャーも肩肘の力を抜いて、比較的リラックスしているように思う。
どうせアーチャーはサーヴァントで、聖杯を破壊すれば消えてしまうのだ。考えるほどに今の穏やかさが如何に貴重か思い知らされてしまって、どんどん口が重くなる。
「シロウ、お話は終わった? きっとお腹が空いてると思って、スープを作らせたの」
そうこうしている内に、イリヤが部屋に入ってきた。ノックもないが、ここの主人は彼女なので当然だろう。廊下には、カートを押すセラの姿が見える。
「イリヤスフィール、すまないがまだ……」
「いや、大丈夫だ。俺の話はあとにするよ」
言いよどんでいる途中だった俺を気遣ってアーチャーが断ろうとしていたのを、無理矢理遮ってイリヤを歓迎する。起きてすぐは気分が悪くて食欲どころじゃなかったが、言われてみれば腹が減っている。起きてから紅茶しか口にしていないのでさもありなん。スープがあるなら冷めない内にいただきたい。
アーチャーがちらりと俺を見て眉を顰めたので、なんでもないと笑って返す。アーチャーは少し不審そうだったが、大したことではないと判断したのか、それ以上追求することなく口を閉じた。
士郎とアーチャーの雰囲気がとても好きです。続きが楽しみです。