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それは己に剣を突き立てるような/Novel by 13

それは己に剣を突き立てるような

13,525 character(s)27 mins

えるしってるか。ギャク時空の裏には広大な鬱時空が広がっている。

ワイバーン(ライダークラス)はかわいくないぞ。
孔明先生の若葉マーク時代。
まだ召喚後間もないため絆レベルも低く、周囲に壁を作って大人げないレベルの塩対応をしている時期の出来事。
恐らく役目を果たした鈍器はペーパーウェイトとして今も彼の許に。

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一番古い記憶は炎と瓦礫。恐らく「私」はあの時に誕生した。

あの日、きっと私は人の子としての命を失ったのだろう。
引き替えに、この身は生まれ直したのだ。
だがもはやそれは人の子ではなかった。そう、一振りの剣だった。

無限の荒野。無数の剣。この身は剣で出来ている。


戦闘が終わり、双剣に付いた血を振るい落とす。無意識レベルで体に染みついた所作。
たいしたことないエネミーだった。念のために、怪我人はいないか、全員無事か、確認のため周囲を見回す。
マスターは問題ない。マシュ嬢にも大きな怪我はなし。腹立たしいケルトのアレが無事であろうと無かろうと、私には1ミリたりとも関係はないがね。一応念のため確認はしておく。問題なし。元気そうでなによりだよ。いつだって無駄にしぶといからな。別に多少怪我してもらっても構わんのだがね。その方が静かになる。
さて次は。視線を巡らせ赤いコートを探す。召喚されてまだ日の浅いサーヴァント、諸葛孔明。いつも不機嫌な顔をして辛辣な態度を隠しもしないキャスター。

レベルが上がり切っていないのと、クラス相性諸々のせいもあるだろうが、なんとなくいつもワイバーンに追いかけまわされてボコボコにされているイメージしかない。サポート特化の人員の不足のため、引き回されていつも酷い目に遭っているのだ。
常に配置は後方で、決して果敢に敵に突っ込んでいくタイプでもない。なのに姿が見当たらない。不審に思って急いで周囲を探すと少し離れたところで膝をついていた。だが様子がおかしい。
「大丈夫か!?」
急いで駆け寄る。周囲に大量の血が飛び散っている。
「怪我は!?」
顔を上げるどころか反応もない。血塗れだ。まず急いで怪我の状態を検めなければ。彼の体に手をかけようとしたが。
「やめときな。」
いつの間にか近くに来ていたケルトの英雄が私の腕を掴んでくる。
「何を言っているんだ。こんなに血が。」
苛立ちながら手を振り払い、その赤い瞳を睨みつける。だがケルトの英霊は私の視線を飄々と受け流して、気楽な感じで告げてくる。
「返り血だよ。返り血。怪我はしてねーからまずはお前さんが落ち着け。そんで、このまま少し休ませてやんな。こっから急いで動かすんなら洗面器でも持ってきてやれ。洗面器。」
蹲るように膝をついて目を閉じているキャスターの顔を覗き込むと、蒼白な顔色で口許を押さえている。意識はあるようだ。ややあって、目をぎゅっと閉じたたまま、大丈夫だというように片手を上げてくる。見る限り大丈夫そうな要素は一つもないのだが。
「戦闘の途中からずっとこんな有様だったぜ。」
「見ていたのか?何があったんだ?」
「・・・分かんだろ?」
「何が!」
「ま、あれだ。エネミーとの相性が悪かったってやつだ。」
「今のエネミーはワイバーンじゃなかっただろうが。」
「ホントに分かんねーのかよ。」
ケルトの英霊は、呆れたように告げてくる。

埒の明かない問答に苛立ち、怒鳴りつけてやろうと口を開いたが。常ならぬ苛烈な視線に気付いて口をつぐむ。
私を睨む瞳はいつもの気楽なランサーの瞳ではなくなっていた。戦場を駆けるケルトの戦士の眼。一線を踏み越えた者特有の底知れぬ死を孕んだ眼差し。
細められた赤い瞳に何となく気圧されてつい黙り込む私に向かって盛大にため息をついた。そしてどこか憐れむように言ってくる。

「お前、骨の髄まで英霊ってやつになっちまったんだな。」

そのまま私から視線を外して、しゃがみ込んで動けないキャスターに気楽に声をかける。
「お前さんは悪くない。恥じるこたぁねぇ。最初は誰だって大概はそうなるさ。」
キャスターの眼が薄く開く。ケルトの槍兵を見上げるグリーンの瞳はいつもとは違う底知れない悲壮な色をしている。その肩をぽんぽんと軽く叩く。

「お前さんは、まだ人間ってやつなんだから。」

訳が分からない。
憮然とランサーを睨むが、するりと私の視線を躱し、そのまま歩き出す。
「マスターん所行ってくるわ。簡単に説明しとくからこっちは任せた。」

なんなんだ。全く。
というか困る。未だ動けないらしいキャスターをどう扱ったら良いのか分からない。
任せられても困るのだ。事情を察しているのなら、ついでにきっちり彼の面倒を引き受けるのが筋というものではないだろうか。


洗面器?洗面器ってなんだ?まさか嘔吐か?本当に?
エネミーとの相性?どういう事だ?

クラス相性は等倍。特に問題ない。
人型エネミーであった。だが同じタイプの人型エネミーとの戦闘は今までにも何度も行っている。
その時は特に問題はなかったし彼自身がとどめをさしたことも何度もある。確かに愉快ではなさそうだったが、こんな反応をしたことはなかった。
第一そんな可愛げのあるタイプではないだろうが。確かに器は人間だろうがね。人でなしの代名詞である魔術師、それも時計塔のロード様だ。いまさらそれはないだろう。


人間の形をしたエネミーに対する反応は大体二つのスタンスに分かれる。
抵抗があって罪悪感や苦痛などを感じるタイプと全く抵抗がなくむしろ楽しむようなタイプ。

抵抗があるタイプであっても、洗面器が必要になるのは最初のうちだけだ。そのうちに慣れて何も感じなくなるなり、割り切るなり、落ち着くところに落ち着くものだ。
英霊となって召喚に応じるという時点で戦いは納得しているという事だし、色々な葛藤だの何だのは既に済ませているものだ。例外はマシュ嬢くらいのものだろう。だからこそ過保護と言われようと彼女の事をついつい気にかけてしまうのだが。

戦闘狂などはバトルそのものを楽しむのが主目的であり、相手を殺す事はそれに付随する結果として当然のものとして受け入れているし、古代人系の英霊は戦場を知る者が多い。下手をすると生よりも死の方が身近なんじゃないかというレベルのものもいるくらいだ。
ある程度は尊厳を配慮しながら扱うべき日常の一部とでも言っておこうか。
殺人そのものを楽しむタイプのものもいる。そちらについては語るべき事はないだろう。マスターの前で行儀の悪い真似はさせぬよう監視は欠かさないようにしている。

だがマシュ嬢は別だ。なんというのか、危ういのだ。
人間にとって、「殺人」と「殺害」との間には越えられない明確な一線があるものだ。
極論でいえば、動物をいくら殺したって別に罪悪感なぞ感じないが、人間を一人殺した事を生涯悔いる事だってある。
だが、かの盾の乙女はその境界が曖昧なように思う。
生物を殺害することに対する忌避感はある。人間に対しては特に強く忌避する傾向はちゃんとある。だが、何かボタンを掛け違っているような違和感が拭えないのだ。大前提が欠けたまま、不安定に経験を積み重ねているような。
だから、戦闘の度に、辛そうな様子はないか、思い悩む様子はないか、つい気にかけてしまう。相手が人型のエネミーだった時は特に。


ついでに戦列に加わって日の浅いこのキャスターの様子も簡単には見ていたつもりだったが。
面の皮の厚さについては折り紙付き。精神的に変調をきたした事なぞ今まで一度もない。安定感も半端なく、それこそ貴重な「放置しておいても問題ない枠」の一員ですらあったのだ。一体全体どうしたというのか。

いまだに体調の整わないキャスターを見下ろして思案することしばし。
とりあえず、血塗れのままにしておくのもどうかと思ったので、声を掛けてみる。
「大丈夫かね?少し戻ったところに川があったろう。あそこまで移動できそうか?」
無言で立ち上がろうとするキャスター。ふらつく体を支えてやる。体が細かく震えているのに気づいたが、口に出す程無粋ではない。気づかぬふりをしてそのまま歩きだす。
キャスターはやっと
「すまない」
とだけ言い、それきり黙ってしまった。


川のほとりで彼を下ろす。疑似サーヴァントである彼は霊体化できない。他の英霊のように汚れたからといって霊体化からの再実体化で横着するということが出来ないのだ。さぞ不便な事だろう。
事情を聞きたいところではあるが、この様子では無理だろうな。

一体どうしたというのか。あのケルトの狗の訳知り風なドヤ顔が目蓋の裏に浮かんできてイライラする。
私が骨の髄まで英霊?英霊以外の何物でもなかろう。それを言うなら貴様もだろうが!それで?何か問題でもあるのかね?問題があるというのなら言ってみたまえ。完膚なきまでに論破してくれよう。


大体。私には骨も髄も無いだよ。この体は無数の剣。
それ以外の何物でもないのだから。


燃え盛る炎。無数の歯車。無限の荒野。突き立つ無数の剣。荒涼たる心象風景。
錬鉄の英霊。剣製の英霊。剣で出来た体。伽藍洞の心。

誰かを救った。引き替えに何かを失った。人を救った。引き替えに心を喪った。
一人救うたびに一人殺す。一人殺す度に一人助かる。
多くの命を救うために、多くの人を、人間を殺した。

命を奪う度に無限の荒野に剣を突き立てた。
自らの心象風景、伽藍洞の荒野に、自ら深々と剣を突き立てる。

一振り突き立てる毎に喪った。一刺し毎にすり減った。
人と呼べる心などとっくの昔にすり切れた。なにもかも忘れてしまった。
無限の荒野に突き刺さる無数の剣。残されたものは炎に焦がされし剣の世界。
まるで墓地のようだ。自分自身を埋めた墓地。


自分自身で切望し、自らの存在全てと引き換えにしてまで求めたもの。
万人を救いたいと望んでいた筈が、いつの間にかこんな風景に辿り着いてしまったよ。真っすぐに進んだつもりだったのだがね。
いつの間にかコースアウトしたのだろうか。それとも最初から道を外れていたのだろうか。ここを目指して歩き出した訳じゃなかった気がするのだがね。それすら忘れてしまったよ。

殺戮、殺戮、殲滅。最初はどういう気持ちだったろう。はじめて人に剣を突き立てた瞬間。命に剣を突き立てた瞬間。私も洗面器を必用としたろうか。もう思い出せない。永い、永い時を超えてきたのだから。そう、永い時を。


そういえば。あのキャスターは遠い遠い昔の知り合いなのだ。
私が人間だったころに、知人と呼べる程度には縁があった。
私の方には、はっきりとした記憶が残っている訳ではない、だが新規サーヴァントのプロフィールには一通り目を通す事にはしているし、彼は人間の世界ではそこそこ有名人だったのだから。
彼の方はしっかりとした記憶があるようだ。遠慮がちに遠回しに尋ねられたが堂々と白を切ったらそのまま引き下がった。私はあの頃からあまりに変わり果てていたからね。少なくとも、違うと真っ向から本人に否定されれば引き下がらざるを得ない程度には。


背後からキャスターの足音が近付いてくる。
「多少は落ち着いたかね?」
川で返り血を洗い流したため、びしょ濡れになった彼の為にタオルと衣類を投影して渡す。
「すまない。世話を、かけた。」
これはもう駄目そうだな。周回ならばさっさと帰還させるところだが。今回はそうではないのだ。拠点を設置しない事にはどうにもならない。
「サークルを設置するまでは帰還は無理だ。頑張れそうか?」
「問題ない、気遣い感謝する。少々休めば大丈夫だ。時間をとらせてしまって申し訳ない。」
淀みなく答えてくる。声だけ聞いたのならばすっかり騙されそうな落ち着いた声色だが、顔色は蒼白、唇や爪の先はもはや青白いくらい。見るからに無理そうだ。全力でダメそうだ。

「そういう強がりは戦場では命に関わる。それも自分のではなく味方の命にな。無理なら正直に言いたまえ。別に構わんよ。」
「私は!まだ戦える!これくらい大した事ない。何でもないんだ。ちゃんと戦力になれるとも。」
「一体どうしたんだね?あなたらしくもない。」
「・・・」
これはもう本格的にダメそうだ。少し早いが野営の準備に入った方が良かろう。そうマスターに進言しよう。


とりあえず焚き火をおこしてキャスターに温まるよう言い置いて、訳知り顔のケルトの英霊を探す。
すると、なんと巨大なイノシシを担いで来るではないか。
「何をしているんだ貴様!」
「あ?どーせ野営するんだろ?晩メシだ。晩メシ。あの状態から立て直すにゃ多分一晩くらいはかかるだろ。マスターにはもう言ってある。焚き火の煙が見えるって事はそっちもそのつもりだったんだろ?」
「まあそうだが。しかし、一晩でどうにかなるのかね?というか彼は一体どうしたんだ?確認できるような状態でもないし。貴様は判っているんなら勿体ぶらずに説明をしろ!説明を!」
ケルトの英雄は面倒臭そうな様子を隠しもしない。そしてぽつりと言った

「お前、もう、そういうの本当に分からないんだな。」

さすがにイライラが募る
「だから!何だと言うんだね!さっきから!」
「やっこさんはまだ人間だって事だよ。」
「だから!!!」
「あーうるせぇな。」
むこうもイライラが募っているようだ。なかなか気が合うじゃないか。嬉しくも有難くも無いがね。

「お前さんは弓兵のくせに白兵戦を好む。向き不向きもあんだろうけどよ。お前はもう、そういうのには抵抗が無いんだろうなってのは判る。」
「人間を殺す事に関してか?そういう話なのか?」
「弓ってのは遠くから射かけるだろ。射る感覚はあれど、その手に肉を貫く感触が伝わる事は無い。」
「ああ。それが?」
「剣だの槍だのは相手の肉を裂き、骨を断つ感触がダイレクトに伝わる。」
「そのくらい説明されるまでもないとも。そういう事ならば、彼はキャスターだ。攻撃方法は魔弾だの炎、ビームだろう。弓と大差無かろうが。大体にして、彼が人の形をしているエネミーとの戦闘を行うのはこれが初めてじゃない。今更それが何だと言うんだ」

ケルトの槍兵は盛大なため息をつく。
「今回の戦闘は混戦だった。ま、後衛に居ようがキャスターだろうが、敵が飛び掛かってくるってのはよくある話だ。たまたま敵が背後から奴さんに襲い掛かった。で、たまたま手近に剣が落ちていた。咄嗟にそれを掴んで迎え撃った。まあ迎え撃つっつーよりも、敵の居る方に剣を向けて突っ立ってたって言った方が正しいが。」
「それで?」

何度目かもう分からない、わざとらしいため息。
「単純な話だよ。あのキャスターが、自分の手で武器を持って人間を貫いたのは、これが初めてだった。ただそれだけだ。」
赤い瞳が憐れむように私を見る。
「お前さんは、残念な事に、もうそういうのは完全に分からなくなっちまった。つまりは英霊の尺度でしかモノを見れなくなってるってこった。」
「それは、そうかもしれないが。彼だって・・・」
「あのキャスターの餓鬼はそもそもが人間だろ?非力で無力な人間如きが戦闘で武名を馳せた英霊様達と肩を並べようと相当無理をしてる訳だ。しかも自己評価が相当低くて卑屈ときている。その上ここんとこずっとワイバーンにボコられまくっていいとこなしだ。相当凹んでるところで今回のこれだ。初陣で吐くのは別に恥じゃない。だがな。そもそもそういう常識で生きてきていないひよっこだ。弱みを見せたりして使い物にならないと判断されちゃ、即刻切り捨てられるんじゃないかって怯えてるって訳だ。」
「何を根拠にそんな事を。彼とて自分のスキルが有用だからこそ、育成も中途半端なのに駆り出されてる事は判っているだろうさ。それにクラス相性についての知識だって。」
「あーもう。うるっせーな。何も判りゃしねぇ小僧は黙ってろ!」
むこうも苛立ちを隠す気はなくなったようだ。
「魂の底の砂場にちまちま待ち針刺してる間に心も尺度もどっかに落として来やがって。自分を無くして、それで何が面白えのかよテメェはよ!!」
「何だと!?」
「俺から見りゃ、アレもお前も似たようなもんだ。ただの人間ごときがキャンキャンうるせーよ!」
「さっきから人間だの人間じゃないのと、いい加減を言うな」
「お前、見てるようで見て無えよな。盾の嬢ちゃんの事は思いやってやる割には野郎には興味なしかよ」
「喧嘩を売っているのなら、喜んで受けようじゃないか」
「アレは見た目通りの年数しか生きていない。まだまだ餓鬼だ。俺らとは違うんだからそのつもりで扱えって事だ。別に見縊れって言ってんじゃねえ。過保護にしろって訳でもねえ。一丁前の大人として頭数にはちゃんと入ってる。だがな。アレは英霊じゃ無いんだ。たかが人間なんだ。過不足無く扱えって事だ。だが、お前さんはもう人間としての生き方を奇麗さっぱり忘れちまっているようだ。その上人間の扱いも忘れたってんなら、アレはこっちに任せとけ。」

そう言い捨てて、イノシシを担いだまま焚火の方へ歩き出した。
「肉だ、肉。今夜は肉をたらふく食うぞ。腹いっぱいな。やっこさんが今夜、肉を食えなかったなら、明日は見学だ。誰がどう言おうが俺が許さねえ。けどな。腹いっぱいとまではいかなくたって、一口でも夕飯に肉を食えたのなら、大丈夫だ。明日も戦場に立つ事を許す。」
正論なのかいまいち分からない。昔から伝わるケルトの流儀だと言われればそのような気もするが、あの狗の独自ルールなのかもしれない。
どちらにせよ、料理をするのはこの私なんだろうがね!


広大な炎の荒野。無限に広がる剣の墓標。
あのキャスターは、今日はじめて自分の中に最初の一太刀を突き立てたのだろうか。

あれだけの戦闘を重ねておいて、今更?
剣と魔弾。相手の命を奪うという結末に違いなどないのに。

私にはもう分からない。彼が今どういう気持ちなのか想像できない。
あまりにも人間を殺し過ぎた。磨り減って、磨り減って、何も残らなくなるまで。
永い永い間。ただ殺した。殺して殺して殺し尽くした。
ひたすら剣を突き立て続けた荒野、もう今更、痛みなど感じはしない。
ただ、誰もを救いたかっただけだったのにな。
もう分からなくなってしまったよ。どこに向かいたかったのか。

あのケルトの英雄には何が見えているのだろう。
憐れむような眼差しで見られているなど平素ならばそんな侮辱は許しはしないというのに。苛立つというよりたじろいでしまうのは何故だろう。


キャスターの許に戻る。彼は膝を抱えて小さくなって、焚き火の炎を眺めていた。
ぞっとするような異様な光を帯びた瞳。なんとなく別人のように頼りなく見える。

尊大な態度を装って、渋面を滅多に崩さない強面教師。堪忍袋の尾が結構短くいつも生徒に翻弄されて怒鳴り散らしていたっけ。意外とすぐ手が出る。何なら足も出る。だが当時まだ大人になりきれない年齢だった自分から見れば年上の大人だった。
魔術師としての才能に恵まれず、魔術の腕前にコンプレックスをこじらせていた。
彼がその生を終えた時にどこまで辿り着けていたのかは知らず終いだ。なにしろ人としての生を終えたのは私の方が早かったのだから。

今ここに居る彼は何歳くらいなのだろう。私が彼の属する学び舎に居たのはごく短い期間に過ぎなかったが。その時よりは年上なのだろう。何せ私の存在を記憶していたのだからね。
他人にも厳しいがそれ以上に自分に厳しかった。何でも見通す鑑識眼。本質を暴き立てるその眼差しで、常に周囲を威嚇し、膨大な知識で武装して。実力に見合わぬくらいの高みにある舞台の上にどうにか踏み止まっていた。弱者の身でありながら強者に挑み、決して他人に屈しなかった。

私は盾の乙女の心配する時やマスターを見る時は、安否を確認し、無事かどうかを確認していたけれど。彼の様子を見る時は、大丈夫な事を確認するのに留まっていたのかもしれないな。私が人間として、生徒として彼と会っていた頃の印象が抜け切れていなかったのかも知れない。

魔術師にはありえない位まっとうな人柄。だが、綺麗事だけでは生きられないという事を良く知ってもいた。腹も座っていた。覚悟も出来ていた。
自分で手を下した事こそないけれど、間接的にとはいえ人を殺してしまった事はあると言っていたような気がする。最初に殺めてしまったのは己の師だったとも。

だが。何故戦場に執着するのだろう。
前提として、彼のスキルを鑑みるに、今後もずっと戦場から戦場へと連れまわされるのは最早逃れられないだろうが。
彼は貴重な現代人の魔術師だ。それも機械に強く、魔術の知識量は簡単な図書館レベル。カルデア内のさまざまな業務においても引っ張りだこの活躍ぶりなのだ。別に内勤でも良いのでは?
極論を言ってしまうと、マスターと違って唯一無二という訳でもないのだから、無理をせずとも良いのではないかとも思う。

どこからどう見ても荒事向きのタイプじゃないし、戦闘を楽しむようには多分一生ならないだろう。どう考えても向いてないと思うのだ。図書室あたりで置物の一つにでもなっているのが相応しかろうに。
まあ、今これを言うとさらに追いつめる事になるだろうから言わないが。

やがてキャスターは膝を抱えて座り込んだまま、うつむいて顔を腕にうずめてしまった。


日が暮れて周囲に闇が落ちた。
マスター達と合流し、キャンプの準備を終えて焚き火でイノシシの肉を炙る。
良い匂いがしている。ケルトの狗めは引くくらいの勢いでうまいうまいと頬張っているし、マスターも旺盛な食欲を見せる。盾の乙女も串を両手に持っている。
だが案の定、キャスターは少し離れた場所に座り込んでこちらに来ようとしない。
さすがに、あの有様では食事は無理だろう。しかも、よりによって肉だ。

やがてマスターと盾の乙女の食欲が満たされると、ランサーは二人になにごとかささやく。二人は素直に頷いて下がって行った。少し早めに就寝するようだ。
それを見届けると、ランサーは片手に串を持ってキャスターに近付いて行く。
ビクッと体を強張らせるキャスターの様子を気にも留めずに横にどっかり腰かけた。
そのまま片手で頬杖をつき、ずいっと鼻先に串を突き付けた。
「食え」
虚をつかれたような顔をするキャスター。だがランサーの勢いに押されてそのまま肉の刺さった串を受け取る。
頼りない瞳でランサーの顔と私の顔を見比べる。だが、何かを察したようだ。
ランサーの挑むような揶揄うような獰猛な赤い瞳をまっすぐに睨み返して、自棄のように荒々しく肉にかぶりつく。そのまま勢い良く咀嚼するが、どうにも飲み込めない。
無理やりのどに落とし込もうとしたものの、果たせなかった。口許を押さえ、背後の闇へとよろよろと消えてゆく。
やがて苦し気に咳き込む音が聞こえてきた。

いくら何でもあれはないだろう。さすがに見かねて声を荒げてしまう。
「おい!」
ランサーは咎めるような私の声を聞き流し、笑みを浮かべて小さな声で言う。
「ま、上出来か。」

戻って来たキャスターは、打ちのめされているかと思いきや、険のある目つきで私達を睨みつけてくる。多分これは私も共謀していると誤解されたな。心外だ。
「馬鹿に、するな!」
さらに何かを言いつのろうとする彼に、ランサーは気楽に歩み寄った。
そしていきなり肩を組んでそのまま腰かける。キャスターもつられて転ぶような感じで腰かけさせられる。

「悪くねぇ。お前さんにしちゃよく頑張った。及第点だ。」
「何、を・・・うわっ、ちょっ」
ランサーが空いている方の手でキャスターの頭をかなりの勢いでめちゃくちゃにかき回す。あまりの勢いにキャスターは次の句を継げない。というか軽く目を回している。吐いた直後だろうに。気の毒な事だ。
物理的にキャスターを黙らせてから、肩を組んだまま続ける。
「いいか、人間。テメェがここに居るのなんざタダの奇跡だ。決してテメェ自身は英霊じゃ無え。己の座を持つ訳じゃ無え。ここで経験した事を刻むべき場所はテメェには無えんだ。だから、ここでどれほど鍛錬をしようが。どんな訓練をしようが泡沫に消えてしまうかもしれない。経験として持っていけるとは限らねえ。いいや、テメェ自身もう生を失っていて、この戦いが終わったらそのまま生者の世界へは戻れずにあの世に向けて一直線って可能性だってある。」
「・・・分かっている」
「だが、それでも戦うのか?向いてねえって自覚もあんだろ?」
「分かっている!戦力として充分な成果をあげられていないというのは認めるが!もう一度だけチャンスをくれ。今度こそ結果を出してみせるとも!私だって役に立てる。立ってみせる。・・・だから。」
「そういうんじゃねえよ」
「ちょっ・・・やめ・・・」
また頭をぐしゃぐしゃにかき回し、物理で黙らせる。さっきより強い。
色々と可哀想なので、そのくらいで勘弁してやってくれたまえ。私とて今さらここで洗面器を投影したくなどない。
物理的に思考を吹っ飛ばされ、めちゃくちゃに振り回されてぜえぜえと息を切らすキャスター。肩を組んだ状態から脱出しようと試みるが、ランサーは、にやにや笑って逃がさない。
「いいか?人間。テメェは英霊じゃねえ。それどころか戦場に立った経験すらねえ。兵士としちゃ一番下っ端の新米だ。一兵卒がいきなり将と肩を並べられるとでも思い上がってんなら、その頭そこの川に突っ込んで冷やして来い。俺らは戦場に生きた英雄だ。人間如きが神々と人間が褥を共にしていた時代に生きた半神と同列になろうなんざ、思い上がりも甚だしい。いまさらどう頑張ったってテメェはそうは成れねえよ。」
キャスターは唇を噛み締めて下を向いてしまった。何か言おうとしているが、その前に言葉を続ける。
「卑下すんな。その瞳は飾りか?テメェは人間にしちゃ良くやってる方だ。意地も張れる。だからな、過不足なく己を見ろ。やるべきことは何だ?
テメェはサポート役だ。だが戦果を焦るあまり前に出すぎだ。それ以前にテメェの戦果なんざ誰も求めてねえよ。お前さんの役割は俺らが気持ちよく戦えるようにお膳立てする事だろうが。」
キャスターはまた何かを言おうとしたようだ。だがランサーは組んでいた肩を外し今度は容赦なく背中をバンバン叩く。可哀想に。むせてしまって二の句が継げない。
「いいか、よく聞きな。まず間合いが良くない。お前さんは敵を寄せすぎだ。キャスターなんだから近寄られちゃ不利なだけ。自分じゃ気付いてねえだろうが、アレは敵の間合いだ。」
「・・・どういう事だ?」
「敵はお前さんを殺ろうとする。得手の必殺の間合いまで近づいて来て、立ち止まりお前さん目掛けて獲物を振りかぶる。敵が止まるのを待ってたんじゃ遅いって言ってんだよ。自分に向かって接近してきてる敵を撃つ。動いてる的を撃つんだ。接近されそうになったら離れろ。それがキャスターの戦い方だ。無意識のうちに敵が近くまで来て止まるのを待つ癖がついている。悪い癖だから今すぐなおせ。確かに俺らはそのあたりの距離で戦うがな。それは俺らの獲物が剣や槍だからそうしている訳で、お前さんが真似したって痛い目見るだけでメリットは何も無え。基礎からしてなっちゃいねえ。今度キャスターの俺と一緒に出してもらえ。そんで色々訊きな。悪い事は言わねえ。学ぶんなら同じクラスの奴の姿から学べ。」
そう言いながら、地面に小石を置いて円で囲む。
「いいか?お前さんは、この範囲まで敵を寄せちまう。だから反撃を食らうし、撃ってすぐに下がんなきゃならねえしで余裕がねえ。寄せて良いのはここまでだ。敵を撃つならこの距離より遠くにいるうちに狙え。距離を掴みかねるってんならもう割り切って敵が寄って来てるときは撃つ。敵が止まったらすかさず逃げるくらいの勢いで構わねえ。味方サーヴァントが一騎落ちる位なら、例え逃げに徹していたとしても、動ける状態でその場に居る方が百倍マシだ。」
そう言って円を書き足す。静観に徹するつもりが、つい、私も口を挟んでしまった。
「あれか。シューティングゲームみたいな要領か。」
弾かれたように顔を上げるキャスターをあえて無視する。
「つーかそれ以前に敵なんて見てるんじゃねえよ。お前さんが見るべきは味方の動きだ。常に戦場の全体を俯瞰して見ろ。軍師の役目は味方を駒として捉え、効率良く動かし、戦闘の流れを最適化する事だ。弱っちい豆鉄砲打って魔力を浪費するくらいなら、がっちり溜め込んでおいて、ここぞという要所要所のタイミングで味方にくれてやんな。自分で撃つよりその方が効率的だ。そんで、いよいよ手が余った時に敵を撃つくらいで丁度だ。」

強面の名物教授が、適当を絵にかいたような脳筋の代名詞のケルトの狗めの講釈を真剣そのもので受けている姿は私からすると非常にシュールに映る。などと考えていると、いきなりランサーがこちらを振り返る。心の声を口にしてしまっていたかと思ったが、そうではないらしい。いきなり変な事を言い出す。

「ド派手なアロハシャツ投影しろ。あと、そうだな。ハーフパンツもだ。サンダルは勘弁してやる」
「は?」
「さっさとしろよ。さっさと。」
何となく、言うとおりにしてしまった。キャスターの方も展開に置いてかれている。
「明日はこれ来て戦場に出ろ」
「え???」
さすがのキャスターも今までの真面目な流れからのアロハに混乱しているようだ。
「いいから。実際に出て見りゃわかる。」
無理やり押し付けてしまった。
「あと、これを持っていけ。お守りだ。」
今度は丸い石を渡す。貴石でも何でもない、そのへんの川から拾ったような黒っぽい石ころだ。なめらかで楕円形をしている。だが良く見るとルーンが刻まれている。
「・・・おい、少し、大きさがおかしくないか?」
思わず突っ込んでしまった。私の拳より少し大きいくらいのサイズがあるのだ。持ち歩くには重いし大きいし、邪魔だろう。
あまり詳しい訳ではないが。通常のルーンストーンというのはコインと同じ位のサイズかそれより小さいものが多いように思う。どう見てもこれはルーンストーンのサイズではない。
キャスターは困惑しながらも素直に受け取る。丁度、片手で握りやすいくらいのサイズ感だ。
「霊験あらたかな、ケルトの大英雄様が手ずから刻んだルーン石だ。戦いのお守りだ。お前さんを守ってくれる。使い方を教えてやる。」
「使い方?」
特殊な礼装なのだろうか。

「明日一日。戦場に出る時は常に左手に持ってな。そんで、敵に肉薄されたら」
「肉薄されたら?」
「右手も添えて両手持ちする。で、ソイツで思いっきり額をカチ割ってやんな。」

ぽかんとするキャスター。さすがに笑いだすまではいかなかったが、悲壮な感じはすっかり抜けているようにも見える。


翌日、マスターに爆笑されながら憮然としてアロハシャツ姿で立つキャスター。
彼が肌を晒している姿はあまり見ない。違和感がすごい。
言い出しっぺのランサーも笑ってる。つい胡乱な目で睨んでしまった。だが悪びれる様子は無い。

「ああやって肌を出してるとな、風や空気を皮膚で感じられる。だから周囲の動きや流れを掴みやすい。あと、スース―して心許ないから心理的に抵抗があって、敵に接近しづらい。無意識に敵から距離を取るようになる。スーツなんざ、防具としての役には立たないが、あるのとないのとでは安心感が違うんだぜ。俺らくらい慣れちまってりゃパンツ一丁だろうが躊躇無く戦えるけどな。あのキャスターにゃ効果覿面だろうさ。」
「だが、何故アロハなんだ。私も投影しておいて何なんだが。」
「この戦闘は正念場だ。ここでビビっちまったら、色々と折れちまって下手すりゃもう戦場には立てないってこともあり得る。踏ん張り所だ。本来ならあの手のタイプだと翌日ってのはちょいと早すぎる。だが、余分な時間もねえ。馬鹿々々しい事だって何だって良い。多少気を散らしてやった方が楽になる。あとはまあ、最悪に最悪が重なったとしても、昨日の今日でまた剣を使うような事態には成らねえようにルーンを刻んだ鈍器も渡してある。最後はアイツ次第だ。」
「鈍器」
「ルーンの加護は本物だ。アイツの身を護るだろうさ」
「それであのサイズか・・・」
「ここまで過保護にやってやったんだ。それにアイツなら多分大丈夫だろ。きちんと弁えるべき部分は弁えてる。頭も切れるし理解も早い。ただ自分自身の姿を見失ってただけの事だ。自分の本来の姿を取り戻しさえすりゃ要点掴むのも早いだろうさ。」
ケルトの英雄は、こちらをちらりと見て「誰かさんと違ってな」と呟いてマスターの方に行ってしまった。


赤い荒野。歯車の回る音が聞こえる。

無数の剣。自分自身の墓標。炎の燃え盛る荒野。
剣と成り果てた存在の荒廃した心象風景。

命無き丘に一人立ち尽くす存在。
人の姿をした剣。己を無くした人を超えたモノ。


私はキャスターを見誤っていたようだ。私の眼は目の前にいる虚勢を張る人間を見ず、記憶の中の不敵で恐れを見せない強面の教授の姿を映していたらしい。
もしかすると、あのケルトの英雄の眼には、まだ英霊と成り果てる前の未熟な粗忽者の姿が残っているのだろうか。

私は守護者。錬鉄の英霊。

この体は無数の剣。
心象風景は剣戴の極致。

既に心は朽ち果てたのだから。

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  • May 23, 2020
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