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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
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映画「セーラー服と機関銃」(1981)「探偵物語」(1983)について

 まだ若かったころ、「セーラー服と機関銃」についての文章を書いたことがある。当時勤めていた所沢高校の「紀要」に載せてもらったものだが、伝統のある学校ではそのころ、教員間で「(研究)紀要」なるものを毎年発行しているところもあったのだ。真面目な研究論文などが並ぶ中に、こんな軽薄な文章を紛れ込ませてもらえたのはいまから思うと驚きだが、せっかく残っているものなので、このまま埋もれさせてしまうのも惜しい気がして、この機会にここに再録してしまうことにした。文章の末尾に(83.10.2)という日付がつけてあるので、これは所沢高校に転任してまだ間もないころ、わたしが36歳の時に書いた文章ということになる。

「ひろ子の赤い靴」

 薬師丸ひろ子は「セーラー服と機関銃」(監督・相米慎二)のラストシーンで赤い靴を履いた。あの赤い靴が忘れられない。
 その時、彼女は紺のセーラー服に赤いハイヒールといういで立ちで新宿三丁目の伊勢丹前の舗道を歩き、地下鉄の通気孔の上で、まるで「七年目の浮気」のマリリン・モンローのように、セーラー服のスカートを風にふくらませながら、周囲の見知らぬ他人たちを機関銃で撃ち続ける真似をしたのだ。彼女はその少し前に、死んでしまった元ヤクザの渡瀬恒彦に別れの口づけをして警察の死体置場を出て来たのであり、その際の自身の行為をみずからの内に確認するように「生まれて初めての口づけを中年のオジンにあげてしまいました。ワタクシ、オロカな女になりそうです。マルッ」という言葉を画面外から呟き、本当に画面の右下に赤い句点が打たれて映画は終わりになったのであった。
 言うまでもなく、セーラー服に赤い靴というのは取り合わせとしてきわめてアンバランスな印象を与えるもので、それまで一貫して彼女は、セーラー服の時はありふれたごく野暮ったい黒い靴を履いていたことを考え併せれば、あの赤い靴は、実に意図的に「わたしはそれを履きたいのだ」という彼女自身の内なる声によって選び取られたものであったと言えるだろう。
 ファンにとって薬師丸ひろ子という“現象”は、映画を通じて、少女であった彼女が次第に大人になって行く過程を逐一確認して行くという意味を持っていたと思う。とすれば、あの赤い靴は、彼女にとって初めての、ただ一度の赤い靴という意味を持っていたはずである。そういえば彼女は、父の(勿論、物語の中の)死の後で、火葬場からの帰りに、やはりセーラー服姿で初めての赤い口紅をつけていたが、あれも全く同じ意味であったと考えられる。
 「セーラー服と機関銃」という映画は、それまでセーラー服に黒い靴のただの少女にすぎなかったひろ子が、幾つかの初めての体験を通じて、次第にそのセーラー服と黒い靴を脱ぎ捨てて行く過程を綴った映画であった。父の死→赤い口紅、ファースト・キッス→赤い靴、と書いてしまえば図式的にすぎるが、そのイメージがやはりきわめて印象的だったのは、薬師丸ひろ子という存在感がそれだけ大きかったということなのだろう。また忘れてならないのは、ファースト・キッスも赤い靴も、彼女にとっては非常に意志的な行為であったことを明らかにする「…ワタクシ、オロカな女になりそうです。マルッ」という自己批評の声であり、あの声の故に、ファンは大人になって行く彼女の人生全体までが、彼女自身の意志においてこの先確実に選び取られて行くだろうと予測することができたのである。
 現実世界の大半のツッパリ少女が紺の制服につける赤い口紅や赤い靴(ピアスや髪飾りや安全ピンやブレスレットや…)とひろ子の赤い靴が決定的に違っていたのは、この自身の行為に対する自己批評の有無であり、だからこそファンは、若干の危惧はあるにせよ、彼女の赤い靴を大人になって行く少女がその過程でただ一度だけ履くことのできる象徴の赤い靴として、純粋に網膜にとどめることができたのである。
 赤い口紅は、恐らく「こんなことはオロカなことだ」という反省の下に彼女の手で乱暴に拭き取られてしまったが、赤い靴の方は履かれたままで、見知らぬ他人たちの渦の中に出て行ったのだ。オロカな女になってしまうかもしれないと認識しながら赤いハイヒールを履くことのできる少女の未来は、恐らく期待していい。「セーラー服と機関銃」はそういう映画だった。

 一年余の大学受験休業を挟んで再登場したひろ子は、再び赤い靴を履いた。「探偵物語」(監督・根岸吉太郎)である。
 しかし、一人のファンとして言わせてもらえるならば、ひろ子は二度と赤い靴を履くべきではなかった。薬師丸ひろ子が先に述べたような意味での“現象”である限り、例えばファースト・キッスを済ませてしまったひろ子が次によりディープなキッスを要求されるのは必然であり(事実「探偵物語」のラストで、彼女は松田優作とかなりセンセーショナルにそれをやってのけた)、そうであればあるほど、「あの時」の赤い靴は、ただ一回限りの赤い靴としてその象徴性を高めて行くことになるはずであった。これは相米慎二の仕掛けた罠だったのだろうか。
 実際「探偵物語」の中で、ひろ子は非常に不幸な状況下で赤い靴を履かされてしまった。今回の赤い靴は映画の中頃で、サエない探偵の松田優作が元女房の秋川リサと“焼けぼっくりに火”といった感じでセックスするのを立ち聞きしてしまった彼女が、ショックな気分で夜の街(渋谷の道玄坂のあたりだと思う)をさまよい歩く場面で履かれた。大学生になった彼女はもうセーラー服ではなく、少しタイトな白っぽいワンピースにポシェットか何かをぶら下げていたと思う。
 この時、彼女の履く赤い靴は、明らかに見知らぬ他人の男たちに対するかなり露骨な誘い掛けの意味を持たされており、事実彼女はこの時、行きずりの中年男とあろうことか簡単に連れ込みホテルにしけ込んで見せるのだ。ここには「あの時」の、爽快とも言うべき自己批評は片鱗もない。あるのはただの愚かな女子大生だけだ。(事件の謎を解く鍵が、仮にそのホテルにあったとしても、だ。)
 勿論、ひろ子はもう子供ではないのだから、ホテルにしけ込もうが何をしようがかまわないのだけれど、赤い靴の方はそれではやはり困るのだ。彼女が赤い靴を履く時(それでなくとも、赤い靴なんてそう年中履けるものではない)、その映像的な鮮やかさの故に、見る者はどうしても「あの時」の赤い靴を思い出してしまい、あの時のひろ子の(恐らく)一回限りの震えるような高揚を思ってしまうのだ。そのような赤い靴が、何の自己批評もなく男を引っかける小道具としての役割を持たされ、その後も無神経に履き続けられたのではたまったものではない。
 ついでに言えば、この時の中年男とひろ子が、寝たのか寝なかったのか不明確にしたままでラスト間際まで引っ張って行く根岸吉太郎の演出は、(どう考えたって寝るわけはないのだけれど)やはりフェアとは言えないと思う。彼女が“二度目の”赤い靴を履いた時点で、これはファンにとってただ事ではないのだから、その後ハラハラさせるだけさせておいて不意にカットが飛んでしまっては、後で彼女自身の口からいくら何もなかったと言われても、(ファンだから彼女の言葉は信じるけれど)納得はできないのだ。

 ともあれ、薬師丸ひろ子が赤い靴を履く時、「セーラー服と機関銃」のラストシーンは必ず思い出されてしまうに違いない。一本の映画、一人の女優が“現象”にまでなるというのはそういうことだ。「セーラー服と機関銃」は「カイカーン」のスローモーション・ショットによって記憶される映画ではなく、ラストシーンの赤い靴の故に初めて永遠性を持ち得た、危うい青春映画だったのであり、「探偵物語」はその赤い靴に裏切られて、ラストのひろ子の白いスーツと白い靴までが、例のディープ・キッスを呼び込むための女子大生の小賢しい小道具のように見えてしまった不幸な映画と言えるのではないか。
 今後、薬師丸ひろ子を撮る監督は、不用意に彼女に赤い靴を履かせてはいけない。
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by krmtdir90 | 2016-03-13 15:44 | 本と映画 | Comments(0)
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