骨の髄までオレのモノ(槍弓)
「自分ばっかりが弓のことを好きなんじゃないかってしんどくなってとうとう切れて強引に振り向かせようとするできてない槍弓」というおおえさんの呟きから。
おおえさんからこの設定でお話書いてOKの許可いただきました。お話書かせていただきありがとうございました!
- 2,281
- 2,229
- 39,988
トントントントンとテーブルの上を人差し指で叩く。
自分がイライラしているのは自覚しているが、どうしようもない。
頬杖をつき、あらぬ方向に視線をやる。
耳に入ってくる声は、ランサーを苛立たせる結果にしかならない。
どうしてくれようかと、頭の中はあの赤い弓兵のことでいっぱいになっている。
ランサーが召喚されてすぐにアーチャーも召喚された。
顔を合わせてみれば言い合いし、相性が悪いから同じチームに入れるなと向こうに言われるまでもなく、こちらも入れてもらいたくはないと言ってみたが、初期に召喚されたこともあり、なんだかんだと一緒のレイシフトが多かった。
それなりに長い付き合いで、相手のことはわかっている。馴れ合うつもりはないが、今回は仲間だ。こんなことはもう二度とないだろうということで、お互いに割り切って連携して戦うようになったわけだが、相手の力量も性格もわかっているので、ぎりぎりのところまで無茶をして楽しめる。
それはアーチャーも同じようで、マスターからも「エミヤってアニキといる時だけちょっとだけ無茶して、楽しそうなんだよね」と言われた。
アーチャーはすぐさま否定していたが、マスターにもわかるくらいなので、当然ランサーにもアーチャーが楽しんでいることはわかっている。
それから、仲間になって恩恵を受けたことがひとつ。
アーチャーの料理だ。
これがまたたまらなくうまい。あまりにうまいので意識せずとも「うまい」と口をついて出てきてしまった。
するとアーチャーは「それはよかった」と笑ったのだ。
そう、ランサーに向かってだ。
青天の霹靂とはこういうことを言うのだろう。
まさかアーチャーがランサーに向かってあんな笑顔を向けるなどと思いもしなかった。
皮肉げに人をバカにしたような笑みであればいくらでも見たことがあるが、あれは純粋にうれしかったというのが全面に出てきた素直な笑顔だった。
たぶんあれは自覚していない。自分がどんな顔をしていたかなんて、アーチャーは全然わかってはいないのだ。
アーチャーの笑顔は、ランサーの心臓を鷲掴みにした。
また、あの笑顔を見たいと思うほどには、アーチャーの笑顔にランサーはやられたのだ。
それからキッチンにいつでもいるあの男にちょっかいを掛け始めたわけだが、反応がなかなかに悪くない。
あれが食べたいこれが食べたいとそれとなくリクエストすると、それをちゃんと用意してくれる。
「君があまりにうるさいから、作ったんだ」
確かにうるさかったかもしれないが、それでも毎回作ってくれるのだからかわいい奴である。
「なあ、アーチャー」
「なんだね」
「今夜は唐揚げがいい」
「君、昨日も唐揚げを食べたいと言っていたから作ったと思うんだが?」
「だってお前の唐揚げがうますぎてよ」
「……そんな、褒めたからといってまた私が作ると思っているのかね」
うん、思ってる。
心の中でそう返したけれど、もちろんそれを口にはしない。そんなことを口にしようものならこの男、間違いなく拗ねて知らんって顔をするのだ。
こういう時はじっと黙っていればいい。
何だか知らないが、アーチャーはランサーがこうやってじっと見ているとぷいっとそっぽを向いてしまうのだが、待っているとやがて「仕方ないな」と言ってくれるのだ。
それがわかっているので、ランサーがアーチャーを見続けていると、やはり本日もアーチャーは顔を逸らしてしまった。
「……君がうるさいから、仕方なくだぞ」
ほら、言った。
ランサーの頬が自然と緩む。
「よし! 楽しみにしてるぜ!」
「勝手にしたまえ」
「おう!」
これでアーチャーはちゃんとランサーのリクエストどおりに唐揚げを作ってくれることは間違いない。今夜も楽しみだ。
アーチャーと一緒にいるのは居心地がよかった。アーチャーはランサーを見ると「また来たのか」と溜息をつくが、ランサーを追い払ったことは一度もない。だからアーチャーもランサーと同じような気持ちなのだろうと、勝手に思っていたのだ。
ランサーがそれに気がつくまでは。
「キャスター、少しいいだろうか」
「おう、何だ?」
「昨日もらったハーブなんだが、分けてもらえないだろうか」
「お、気に入ったみてぇだな」
「ああ。とても」
キャスターに向かってアーチャーは柔らかく微笑んでいる。
誰だテメエ。オレにそんな顔したことねぇだろうがよ。
同じクー・フーリンだというのに、ランサーには見せない表情をキャスターには簡単に見せるのでランサーの内心は穏やかではない。
それをキャスターも気がついていて「羨ましそうだな」と言ってくるのに冗談でかわすこともできず、本気で怒りを見せてしまった。
とてもではないが、冗談で流せるような気持ちにはなれなかった。
「こりゃからかっちゃまずかったな」
にやにやしているキャスターに苛立ちは増すが、これ以上話をすると余計に腹が立つだけだと相手にしないことにした。
「貴様、なぜ昨日は逃げた!」
「お前に捕まったら、聞きたくもない話を聞かされることになるからな。当然だろう」
やっと掴まえたとばかりにエミヤ・オルタに文句を言っているアーチャーは、他とは違って遠慮しないからだろう、何かあればすぐにエミヤ・オルタに言いにいっている。
誰が見てもエミヤ・オルタは鬱陶しそうにしていて構ってほしくなさそうだが、アーチャーはそんなことは少しも気にしない。
「あ、バーサーカー。何か作ろうか?」
エミヤ・オルタの傍には常にいるといっても過言ではないクー・フーリン・オルタに、エミヤが尋ねた。クー・フーリン・オルタが頷くと、アーチャーは「何がいい?」とやさしく尋ねた。
オレには何がいいなんて聞いてくれやしねぇくせに、オルタには聞くのかよ。
オルタのことだ、どうせ何でもいいと言うに決まっている。
「何でもいい」
ランサーの予想通りの返事に、ランサーは自分が不機嫌になっていくのを感じていた。
この後の展開も、容易に想像できたからだ。
「何でもいいというのが一番困るのだが」
「テメエの作ったもんなら何でもうまいから、何でもいい」
そう言われたアーチャーは、うれしいという感情を隠すことなく表に出していた。クー・フーリン・オルタはその間、エミヤ・オルタが逃げないようにしっかりと自分の尻尾を巻きつけて、自分の腕の中に閉じ込めている。
ああ、おもしろくねぇな。
キャスターにもエミヤ・オルタにも、クー・フーリン・オルタにも、そして他の誰でもだが、アーチャーは自分から声を掛ける。
──ランサー以外には。
アーチャーがランサーにだけは自分から声を掛けないことを気がついた時の気持ちは最低だった。
クー・フーリン以外ならまだ理由を作ってやってもいいが、自分以外のクー・フーリンには声を掛けているのだから、クー・フーリンに声を掛けないわけではない。
アーチャーはランサーにだけ声を掛けないのだ。
ぐつぐつと煮えたぎるような怒りに、ランサーはぐっと歯を食い縛って耐えた。
苛立ちを押し殺し、アーチャーにいつものように声を掛ける。アーチャーの態度は変わらない。いつもと同じく言い訳をして、ランサーのお願いを聞いてくれる。
ランサーが一緒にいても離れようとはしないし追い払おうともしない。一緒にいて、他愛無い話をし、笑顔を見せてくれることもある。
アーチャーが自分だけを見て微笑んでいることに満足し、喜びを感じながら冷静に頭を働かせる。
アーチャーはオレのことを嫌いなわけじゃねぇ。
むしろオレのことを気にしてる。
それはアーチャーの態度からわかることだ。
だが、それをアーチャーは表に出さない。
オレのこと気にしてやがるくせに、オレばっかりこんな気持ちにさせやがって。
黒い感情が自分の中から湧き上がるのがわかって、それを抑え込んで頭を冷やす。
怒りに感情を任せて行動するのは愚策だ。うまくいくこともいかなくなる。
だからもっと、冷静になって動かねぇと。
自分がどうしたいのか、何を望んでいるのかはわかっている。
ランサーは今まで以上に意識してアーチャーに構うようにした。
激しい感情を隠しながら、冷静に落ち着いてアーチャーに接する。アーチャーは、ランサーがやさしいとやさしく返してくるし、ケンカ腰だとそういう態度になる。では甘えてみたらどうだとやってみたら、非常に戸惑ってはいたが、甘やかしてくれたのだ。
アーチャーに甘やかされるのは癖になるくらい気持ちよく、一度やると抵抗はなくなり、自然とそれとなく甘えてやると、アーチャーはうれしさを隠しながらランサーを甘やかす。
嬉々として瞳がキラキラしているので、全くうれしさを隠しきれていないところがアーチャーの抜けているところだ。
アーチャーは一見しっかりして見えるが、実のところ驚くほど抜けているところがある。
甘やかされるのになれたところで、では逆に甘やかそうとアーチャーを甘やかしてみると、最初はたどたどしく、ちょっと無理やりという感は否めなかったが、それでも甘え返してきた。
その時はもう、懐かない動物が自分にだけ懐いてきたという気持ちそのものだった。
満足感と優越感は凄まじく、アーチャーが恥ずかしがって拗ねてしまうくらいランサーは笑顔で上機嫌だった。
「最近の君は、よく私に構ってくるな」
「迷惑か?」
アーチャーを見続けて返すと、アーチャーはさっと視線を逸らす。それに内心ムッとした。
何でオレを見ねぇんだ?
なぜ目を逸らす。
もっとオレを見ろ。オレから目を離すな。
ランサーが見ているとアーチャーがすぐに目を逸らしてしまうのが気に入らない。
ランサーとしてはアーチャーの顔をもっと見ていたし、アーチャーの鉛色の瞳に自分だけが映っているというのは非常に心地よく気分がいいのでその瞳を見続けていたいという気持ちがあるというのに。
オレだけがお前を見たいって思ってんのかよ。
いつもいつも目を逸らしやがって。
アーチャーの顔を力ずくで自分の方に向けさせて、至近距離で見てやろうかと思ったことは何度もあるが、それは我慢だ。
ランサーは自分からではなくて、アーチャーからさせたいのだ。
ランサーが言えば、アーチャーはそれを叶えてくれるかもしれないが、それではダメだ。
アーチャーから自発的にさせなくては。
無理やりさせたのでは意味がない。
そうじゃなくて、お前がオレを望め、アーチャー。
オレが望んでるように。
アーチャーはランサーが声を掛けると、憎まれ口は忘れないがはっきりとうれしい顔をするし、ランサーに好意的なのは明らかだ。
だから、我慢した。
アーチャーを抱き締めて、自分以外の誰のところにもいけないように囲ってやろうと何度も思ったし、二人きりの邪魔をされた時にはそいつを追い払おうと思った。
ランサーがアーチャーを見つめていると目を逸らすのが気に入らないので、逸らせないように顔を固定して、鼻先がくっつくくらいの距離で見てやって困らせてやろうかと思ったが、それら全てを我慢した。
下手に追い詰めて逃げられてはかなわない。せっかくここまで詰めた距離だ。
そう自分に言い聞かせ我慢していたというのに──
こそこそとキャスターと会いやがって。
アーチャーとの距離感や接し方を変えてから少しして、アーチャーがキャスターと話をするのをよく見掛けるようになった。ランサーが話し掛けにいくとすぐに離れるが、それが何度もあるのだから心中穏やかではない。エミヤ・オルタを掴まえて話をしている頻度も少し増えたようだ。
我慢、我慢と自分に言い聞かせるのは大変だった。
そう、ランサーは我慢していたのだ。もう限界近いほどに。
***
今日のレイシフトはアーチャーとキャスターが一緒だ。それにおもしろくない感情を抱えていたランサーが、レイシフトから戻ってきただろう頃にアーチャーに会いに食堂に行くと、そこには戻って来ていたアーチャーがいた。キャスターと共にだ。
なにやら深刻そうな顔をしてキャスターに話しているアーチャーに、ランサーの胸がずしりと重たくなる。
何を話している。
話があるなら、悩みがあるなら、オレに話せばいいものを。
オレにはできないのに、キャスターにはできるのか。
そんなこと許せるとでも思ってんのか。
いい加減にしろよ、アーチャー。
キャスターの手がアーチャーに伸びて、やさしく頭を撫でながらアーチャーに声を掛ける。頭を撫でられたことに擽ったそうにはにかんだアーチャーの顔を見たランサーは、頭のどこかで何かがブチリと切れた音がした。
もう限界だ。
怒りが沸点を越えると、変に頭が冷静になる。
無表情のランサーが、つかつかとまっすぐにアーチャーに向かっていくのに先に気がついたキャスターが、おもしろげに目を細めるのが視界の端に映った。
アーチャーの手を強く掴むと、アーチャーが驚きに目を瞬かせる。
「ランサー?」
「話がある」
それだけ言うと、ランサーはアーチャーの返事を聞かずにアーチャーを引っ張った。
「おい、槍のオレ。あんまり苛めてやんなよ」
「うるせえ」
キャスターを見ることなく返すと、キャスターが笑っているのがわかったが無視して、キャスターからアーチャーを掻っ攫っていく。
これ以上、自分以外の誰かがアーチャーと一緒にいるのは許せない。
「ランサー。どうしたんだ!」
「黙れ」
「一体何をそんなに怒って」
「黙れと言っている」
地を這うようなランサーの声に、アーチャーは息を呑んで口を噤む。
ランサーの怒りが伝わったようだ。
アーチャーには唐突な怒りかもしれないが、ランサーにはそうではない。
当然の怒りだ。
廊下を進み、何に使われることもない空いた部屋にアーチャーを連れ込んでドアを閉め、念のためにとルーンで結界を張る。キャスター連中であれば簡単に破ることができるようなものだが、こんなところまで好き好んでくる輩はいないだろう。あくまで念のためだ。
振り返るとアーチャーはランサーから距離をとって警戒していた。
ランサーは黙って槍を出す。それに驚いたのは一瞬で、すぐにアーチャーが両手に剣を投影した。
「いきなりこんなところに連れ込んだと思ったら槍を出して、一体何を考えている! こんなところでは満足に戦えないぞ」
使われていないそこそこ広い部屋ではあるが、お互いの力を出し切って戦える場ではない。ルーンで結界を張っているといっても、それほど強固な結界ではないし、互いの力がぶつかり合っては中から結界が壊れてしまうだろう。
だが、ランサーはアーチャーと戦闘するつもりでここに連れ込んだわけではない。
「アーチャー」
槍を手にしたランサーが、アーチャーとの距離を詰めていく。アーチャーはランサーの静かな動きに戸惑っていて、どうしていいのかわからないようだ。
そんなんじゃオレから逃げられねぇよ。
ランサーがアーチャーに踏み込むと、アーチャーは剣を交差してランサーの攻撃を防ごうとするが、槍の切っ先が二つの剣を同時に破壊する。パリンと音を立ててキラキラと光りながら消えていくが、すぐに次の剣が投影され、アーチャーが攻撃をしようと後ろに下がって距離を作ろうとする。しかし、それより先にランサーの槍の切っ先がアーチャーの剣を跳ね除けた。
後ろに下がるがすぐに背が壁にぶつかったアーチャーに、ランサーの槍が追い掛けてきて、アーチャーの左首筋ぎりぎりに槍の切っ先が壁に突き刺さる。
バチ、と二人の視線が交差した。
「もう逃がさんぞ」
「急に、どうしたというんだ」
槍が消えると、ランサーはアーチャーの顔を両手でしっかりと包み込み、逃げられないように固定しながらアーチャーを壁に押し付けて鼻先をくっつけ、自分の身体をアーチャーに密着させた。
「ランサー……!」
顔を真っ赤にするアーチャーはランサーを押し退けようと両手をランサーの両肩に掛けるが、腕力でアーチャーがランサーを押し退けることはできない。
「無駄だ。わかってんだろうが」
力ずくでならステータス上、ランサーの方が上だ。そして、アーチャーにはランサーの行動の意味がわからず迷いがあるが、ランサーに迷いはない。
迷いのあるアーチャーがランサーに勝てるはずがないのだ。
こっちはもうずっと我慢してきたんだ。
これ以上の我慢を強いられる気はない。
アーチャーにしてみれば、ここ最近良好な関係だったはずのランサーに、急に攻撃を仕掛けられて戸惑いしかないだろうが、そんなことは一切関係なかった。
オレはもう、しんどくてたまんねぇんだよ、アーチャー。
お前が、オレを後回しにするなんて絶対に許せねぇし、オレ以外を優先するのは許さん。
もう決めた。
絶対に引くつもりはない。
「オレを見ろ」
「……っ、ランサー、本当に、一体何がっ」
顔を近づけていくとアーチャーが慌てたが、それを力で抑えつける。
「黙れ」
アーチャーの唇に噛み付くようにキスする。一方的な口づけにアーチャーは固まっている。角度を変えながらキスすると、だんだんとアーチャーの思考が追いついてきたのか、ランサーを押し退けようとするが、そんなことを許すはずもない。アーチャーの両手首を壁へと押し付け、アーチャーの息を奪うように口づける。
「……ぁっ……ん」
アーチャーから小さく漏れる息が悩ましく、このまま食べてやろうかと本気で考えた。
「舌を出せ」
その命令とも言えるランサーの言葉に、アーチャーは動揺しながらも舌を出した。その舌先を啜り、舌を絡め合わせる。
甘くてビリビリとした刺激が広がり、脳髄が蕩けそうなほどに気持ちがいい。
「んぅ……っ、や……」
「嫌じゃねぇな」
上がる息を整えながら唇を離し、ランサーがぐぐっと身体を押し付けながらアーチャーの首筋に唇をくっつけた。軽く甘噛みしてから何度もその辺りを吸い付いてやる。ちゅと音がするのが聞こえたアーチャーが、恥ずかしがって身を捩るが離してはやらない。
ここで離してやるくらいなら、最初からこんなことはしていない。
ランサーがアーチャーに視線をやるとアーチャーは瞳を潤ませた。
「なぜオレに声を掛けねぇ」
パチパチッとアーチャーが目を瞬かせる。
「キャスターやお前のオルタや、他の連中には声を掛けるが、お前からオレに声を掛けることがないのはなぜだ」
アーチャーの身体がビク、と反応した。くっついているのでその反応がはっきりとわかる。
当惑の色を見せるアーチャーは、自分からランサーに声を掛けていないということをわかっているのだ。
わかっててやっているのだということにランサーはカッと頭に血が上った。
「なぜだ。言え」
「……っ、言いたくない」
「オレは言えと言っている」
ぎゅうっと強く手首を握り締めて壁に押し付け、ランサーはアーチャーの首筋に歯を立てた。強めに噛み付くと小さくアーチャーから痛みを堪える息が漏れる。
「っ、君に、言いたくない」
「なぜだ」
「言いたくないものは言いたくない!」
「そんなこと許すと思ってんのかっ!」
ランサーは右拳で思いっきりアーチャーの顔の左横の壁を殴りつけた。ガンッと大きな音がして、壁がめり込む。
「なぜオレに声を掛けない! オレのいないところでキャスターと話をするな! キャスターを見て安心した顔を見せるな! オレ以外に微笑みかけるな! オレ以外を選ぶな!」
言葉を畳み掛けると、アーチャーが目を丸くした。
「お前はオレのモンだろうが!」
「……そ、そんな、い、いつから」
「オレが決めた時からだ」
ランサーは噛み跡のついたアーチャーの首筋に吸い付いた。ちゅうちゅうと吸い付くと、その度にアーチャーが小さく身悶えるのに少し満足し、首筋を舌で舐める。
「ラ、ランサー……」
「なぜ、オレに声を掛けないか言え」
言いにくそうにしているアーチャーの唇に啄ばむように口づけてからじっとアーチャーを見つめた。こうするのがアーチャーには効果的ではないかと自然に頭が動いたからだ。
どれくらい経ったか。おそらく十数秒程度だろう。
アーチャーはわなわなと震えて目を潤ませたかと思うと、キッとランサーを睨みつけてきた。
その強い視線に満足し、ランサーの口の端が上がる。
ああ、もっとオレを見ろ。
オレだけを見てればいい。
「だって! 君が毎日声を掛けに来てくれるから……!」
「…………」
「待っていたら、君が来てくれるから、それがうれしくて待ってたんだ! 私は君から声を掛けられたいんだ!」
アーチャーがドンと強く右手をランサーの胸に打ちつけてくるが少しも痛くない。身体中に響く振動と共に、アーチャーの言葉がランサーの頭を駆け巡る。
「君がやさしくするから悪い! だから私から声を掛けられなくなったんだ!」
「なぜそうなる」
「君のやさしさが一時のことで、ただの気まぐれだったとしたら、もし私から声を掛けて嫌がられたらと思うと声を掛けられなくて……それに、待っていたら、君から私を求めてくれるから、それが、うれしくて」
目を見開くランサーに、アーチャーは恥ずかしそうに悔しげに眉根を寄せて今度は左手でランサーの胸を叩いた。
「黙っていたら君が私を求めてくれるじゃないか! だから、君から声を掛けられるのを待っていたんだ。いつもいつも、君が声を掛けてくれるたびにまだ私を求めてくれるのかとうれしくて……だからっ! 君に求められたくて何が悪い!」
ああ、くそ! 何てこと言いやがる……!
昂ぶった熱に従い、アーチャーに身体を押し付けながら舌を絡み合わせ、互いに求め合うように口づける。ごそごそとアーチャーの赤い上衣の間に指を滑り込ませてアーチャーの胸に手を這わせると、ビクンと大きくアーチャーが反応を見せた。ぎょっとした顔をするアーチャーにランサーが真剣な眼差しを向けると、アーチャーはぼぼっと赤くなって硬直する。
どこまでもオレを振り回しやがって!
怒りと歓喜が同時に胸の内に広がる。
どうしてもこの弓兵がほしい。どうやっても自分のモノにしたい。
どうやってもだ。
「キャスターと何を話していた」
それだけランサーを求めていたのに、なぜ他の男と話をする。
それが理解できないし、許せなくて尋ねると、アーチャーは言いたくなさそうにしていたが、それを許すつもりはない。
ランサーが早く言え、と言外ににじませてアーチャーを見た。
「……っ、君が」
本当は言いたくないのだろうが、ここまできたら言うしかないと観念したようだ。
アーチャーは苦しげに口を開いた。
「あまりに私に近づいてくるから、どうしていいかわからなくて、キャスターに相談していたんだ。君があんまりかっこよくて君の顔を直視するなんて無理なのに……君を見ろなんて無茶を言うな! いつもいつも私の顔をじっと見て、それがどれほど私の心臓に負担が掛かっているのかわかっているのか? わかるはずがない! 全部、君が悪いんじゃないか!」
「じゃあ何か。キャスターにはオレの話をしてたのか」
「そうだ! 君にどう接するのが正しいのかわからなくて……」
アーチャーが不安げな瞳を向けてきた。
くそ、何て顔しやがる。
そんな顔すんな。
やさしくもしてやりたいし、同時にもっと困らせていじめたくもなるだろうが!
オレにこんなことを思わせやがって。
「私は、君に振り回されてばかりだ!」
アーチャーがふざけたことを口にした。
オレに振り回されているだと?
「どの口がそれを言う」
この口か、とランサーがアーチャーの唇を自分の唇で覆うと、アーチャーの動きが止まった。戸惑いに目を泳がせるアーチャーを見続けていると、アーチャーは泣きそうな顔をして瞳を揺らす。
「オレばっかりがお前を好きじゃねぇか!」
「は? 君は何をばかなことを言っているんだ! 私の方が……っ! って、……え? す、好き?」
アーチャーがそこで驚いた顔をしてランサーを見た。
何を今更驚くことがあるのか。
オレの言動はどう考えたって、お前のこと好きに決まってんだろうが。
だが、アーチャーは本気でわかっていなかったらしい。
ランサーの言葉にアーチャーは動揺し、わたわたと慌てて腕の中で暴れようとするので、ぎゅうっと抱き締めて落ち着かせる。アーチャーの背中に腕を回してさすると、アーチャーが背を逸らした。
「アーチャー?」
「……っ、そ、そんなの、聞いてない」
「わかるだろうが」
「言われなきゃわからない!」
「ふぅん、そうかい。オレはお前が好きなんだが、お前は?」
「え……?」
「言われなきゃわからんと言うから言ったんだが、返事は?」
アーチャーはうろたえ、言葉を探しているようだが何も出てこない。
素直なまっすぐな言葉にアーチャーはめっぽう弱く、ランサーの本気の言葉を受け流すいい言葉がないんだろう。
「ほら、アーチャー。答えろよ」
「……いや……あの……」
アーチャーは本気で困っているが、ランサーはここで許してやるつもりはない。
「お前はオレのモノだ。わかっているな」
「わからない!」
たとえ泣いて喚いても許さない。
どれだけこっちがしんどかったと思っている。
「頭のてっぺんから足のつま先まで、全部、まるごとお前はオレのだ」
アーチャーが頬を色づかせ、瞳を潤ませて震える様はやたらと劣情を煽ってくれる。
その様子にランサーはぞくぞくとして甘い疼きを感じた。
「オレはお前が好きだ。お前は?」
「え……あ、いや……あの」
「さあ、早く言え」
「そんな、急に……」
「もう時間はやっただろうが」
「君がどうして急にそんなことを言うのかわからないっ」
「急にじゃねぇ」
もうずっとずっと思っていたことだ。
アーチャーの唇に軽く唇を触れ合わせ、くっつけた状態で口を動かす。
「早くオレを好きだと言え」
ランサーのお気に入りのアーチャーの鉛色の瞳が濡れたようにしっとりとして、その瞳にはランサーだけが映っている。アーチャーの唇は先ほどから何度もキスしたからか、少しだけぽってりとして赤くなっていた。
アーチャーの身体は滑らかで気持ちよく、感じ入る様は艶かしくてランサーの熱を簡単に上げてくる。
今まで十分我慢した。
もう我慢する気は一切ない。
こっちがどれだけ我慢して、どれだけ追い詰められたと思っている。
しんどくてしんどくてたまらなかったんだぞ。
ここで逃がす気は絶対にない。
お前はオレのモンだからな。
もう、それは決めてる。
もう決まってんだ、アーチャー。
だから、大人しくオレのモノになれ。
抵抗されても、燃えるだけだからな。