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【再録】荊姫【槍弓】/Novel by 珠々

【再録】荊姫【槍弓】

71,329 character(s)2 hrs 22 mins

■2005年発行、槍弓アンソロジー「矛盾恋愛」から再録致しました。■少しだけ加筆・修正があります。■今後、これをベースに書き下ろしで全く別物の作品ができる可能性があります。■気軽に読んで頂けると嬉しいです。

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 ”I am the bone of my sword.”
 ―――――― 体は剣で出来ている。


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 男が、コンクリートの地面に降り立つ。青く長い髪がゆっくりと光を反射しながら、煌いて背中に流れ落ちた。その様を、肩ごしにライダーは見つめている。相手に敵意はない。魔眼殺しのアイマスクから覗く男の姿は、空から降り注ぐ月の光を纏い、幻想的なまでに美しい。ふ、とライダーは自嘲する。人々の無意識下に存在する『英雄』というものは、彼のような者をさすのだろう。
 己とは違う。
 じりじりと心の奥底に燻る感覚には、もう慣れてしまった。が、それが快感になるはずもない。肌で感じるその聖性に、嫉妬を抱いてしまうのは致し方ない。ふっと唇を歪めて、ライダーは言った。
「───あなたも気になりましたか。ランサー」
 互いの傍らにマスターはいない。恐らくランサーも、偵察を命令されたのだろうとライダーは予測する。でなければ、今すぐここが戦場に成り果てるはずだからだ。
 ランサーは、宝具である赤い槍で肩をとんとんと軽く叩きながら首を傾げている。目を細め、くいっとあごでライダーの前に聳え立つそれを指し示した。
「あなたも、ってことは。やっぱり英霊(オレら)には見えてるクチか、これ?」
「でしょうね。これは一種の結界のようなもの。しかも、極めて複雑で特殊でもある」
 新都に立ち並ぶビル郡の中、たった一つ───茨にすべて覆われた白亜のビル。
「或いは、魔術師、我らのマスターとなり得るものならば『見る』ことは出来るかもしれません。ただし、気づくことはほぼないかと」
「───そりゃ何でだ」
「これは魔術として既に破綻しています。どこの誰が作り上げたものかはわかりませんが、意味がない」
「意味がない?」
「ここ一連の怪事件。犯人が誰かはいまだ確定は出来ませんが」
 視線を背後のランサーから外し、ライダーは目の前の茨へと手を伸ばす。細く、指先でぱきりと折れたそれは、ライダーの手のひらで光の粒となって溶けてしまう。さあ、とその様を隣に立った男に見せる。
「棘で指先を怪我するわけでもない……。人の命を魔力(マナ)へと変換する結界を守るために覆われたものではありません。この茨、酷く鈍いのですよ」
 しゅっと左手にダガーを持ち、軽く振りかぶって根元の茎部分へと突き刺す。どすっという鈍い音を発し、切り裂かれたソレは、一度びくりと震えるとライダーへ向かって蔦が蠢く。棘でライダーを絡めとろうとしたときには、ライダーとランサーは既に数メートル背後へと逃げていた。標的を失った茨は、三メートルほど手を伸ばしてからゆるゆると元の位置へと戻ってゆく。
「ご覧の通り。殺意を持って前にいけば幾分かは反応しますが、攻撃を与えられるまでは一切手出しをしてきません。こんな無防備な覆いがあるでしょうか。いうまでもなく、この茨の内側に張られた結界のほうがよほど正常に起動します。つまり───」
「つまりはこうか。結界をはった奴と、この茨で覆った奴は別人だと」
「恐らくは」
 こくりと頷くと、ランサーはますます顔をしかめた。
「で? アンタはどうする」
「障害となるならば、排除するまで。しかし、この茨を焼き払って中に侵入しようとすれば結界に触れる……一度発動した結界に接触して、みすみす魔力を奪われるのは得策ではない。マスターの了承を得て撤退しますが?」
「おいおい。そんなに手の内明かして構わねぇのかよ?」
「隠すほどのことでもない。言ったでしょう。意味がないと。これが結界の発動前であれば、敵方の戦力を奪ういい機会だったのですがね」
 既にビルの中の人間たちは、死に瀕しているだろう。今夜には、結界を張った相手を絞り込めると考えていたのだが。しかしライダーは、ほぼここにきてこの結界の主のあたりはつけていた。これほど大掛かりな結界。ライダー自身、学び舎に主の命令で仕掛けているが一朝一夕で出来るものではない。それを、四日も続けて発動している。日中に新都にきても、結界の楔は見つからなかったのだ。つまりは、相手は一瞬でこれだけのレベルをたやすく構築できるということ。
 ───キャスターですね。
 他の英霊が、魔術を使えるという前提を考えていないわけではない。どのクラスでも、魔術に対しての素養や技術に対しての能力が高い可能性はある。だが聖杯戦争が始まって尚、己からは仕掛ける様子もなくただ魔力を溜め込み続けている。その事実が、恐らくはとライダーに判断をつかせた。マスターにはまだ、確信が持てない以上は告げられないのだが。
「無意味だと分かっていて、何故ここに来たんだ」
「……答えなければなりませんか」
「いや。気になっただけだ」
 そう呟いたきり、自分からは唇を動かそうとしない相手にライダーはため息をついた。
「”祈り”のような思念を感じたのですよ」
「……祈り」
「それがあまりにも、儚すぎて───最も、私にはどうすることも出来ませんが。」
 茨の塔を仰ぎ見る。月は空高く輝き人々を見下ろしている。
「貴方も、この想いに引かれてきたのでしょう?」
 くつりと唇を歪めた。それは、ライダーにとって抗えようのない衝動だった。この胸の奥の痛みを消すには。
「正英霊であるあなたには、見逃せないでしょうね。ましてや、騎士であるがゆえに」
「あのな、お前らはそうやって嗤うが」
 心底苛立ったように、ランサーは声を荒げて己の頭をかいた。
「オレとお前。一体どの程度の差があるっていうんだ。英雄ってのはつまり、ただの人殺しだ。人より多くの命を奪うのがうまいやつが祭り上げられているだけなんだよ」
「……ら?」
 怒りと苛立ちを滲ませたまま、ライダーの言葉にランサーは息を呑んだ。しまったというように、唇を噛む。
「私は一体誰と一緒にされたんでしょう?」
「……誰だっていいだろうが」
 よくありません、と口にしかけて言葉を飲み込んだ。ランサーが一歩、茨の塔に向かって足を進めたのだ。
「ラン、……!」
「大した理由はねぇんだよ。ただな、俺がこいつをほっとけねぇと思っただけなんだ」
 絡めとられるはずの茨は、しかしして彼を迎え入れた。茨は彼に触れることを恐れるように、するすると避けてゆく。入り口までの数十メートルの距離を、生い茂った茨がアーチを作ってゆく。その光景に、ライダーはしばらく立ち尽くしていた。ビルに入るその時、ランサーが僅かに振り返る。
「じゃ、行って来るわ」
 気だるげに手を振り、自動扉の向こうに姿を消した。呆気にとられているライダーの前で、茨はまた元の位置に戻り何事もなかったように微動だにしない。
「これは……」
 手をかざしても、茨はランサーの時のように動かない。そうか、ライダーは体を揺らして笑う。触れても誰をも傷つけられない茨。けれども誰をも拒むようにあり続ける───たった一人以外は。
「そう───『茨姫』の物語でしたか」
 茨に覆われた城で眠り続ける姫君。茨が招きいれるのは王子様。これほど連想されるものはない。果たして王子は、姫君を目覚めさせられるのか。呪いからの解放は叶うのだろうか───刃には刃で。呪いには呪いで。血塗られたこの聖杯戦争で、こんな出来事にまみえるとは。
 相手は誰だか存じ上げませんが。胸の中で呟いてライダーはきびすを返す。あたりを見回しても、このビル以外に特に異変はない。周囲には人もサーヴァントも存在しない。どちらにしろ、私は部外者だとため息をついて現界を解く。ふっと、ライダーの姿は夜の闇に消えた。小さく呟かれた言葉を残して。

「long long time ago……」


 物語は始まりへと巻き戻る。


Comments

  • sus316L

    素晴らしかったです。涙が止まりません

    May 6, 2016
  • sus316L

    素晴らしかったです。涙が止まりません

    May 6, 2016
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