トップQs
タイムライン
チャット
視点
田中甲
日本の政治家 (1957-) ウィキペディアから
Remove ads
田中 甲(たなか こう、本名:きのえ、1957年(昭和32年)1月8日[2] - )は、日本の宅地建物取引業者[3]の代表取締役、政治家としての通称が「甲・こう」。千葉県市川市長(1期)。衆議院議員(3期)、千葉県議会議員、市川市議会議員などを歴任した。
市川市長となった後も、内湾開発株式会社[4]、ミヤコ興業株式会社[5]、株式会社六甲[6]、各社の代表取締役、公益財団法人太平洋戦争戦没者慰霊協会[7]の代表理事[8]を兼職している。
Remove ads
略歴
千葉県市川市出身。日出学園幼稚園、日出学園小学校、立教中学校、立教高等学校卒業。1980年(昭和55年)3月、立教大学社会学部卒業(牛窪ゼミ)、ヨット同好会ブルーウォーターセーリングクラブを設立。[9]
政治活動履歴
要約
視点
市川市議会議員
1987年(昭和62年)4月、市川市議会議員に初当選。
千葉県議会議員(市川市選挙区)
1990年(平成2年)3月、千葉県議会議員の補欠選挙で初当選。警察・企業常任委員長。[9]市議・県議時代は自由民主党に所属した。ホームページ(koh-tanaka.jp)上のコラム「よろこんで!臥薪嘗胆の日々」[10]で後に、「自民党の千葉県青年局長を30代前半で務め県内をくまなく回った。」と綴っている。
衆議院議員(新党さきがけ~旧・民主党~民主党~無所属)
新党さきがけ
甲祥政研会
1995年(平成7年)1月12日、官報(発行:1995年4月24日)に掲載された自治省告示第89号[11]によれば、自治省届出の政治団体として甲祥政研会(代表・田中甲、衆議院議員の資金管理団体[12])が設立されたことが確認されているが、後出の平成10年分収支報告書の要旨より前の収支報告書の要旨の公表は確認されていない。[13]
領海侵犯
1995年(平成7年)8月29日、「ムルロア環礁での核実験に強く反対する議員の会」団結式が行われ、タヒチからグリーンピースの抗議船に乗り込み、実験海域近くの公海での抗議活動に参加する[14]としていたが、9月10日、田中甲と宇佐美登(現・チームみらい所属の衆議院議員)は、タヒチ島出発の日本の2議員らが乗ったヨット「ラ・リボーテ」が領海侵犯したとして、フランス軍特殊部隊によって拘束された。[15]
旧・民主党
1996年(平成8年)に、旧民主党の結党に参加する。その直後に行われた衆議院選挙において、千葉5区から立候補し、2期目当選、千葉県内の小選挙区における旧民主党が唯一確保した議席となった。市川市長選挙で、小岩井清を推薦することに異議を唱え、民主党千葉副代表を辞任した。
民主党[16]
1998年(平成10年)、民主党の結成に参加する。1999年(平成11年)に行われた、2度の民主党代表選挙で、1月では松沢成文の推薦人、9月では鳩山由紀夫の推薦人となる。
民主党千葉県第5区総支部
1999年(平成11年)3月29日、千葉県報 号外74号(発行:平成11年12月24日)で確認される選挙管理委員会告示[17]によれば、民主党千葉県第5区総支部(代表・田中甲)が設立された。官報(発行:2000年10月19日)に掲載された自治省告示[18]によっても民主党の支部設立が確認されている。
官報(発行:1999年9月10日)に掲載された自治省告示[19]による平成10年分収支報告書の要旨の公表がなされ、甲祥政研会(代表・田中甲、衆議院議員の資金管理団体)の記載が確認されている。
おかしなことなくし隊[20][21]
2000年12月4日から2001年1月19日にかけて、民主党の国民運動委員会の委員長として、政権奪取運動委員会に組織の名称変更[20]を行い、若手議員たちが全国47都道府県をまわるキャンペーン「2001政権奪取大作戦おかしなことなくし隊」[22]を率いており、12月26日には、水行を行った。[23]
民主党「除籍」、自治労を名指しで批判[24]
2001年(平成13年)3月22日、労働組合の支援を受ける姿勢への不満から離党届を提出し、3月27日、離党に関しての記者会見を行った。4月3日、民主党で決定した処分が「除籍」となり、再度記者会見を行った。[25]
ホームページ(tonton-aic.jp/k-tanaka/i/)のプロフィールには、その理由を、「千葉県知事選挙をきっかけに民主党の労働組合依存体質を批判して離党」[26]と記載している。また、ホームページ(koh-tanaka.jp)上のコラム「よろこんで!臥薪嘗胆の日々」では、千葉県知事選に関し、「自治労という組織にキモを握られている候補者では公務員の削減も外郭団体の整理も難しい。そして、それが分かっているのに有権者に推薦することは出来ない。」と綴っている。[24]
尊命[27]
2001年(平成13年)6月21日、政党・尊命を設立、自らが代表となり記者会見[27]を行い、総務省に届出の政治団体として「尊命」が設立された。なお、代表、会計責任者、主たる事務所の所在地の届出は、民主党千葉県第5区総支部と同一であった。[28]
2001年(平成13年)8月1日、民主党千葉県第5区総支部が解散されたことが、官報(発行:2002年3月26日)に掲載された総務省告示[29]により確認されている。
官報(発行:2001年9月14日)に掲載された自治省告示による平成12年分収支報告書の要旨の公表[30]がなされ、甲祥政研会(代表・田中甲、衆議院議員の資金管理団体)の記載が確認されている。
官報(発行:2002年9月13日)に掲載された自治省告示による平成13年分収支報告書の要旨の公表[31]がなされ、甲祥政研会(代表・田中甲、衆議院議員の資金管理団体)ならびに尊命の記載が確認されている。
マニフェスト(千葉フロンティア)
ホームページ上に、「~新世紀日本の創造~」と題して、千葉フロンティアのマニフェストが掲載されていることが確認出来る。[32]その見出しは、以下の通りである。
1.日本が直面する7つの危機 ~ 第一 国家破産の危機、第二 経済の失速、第三 治安の悪化(人心の荒廃と犯罪激増の危機)、第四 戦争への危惧、第五 (年金医療問題による)生活の不安、第六 教育の荒廃、第七 環境の破壊[32])
2.「官僚主導中央集権構造」から「責任ある市民主導政治」への大転換を
3.「新日本・フロンティアプロジェクト」 ~ (プロジェクト1)「新国民憲法の制定(3年以内)と日本国家理念の確立」、(プロジェクト2)「自立した市民による地域主権社会(道州制・州府制)の実現」(5年以内)、(プロジェクト3)「国民全員参加による<自立共生教育>の実現」、(プロジェクト4)「未来フロンティア産業(ナノテクノロジー・バイオ・環境エネルギー・ヒトゲノム等)持続可能経済推進による世界への貢献」、(プロジェクト5)「日本版首相公選制の実現と国民投票法の制定」、(プロジェクト6)「市民主権税制の確立」、(プロジェクト7)「80歳以上完全国家保障制度の実施」、(プロジェクト8)「官制経済体制の改革[32]」
4.「日本再生のための25のプログラム」 ~ (プログラム1)「既得権益と闘う国民政権をつくる」、(プログラム2)「すべての特殊法人の廃止」、(プログラム3)「特殊法人の具体的改革」、(プログラム4)「日本道路公団の借金は20年で消却する」、(プログラム5)「公団のファミリー企業から資産を回収する」、(プログラム6)「都市基盤整備公団などは、民営化ではなく解体する」、(プログラム7)「住宅ローン証券化で公庫を保証機関にする」、(プログラム8)「政府系の公益法人と認可法人を即時廃止する」、(プログラム9)「地方公社と第三セクターを清算・整理する」、(プログラム10)「真の公益法人を支える税制をつくる」、(プログラム11)「200万人が失職するが600万人の職が生まれる」、(プログラム12)「特別会計、財政投融資、補助金を原則廃止する」、(プログラム13)「『開発』、『整備』、『事業』法を撤廃する」、(プログラム14)「公共事業長期計画を廃止する」、(プログラム15)「新しい民間の公共事業勃興策を打ち出す」、(プログラム16)「政治農業をやめ、産む農業をとりもどす」、(プログラム17)「徹底した地方分権を断行する」、(プログラム18)「5年で予算規模を2分の1に縮小する」、(プログラム19)「国債の新規発行をゼロにする」、(プログラム20)「一大失業状況への適切な対処を行う」、(プログラム21)「20兆円を社会保障、10兆円を環境保全に追加する」、(プログラム22)「改革の成果を国民に還元する」、(プログラム23)「『公務分限法』を制定する」、(プログラム24)「行政監察を徹底し、会計検査院を強化する」、(プログラム25)「天下り禁止法を急いで定める[32]」
官報(発行:2003年9月12日)に掲載された自治省告示による平成14年分収支報告書の要旨の公表[33]がなされ、甲祥政研会(代表・田中甲、衆議院議員の資金管理団体)ならびに尊命の記載が確認されている。
2003年(平成15年)の衆議院選挙で再選を目指したが、古巣である民主党が擁立した村越祐民や自民党候補にも大差で敗れ、落選した。[34]ホームページ(koh-tanaka.jp)上のコラム「よろこんで!臥薪嘗胆の日々」で後に、「振り返れば総選挙が行われた2003年の秋に近づいているのに、マニフェストづくりに没頭しているようでは選挙の準備もままならない。ましてやマニフェストを基に同士と共に新党を立ち上げようと言う考えには無理があった。しかし、せめて政党に所属せずに戦おうとしている全国の候補者に役割の共有と選挙後の連携の呼びかけを、マニフェストの発表と同時に記者会見会場で行った。」と綴っている。[10]
落選後、不出馬・浪人期間・市川市長選挙出馬まで(2003年11月9日~2017年11月)
2004年(平成16年)2月29日、官報(発行:2004年8月25日)に掲載された総務省告示[35]によれば、甲祥政研会(代表・田中甲、衆議院議員の資金管理団体)は政治団体の解散および資金管理団体の指定の取消し等の届出がなされたことが確認されている。また、官報(発行:2004年9月10日)に掲載官報された総務省告示[36]によれば、平成15年分収支報告書の要旨が記載され、(発行:2004年12月22日)に掲載された総務省告示[37]によれば、平成16年分収支報告書の要旨が記載され、その内容からも同団体が解散されたことが確認されている。これにより、田中甲が代表を務める政治団体は、総務省届出の「尊命」と千葉県選挙管理委員会届出の「千葉フロンティア」となったが、これらの団体に資金管理団体の指定は確認されていない。
ホームページのドメインを「koh-tanaka.com」[38]から「kohto-kimetara.net」[39]に変更しリニューアル、以前より利用していたCGIBOY日記帳[40]「日記のススメ」で始めた「甲子一新」との名称はそのままにホームページ上に転載、2004年4月20日、初めての書き込みを行ったこと、4月28日、従来から外見的には❝主たる事務所❞であった場所(行徳駅前1-26-12)に新事務所を建築したことを明らかにしている。[41]
官報(発行:2004年9月10日)に掲載された総務省告示による平成15年分収支報告書の要旨の公表[36]、官報(発行:2005年9月30日)に掲載された総務省告示[42]による平成16年分収支報告書の要旨の公表がなされ、尊命の記載が確認されている。
2005年3月7日、1週間後に投開票が迫る千葉県知事選挙についてホームページ上で、「県民の期待は新しい千葉県を業界・団体また労働組合に依存することのない堂本氏に託すという全国から注目される画期的な結果をだすことになった」、「しかし、しかしである!! その期待を堂本氏は裏切ってしまったのだ。」、「県民の期待は新しい千葉県を業界・団体また労働組合に依存することのない堂本氏に託すという全国から注目される画期的な結果をだすことになった」、「反現職で森田氏の応援をおこなう姿を見せているが、その方が民主党よりスジが通っている」などと意見表明した。[43]
2005年(平成17年)の衆議院選挙について、8月30日、ホームページ上のページ「臥薪嘗胆」の中で、「熟慮の結果この度の解散総選挙への立候補を見送ることといたしました。」と記載して、立候補しなかった。[44][45]
ホームページ(koh-tanaka.jp)上のコラム「よろこんで!臥薪嘗胆の日々」には、「2005年のアメリカ留学中に、日本での政治活動を振り返り書き綴ったものです。」と記載されており、記名の日付が2005年6月2日となっている。[10]「46歳で議員活動を離れ、ワシントンD.CのLeadership Instituteに留学。」とプロフィールに記載されていることが確認されている。[46]その後、「リーダーシップ研究所」を設立[47][48]し、代表[49]・講師[50]を務め、2006年4月23日[51]~2006年6月4日に計7回の講義[52]と2006年7月7日~2006年7月10日に4日間の集中講義[53]が行われ、2008年10月18日の投稿[54]以降の更新がなく、ホームページは閉鎖[55]されている。
官報(発行:2006年9月8日)に掲載された総務省告示[56]による平成17年分収支報告書の要旨の公表、官報(発行:2007年9月14日)に掲載された総務省告示[57]による平成18年分収支報告書の要旨の公表、官報(発行:2008年9月12日)に掲載された総務省告示[58]による平成19年分収支報告書の要旨の公表がなされ、尊命の記載が確認されているが、官報(発行:2008年12月16日)に掲載された総務省告示によれば、2008年(平成20年)10月14日に「尊命」の政治団体の解散の届出がなされたことが確認されており、官報(発行:2008年12月19日)に掲載された総務省告示[59]により、平成20年分収支報告書の要旨の記載がされ、その内容からも同団体が解散されたことが確認されている。これにより、田中甲が代表を務める政治団体は、千葉県選挙管理委員会届出の「千葉フロンティア」のみとなり、同団体は、2007年(平成19年)12月の政治資金規正法改正による「国会議員関係団体(第1号)」[60]になった。
2009年(平成21年)1月6日、次期衆議院選挙に、千葉5区から無所属として立候補することを表明。その後、7月政治団体・日本の夜明け[61]への合流を表明し、同団体を母体とするみんなの党を渡辺喜美らと結党。同党公認で、9月7日にはみんなの党千葉県総支部連合会(代表・田中甲、会計責任者・石崎英幸[62][63]~元・田中甲秘書のちに市川市議会議員[64][65])を設立し、千葉5区より立候補、「みんなの党」ブームの風は吹かず、またしても小選挙区では民主党、自民党の候補に大差で敗れ、[66]重複立候補した南関東ブロックでの復活当選ならず[67][21]、落選し、同総支部連合会は12月31日解散された。
2012年(平成24年)の衆議院選挙には、日本維新の会公認で比例南関東ブロックからのみ立候補したが落選した。[68][21]
戦争と核(原発)と貧困のない自由な社会をつくる会
官報(発行:2015年2月26日)[69]に掲載された総務省告示によれば、2014年(平成26年)10月27日に総務省届出の政治団体として「戦争と核(原発)と貧困のない自由な社会をつくる会」(代表者・田中甲、会計責任者・大野忠治、主たる事務所の所在地・千葉県市川市行徳駅前一-26-15)の設立の届出が、官報(発行:2019年12月27日)に掲載された総務省告示[70]によれば、2019年(令和元年)7月1日に解散の届出がされたことが確認されている。
官報に掲載された総務省告示[71][72][73][74][75][76]によれば、平成26年分、平成27年分(平成28年10月17日提出)、平成28年分(平成29年9月4日提出)、平成29年分(平成30年9月14日提出)、平成30年分、令和元年解散分(令和元年7月8日提出)の収支報告書の要旨が公表されていることが確認されている。
2013年8月30日に開設されたホームページ[77]には、以下の記載がある。
- 目的 ~ 人々が、心身共に何ものにも支配されない自由な魂を持ち、平和のうちに幸福に生きていける社会を創るため、各分野で活動している人々の力を結集し、国民全体に運動を広め、現実に日本を改革していくことを目的とする。
- 活動内容 ~ (1) ホームページや会報、メールマガジン、出版物等の発行及び講演会・勉強会を通して本会の理念・政策を広く伝え、世論を喚起し、国民的議論を深め、共鳴する人々を増やす。(2) 各分野で活動する団体や個人と連携・協力し、共通する理念の下に統一した具体的な政策を作成してその実現に向けて行動する。(3) 地方議員、首長、国会議員等を、本会の会員が目指す場合、支援・協力する。
- 世話人として、田中甲(代表世話人)、佐々木重人、樋口明子、丸山 弘志、草場隆好、大野忠治の6名の記載がある。
- 私たちが目指す社会 ◆基本構想―いちばん大切なこと―[78]
政治団体設立の届出以前の活動として、2013年11月30日に小冊子『誰もが「自分の人生」を歩める-ベーシック・インカムというしくみ-』を出版[79]、2014年4月28日にYoutubeアカウント(@tocreatesociety)が登録され、2014年5月2日15:00~憲法記念館において「市民がつくる憲法草案」[80]を発表した記者会見の動画[81]が確認されており、設立の届出以降には、2015年8月7日東京八重洲ホールの会議室で、藤田幸久を迎えての勉強会「平和日本の正念場!」を開催(参加者34名)、2017年2月17日参議院議員会館で講演会「持続可能な社会を実現する~偏在から遍在へ~」を代表世話人と世話人の大野忠治(あまねく研究所代表)が開催(参加者63名)[82]するなどした。同名の講演会は、「次代をひらく三つの鍵」実行委員会(代表・田中甲、大野忠治、丸山弘志)が主催し、出馬した市川市長選直後の2017年12月2日、TKP東京駅大手町カンファレンスセンターホール22Gにおいて、「戦争と核(原発)と貧困のない自由な社会をつくる会」ではなく、千葉フロンティア、あまねく研究所等の共催で開催されたことが確認されている。[83]
2016年にホームページ(koh-tanaka.jp)[84]に「お知らせ」と題して、「長い間度無沙汰してしまいましたが、私はお陰さまで元気に日々を過ごしております。しかし、二年前の6月。父 田中金吾が他界致しましたことを最初にお伝えしなければなりません。」と近況を記し、「3年前から私は、同志とある会を立ち上げ活動を始めました。その会の名称は「 戦争と核(原発)と貧困のない自由な社会をつくる会」というものです。」として、2012年衆議院選挙での落選後の活動について明らかにした。
市川市長選挙出馬以降
2017年11月27日市川市長選挙
2017年(平成29年)10月25日、任期満了に伴う市川市長選挙に立候補する意向を表明。[85]国際大学の誘致などを公約[86]に掲げ[87]、同年11月26日投開票の選挙に出馬した。開票の結果、田中や上述の村越を含む候補者5人全員が法定得票数を満たさず、再選挙が決まった(田中の得票数は5人中3番目)[88]。
2018年(平成30年)4月22日市川市長選挙(再選挙)
田中は「次の可能性を十分感じさせる得票だ」と述べ、再選挙に挑む考えを表明した[89]。2018年3月14日、自民党への復党願とともに推薦依頼文を党市川市支部に提出した[90]。田中および前回推薦した坂下茂樹から推薦願を受けた自民党県連は「自主投票」と決めるも、自民党市川市支部は坂下への推薦を決定した[91]。再選挙は2018年4月22日投票で行われ、前回候補者のうち田中、坂下、村越の3人による争いとなったが[92]、村越が当選し、田中は落選、次点に終わった。
TEAM市川プライド
届出
2020年(令和2年)9月9日、千葉県選挙管理委員会への届出[93]で設立された政治団体、代表者は井田利明(前出、有限会社井田経営事務所代表者)、会計責任者は高根英樹(後出、田中甲秘書、公益財団法人太平洋戦争戦没者慰霊協会監事、呉服たかね)、主たる事務所の所在地田中甲の住所と同一であることが確認されている。
2024年(令和6年)12月31日、政治団体の解散の届出[94]がなされた。
目的
「私たちが生活している市川市は人口50万人にならんとし、東京に隣接する発展めざましい都市です。行政は、納税者である市民が日々安心して充実した生活を送ることができるよう、また、生活者を中心とした住民サービスが行われるよう、責任を持って対応していかなければなりません。同時に、市民一人一人がまちづくりの主体として、将来世代のために今やらなければならないことを考えていくべきではないでしょうか。市民と行政が一体となり、この市川市を持続可能な都市、誇りの持てる素晴らしい生活の舞台にするため、TEAM市川プライドは、ふさわしいリーダーを選び<、協力して、住み良い地域社会の発展に資することを目的として活動しています。」[95]
市川市政を共に考える会
2021年(令和3年)11月22日、代表者浅川英二(田中甲・元秘書、市川市議立候補[96]、公益財団法人太平洋戦争戦没者慰霊協会監事)、会計責任者後藤亜希子[97]、主たる事務所の所在地マンションKOH(田中甲が代表取締役の内湾開発株式会社所有)で、政治団体の設立の届出を千葉県選挙管理委員会にしたことが確認[98]されている。市川市長選挙では田中甲の確認団体となった。その後、2022年(令和4年)3月31日、会計責任者、主たる事務所の所在地の異動の届出[99]がされ、高根英樹(田中甲・秘書、TEAM市川プライド会計責任者、公益財団法人太平洋戦争戦没者慰霊協会監事、呉服たかね)の子である高根洸樹(当時18歳・千葉商大・劇団だるま)が会計責任者となった。2022年12月31日、同団体は解散の届出[100]をした。
田中甲さんを市川市長にする市民の会
2022年2月5日開催予定、「田中甲さんを市川市長にする市民の会」の決起集会延期のお知らせがホームページに掲載[101]され、借上げたビルの2Fが同会の所在地、FAX番号は田中甲が代表取締役の内湾開発株式会社[4]と同一であることが確認されている。
2022年3月27日に行われた市長選挙に、保守系の一部市議、自民党や日本維新の会の国会議員らの支援を受けて立候補。立憲民主党所属の元県議(翌年の県議選で県議に返り咲き)で同党の支援を受けた守屋貴子、現職の村越、元市議の片岡恭子ら5候補を斥け、初当選を果たした[102]。選挙結果は以下の通り。村越は得票率が有効投票総数の10%に満たず、現職ながら供託金を没収された[103]。 ※当日有権者数:400,508人 最終投票率:38.75%(前回比:+4.78pts)
Remove ads
政策
- 1999年(平成11年)、日本の戦争責任資料センター代表の荒井信一が主催する「恒久平和調査局設置を求める院内集会」に参加。自由民主党は責任や賠償から逃れたいために、歴史の事実を明らかにすることに反対している、と述べた[104]。
- 2022年8月、同年執行の市川市長選挙で田中が公約に掲げていた市川市の小中学校給食費全額無償化を実施すると発表[105][106]した。田中は「物価高による家計のひっ迫を救済する一面もあり、子どもの成長に必要な充実した食の環境を整えたい」[107]と述べた。
- 2023年2月8日、田中は村越前市長時代の2021年11月にオープンした「市本」(いちぼん)という文化施設について、2023年3月末をもって廃止することを明らかにした。民間委託し運営していた「市本」にかかる費用は年間およそ3000万円なのに対し、施設の利用者は1日あたり20人前後にとどまっており、田中は開設からわずか1年4か月で廃止を決めた理由について費用対効果や予算の優先順位を挙げた。市民やSNSユーザーからは田中の方針に理解を示す声もあった一方、市内在住の作家の石川智健らが反対を表明するなど議論を呼んだ[108]。
- 選択的夫婦別姓制度を推進[109]。
ダミー候補「市川まみ」擁立の二馬力選挙費用として計2208万円支払い
- 2025年12月20日東京新聞デジタルには、「市川まみはダミー候補だった」 3年前の市川市長選挙、女性が会見「田中甲市長の陣営が擁立」との表題[110]で、2022年3月の千葉県・市川市長選で、「市川まみ候補」だったとする女性が19日、市内で記者会見を開き、「名前や経歴を偽り、候補になりすましたダミー候補」になって市選挙管理委員会に届け出たことを市内在住の無職、中谷圭子さん(57)が明らかにしたことを報じた。中谷さんは、当時、この候補者が田中甲市長陣営の求めで出馬したと証言し、「市民や他の候補者に申し訳ない。田中市長は説明責任を果たしてほしい」と話した。
- 2026年1月14日東京新聞デジタルには、選挙に「ダミー候補擁立」疑惑、田中甲・市川市長が関与を重ねて否定 出馬女性の主張に「事実ではありません」との表題[111]で、2022年3月の市川市長選を巡り、前出の女性が昨年12月に記者会見したことについて、田中市長は13日の記者会見で改めて関与を否定する内容、「女性候補に、直接または間接を問わず出馬を依頼した事実はない」と述べ、再選を目指して出馬する今年(2026年)4月の市長選に向けた「妨害工作」との見方を示したことを報じた。
公益財団法人太平洋戦争戦没者慰霊協会[112][113]
要約
視点
設立・公益財団認定
- 1966年(昭和41年)11月15日 財団法人太平洋戦争戦没者慰霊協会 設立
- 2010年(平成22年)6月16日 公益財団法人太平洋戦争戦没者慰霊協会
所在地変遷
- 当初:東京都港区虎ノ門三丁目6番8号
- 2008年(平成20年)4月18日 東京都港区芝二丁目5番地19号
- 2010年(平成22年)6月16日 東京都千代田区五番町2番地-303号
- 2017年(平成29年)5月25日 東京都千代田区飯田橋二丁目9番7-305号
- 2019年(令和元年)10月23日 千葉県市川市行徳駅前一丁目26番12号(六甲ビル)
- 2024年(令和7年)7月15日 千葉県市川市南八幡四丁目11番9号クロノスマーレ201号(所有者:田中甲)
理事・監事
田中甲(現職・市川市長)の履歴
- 2013年(平成25年)11月28日、監事就任
- 2019年(令和元年)6月25日、理事就任
- 2019年(令和元年)7月10日、代表理事就任
- 2021年(令和3年)9月27日、代表理事重任
その他
- 大野忠治(田中甲・元秘書、一般社団法人公共貨幣フォーラム監事[114]、戦争と核(原発)と貧困のない自由な社会をつくる会[115][116]・2014年10月27日[117]-2019年7月1日[118]~会計責任者[117]) 2021年(令和3年)9月27日、理事就任 2023年(令和5年)6月7日、理事重任 2024年(令和7年)6月21日、理事重任
- 高根英樹(田中甲・秘書、TEAM市川プライド会計責任者[93]、呉服たかね[119])2019年(令和元年)6月25日、監事就任 2021年(令和3年)9月27日、監事重任 2024年(令和7年)6月21日、監事重任
2021年(令和3年)9月27日、監事就任 2024年(令和7年)6月21日、監事重任
- 菊地明[120] 令和6年6月10日、理事就任 2024年(令和7年)6月21日、理事重任
- 秋上眞一(前代表理事) 1998年(平成10年)10月15日、理事就任 2010年(平成22年)6月16日~2019年(令和元年)7月10日、代表理事
評議員(市川市内関係者)
Remove ads
著書
- 1996年5月8日、2045発目の核―仏核実験再開に抗議したある日本人の記録(田中甲・宇佐美登)PHP研究所
- 2000年6月1日、尊命の時代~政治とは命を守ること(田中甲)株式会社きんのくわがた社
- 2001年3年15日、きこえますか子どもからのSOS―児童虐待防止法の解説(太田誠一・田中甲・池坊保子・石井郁子・保坂展人)株式会社ぎょうせい
- 2001年11月10日、臥薪嘗胆の日々(ばばこういち著~第3章に田中甲に関する記述)株式会社インターメディア出版
- 新世紀日本の創造(田中甲)株式会社明光企画
- 2013年7月22日、支配を超えて(一般社団法人白川学園 専務理事 田中甲)新日本文芸協会
- 2016年4月27日、創造主義―「持続可能」社会を実現する転換の発想(田中甲)リベラルタイム出版社
脚注
関連項目
外部リンク
Remove ads