ゲーム『ウマ娘プリティダービー』におけるキャラクター、スティルインラブの育成シナリオに対する感想・レビュー。全編ネタバレなので要注意。
※この記事は個人の感想を述べたものであり、他者の意見や思考を批判・攻撃するものではありません※
私のたった一つの望み。可能性の獣。
とても美しいものをみた。
とても素晴らしい愛の物語をみた。
ゲーム『ウマ娘プリティダービー』4.5周年で実装されたキャラクター、スティルインラブの育成シナリオのことだ。
今日はこの、色々と話題になっているスティルインラブシナリオの話をしたい。何故かと言うと感動したからだ。とても、とても感動した。
その前に、念のため。公式サイトの言葉を引用すると、このゲームは下記のように説明できるだろう。
別世界(我々の世界の競走馬)の名前と魂を受け継ぎ、“尻尾と耳”そして“超人的な走力”を持つ「ウマ娘」を育てあげる育成シミュレーションゲーム
僕がこのゲームをちょいちょい遊んでいることは、過去に下記の記事でも書いた。
ただ、僕は競馬のことを全く知らない。牧場だって一度遊びに行ったことがあるくらいだ。だからハッキリ言って僕はニワカ以外の何者でもない。
何ならスティルインラブというおウマさんのことも全然知らなかった。4.5周年が来るまでに僕が彼女について知っていたことと言えば、スピードサポカでやたら強いことと、何か厨二病特殊なタイプであること、あとスイープトウショウに追いかけまわされていることくらいだ。
そんな人間が何故スティルをガチャで引いたかと言うと、何だか物凄くシナリオが話題になっていたからである。つまり話題性だけで気になって引いた。
結果は、既に書いた通りだ。美しく、素晴らしい愛をみた。
なので元々別の記事を書こうと思っていたけど、急遽今週の記事はスティルインラブに挿げ替えることにする。
以降、惜しげもなく満遍なくネタバレが始まる。何ならスティルインラブ以外のウマ娘シナリオにもガンガン触れていく。っていうか育成シナリオを知ってること前提の記事なので、読みたくない方はブラウザバックを推奨する。
本当に――これ以上ないメリーバッドエンドだった。
お前は何を望む? その心に何を願う?
現在の僕のスティルインラブに対する印象を一言で述べると、「愛されているんだなぁ」である。
彼女の育成シナリオでの際立った特徴の一つとして、やはり『特殊演出』が挙げられるだろう。育成後半になると画面全体が赤みがかっていくアレだ。シナリオ開始時にON/OFFの切り替えが可能な、アレだ。
まず、この表現が実装されている事実そのものに愛を感じる。
似たようなことはアプリ内のカメラ撮影モードで「セピア調で撮る」みたいな機能が存在したり、イベント中に赤みがかった画面になることが他の育成シナリオでも見受けられることから、そこまで突飛なことはしていないのだろうと推測する。技術的な面でも、恐らくはレイヤーを一枚挿入するだけだろう。
しかし、消費サイクルの激しいソーシャルゲーム界隈においては例え1Hだけであっても工数を切り詰めたいのが本音であり、っていうか技術的に可能であっても実のところ実装には多くの工数を要するので「簡単だから入れちゃおうぜ」「あはっ☆オッケー」で通るものではないハズだ。
にもかかわらず、究極的に言えば「無くてもよい」演出が、シナリオ上実に効果的なタイミングで実装されている。これは妄想だが、仮にこの機能自体がスティルインラブのために導入されたと言われても僕は全く驚かない。むしろそうであれ。
また、噂によると温泉旅行を引き当てると通常エンドの後に温泉旅行イベントが入るらしい。他のウマ娘だと温泉旅行⇒エンディングの順番なので、まさしくこれは異例である。明らかな特別扱いだ。
ちなみに「らしい」と書いている通り、僕は育成シナリオでグッドエンドを一つ見ただけであり、他のエンドは未だ見ていない。その程度の情報量で記事を書くなと仰りたいか。そう……それはそう……でもまあいいじゃん、そういうの。
話を戻そう。シナリオの特異性も際立っている。
ウマ娘の育成シナリオは基本的にハッピーなものが多い。マーベラスサンデーなんかはまさしくそれで、「Gガンダム大勝利! 希望の明日へレディ・ゴーッ!!」感の凄まじさたるや、その多幸感はいずれガンにも効く。ちなみに、後にドリームジャーニーが来るまでマベちは僕のアプリホーム画面を独占していたしQOLも爆上がりしたのでこれはまず間違いない。
一方、何となく不穏な感じで終わるタイプのシナリオも無くはない。ヒシアケボノはこれに該当するだろう。「いずれ身体が壊れることは分かっていても、緩やかに穏やかに破滅に向かっていく」という結末だ。
スティルインラブの育成シナリオはヒシアケボノをより極端な形にしたものと言えなくもない。また、ある種の「神の視点」を持つネオユニヴァースが「HPED(HappyEndの意であろう)ではない」と明言している通り、スティルインラブならびにそのトレーナーの行く末は諸手を挙げて祝福できるようなものでもない。少なくともトレーナーは自らが積み上げてきた様々な人生の軌跡を――何よりも自らの存在そのものを、少女一人のために手放すことになった。
「自分の存在が根本から変化する」というのは、つまるところ非常に死に近い概念だ。あの魔人ブウだって「俺が俺でなくなる」と叫んだ時は脂汗を流していたわけで、それは一個の生命体として何よりも恐ろしい結末なハズである。
それでも、トレーナーは手放す。かつてスティルが苦悩し、嫌がった『本能』に突き動かされるようにスティルのもとへ向かって、彼女と共に居る選択をする。
特異の最たる点は、やはりここだろう。
これまでにも「あいつおかしいぜ……」とされるトレーナーは居た。漆黒の業務量で体をボロボロにしながら楽しそうに働き続け、「狂ってやがる」と担当ウマ娘にまで言われたシリウスシンボリのトレーナーなどだ。しかし、シンボリトレーナーらは担当ウマ娘の『ウマ娘としての幸福』――走り、応援され、名を残し続けられますように――のためにひたむきになっているのに対し、スティルトレーナーは『トレーナー自身の幸福』と『スティル個人の幸福』が綯い交ぜになった状態である。
ここでいう『トレーナー自身の幸福』に、種としての自己保存本能は含まれていない。在るのは『人間でなくなってもスティルの美しさに触れたい』という破滅的な願望だ。
欲望と言ってもいいが、恐らく、最も適した言葉は『本能』だろう。
スティルインラブは本能を忌み、理性によって自らを超克しようとした。しかし最終的に、彼女はトレーナーの『本能』に応えるため、それまでの自分を捨てて本能と理性を融合した。
トレーナーは理性によるスティルの制御を補助したが、やがてスティルに引きずられるように『本能』に蝕まれ始めた。そして最終的にはトレーナーもまた、本能と理性の融合した存在となった。なお彼に理性が残されていることは、スティルに伝えた「君を守ると約束した」の言葉からも明らかだ。
本能的渇望と、互いを第一に置いた理性的・利他的視座が危うくも同居した存在。彼らは間違いなく精神的にも生物学的にも近しい場所にある。ここまで近づき合った関係のウマ娘とトレーナーは他に無い。
互いが互いのために。変貌を厭わない愛がそこにはある。
美しい。
眩しくて目が焼ける。
でも幸せならOKです!!!
本シナリオが話題になっていたことは冒頭にも書いた。僕も色んな感想・考察記事を拝読したが、物議を醸す最大のポイントは『このシナリオは宿命の超克を満たせていないのではないか』という点にあるように思う。より端的に言うと「ウマ娘でこのシナリオはいいの???」だ。
前提的知識であることを承知の上で書くが、各名馬をモチーフとしたウマ娘たちにはそれぞれの『宿命』が存在する。そして大体の場合、個別の育成シナリオでトレーナーと共に切磋琢磨しないと、『宿命』を乗り越えることは出来ない。ネオユニヴァースは怪我で三冠馬になれないし、マーベラスサンデーはマーベラスな空間に辿り着くことはないのだ。怪我や不調により栄冠にあと一歩となった名馬たちのifを、プレイヤーが導くことで掴み取れる……それがウマ娘というコンテンツのお約束だった。
それらと比較すると、スティルの結末は……確かに派手なものではない。史実では勝てなかったエリザベス女王杯などでも勝利を掴めるものの、最終的には人々の記憶から(宿命力により)忘れ去られていく。結末には哀愁と破滅の匂いが漂い、トレーナーの死が連想される。印象としては間違いなく悲劇だ。
だから分かる。「もっと全力幸福を見たかった」という気持ちも、「忘れ去られていくトゥルーエンドってアリなの?」という気持ちも、「っていうかウマ娘に望んでるのは幸せであってビターじゃないんだよ」という気持ちも。
分かるのだが、それでも僕はこのシナリオを肯定したい。仮にこのシナリオが杜撰で適当で最後だけ急に雰囲気変えているような内容であったらこうはならなかっただろうと思う。
本シナリオの二人は、決して状況に流され、流されるままに結末へ至ったのではない。互いに互いの幸福を思いあった多くの決断の末に、あの花畑へ辿り着いたのだ。
トレーナーがモノローグで告げるように、彼と彼女は何度周回しても同じ場所に行きつくだろう。まさに運命であり、宿命である。それだけの説得力があるシナリオ運びだったように僕は思う。
また極端な例ではあるが、『究極的にはレースでの勝利も栄光も不要だった』というのはネオユニヴァースのシナリオにも存在した概念だ。それを考えると、そこまで掟破りな展開では無いのではないか。どうかな。どうだろう。どこまで行っても好みの問題な気もしてきた。メリバ許容派と否定派の抗争に足を突っ込むと痛い目を見る気がするのでこの話はここまでにしておこう。
でも最後に、もう一つだけ。通常、『まだ』という言葉には逆接の意味が付随するものだ。つまり『まだ、愛している(Still in Love)』という言葉には、何らかの上の句がある。
『他のすべての人々が忘れ去ったとしても、自分はまだ』
『他のすべてを捨てるしかなくても、それでもまだ』
僕はそんな上の句を連想する。いや、Still in Loveという名前には元々、そういった上の句を連想させる"儚さ"がある。花は桜、君は美し。儚さが生み出す美しさに、どうにも僕は弱い。
こうして、ここに僕の情緒は狂おしい程の結論を下す。これだけのモノを生み出すに至ったスティルインラブは愛されているし、それを原典として生み出された物語も美しい。育成シナリオをクリアしてここ数日くらいずっとスティルのことを考えてしまうくらいには美しい。
ウマ娘というコンテンツがどれくらい続くか、それは僕には分からない。ただ将来、このゲームがサービス終了して、そして何かのキッカケでふと遊んだ記憶を思い出した時――僕はきっと連想し、幻視するだろう。
月光の下、雪とともに踊る儚い二人を。あるいは青空の下、一面の花畑の中で見つめ合う二人を。
異常な程に長くなってしまったのでここらへんで終わりにしたい。そして記事を締めるにあたっては、スティルインラブ育成シナリオに対する僕の気持ちに最も寄り添ってくれた圧倒的女帝・エアグルーヴ姐さんの言葉が相応しいように思う。よって、ここに彼女の言葉を借りる。
うすうす思ってたけど
キミ絶対学生じゃないよね???
以上、
【ウマ娘プリティダービー(スティルインラブ育成シナリオ)】 "それでも"と言い続けろ
の項を終わろうと思う。ここまで読んでいただき有難うございました。
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