「一番早い追っかけだった」佐藤駿 羽生結弦さんをめざし、次の夢へ

坂上武司

 ミラノ・コルティナ冬季オリンピック(五輪)は8日、フィギュアスケート団体で日本が銀メダルを獲得しました。最後に登場した佐藤駿選手は会心の演技を披露し、涙を流しました。彼がミラノにたどり着くまでの道のりをたどります。

     ◇

 フィギュアスケート男子の佐藤駿(エームサービス・明大)には、忘れられない光景がある。

 10歳の時、当時練習していた仙台市のリンク。テレビ画面の向こうで、羽生結弦さん(31)が2014年ソチ五輪のショートプログラム(SP)を演じていた。

 演目は「パリの散歩道」。佐藤は、「今でも覚えています。衝撃的でした」。

 羽生さんはソチで、日本男子初の金メダルに輝いた。「あの羽生さんを見て、僕も五輪の舞台に立ちたいと思いました」

 佐藤は5歳でスケートを始めた。当時まだジュニア選手だった羽生さんは、拠点を仙台に置いていた。数少ない男子選手の中で、佐藤にはとびきり輝いて見えたという。クラブは違ったが、大ファンになるのに時間はいらなかった。

 佐藤の父は言う。

 「駿が羽生さんの、一番最初の追っかけだったんじゃないですかね」

 父に頼んで、羽生さんの大会を観戦して回った。新横浜で行われた2009年全日本ジュニアをはじめ、茨城県ひたちなか市、青森県八戸市――。

羽生結弦さんの演技後に投げ込んだのは…

 小さな大会では報道陣がまばらだった時代。佐藤はどのメディアよりも早い、羽生さんを追う「番記者」だったかもしれない。

 何より思い出深いのは、新横浜であった大会。羽生さんの演技後、スケート靴を履いたぬいぐるみをファンレター付きでリンクに投げ込んだという。

 その後、羽生さんからお礼の手紙とプレゼントを受け取った。弓矢形のペンダントだった。

 「僕にとって大切な宝物。お守りです」

 佐藤は今、そのペンダントをティッシュカバーの中に入れて、大会に出場している。初めて表彰台に上がった昨年12月の全日本選手権でも「お守り」を忍ばせた。

 ミラノ・コルティナ五輪で、憧れの羽生さんと同じ舞台に立つ。

 羽生さんからもらったペンダントを着けて臨みますか?

 そんな問いかけに、佐藤は笑った。

 「そうですね。うーん……。でも、いつも通りでいきたいので、お守りとしてそばにいてもらいます」

 当然、表彰台を狙う。「出るだけではなく、メダルを取りたい」

 次の夢も、すでに決めている。

 「4回転(クワッド)アクセルジャンプを成功させたいと考えています。あと4年間やるかどうかは分かりません。でも、それだけは決めたいと思います」

 クワッドアクセルは、羽生さんが22年北京五輪で挑んだジャンプ。惜しくも成功はできなかったが、羽生さんが競技人生を懸けた大技だ。成功者は世界でイリア・マリニン(米)だけで、日本選手の成功者はまだいない。

 羽生さんが追い求めた「夢」を継ごうと、佐藤は心に誓っている。

 「ジャンプの申し子」と呼ばれる佐藤なら、やってくれそうな気がする。

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この記事を書いた人
坂上武司
ネットワーク報道本部|大阪駐在・関西担当
専門・関心分野
フィギュアスケートやアイスホッケーなどの氷上競技。音楽や映画
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