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名古屋の生活史の断片から、名古屋の魅力について考えてみた。

同人誌を書くために調査をしており、いくつかの大学の知人に生活史の聞き取りを行なった。テーマは「下宿とローカル・アイデンティティ」。よくいう、郷から出た方が里への愛着が湧くという現象の解明のための調査である。私は医療社会学・福祉社会学を専攻しているため、この手のアイデンティティの課題には門外漢であるが、いくつかの文献に当たりながら苦戦して現代のアイデンティティ観をつかみ、それを批判し、そして一貫したアイデンティティの必要性として、ローカル・アイデンティティ(私の地元らしさ)が求められているのではないかという仮説を立てた。この仮説は人によって肯定されたり、否定されたりした。否定している人の中にも、肯定されうるような要素があったりもした。

こうした研究背景の中で、私は彼ら彼女らの共通の下宿先である名古屋に関する語りに興味を示すようになった。本調査ではあまり名古屋というところは重要ではない。というのも、ローカル=地元の人だというアイデンティティが本筋だからである。しかし、このnoteでは番外編的に、インタビュイーの名古屋観について取り上げ、それを考えてみることとする。


地下鉄

──初めて名古屋に来た時の印象は?

地下鉄に感動して(笑)。そう。なんか、下に降りたら電車が通ってるっていう。何回か東京で地下鉄とかには、まあ小学校の旅行とかで乗ったことはあるんだけども、実際に自分の日常に地下鉄があるんだっていうそういう、なんだろう、ホワホワ感。すごい、嬉しいっていうか、自分都会に来たんだ、っていうのがまあ、結構、地下鉄に乗って初めてイメージがついたって感じ。

──ホームシックとかはなかった?

あんまなかったかもしれない。最初名古屋に引っ越してから1ヶ月ぐらいはずっと、一人暮らしめちゃ楽しいなみたいな(笑)。家の前にコンビニ、歩いて行けるし、スーパーも歩いて行けるし、なんなら地下鉄も通ってるから、もうどこにでも行き放題。別に富山、うん、たまに帰るぐらいでいいかなみたいなーそんな感じだったわ。でも、結構忙しい時とかしんどい時とかは実家にたまに帰りたくなることはあったけど、そんな頻繁にではない。

──名古屋暮らしを楽しんでいる。

あ、楽しんでいる(笑)。

ナギサさん(仮名)への聞き取りにて

私は名古屋大都市圏で生まれ、育った。土日にはオアシス21のトミカショップやポケモンセンターに行き、おもちゃを買ってもらうというのが日常であった。そして、今は名古屋に住んでいる。こうした事情から名古屋には普段から親しみを持っている。もちろん、地下鉄も都会のイメージはあるものの、一種の公共交通として自分の中にインストールされた存在であった。初めて地下鉄を見たら驚くかもしれない。だが、これは誰にでもある反応だろう。私も路面電車を初めて愛媛で見て、「なぜ路上に電車が?」と驚いた記憶がある。香港の二階建て路面電車なども、直接見たことはないがネットで見たときには目を丸くした。

しかし、ここで注目したいのは、 日常に地下鉄が現れるということ、その「ホワホワ感」である。先の言葉を借りたら、「一種の公共交通として自分の中にインストール」されることに対する嬉しさ、ワクワクを表す言葉であろう。確かに新しいものを見たら驚く、そしてそれが日常として自身に組み込まれると知ったとき、それはそれは大きな驚きとワクワクを持ち込むものであろう。この二つの驚きは大きく異なるものである。

私は名古屋でホワホワしたことがあっただろうか?名古屋は今再開発が大きく進んでいると聞く。例えば、栄には映画館付きの巨大ビルが今年完成する。しかし、入居するのはラグジュアリーホテルと、それに負けないような高級ショップばかりだということも聞く。確かに栄に大きな建物ができ、風景が変われば驚きはするだろうが、日常に組み込まれるという感覚はそれほど持てないだろう。

名古屋は巨大な再開発が多い。名鉄のビルもどんどん大きなものになるらしい。しかし、名古屋にとって重要なのはとにかく大きい開発、とにかく新しい技術なのではなく、日常にそれがあるという感覚だろう。外国人観光客が増え、名古屋の風景が変わっていくにつれ、どんどん名古屋が私の日常から遠く離れたところに行ってしまうような気がする、のは私だけだろうか。


東京と変わらないもの、違うもの

──初めて名古屋に来た時の印象は?

大学見に行った日があって、2月、じゃない12月。東京と名古屋の両方の大学を見に行って、親と一緒に。その時に、都会だけっていうか、都心だけに行ってる分には別にそんな変わりない。東京はただそれが広いっていうか、街がいっぱいあるだけで、今まで富山のそんな駅前のマルートだマリエだみたいな、さっきの駅ビルの話をしてた人間が、三越だの、松坂屋だのが、いっぱいある。複数あるっていうのを見た時点で、なんか、そこに優劣ないから、別に名古屋も全然都会じゃん、っていうのは、その当時は思いました。

──今はちょっと違う。

どうだろうな。東京の人ってでも東京にいる前提で過ごしているじゃないですか。うまく説明できないけど。

東京ってでもなんか、多分、東京に住んでなくても聞こえてくる街の名前とか駅の名前がいくらでもあるじゃないですか。無数にあるじゃないですか。けど名古屋って、別にでも、3、4番目の都市だとしても、名古屋に住んでてすら、そんなに名古屋の、自分が直接利用する駅以外で、その、駅とか街の話しないなって思うんで。自分の生活圏以外の。なんか、どんな街かっていう。なんなら名古屋よりもイメージついてるまである。自分地下鉄圏内しかまず知らないし、名鉄の駅とか全然知らないし。地下鉄圏内ですら降りたことない駅の様相を知らないから。そうなったときに前提知識だけで東京の方がまだ知ってるまであるなって思ったりしました。

──2、3年経っても東京の方がイメージある?

名古屋で出歩かないからかな。出歩く時ほんとに県外行っちゃうから逆に。名古屋にいたらほとんど家で過ごしちゃうんですけども。

レンさん(仮名)への聞き取りより

東京を題材にした曲は数あれど、名古屋を題材にした曲は少ないのではないだろうか。名古屋は都会である。東京の方が優れていると思うことは確かにあるが、「だから名古屋から出たい」と思うほどのものでもないだろう。たまに本屋さんの在庫検索をする時があるが、東京にある本は大抵名古屋にもあるし、名古屋にない本は東京にも置いていない。そのケースが大半である。しかし、古本に関しては東京が何倍も優れていると聞く。しかし、amazonや楽天などのeコマースが発達している今は、あまり関係ない。

しかし、こうなってくると引っかかるのが、彼が述べた、「東京ってでもなんか、多分、東京に住んでなくても聞こえてくる街の名前とか駅の名前がいくらでもあるじゃないですか。」から始まる語りである。東京はさまざまな歌の題材になる。色々なテレビの特集でも組まれる。ニュースでも一番に東京のことが報じられる。そして、彼もいう通り東京は街が広い。今日はここに行って、明日はあそこに行ってということを日常的にしている。しかし、名古屋は栄と名駅ぐらいしか栄えているところがない。これは便利でもある一方で、その単一性がどこか歌の歌詞になりにくい、特集されにくいのかもしれない。

これは名古屋にとって重要な言及である気がする。名古屋は狭い街であるがあまりに、単一的な生活で、ひょっとするとつまらないのかもしれない。しかし、名古屋に個性が足りないわけではない。オアシス21やアスナル金山といった、何もしなくてもぼーっと座ってたり歩いてたりできる空間は東京には珍しいし、大規模商業施設の密集地帯、秋葉原よりも密集度の高い大須の電気街など、東京や大阪でもないようなものが名古屋にはある。しかし、これらが栄という一つの言葉にまとめられてしまうのが残念である。


夜の散歩

──富山のことはあまりすきじゃないですか?

うーん、まあ、住む分にはあんまり好きじゃないかもしれない。まあでも嫌いではないっていう感じ。

──都会の方が合ってるなと。

うん、そうだね。都会の方がよりあってたって感じかもしれない。

──そういうエピソードとかってあったりしますか?

エピソードで言うと、なんか名古屋にいた頃とかは、深夜にコンビニとか、深夜に散歩とか色々行ってたんだけど。富山だとマジで夜、本当に周りに明かりがなくて。自分が名古屋に来て一人暮らしにして夜型になっちゃったんだけど、夜とかに気軽に出歩いたりとか、気分はらしにどっか散歩したりとか、そう言うのが富山だとなかなか気軽にできないなっていうので、帰省中は不満ってわけじゃないけど、外出れないなーみたいなそう言うモヤモヤ抱えてた(笑)。

──逆に帰省の良い点は?

帰省に限らずだけど、やっぱり家族がいるって言うのはすごく大きいなと思ってて。家族がいることで何か自然と会話が増えるし、あと、なんだろうな。自然と会話が増える。それが大きいかもしれない。

──けどずっと同じ人と会話し続けるのはちょっと大変。

そうだね。ずっと同じ人と会話し続けるのもそうだし、住んでるところも田舎だしで、ずっとうちに閉じこもってる感覚があるというか。それはちょっと感じてたけど、数日帰る分にはめちゃくちゃ居心地がいいって感じ。

──名古屋に来て富山いいなって思い直した。

富山いいなと思ったことはあんまない(笑)。富山ってよりかは実家って感じかな。

──けど一人暮らしって寂しくならないですか?

寂しくはたまにはなるかな。そう言う時は、友達にLINEとかして、あの、ご飯の予定突発的に立てたりとか(笑)。そういうのがたまにあるんだけど(笑)。そういうのをやったりしてるかな。

結構夜とかに寂しくなっちゃうんだよね。

──けど、出歩けないのもちょっと嫌だなーみたいな。

特に富山だと夜寂しい時出歩けないから、ずっと家にいるみたいな感じだし、家族も早々に寝ちゃうから、本当に家で一人みたいな。それはすごい思うし。一人暮らしの時も、そんな感じかもしれない。

ナギサさん(仮名)への聞き取りにて

張り裂けそうな静寂が襲いかかる地方の街。それと違って名古屋は夜でもある程度明かりはあり、治安は(どこでも)少し不安はあるが散歩することができる。ナギサさんはそれができない帰省中モヤモヤすると語る。これは私も感じる名古屋の魅力である。東京だと街が明るすぎる。地方だと街が暗すぎる。しかし名古屋の住宅街は、シャンシャンと街灯が道を照らし、車がたまに行き交うだけで、それ以外何もない。強いていえば等間隔でコンビニがあり、それだけが人気のある空間になっている。そんな名古屋の夜が好きだ。

そう考えると、名古屋でしかできないことがいろいろあるような感じがする。東京や大阪みたいに都会すぎるとできないこと、それはオアシス21の広場に座るように、無意味に街を滞在すること。地方だとできないこと、夜の散歩や、とりあえず街に行って、無意味にウィンドウショッピングでもすること。名古屋はときに大きな地方と呼ばれることもあるが、そのどっちつかずさを何か生かせるのではないかと考えている。


とりあえず、今日はここまで。

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名古屋の生活史の断片から、名古屋の魅力について考えてみた。|愛の戦士(アイノセンシ)
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