463.幕間 滑空ぶ…
暗闇に一条の光が走る。
それはまるで、彼らが滑空ぶ道標のようだ。
たとえるなら灯台。
果てなき海を進む船に、正しい道を示すもの。
今日も夜が明けた。
いや、まだ明けたとは言い難いだろうか。
夜と朝の狭間。
きっとそんな、はっきりしないわずかな瞬間。
――彼らの時間がやってきた。
ディラシックのはずれには、畑が広がっている。
実に広大。
ここなら思いっきり滑空べる。
納屋。
木。
家畜小屋。
そして民家。
本来それらは障害物でしかないが。
しかし、考え方一つだ。
あれらは進行経路。
そう捉えると、むしろ必要な物に見えてくる。
空はまだ暗い。
畑仕事を始めるにも、まだ早い時間だ。
そんな瞬間。
一人。
また一人と。
細長い板――魔道式飛行盤を小脇に抱えた者たちが、集会う。
朝陽に導かれるように。
否。
空に焦がれ、空を愛するために。
「今日もいつもの顔ぶれだな」
――オースディ・フェンダー。
魔術学校特級クラスに籍を置く、若き火の魔術師。
空飛ぶ魔道具「魔道式飛行盤」のテスターから参加している彼は、その頃から空を愛していた。
ここにいる誰よりも滑空んでいる。
そして、ここで滑空び始めた者の一人だ。
今でこそあたりまえのように人が集まるが。
最初は、二人だった。
創始者と言えば大袈裟だが、まあ、そのようなものである。
彼は魔力操作が上手い。
誰もが驚くような進行経路を滑空ぶことがあった。
その姿から、「奇謀奇算のオースディ」と呼ばれたり呼ばれなかったりしている。
「へえ。今はこんなに人が集まるんだな」
――ハンク・ビート。
オースディの友人で、彼も魔術学校特級クラスの一人だ。
そして、ここで滑空び始めた創始者の一人でもある。
人が少なく。
障害物が少なく。
安全な場所で。
そう考えて見つけたのがここなのだ。
実は直近まで遠征していたので、久しぶりの参加である。
彼の魔力操作は相当なものである。
安全第一の健全なスタイルは、初心者たちの模範となっている。
その姿から、「慎重すぎて入学遅れのハンク」と呼ばれたり呼ばれなかったりしている。
「毎日見ていると飽きる顔ぶれね。ハンクは久しぶりに見たけど」
――サーティ・エウラ。
魔術学校二級クラスに属する、風の魔術師だ。
結構可愛いので、ここでは割と人気がある。
この集会に参加するのに、歳も身分も、何も関係ない。
空を愛しているか。
参加資格など、それだけである。
彼女は魔力操作が巧みだ。
術式の影響だろうか、風属性の飛行盤は加速度が違うので、直線の速度は相当なものになる。
その姿から、「超速のサーティ」と呼ばれたり呼ばれなかったりしている。
「……ねみぃ……」
――アラナ・ヤク・オーザ。
オースディ、ハンクと同じく、魔術学校特級クラスにいる土の魔術師だ。
ひどく痩せていて、今日も体調が心配になる顔色だ。
目の下の隈もすごいが。
本人曰く「女性的魅力って言ってくれる男もいるんだよ」とのこと。
意外とモテるのかもしれない。
彼女は魔力操作に絶対の自信がある。
針の穴をも通す細かい操作を、平気な顔で普通にやってのける。平気じゃなさそうな顔色で。
障害物か。
あるいは競う相手の間際を滑空んでみせる。
そんな接触を恐れない姿から、「いつか事故りそうなアラナ」と呼ばれている。
「……」
――ラディオ。
大柄で口数の少ない彼も、魔術学校の特級生である。
口下手だそうで、あまりしゃべらないが。
でもそんなの関係ない。
空を滑空びたい。
その気持ちさえあればいい。
彼は魔力操作に優れている。
でも特に競い合う気持ちは薄く、単純に飛べればいいタイプだ。
そんな姿なら、普通にラディオと呼ばれている。
「最近、あの子が悪い遊びばかり憶えてきてね……」
「いいことじゃないの?」
「立場上、あんまり俗世に染まらないでほしいのよ……ほらわかるでしょ? 立場があるじゃない。立場があるのよ。立場が。わかるでしょ? わかるって言ってよ」
「わ、わかったわかった」
――なんか話している年上の女性二人は、フィレアとアイオン。
彼女たちは、よくわからない。
商業ギルドで飛行盤の話をしている彼女らを、オースディが偶然見つけて。
「俺らここで飛んでるからよかったら来てね」と誘った。
結果、時々来るようになった。
それだけの関係で、名前以外は本当に何もわからない。
アイオンなんて、いつも目深にフードをかぶっているので、顔も見えない。
背が高い女性、ということしかわからない。
――ちなみに。
フィレアはハンクと知り合いだが、黙っているようフィレアが頼んでいる。
ここにいる間は、あくまでも、飛行盤で飛ぶ仲間。
それだけでいたいから、と。
ハンクは「日常のストレスとかすごいんだろうな」と察して、口を噤むと約束した。
二人は魔力操作が抜群だ。
自由気ままに滑空び、自由気ままに直帰る。
そんな姿から、まあ、特になんとも呼ばれていない。
朝早く来るのは、だいたいこの辺の面子だ。
時間が経つにつれ。
闇が払われるにつれ。
ここから十名くらい増えて行く。
そうして、朝になったら解散するのだ。
夜と朝の狭間の瞬間。
この特別な時間だけ、彼らは全力で空を愛する。
さあ、今日も飛行しよう。
この果てしない空を。
◆
「――おーい! オースディ! ハンク!」
と、そこへ一人の女性が駆けてきた。
「「あっ」」」
振り返ったオースディ、ハンクが固まった。
来た。
来やがった。
「私も混ぜろよ!」
――サンドラ・ドナ・アコビスタ。
彼女に関しては、もう、多くの言葉は必要ない。
一度彼女の飛行を見れば、それでいい。
充分理解できるから。
彼女は魔力操作が絶望的だ。
数秒まともに滑空べればいい方で、あとはどこへ滑空ぶかわからない。
急発進し、バランスを崩し、落ちる。
何かにぶつかる。
地面に飛行盤が刺さることも多々ある。
そんな姿から、「天災サンドラ」と呼ばれたり呼ばれなかったりしている。
――だが、そんなことはいいのだ。
「ゆっくり魔力を込めろ、ゆっくりだ! もっとゆっくりだ!」
「これでもゆっくりやってんだよ!」
参加資格は、空を愛すること。
それさえ満たせば、サンドラを拒む理由はない。
「今度飛行盤折ったら許さねぇからな! 俺たちにとっちゃ夢の魔道具だぞ!」
「うるせぇ! 誰も好きで折ってねぇ!」
彼らの瞬間は始まったばかりだ。