傑作「青春の殺人者」「太陽を盗んだ男」を30代にして世に送った映画監督、長谷川和彦さんが1月31日、80歳で亡くなった。原爆を題材に自身の人生と向き合う新作を撮る構想もあっただけに、訃報に触れたゆかりの人々からは惜しむ声が相次いだ。
「いつも広島愛丸出しだった」と懐かしむのは、2023年6月に広島フィルム・コミッション職員として長谷川監督のロケハン(新作のための下見)に同行した西﨑智子さん(59)。「広島への思いの強さを感じた。新作がかなわないまま亡くなられたのは残念でならない」と悔しがる。
ロケハンでは母校の皆実小、翠町中を経て広島大付属高(いずれも広島市南区)へ。監督は講堂で「生徒会長だったから、ここで何度も話した」と得意そうに演台に立った。比治山や放射線影響研究所(同)も訪ね、タブレットに入れた昔の写真と照合しながら回った。「自伝的なストーリーにされるのかなと思ったが、今思えば人生の振り返りのためだったのかもしれない」と西﨑さん。翌年には長い台本が届いた。
実はこの日、監督は東京都内で転倒して骨折していた。俳優でパートナーの室井滋さんから「骨折が治らないからアルコールを飲ませないで」と頼まれていた。お好み焼き店でビールを飲もうとする監督を止めるのに苦労したのも、懐かしい思い出だ。
中国放送アナウンサーで映画監督の横山雄二さん(58)は「とても繊細な人だった。信用した相手には自分を見せ、こちらの情熱も見ている。自分と映画が同義語で、俺と心中できるか、と覚悟を試すようなところがあった」と振り返る。
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