仮面ライダージャスパー 第16話『地獄の聖夜に正義を示せ!!』
街は、残酷なほどに輝いていた。
12月24日。東京某所の大通りは、色とりどりのイルミネーションに彩られ、愛を語らう恋人たちや、サンタクロースを待ち侘びる子供たちの笑顔で溢れかえっている。そして今、この街の子供たちにとって、サンタ以上のヒーローは「仮面ライダージャスパー」だった。
「あ、仮面ライダーだ!」
マスクの上からサンタ帽を被った仮面ライダージャスパーは、子供たちに優しく語りかけ、色鮮やかな変身ベルトを配り始めた。
「メリークリスマス。これは正義の味方になれる特別なベルトだ。さあ、みんなで着けてみようか」
その様子を、パトロール中のパトカーから見守る三人の刑事がいた。
一人は、ライダーの良き理解者であるベテランの桜井警部補。
一人は、かつてライダーに命を救われた後輩の吉野巡査長。
そしてもう一人は、警察学校を首席で卒業し、配属されたばかりの新人女刑事・日下部巡査だ。
「…あんな公衆の面前で、玩具を配るなんて。すっかり皆のヒーローですね」
吉野が目を細めて笑う。だが、桜井の刑事の勘が、背筋に走る嫌な予感を捉えていた。
「…待て。ライダーが自分からあんな目立つ真似をするか?」
勇がバイクで現場に駆けつけた時、偽ライダーは持っていたベルトを配り終えていた。
「やめろ! そのベルトを今すぐ外せ!!」
しかし勇の絶叫は、歓喜に沸く広場にかき消された。
ビルの中階、テラス席でシャンパングラスを傾けるサファイアが、愉しげに指を鳴らす。
「あら、本物の登場ね。最高のプレゼントをあげなくっちゃね」
その瞬間、偽のライダーが手にした起爆スイッチが押された。
鈍い破裂音が二度、響いた。
先行して配られたベルトのうち一つが、子供たちの腰で炸裂したのだ。一世帯を容易に破壊する威力。爆風に吹き飛ばされた子供たちの悲鳴。
雪の上に、焼け焦げたサンタ帽が力なく落ちた。
「……う、嘘だろ……」
勇は、目の前の凄惨な光景に立ち尽くした。
「正義の味方・仮面ライダーの名前、今俺が汚してやったぞ!」
偽ライダーは嘲笑いながら、混乱に乗じて広場を逃走する。勇は変身。偽ライダーをそれを追おうとしたが、背後から放たれた衝撃がその背中を弾いた。
「動くな、怪物!」
銃口を向けていたのは、新人刑事の日下部だった。彼女の目には、爆発を起こした犯人と、同じ姿をした「怪物」しか映っていない。
「日下部、撃つな! そいつは本物だ!」
桜井が叫ぶが、パニックと強すぎる正義感に駆られた彼女には届かない。
「桜井さん、騙されないでください! こいつら改造人間は、最初から私たちを殺すために作られた兵器なんです!」
日下部の放つ9ミリ弾が、勇の肩を抉る。勇は痛みと、守るべき警察からも撃たれるという絶望に、心が千切れそうになった。
吉野は子供を庇おうと偽ライダーへ駆け寄ったが、さらなる小型爆弾の余波を受け、血まみれになってアスファルトに転がった。
「吉野!!」
ジャスパーは怒りに任せて偽ライダーを圧倒するが、敵は煙幕と共に消え去る。
雪の上に残されたのは、血の跡と、変わり果てた聖夜の惨状だった。
地下基地に撤退した勇を待っていたのは、非情な現実だった。
サファイアは電波をジャックし、都民1000万人を人質に取った公開処刑を宣言した。
『你好、私の可愛いアンチ・ライダーが23区各所に3000個の爆弾ベルトを用意しました。すでに700個は配布済み。残りは順次、配送されます。……救えるかしら? 正義の味方さん』
勇の血の気が引く。
「どう頑張っても勝てない……! 3000個なんて、全部止めるのは無理だ!」
勇は頭を抱え、床に蹲った。「俺が……俺がもっと早く行っていれば、あの子たちは……!」
その時、蕪木の鋭いビンタが勇の頬を張った。
「敗北が確定した時にすべきことは、最善の負け方を考えることだ」
「最善の、負け方…?」
「今回ばかりは犠牲者ゼロは…ハッキリ言って無理だ。今我々にできるのは被害を最小限に食い止めることだ!」
蕪木は勇の胸ぐらを力強く掴み、その瞳を凝視した。
「……子供たちの心の中に、正義への不信感を植え付けさせないことだ。お前が助けに行かなければ、彼らは『ライダーに裏切られた』と思って死ぬ。だがお前が行けば、彼らは最期まで『自分を助けに来てくれたヒーロー』を信じていられる。命を救えずとも、心だけは守り抜くんだ!」
勇は、震える拳で『心のマグマ』のジェムを握りしめた。
たとえ、どれだけの犠牲が出ようとも。自分が「正義」であると信じ続けてくれる子供たちのために、最期まで戦い抜く。
「……やります!」
「よし、亜姫乃には工場の破壊に向かわせた!」
作戦開始。
亜姫乃は、デウスの秘密工場を特定。ガーネットへと変身し、自慢のモンスターマシン・レッドアイギスで工場へと突っ込む。
「ライダーブレイク!」
彼女は残りのベルト2000個を、工場ごと跡形もなく爆破・破壊した。
一方、蕪木は爆弾の遠隔コントロール装置の周波数を特定すべく、血眼でハッキングを続ける。
「勇、時間は稼いでやる。……行け!!」
勇は、再び雪の舞う街へと飛び出した。
テレビの中継車が彼を追う。都民全員が、モニター越しにジャスパーの戦いを見守っていた。
二人のライダーを包囲する警察部隊。その先頭には、まだ銃口を向ける日下部がいた。
「止まりなさい!」
日下部の銃撃がジャスパーを襲う。勇は反撃しない。銃弾をその身に受けながら、ただ真っ直ぐにアンチライダーへと突き進む。
装甲が剥げ、火花が散る。それでも彼は止まらない。
子供たちの視線が、自分に注がれているのを感じていたからだ。
「…必ずお前を、倒してやる!」
怒りと悲しみをエネルギーに変え、限界を超えた出力を解放した。
「マグマスプリーム……キック!!」
燃え盛る蹴りがアンチライダーの胸部を貫いた。装甲が砕け、火花が散る。だが、敵は血のようなオイルを吐き出しながら、ジャスパーの脚を掴んで不気味に笑った。
「……ククク。やはりホンモノは強いな!だが、残念ながら……俺の勝ちだ……!」
その瞬間、アンチライダーの体内から最後の起爆信号が発信された。
蕪木の妨害も間に合わない。通信ラグが発生し、配布された700個のうち、一部の爆弾が起爆シーケンスを停止できなかった。
夜の静寂を、連続する鈍い破裂音が切り裂いた。
都内の各所で、不気味な赤い光が上がる。一世帯を粉砕する威力の爆弾。
……史上最悪の惨劇。
死者、約5000人。
勇は、膝をついた。目の前には、動かなくなったアンチライダーの残骸。そして、自分の周りに残った、生き延びた子供たち。
「人殺し」
背後で、日下部が震える声で呟いた。彼女の銃口は、まだ勇に向けられていた。
だが、その時。重傷を負い、桜井に肩を貸されて現れた吉野が、必死に声を絞り出した。
「違う……っ! 日下部、よく見ろ……! ジャスパーが来なきゃ、俺たちも、この子たちも……全員死んでたんだぞ!」
日下部は、周囲を見渡した。
泣き崩れる親たちの側で、震えながらも、一人の少年がジャスパーの元へ歩み寄っていた。その手には、泥に汚れたジャスパーの指人形が握られていた。
「……ありがとう、仮面ライダー。助けに来てくれて……。僕、信じてたよ」
サファイアは多くの命を奪った。だが、彼女が本当に奪いたかった「正義への絶望」は、この小さな子供の心によって阻まれたのだ。
『……立て』
通信機から、蕪木の沈痛な、だが誇り高い声が届く。
『正義は勝った。それを信じる人達の前で情けない姿を晒すな』
「はい…」
勇は、ゆっくりと立ち上がった。煤けた装甲。傷だらけの仮面。
「わ、私は…取り返しのつかないことを…」
日下部は銃を下ろし、その場に力なく崩れ落ちた。自分が撃ち続けていた背中が、どれほどの絶望と戦っていたのかを、ようやく理解したのだ。
降りしきる雪が、街の悲しみを覆い隠すように白く積もっていく。
5,000の命を奪われ、その背には消えることのない呪いの十字架が刻まれた。
それでも、少年の祈りに応えるように、戦士は再び歩き出す。
神田勇、柏谷亜姫乃、そして蕪木隼。
彼らは改造人間である。
だがその猛る拳が、鋼の脚が、そして熱き心が守り抜いたのは、人々の心に灯った「正義」という名の光であった。
正義は、必ず勝つのである。



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