苦しみのイミ
アナタの苦しみが何なのか。それが唐突に、解る時が来るの。
その訪れは、
「私が理解するんだ」という「支配するアナタ」が、
カラダと世界全域に、今までのように頑強に鉄条網を張っていても。
アナタの防壁が突破されるコトを、アナタの力で防ぐコトは、もういっさいできない。
苦しみを生み出し、苦しみからひととき解放されて満足する。
抑圧と一時的減圧。その往復運動を延々とアナタは繰り返している。
苦しみから今すぐ逃れたい。
あるいは、苦しみの構造自体から解放されたい。
そういうあがきを、「ジブンでしている」気になっている。
本当は、アナタは、操られてるの。
「ジブンでしている」っていう「気のせい」に気付くこと。そのとき、ストリングは切れるの。
一度に全部が切れるかどうかは知らないよ。でも、操られていた局面から、ストリングが切れて行く局面に移行する。
アナタは自分じゃない。
そう気づくことで、いわば、アナタは自分になる。
アナタの全てを放り出して、そのままにしておく。
そして、自分に、全てを任せる。
それだけでいいの。
何もしなくていいの。
だって、もともと、アナタは何もしてないんだから。何もしようがないんだよ。
ただの往復運動だというコト。
アナタの満足の底とカラクリは、もう知られてしまっているから。
自然の一部が、自然の全部を、押し留めるコトなんて、できないから。
アナタは、支配されてた過去を懐で弄ったりして、しおらしくしてる必要はない。
アナタは、支配していたモノのように、傲慢である必要もない。
あるがままにあればいいし、「あるがままってどういうことだ?」ってもがいてもいい。
あるがままにあったというコトを知らされるというだけなんだから。
「ジブンが意志で何かしていた」というコトが、全部思い込みであったコトが、知らされるだけなの。



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