旅をしても僕はそのまま
いつも旅が終わらぬうちに次の旅のことを考え、隙あらば世界中の海や山に、都会や辺境に向かう著者。とは言っても、世界のどこに行っても自己変革が起こるわけではなく、それで人生が変わるわけでもない。それでも、一寸先の未来がわからないかぎり、旅はいつまでも面白い。現実の砂漠を求めて旅は続く。
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オルセーのサイ

2024.09.25
をしてもはそのまま
  • パリのっていた。あるいはっていなかったかもしれないが、はそのらかにれていた。つまり、っていたのかもしれない。

    はオルセーかう。ぱっとしないのまま、ホテルをてパリのく。っているが、「パリなんだな」とにしてみる。

    レンヌりをするとセーヌ沿いのたったので、りて沿いのく。カモが7のようにんでいる。はないが、むべきであるかもしれない。

    「オリンピック」というをよぎったが、どうでもよいことだった。さがになったようだが、やはりどうでもよかった。すぎてたちはしたらしい。い。イッツ・マティック。てのよいクチュール。

    オルセーいた。にはブロンズのサイがいる。サイはえていない。というより、そもそもサイであることがえることをしている。がサイのにとまる。とサイがでそのしている。きていないが、かがきているかもしれない。

    ると、のようながっている。ではないが、かもしれない。ここはにはだったが、だ。なのだから、ではない。しかし、であったのだから、にはである。プラットフォームにぶ。かをけるらは、さないが、すときがあるかもしれない。

    らをひとめたってる。ミレーの「い」。がったたちがっている。たちがうのはだが、ほんとうになのか。ずっとにこのしたる。

    はこのもなぞったが、そののものにえる。あのとき、ていたのか。

    ると、したときにはえなかったえる。えるといっていい。そのことにとしてしまう。でも、だからとってえるのほうがよいとはれない。えないなりによくるというさが、ものをすことがある。

    む。クールベのい。だが、マネのう。どこかけでんでいる。んでいるがるい。るいがで、それでいてしさをじる。そして、そのしさがしくえる。つまり、しくないのだろう。

    かがれているが、それはされていない。はっきりとえるが、えない。んだまま、しさをけてくるが、そのりはどこにもかない。かないが、にはいている。るさが、こののどこかをえているようで、にはえていない。

    どもたちにしてるアジアがいた。どもをれてくるなんて、どうせ退いない。退する。かしてキャンバスにんでしまう。でもったようだ。なりのっていて、そのしみどもたちにげつけている。パッションはみ、どもたちはにそれをむ。

    マネはタブローのするだった。したためにはそのいている。だからこそ、それはどもたちをみ、させるのにふさわしい。

    れをじたので、5Fのカフェカンパナにかう。ほとんどのまっている。っていないることさなのようだ。ようやくつけたろし、ホットティーをする。このでホットティーだけをむというのは、れたルールのようにじられるががない。「いんだから」とかせる。

    のテーブルのそばで、いかにもといったのスタッフが、ベテランスタッフにわれている。えている。にはのしるしがまれているようで、これがなのかもしれない。

    ベテランスタッフのにはかんでおらず、ただややかなだけがいている。こんなでそんなやりとりをせないでほしい。さぶられてしまうから。

    ガラスしにえる、かつてののシンボルであったいているので、そのりにチクタクといてえる。「タイムトラベル」というかぶが、どうでもよかった。そもそもっているのかわからない。

    、スペインのセビージャにいたときのことをす。ホームレスのがタベルナのテラスでっており、もそれをなこととしてれていた。このったでは、そんなえられない。しない。

    スペインろからこえてくるが、っているのかはわからない。っぽくかをっていて、かべている。もうは、ただそのっている。このたちは、わかりうというにいるのだろうか。

    のことをほんとうにわかりたい。そんなちでいていると、にわかってしまうことがある。めるのではなく、のことがわかってちてしまうれることがある。

    それはまれすようなで、さなだ。そのときのになってまってもいいとう。

    ホットティーをんだだけなのに、がキリキリする。さる。もうるのはだなとあきらめて、からることにする。このることがあるのだろうか。そううてみたが、それはどうでもよかった。

    けるとサイはまだそこにいた。えている。といたがサイのりた。かもしれない。

    *****

    Yにはいつもっぽくかをいかけるようながあった。いつもかをしていて、それをにもつかまえようとするようなさがあった。でも、こののYはがぎこちなかった。まるでがやんだあとののように、かがまってしまいそうなっていた。

    「ほんとうにみたいだった」。をそうした。

    YはのHったのブランディングしたが、3した。そのもしばらくはいをしていたが、からのボーナスでフランスにき、メドックマラソン(ワインをみながらしてるマラソン)をきっかけにワインにどっぷりとはまって、その2にボルドーのした。では、ワインマーケティング・マネジメントをんだ。したのはから8だ。

    ではサンテミリオンのワインシャトーでの3かがあり、そのときににした、ボルドーのジュール、カナダのケベックのイーサン、のソウルのソアの3して4した。Yはらと「これまでのにないづきあい」をすることになる。

    らは4のことをレ・キャトル・テロワール(=4つのなる)とんで、いがしあっていることをりにっていた。まるで、4つのしたのに、っていながらひとつのいたように、らはそのいにほとんどじていた。

    くのがそうであるように、4にのめりんでいった。Yは「えていることがすぎる」ようながして、ジュールとうようになった。ジュールはいつもそのもふさわしいをささやくだった。それなのに、ませないをかたくなにっているようにえるがあった。

    そんなジュールので、Yはいつもどこかしていた。Yは、このではもっときなければならないとした。ジュールとのについて、Yはいつもイーサンにしていた。イーサンはきるせずにYのってくれた。Yはジュールのではちぐはぐなじていたが、イーサンのではしてにふるまうことができた。

    Yたちがめてまもなく、イーサンはソアとめた。がよくていたし、よりワインのがよくった。

    こうして4したが、4わらずかった。4ともパリんでいて、まってはそれぞれのについて、しくつけたワイナリーについて、ワインとのペアリングについてった。

    Yはでクリエイティブディレクターのアシスタントをしていた。ワインをではないものの、にはレストランやワイナリーもく、でのびがいにっていた。エスプレッソマシンがたびたびすることをけば、オフィスにはもなかった。

    ジュールはワインをにレストランにすエージェントでめ、Yのスタジオ(ワンルームのマンション)からいて15のアパートにんでいた。Yはジュールからのなほどにじていたが、そのでどこかかれているはどうしてもえなかった。

    あるのクリスマスの、Yはジュールに、これほどっているのに、なぜすべてがたされてはいけないのか、たされないかぎりとはいえないのではないかときながらえた。ジュールは、たされることなんてありえない、むしろたされてはいけない、さでいっぱいのなんて、それはではないとえた。ぼくらはさなきゃいけないとった。

    そのころ、ソアはワインショップでテイスティングイベントのやアドバイザーをめながら、としたアジアへのしていた。はスケジュールをいっぱいにしてめるくせがあって、いつもせわしくっていた。

    で、イーサンは1くフランスをふらりとったあと、パリにやってくるたちをにしたガイドをめた。ったエペルネーのブドウのもと、メゾンとワインセラーのツアーをめ、からのだったためりはないものの、わずか1のトップセールスのツアーへとさせた。

    でいちばんしいのはソアだった。スケジュールをねると、たいていみでっていたくらいだから。それで、4まるときはにソアのわせることになり、のマンションのくになった。4はオルセーのサイのして、それからワインリストがなバックりのレストランにくのがだった。サイはずっとそこにいた。

    のときはたいていジュールがりだった。はきまってサイのれるようにってんでいた。そのるのはYで、そしてはソアかイーサン。イーサンはれてくることもしばしばあった。ちなみに、このころのらのWhatsAppのグループはヴィノセロス(Vinocéros = vin/ワイン + rhinocéros/サイ)だった。

    ソアとイーサンはしてそれぞれのんでいた。そんなこともあったので、Yはなものとじてわなかった。

    しかし、イーサンがそれをぶちした。ソアがさりげなくけたとき、イーサンはにYがきだとした。それをYがいたのはしたソアからので、なぜさなかったのかとYはソアにめられた。しかし、Yにとってそれはだった。Yにとってイーサンはいつもちよくってくれるだったから。

    だが、くべきはこのである。それをYからいたジュールは、「Yはイーサンとったほうがいい」とったのだ。ジュールがこれまでとわらないしながらそんなことをうので、Yはしたし、をした。はあなたがいないとダメだとったが、ジュールはこうなったがないとった。たちむのかとねたら、ジュールはさならかさとえた。

    Yがイーサンとろくにをしないうちに、はカナダにってしまった。それからわずかに、イーサンはまれのケベックで、した。たったのメールをもらっただけなので、のことはしくはわからない。

    Yは4(ヴィノセロス)がれてしまったことにし、そしてジュールがかられてしまったことにし、イーサンにりもないわけではなかった。でも、それよりものようなむことにせいいっぱいだったし、すべてをイーサンのせいにするほどシンプルにえるではなかった。

    イーサンがったのち、Yとソアはして、とりとめのないをするようになったが、あるときジュールが調してしていることをソアからいた。Yはいにくことをんだが、そんなさなかにパリをったのがコロナだった。

    ジュールは、パリのロックダウンから4かに、からもられることなくんでしまった。とのことで、Yは1ジュールとうことがないまま、ってしまった。

    は、ジュールのことがまでわからなかったということ」

    Yはジュールがんだ4に、宿のホテルのロビーにやってきて、そのことをしている。Yはで、フランスにくといたときもいたが、いている。

    ってもいつけないんだけど……」

    Yはけたままきをっている。

    「わからないのはしかたがないよ。でも、もうこれつかなくていいんじゃないかな」

    Yはしばらくいて「もうこれつかなくていい……」とした。そして、「は、ついているとはあまりえてこなかったのできました……」とってをこぼした。

    「ジュールがんだのがかわいそうなのであって、はかわいそうじゃないんです。しかもにはいまおいしているがいるんです。だから……」

    なんてぜんぜんれないよ。でも、Yのには、そのころかにジュールというらかながいて、Yはジュールときた。そして、はこれからもYをらしけるし、これからもしてくれるんだから。」

    「そう、そうだとしい。でも、そうやってらかなにするのはがよすぎるもするんです。」

    「ジュールもまた、れないだったのかもしれない。でも、れていたりだったりすることと、らかにすることはするんだから。」

    しているうちに、Yのしずつらいだ。はしだいに、ただそこにるものとして殿していくようにえた。

    「いまもソアとってワインをみにきます。は、イーサンはもちろん、ジュールのをすることもなくなりました。でも、たちはらとごしたとしていまもごしている。それはかにそう。おいのって、えなきゃというちがあるんです。してあげなきゃって。でも、そのときにはだけでなく、イーサンとジュールがいっしょにしてくれている。そう、かにそうかもしれない。」

    Yはしばらくとしたまま、でグラスのをなぞっていた。そのかめるように、グルグルとした。

    「ソアとはもうわだかまりなくさっぱりしたじ?」

    「そうですね。とはたくさんのことをいっしょにしてきましたから。でも、だけソアにりをぶつけたことがありました。そのときはちょっといしてめずらしくをしてしまったんです。ソアが、ジュールがあなたをイーサンにったのはムダだった、イーサンはすぐにいなくなってしまったんだからとって、んできたんです。それにしては「そんなことはない、そんなことはにない」ときながらした。のようすがあまりにひどいから、ソアはにはってきました。なぜあんなにたったのかわからないけど……。いや、ちがいます……はいまのがわかります。ジュールのいは、ムダとかそういうではなかったことを、したいとさえっているんです……」

    Yのはテーブルのくつまみ、そのさなさせるようにかなかった。はかすかにえていたが、にはらぎがなかった。

    「Yはジュールがくなったに、ジュールとしてるね。それはいだとう……。そういえば、、たまたまだけどオルセーってサイをたよ。」

    Yはとたんに「まあ!」というになってをテーブルからかせる。ジュールのことをすから、Yはずっとオルセーにはづきもしなかったそうだ。このときがキリキリして、りたくなった。

    うときはオルセーのサイのうといいかもしれない。サイはいつもそこにいるんだから。」

    がそううと、Yはにも「いいですよ。そのときまでにはちゃんとめておきますから」とってった。

    Yがホテルのる。サイがYのろをいているのがえた。んできた。ジュールもいたかもしれない。

    オルセーのサイ

いつもわらぬうちにのことをえ、あらばに、かう。とはっても、のどこにってもこるわけではなく、それでわるわけでもない。それでも、がわからないかぎり、はいつまでもい。めてく。
をしてもはそのまま
(とば・かずひさ)

1976まれ。40めてネットとして、150わる。に『 』()、『おやときどきこども』(ナナロク)、『になれ』(ちくまプリマー)、『「し」の』()など。に「ぼくらはこうしてになった」(だいわblog)、「こども」「それがやさしさじゃる」(西)など。EduA