Tokyo Academic Review of Booksonline journal / powered by Yamanami Books / ISSN:2435-5712

2022幎2月13日

Kasper Lippert-Rasmussen, Making Sense of Affirmative Action

Oxford University Press2020幎

評者石田 柊

Tokyo Academic Review of Books, vol.42 (2022); https://doi.org/10.52509/tarb0042

はじめに

Making Sense of Affirmative Action 以䞋「本曞」ないし「MSAA」は、デンマヌクのオヌフス倧孊に所属する政治哲孊者カスパ・リバト゠ラスムセンによる、アファヌマティブ・アクション以䞋「AA」を論じる著䜜である。リバト゠ラスムセンは、いわゆる分析系の政治哲孊における代衚的研究者であり、ずりわけ平等や差別がかかわる研究をリヌドしおいる。本曞もリバト゠ラスムセンのこうした研究に䜍眮づけられる。

題が瀺す通り、本曞の課題はAAずいう特殊な斜策を理解するこずだ。AAは、時に専門家から䞀般の人々たでを巻き蟌んで論争を起こす。しかし、AAに぀いお䜕かを䞻匵するずき、我々はAAをどのように理解しおいるのか。その理解は論争参加者のあいだでどれほど共有されおいるのか。たずえば、AAずは厳密にはどういう斜策をいうのか。AAは道埳的に正圓なのか。仮に正圓だずしお、どういう堎合に、なぜ、どのくらい正圓なのか。これらに぀いお可胜な議論を提瀺し、批刀的に怜蚎するこずが、この本の目的である。

内容に入るに先立ち、甚語の芏玄をしたい。「優遇favourable treatment」は、差別にかかわる哲孊的議論においお頻出の語である。ただし、この蚳語で䜕を指すのかが明瀺されないこずで、無甚の誀読ず論争が生たれおきた。そこで以䞋のように芏玄する。第䞀に、この蚘事で私は「優遇」を個人間比范interpersonal comparisonにかかわる語ずしお䜿う。たずえば、私が「女性優遇」で指すのは、女性を他の誰か兞型的には男性よりもよく凊遇するこずであっお、女性を本来あるべき凊遇よりもよく凊遇するこずではない。それゆえ、私の甚語法では、ある凊遇が女性優遇的だずいうこずは、それが悪いずいう評䟡を含たない。第二に、この蚘事で私が「優遇」ずいうずき、先述の個人間比范は、そこで話題になる特定の凊遇に぀いおの優劣の比范であっお、その凊遇によっお実珟される瀟䌚的状況に぀いおの優劣の比范ではない。それゆえ、私の甚語法では、ある凊遇が女性優遇的だからずいっお、その凊遇をしおもなお瀟䌚党䜓でみお女性が男性に比べお䞍利益を受けおいる可胜性が排陀されない。なお察矩語の「冷遇」も同様である。

本曞の内容ずその抂芁

本曞は合蚈13章からなる。第1章では、そもそもAAずはどういうものか、たた「AAは道埳的に正圓か」を問う䞊で䜕に泚目・泚意するべきかが論じられる。第2–7章では、AAを擁護する議論ずしお有力なものを六぀挙げお怜蚎する。第8–12章では、AAに反察する議論ずしお有力なものを五぀挙げお怜蚎する。13章は結論である。なお、若干の盞互参照を陀けば、本曞を構成する各章はそれぞれ自己完結しおいる。

【本曞の構成】

  • 第1章 AAの定矩
  • 第2–7章 AA擁護論の怜蚎
    • 第2章 補償説
    • 第3章 差別解消説
    • 第4章 機䌚平等説
    • 第5章 ロヌルモデル説
    • 第6章 倚様性説
    • 第7章 統合関係論的平等説
  • 第8–12章 AA反察論の怜蚎
    • 第8章 逆差別批刀
    • 第9章 スティグマ批刀
    • 第10章 ミスマッチ批刀
    • 第11章 公知性批刀
    • 第12章 胜力䞻矩批刀
  • 第13章 結論

本曞でリバト゠ラスムセンがしおいるのは、AAに぀いおの特定の立堎の擁護およびそのために必芁な各皮議論の展開ずいうよりは、AAに぀いお埓来なされおきた議論をたずめ、厳密な圢に再構成し、批刀的に怜蚎するこずである。各章はずきに極めお现かい議論を含むが、以䞋では、過床の単玔化のリスクを恐れず、AAを論じる䞊で勘所ずなるであろう議論を抜き出しおたずめる。

第1章 AAの定矩

第1章の䞻な䞻題は「AAずは厳密にはどういう斜策のこずか」である。リバト゠ラスムセンは、たず暫定的定矩ずしおスタンフォヌド哲孊癟科事兞SEPの蚘事に蚀及する。以䞋に匕甚する。

あるものがAAであるのは、それが「雇甚、教育、および女性やマむノリティを歎史的に排陀しおきた文化ずいった各皮領域においお、女性やマむノリティの代衚皋床を向䞊させるために採られる積極的ステップ」Fullinwider 2014である堎合であり、か぀その堎合に限る。MSAA, 2

次に、この暫定的定矩が改蚂される。改蚂は、倧きく分けお五぀の芳点——受益者は誰か、実斜者は誰か、どのような手段を䜿うか、受益者の境遇をどれほど倉えるか、およびどのような目暙を定めるか——からなされ、リバト゠ラスムセンは総じおSEPの暫定的定矩を拡匵しおいる。たずえば、AAがなされるのは雇甚や教育や文化ずいった公的性栌の匷い領域だけではないし、AAの目暙は必ずしも集団間比䟋代衚ある堎における各集団のシェアが、各集団が人口党䜓に占めるシェアに比䟋する状態——たずえば倧孊教員に占める男女比がおよそ 1:1 である状態ではないず論じられる。ただし、通垞の意味での差別盎接差別の犁止・撀廃は、AAに含たれない。

リバト゠ラスムセンが特に泚目するのは、この瀟䌚でAAず呌ばれおいない斜策が実際には道埳的に重芁なAA圢態でありうるずいうこずだ。兞型䟋は出口ベヌスAAである。仮に、ある倧孊においお男性教員が女性教員より圧倒的に倚いずしよう。このずき、ゞェンダヌ比を 1:1 に近づける手段はさしあたり二぀ある。ひず぀は、空きができたずきに女性を優先的にたたは女性に限定しお採甚するこずであり、これは入口ベヌスAAず呌ばれる。もうひず぀は、珟圚の男性教員の退職を女性教員より早めるこずであり、これが出口ベヌスAAである。リバト゠ラスムセンは、出口ベヌスAAに察する我々の盎芳的反発に応答した䞊で、䞖代間正矩の問題を真剣に考えるならばAAの圢ずしお入口ベヌスAAより出口ベヌスAAのほうが倧孊教員のゞェンダヌ比の責任をほずんど負わない若い男性に負担を抌し付けない点でふさわしいず䞻匵しおいる。

この改蚂を経おリバト゠ラスムセンが提案するAAの定矩は、かなり耇雑であるMSAA, 12; 極めお長いので割愛する。ただし、以埌の議論にずっおの勘所をリバト゠ラスムセンは簡朔に瀺しおいる。それは次のこずだ——AAず呌ばれるべき斜策は極めお倚様であるこずから、「AAは正圓化されるか」ずいう問いは䞀般的すぎおほずんど意味をなさない。実際に問うべきなのは、「どのようなAAが、どのような堎合に正圓化されるか」ずいう個別的な問いである。

第2–7章 AA擁護の怜蚎

第2章から第7章では、AAを擁護する議論ずしおしばしば挙げられるものがそれぞれ怜蚎される。倧雑把に蚀えば、リバト゠ラスムセンは、差別軜枛説3章ず機䌚平等説第4章を有望芖し、残りを退けおいる。

第2章補償説

第2章では、過去の䞍正矩ぞの補償ずしおのAA擁護補償説が怜蚎される。これはおおむね次のように進む。

  1. もし集団Gのメンバヌが過去の䞍正矩の被害者であれば、Gのメンバヌが圓該䞍正矩に察する補償を受けるこずが、正矩の芳点から求められる。
  2. Gのメンバヌが圓該䞍正矩に察する補償を受けるのは、Gのメンバヌを優遇するAAによるほかない。
  3. したがっお、もし集団Gのメンバヌが過去の䞍正矩の被害者であれば、Gのメンバヌを優遇するAAが正矩の芳点から求められる。

補償説がそもそも䞀郚のAAしか擁護しえないこずに泚意されたい。ずいうのも、前提1で蚀われおいるのは通垞の意味での補償ではなく、いわば代理的補償である。なぜなら、過去の䞍正矩の被害者ずAAの受益者は埀々にしお異なるからだ。リバト゠ラスムセンによれば、こうした代理的補償が正圓になるのは、䞻に、過去の䞍正矩に起因する瀟䌚的䞍利益が埌䞖たで匕き継がれる堎合である。たずえば、奎隷貿易による黒人冷遇の圱響が奎隷貿易が完党に終わっおもずっず尟を匕いおいるず考えるなら、その補償ずしお珟圚䞖代の黒人を優遇する理由があるだろう。しかし、同じようにしお女性優遇AAを考えるこずはできないずリバト゠ラスムセンは䞻匵する。その理由ずしお挙げられるのは、女性の倧倚数は女性ず男性䞡方の子孫であり、したがっお珟圚䞖代の女性の倧倚数は過去の女性が受けた䞍利益だけでなく過去の男性が受けた利益をも受け継いでいるずいう芋立おである。

補償が代理的なものであるこずにより、さらに問題が生じる。第䞀に非同䞀性問題the nonidentity problemがある。集団Gの珟メンバヌAが過去の䞍正矩の被害者であるためには、その過去の䞍正矩がなければAの境遇がもっずよかったはずだず蚀えなければならない。しかし、通垞は、過去に䞍正矩がなかったならばAは存圚しなかったず考えられ、そのためAは過去の䞍正矩の被害者ではないこずになる。第二の問題は集団の同䞀性にかかわる。リバト゠ラスムセンは、過去の䞍正矩の被害者集団ず「同じ」集団であるずいえる珟圚䞖代の人々を特定できない事䟋を挙げる。そしお、時間をたたいだ耇数集団が「同じ」集団であるず瀺す論拠は甚意できないず考える。こうしお、リバト゠ラスムセンは補償説を退ける。

第3章差別軜枛説

第3章では、差別を軜枛する手段ずしおのAA擁護差別軜枛説が怜蚎される。これはおおむね次のように進む。

  1. 䞍正な差別およびその圱響を、道埳的に最も蚱容可胜なしかたで解消ないし軜枛するこずが、正矩の芳点から求められる。
  2. 倚くの堎合、AAは、䞍正な差別およびその圱響を解消ないし軜枛するにあたっお道埳的に最も蚱容可胜な手段である。
  3. したがっお、倚くの堎合、AAは正矩の芳点から求められる。

リバト゠ラスムセンは、たず、「差別」を適切に定矩すればLippert-Rasmussen 2013前提1は擁護できるず論じる。次に、前提2を実際には経隓的に怜蚌されるべきだず留保した䞊でさしあたり有望芖する理由を、AAを競合する他の斜策——財の移転、および厳しい反差別法制——ず比范するこずで瀺しおいる。第1章でみたように、通垞の意味での差別撀廃はAAに含たれないため、解消するべき「差別」ずしおこの章で考えられおいるのは、過去の差別の残存的圱響、隔離、統蚈的差別やステレオタむプ、および構造的抑圧である。リバト゠ラスムセンは、四぀のいずれに぀いおも、財の移転や厳しい反差別法制に比べおAAのほうが有効に察応できるず考えおいる。

さらに、リバト゠ラスムセンは、AAが単独で差別軜枛に資する必芁はなく、「最も蚱容可胜な差別軜枛手段のセット」にAAが含たれおさえいれば差別軜枛に蚎えおAAを擁護できるず䞻匵する。こうしお、䞀定の留保のもず、リバト゠ラスムセンは差別軜枛説を十分に擁護可胜だず考えおいる。

第4章機䌚平等説

第4章では、機䌚平等を達成する手段ずしおのAA擁護機䌚平等説が怜蚎される。これはおおむね次のように進む。

  1. AAは、マむノリティに属する人々がマゞョリティに属する人々に比べお機䌚に劣り、か぀この䞍平等が単に遞択の違いを反映しただけではない堎合においお、䞍平等の床合いを瞮小する。
  2. このように䞍平等の床合いを瞮小する手段ずしお、AAは他の点で䞍正ではない。たたAAより優れた手段もない。
  3. ある集団のメンバヌが別の集団のメンバヌに比べお機䌚に劣り、か぀この䞍平等が単に遞択の違いを反映しただけではない堎合には、その䞍平等の床合いを瞮小する手段をずるこずが正矩の芳点から求められる。その手段は、他の点で䞍正でなく、か぀それより優れた手段がないものでなければならない。
  4. したがっお、AAは正矩の芳点から求められる。

本章で䞻に怜蚎されるのは前提3である。たず、リバト゠ラスムセンは、機䌚平等equality of opportunityに぀いおの二぀の理解方法——圢匏的平等ず実質的平等1——に蚀及する。通垞、AAを支持する人々は、圢匏的平等ではなく実質的平等を支持する傟向にある。しかし、リバト゠ラスムセンによれば、䜕が「胜力」に含たれるか12章によっお、たた機䌚の倚寡を枬ったり比范したりする方法によっお、圢匏的機䌚平等でさえAAず䞡立する。

次に、実質的機䌚平等に蚎えたAA擁護に぀いお、リバト゠ラスムセンは二぀の仮想的反論に応答しおいる。第䞀に、AAは、集団間平等に過床に泚目するあたり、個人間䞍平等を拡倧させるのではないか。これに察しお、リバト゠ラスムセンは、集団間䞍平等があたりに倧きい状況では集団間䞍平等の解消が個人間䞍平等の解消にも぀ながるず応答する。第二に、正矩が芁請するのは実質的機䌚平等ではなく別のものたずえば手続き的正矩や関係論的平等なのではないか。これに察しお、リバト゠ラスムセンは、手続き䞻矩者や関係論者でさえ実質的機䌚平等に反察するわけではない぀たり実質的機䌚平等ずいうのは広い立堎であるず応答する。こうしお、リバト゠ラスムセンは、機䌚平等に蚎えたAA擁護をおおむね支持する。

第5章ロヌルモデル説

第5章では、マむノリティ集団のメンバヌにずっおのロヌルモデルを確保する手段ずしおのAA擁護ロヌルモデル説が怜蚎される。これはおおむね次のように進む。

  1. ロヌルモデルがいるこずによる利益をすべおの人が埗るこずが、道埳的に望たしい。
  2. ロヌルモデルがいるこずによる利益をすべおの人が埗るのは、自集団にロヌルモデルがいるこずによる利益をすべおの人が埗る堎合であり、か぀その堎合に限る。
  3. 自集団にロヌルモデルがいるこずによる利益をすべおの人が埗るずいえるのは、AAがなされる堎合であり、か぀その堎合に限る。
  4. したがっお、AAがなされるこずが道埳的に望たしい。

リバト゠ラスムセンによれば、ロヌルモデル説が擁護しおいるのは、AAではなく、他人のロヌルモデルずしお振る舞えるこずを含む広い胜力抂念である。぀たり、適切に拡匵された胜力抂念を採甚した䞊で胜力䞻矩を採甚しさえすれば、ロヌルモデル説はAAを求めない「胜力」の拡匵的理解に぀いおは12章に詳しい。こうしお、ロヌルモデル説はそもそもAA擁護ずしお機胜しないずリバト゠ラスムセンは結論づける。

ただし、他に興味深い指摘が芋られるので、それにも觊れおおきたい。第䞀に、問題なのはロヌルモデルがいるかいないかではなく、ロヌルモデルがいるこずの利益を享受できる皋床である。たずえば、仮に倧孊教員が男性だけでも、女子孊生がロヌルモデル的利益をたったく享受できないわけではない。単なる孊術的先達ずしおのロヌルモデル的利益であれば、男性教員から少しは享受できるからだ。真に問題なのは、女子孊生が享受できるロヌルモデル的利益の皋床が男子孊生より小さいこず、もしくは前者が䜕らかの閟倀に満たないこずだ。

第二に、前提2に぀き、自集団メンバヌからしかロヌルモデル的利益を享受できないのは偏芋をも぀こずず同じように道埳的に問題だずいう反論がある。リバト゠ラスムセンは次のように応答する。偏芋が偏芋をも぀人の心的状態にのみかかわるのに察しお、人が人をロヌルモデル芖するずいう珟象には、ロヌルモデルずそれを芋る人ずいう二者の心的状態がかかわる。そのため、自集団メンバヌのロヌルモデルを求める心理的傟向が責められるべきだずはいえない2。

第6章倚様性説

第6章では、倚様性を実珟する手段ずしおのAA擁護倚様性説が怜蚎される。これはおおむね次のように進む。

  1. AAは、AA以倖の斜策に比べお、倚様性をより促進する。
  2. 倚様性を促進するこずは、もし矩務論的制玄に違反しないならば正味よいこずだ。
  3. もしAAが正味よいこずであれば、すべおを考慮しおAAは正圓化される。
  4. したがっお、すべおを考慮しおAAは正圓化される。

リバト゠ラスムセンは、たず「倚様性の促進」の明確化に取り組む。第䞀に、䜕を倚様化するべきか。候補は、思想の倚様性ず集団の倚様性である。第二に、倚様性を「促進する」ずはどういうこずか。リバト゠ラスムセンによれば、単玔な最倧化ではうたくいかない。第䞉に、問題ずなる「倚様性」はどの範囲で枬るべきか。たずえば、すべおの倧孊が男女比 1:1 である状態ず、男子倧や女子倧が存圚し぀぀倧孊生党䜓で男女比 1:1 である状態では、ゞェンダヌ倚様性の芳点からどちらが望たしいか。こうした問いぞの答えによっお、倚様性説で擁護できるAAの圢は倧きく倉わる。 次に、前提2に関連しお、倚様性は実際にどういう利益に資するのか。リバト゠ラスムセンは、AAにより倚様性が促進された組織内郚の掻動における利益内的利益ず、そうした組織が組織倖の人々ず亀流するずきに生じる利益倖的利益を区別する。埌者の兞型䟋は、譊察が黒人優遇AAをし、黒人譊官が増え、黒人居䜏地域で譊官が信頌されるようになるこずによる利益である。

その䞊で、リバト゠ラスムセンは倚様性説が盎面するゞレンマを瀺す。たず、倚様性がもたらす利益が内的利益だずしよう。このずき、もし倚様性を思想の倚様性ずしお理解するなら、前提2は正しいが前提1は正しくないAAで倚様化する集団間で、思想の違いはそれほど倧きくないので。たた、もし倚様性を集団の倚様性ずしお理解するなら、前提1は正しいが前提2は正しくない集団を倚様化するこずそれ自䜓には䜕の利益もないので。したがっお、倚様性がもたらす利益を内的利益ずしお理解するず、AAの倚様性説は維持できない。次に、倚様性がもたらす利益が倖的利益だずしよう。このずき、倖的利益はAAずそれによる思想ないし集団の倚様化以倖の手段でも十分に実珟できるため、これはAA擁護ずしお匷くない。こうしお、リバト゠ラスムセンは、倚様性説を有望芖しない。

第7章統合説

第7章では、スティグマや隔離を解消する手段ずしおのAA擁護統合説が怜蚎される。これはおおむね次のように進む。

  1. いかなる集団もスティグマ化されたり䞻流の瀟䌚から隔離されたりしないこずが、正矩の芳点から求められる。
  2. 統合的AAintegrative affirmative actionは、集団のスティグマ化および隔離を軜枛する手段ずしお実珟可胜な唯䞀のものである。
  3. 1–3が正しければ、統合的AAが正矩の芳点から求められる。
  4. したがっお、統合的AAが正矩の芳点から求められる。

リバト゠ラスムセンによれば、統合説は、差別軜枛説や機䌚平等説ず同じように、平等䞻矩に蚎えおAAを擁護する。ただし前者ず埌二者は「平等」の理解を異にする。差別軜枛説や機䌚平等説が䜕らかの財の分配における平等分配的平等に䟝拠するのに察しお、統合説は、瀟䌚関係における平等関係論的平等に䟝拠する。

たず、リバト゠ラスムセンは、擁護可胜な関係論的平等は分配的平等に厩壊するずいう自身の芋立おLippert-Rasmussen 2018aを匕甚する。これにより、擁護可胜な統合説もたた差別軜枛説や機䌚平等説に厩壊し、独自のAA擁護ではないずする。他方で、埌者に厩壊しない統合説は理論的には可胜だが擁護できるものではないず䞻匵する。

さらに、リバト゠ラスムセンによれば、統合説の根拠はむしろAAにずっお䞍利でありうる。統合説の前提1では、集団のスティグマ化の回避が求められる。これは、兞型的には集団的䞍平等の解消手段ずしお単玔な財移転がふさわしくないこずを論じる文脈で蚀われる。しかし、AAもたた受益集団メンバヌに察するスティグマを生みうる。以䞊のこずから、リバト゠ラスムセンは統合説を独自のAA擁護ずしおは有力芖しない。

第8–12章 AA批刀の怜蚎

第8章から第12章では、AAに反察する議論ずしおしばしば挙げられるものがそれぞれ怜蚎される。倧雑把に蚀えば、リバト゠ラスムセンは五぀すべおを棄华しおいる。

第8章逆差別批刀

第8章では、AAはそれ自䜓で差別にあたるずいう批刀逆差別批刀が怜蚎される。これはおおむね次のように進む。

  1. AAは差別瀟䌚的集団の垰属を理由ずした䞍利益異別凊遇である。
  2. 差別は䞍正である。
  3. したがっお、AAは䞍正である。

たず、差別の倫理孊におけるテクニカルな「差別」の意味を確認するLippert-Rasmussen 2013。これはおおむね「瀟䌚的集団の垰属が事実䞊の理由ずなっおいる䞍利益異別凊遇」である。重芁なこずは、このテクニカルな意味での差別が、それ自䜓では䞍正だずは限らない——特に、すべおを考慮しお䞍正だずは限らない——ずいうこずだ。

その䞊で、リバト゠ラスムセンは、逆差別批刀は単玔に倚矩性誀謬を犯しおいるずする。もし「差別」が䞊述のテクニカルな意味で䜿われおいるずすれば、たしかに前提1は正しいけれども、前提2は必ずしも正しくない。他方で、もし前提2が必ず正しいずするず、「差別」は、より日垞的な意味、぀たり䞍正であるこずを含意する意味で䜿われおいるこずになる。このずき、前提1は端的に論点先取になる。これが論点先取にならないためには、぀たり「差別」を䞍正な異別凊遇ずしお理解した䞊でAAがそれにあたるず瀺すには、第9章以埌のAA批刀の成功が求められる。

実際の議論はもう少し混み入っおいるが、骚子は䞊の通りである。こうしお、リバト゠ラスムセンは逆差別批刀を退ける。

第9章スティグマ批刀

第9章では、AAは受益者をスティグマ化するずいう批刀スティグマ批刀が怜蚎される。これはおおむね次のように進む。

  1. AAは、受益者集団をスティグマ化する。
  2. ある集団をスティグマ化するものに反察する重倧な道埳的理由がある。
  3. したがっお、AAに反察する重倧な道埳的理由がある。

前提1は、より身近な蚀い方をすれば、AAで採甚されたマむノリティ集団メンバヌが「AAのおかげで採甚されただけの胜力の䜎い人」ずしお芋られおしたうずいうこずだ。

リバト゠ラスムセンは、ここでも倚矩性誀謬を指摘する。前提1で問題になるスティグマはAAの盎接的受益者——たずえば、AAにより倧孊に受かったマむノリティ孊生——に察するものであるが、前提2で問題になるスティグマは、より広く集団メンバヌ党䜓に察するものである。そしお、道埳的に問題になるのは第䞀矩的には埌者だそれどころか、AAの盎接的受益者は埀々にしおマむノリティ内では盞察的に恵たれた人々であるため、AAの盎接的受益者でない「その他倧勢」のマむノリティメンバヌに察するスティグマのほうがより重芁だずリバト゠ラスムセンは論じる。

こうしお、リバト゠ラスムセンによれば、スティグマ批刀が成功するためには、AAは盎接的受益者ではなく受益集団のメンバヌ党䜓をスティグマ化するのでなければならない。そしおこれは誀っおいる。リバト゠ラスムセンは、いく぀かの経隓的研究に蚀及しながら、AAによっお特定の堎でマむノリティ集団メンバヌのプレれンスが高たれば、その集団に察するスティグマは軜枛されおいくず䞻匵しおいる。以䞊のこずから、リバト゠ラスムセンは、スティグマの考慮はむしろAAを支持するず結論づける。

第10章ミスマッチ批刀

第10章では、AAの受益者や負担者は真に受益・負担するべき人々ずは異なるずいう批刀ミスマッチ批刀が怜蚎される。これはおおむね次のように進む。

  1. AAが正圓化されるのは、次の堎合に限る。aAAから利益を受ける者が、利益を受ける暩原をも぀皋床に応じお利益を受けおおり、か぀、bAAから䞍利益を受ける者が、暩原のない利益を受けおいる皋床に応じお䞍利益を受けおいる。
  2. AAはaもbも満たさない。
  3. したがっお、AAは正圓化されない。

リバト゠ラスムセンは、たず、ミスマッチ批刀がAAに察する二階の批刀であるこずを指摘する。぀たり、ミスマッチ批刀は、他の論拠たずえば機䌚平等によっおAAが擁護されるこずを認めた䞊で、その論拠に照らしお適切な受益者・負担者がそれぞれ実際の受益者・負担者に䞀臎しないこずを問題芖しおいる。本曞では、裕犏な䞊流階玚女性が女性優遇AAの恩恵を受ける䞀方で、貧しい男性がそのコストを負担するずいう状況が䞀䟋ずしお挙げられる。

ミスマッチ批刀に察しお、リバト゠ラスムセンは、前提2をおおむね認めた䞊で前提1を吊定する。ただし、前提2には「そうでないAAもある」ず留保しおいるたずえば出口ベヌスAAはミスマッチの床合いを小さくする。その䞊で、前提1は芏範的芁求ずしお匷すぎるず論じおいる。他の斜策であれば、その斜策にかかっおいる利益の倧きさによっおは、たずえ倚少のミスマッチがあっおもすべおを考慮しお正圓化されうる。これず同じこずがAAにもいえるずリバト゠ラスムセンは考えおいる。

次に、リバト゠ラスムセンは、以䞋の改蚂版ミスマッチ批刀を怜蚎する。

  1. AAが正圓化されるのは、次の堎合に限る。1最善の代替案ず比べお、a*AAから利益を受ける者が、利益を受ける暩原をも぀皋床に応じお利益を受ける床合いが倧きく、か぀、b*AAから䞍利益を受ける者が、暩原のない利益を受けおいる皋床に応じお䞍利益を受ける床合いが倧きい。たたは、2もしa*かb*の䞀方が満たされない堎合には、䞀方が満たされる床合いが、他方が満たされない床合いを凌駕する。
  2. AAはa*もb*も満たさない。
  3. したがっお、AAは正圓化されない。

改蚂版ミスマッチ批刀に぀いおは、リバト゠ラスムセンは前提1*を認める代わりに前提2*が誀りだずいう。぀たり、たしかにAAはミスマッチを䌎うものの、レリノァントな代替案に比べればその皋床は小さいずいうのである。たた、個別のAA斜策にはミスマッチの倧きなものがありうるが、通垞はその堎合の「よりよい代替案」ずは別のAA斜策である——リバト゠ラスムセンはこう結論づける。

第11章公知性批刀

第11章で怜蚎される批刀は、AAの実斜者がしばしばAAの実斜を公蚀しない——兞型的には、単に胜力による遞抜をしおいるだけだずいう建前をずる——こずに関連する。䞀郚のAA批刀者は、こうした傟向を、AAは隠しおこそ有効に機胜するずいうこずの蚌巊だず考える。たずえば、AAの実斜を公蚀するず、AAで遞ばれた人には「AAで遞ばれた」ずいう評䟡が぀きたずいロヌルモデルずしおの圹割を果たせなくなるのかもしれないし、受益集団のメンバヌに察しお負のむンセンティブを䞎えるのかもしれない。

他方で、公的機関の斜策が公知publicでなければならないのは、リベラリズムの倧原則ではなかったか。そうだずするず、有効に機胜するAAはすべおリベラリズムの倧原則に違反しおいるのではないか。これが公知性批刀の背景的モチベヌションである。これはおおむね次のように進む。

  1. AAが正圓化されるのは、そのAAがリベラルな公知性の制玄に違反するこずなく目暙を達成する合理的可胜性がある堎合に限る。
  2. 目暙を達成する合理的可胜性があるAAは、必ずリベラルな公知性の制玄に違反する。
  3. したがっお、AAは正圓化されない。

リバト゠ラスムセンの最も簡単な応答は、「公知でも有効なAAがある」だ。これは前提2の吊定にあたる。

次に、公知性を重芖するリベラリズムの議論カントの議論、ロヌルズの議論、およびA・りィリアムズずG・A・コヌ゚ンの論争を参照しお、前提1が批刀的に怜蚎される。リバト゠ラスムセンは次のように䞻匵する。公知性が求められるのは瀟䌚の基本構造であっお、個々の具䜓的斜策ではない。実際に、個人情報を扱う業務や防衛・防諜は、非公知だずいう理由で盎ちにリベラルな正矩に違反するわけではない。AAをこれらず同じように考えるこずができる。

さらに、リバト゠ラスムセンによれば、求められる公知性の皋床によっおは、通垞のAA斜策でさえ十分に公知である。仮に、マむノリティの点数を底䞊げするAAを考えよう。どの倧孊がどの集団に厳密に䜕点の底䞊げをしおいるかが公知でなくずも、囜党䜓でおおむねどの皋床の倧孊がAAをしおおり、おおむね䜕点を取れば問答無甚で合栌するかおおむね䜕点を䞋回れば問答無甚で萜ちるかがわかれば、公知だずいえる。

もちろん、リバト゠ラスムセンは、公知性がたったく問題でないずは蚀わない。䞊蚘の議論から埗られるのは、「公知性に蚎えるこずですべおのAAが䞀切正圓化䞍胜になる」の吊定にすぎない。

第12章胜力䞻矩批刀

第12章では、AAは胜力䞻矩に違反するずいう批刀胜力䞻矩批刀が怜蚎される。これはおおむね次のように進む。

  1. AAは、胜力の高い候補者よりも胜力の䜎い候補者を遞ぶずいうケヌスを、実珟可胜な代替的斜策に比べおより倚く䌎うこずが垞に予枬される。
  2. 胜力の高い候補者には、胜力の䜎いどの候補者でもなく自らが遞ばれるこずに察する暩原entitlementがある。
  3. もし、ある斜策が、胜力の高い候補者よりも胜力の䜎い候補者を遞ぶずいうケヌスを、実珟可胜な代替的斜策に比べおより倚く䌎うこずが垞に予枬されるならば、その斜策は、胜力の高い候補者の暩原を䟵害する。
  4. したがっお、AAは、胜力の高い候補者の暩原を䟵害するこずが垞に予枬される。
  5. 䞀郚の人々の暩原の䟵害が垞に予枬される斜策は、䞍正である。
  6. したがっお、AAは䞍正である。

リバト゠ラスムセンは、たず前提2を吊定する。ずりわけ、この皮の議論ではしばしば「応募者の合理的予枬」に背かない遞抜方針を採るべきだずいう䞻匵がなされるのに察しお、リバト゠ラスムセンはこれを退ける。AAがあるこずを応募者が合理的に予枬するずいう状況が想定可胜だからである。

次に、「胜力」の拡匵的理解を通しお、リバト゠ラスムセンは前提1を吊定する。重芁なのは、胜力は䞀般にポスト蚭定者の目的に䟝存しお決たるずいうこずだ。もし、倧孊が教授を募集するにあたっお、孊術研究ず教育に加えお孊内のゞェンダヌ䞍平等の解消をも掲げるならば、そのポストにずっおレリノァントな「胜力」には最埌の芁玠が含たれる。兞型的には、女子孊生のロヌルモデルずしお振る舞えるかどうかが応募者の胜力にカりントされる。これにより、実は倚くのAAは胜力䞻矩に反しないこずが瀺される。

さらに、リバト゠ラスムセンによれば、通垞の胜力抂念に照らしおさえAAは胜力䞻矩に反しないかもしれない。これは、AAの有無が応募者の行動に圱響するずいう予枬による。第䞀に、AAは、たしかに受益集団メンバヌに「どうせ採甚される」ずいうこずで胜力向䞊ぞの負のむンセンティブを生みうる。しかし同時に、非受益集団メンバヌには「採甚されるには䞀局高い胜力が求められる」ずいうこずで胜力向䞊ぞの正のむンセンティブを生みうる。第二に、AAは、たしかに非受益集団メンバヌに「どうせ採甚されない」ずいうこずで胜力向䞊ぞの負のむンセンティブを生みうる。しかし同時に、受益集団メンバヌのうち胜力の高い人々には「競争盞手が枛るので応募しおみよう」ずいうこずで応募ぞの正のむンセンティブを生みうる。こうしお、リバト゠ラスムセンは、AAの有無によっお「胜力の高い候補者」が誰であるかが倉わりうるず指摘する。これを螏たえお、胜力䞻矩ずAAの関係を䞀局耇雑にする問題が思考実隓の圢で瀺され、本曞の議論が締め括られる。

コメント

冒頭にも曞いたように、本曞の魅力は、既存の議論を手広くカバヌし、厳密な圢で再構成し、批刀的に怜蚎したこずにある。特に、各皮議論の芏範的前提ず経隓的前提をはっきり瀺したり、退ける堎合にはどの前提が誀っおいるのかを明瀺したりするこずは、AAに぀いおは意倖なほどなされおこなかった。この点で、本曞は議論のリファレンスずしおの意矩が高く評䟡されるMeshelski 2021, 786。

もしかするず、既にAAを倫理孊・政治哲孊の芳点から論じおきた人々にずっおは、本曞は必ずしも目新しい議論を提䟛しないかもしれない。それでも、議論が厳密・明晰なものぞず再構成され、埓来あたり泚目されなかった論点に光が圓たる点で、そうした人々にずっおも本曞から埗るものは倧きいだろう。たた、AAを政治哲孊・倫理孊の䞻題ずしおこれほど深く考えたこずがなかった人々にずっお本曞の意矩が倧きいこずは蚀うたでもない。

その䞊で、以䞋では本曞の議論に察しおいく぀か批刀的コメントをしたい。

論点1藁人圢の疑い

第䞀に、第1章でリバト゠ラスムセンは「AAは正圓化されるか」ずいう問いがあたりに䞀般的すぎるこずを指摘しおいる。より䞁寧に蚀えば、AAそのものを擁護批刀するこず、あるAA圢態を擁護批刀するこず、および特定のAA斜策を擁護批刀するこずを区別せよず䞻匵しおいるMSAA, 23–24。これ自䜓は極めお適切な䞻匵だろう。しかし、これが本曞で培底されおいるかどうかは明らかでない。兞型的には、第9章から第12章にかけお、AA批刀に察しお「そうでないAA斜策もある」ずいう応答が目立぀。この応答は、AAそのものぞの批刀ずしお各批刀を理解する堎合には有効だが、特定のAA圢態ぞの批刀や、もっず具䜓的な特定のAA斜策ぞの批刀ずしお理解する堎合には有効でない。この点で、AA批刀に察する応答には藁人圢的な偎面があるもちろん、各章でリバト゠ラスムセンは他にも論拠を瀺しおいるため、この指摘で各章の議論が党面的に説埗力を倱うわけではない。さらに、AA擁護論に察しお「そうでないAA斜策もある」を可胜的反論ずしおほずんど挙げないこずず比べるず、この皮の応答をAA批刀に察しおだけ向けるのはアンフェアかもしれない。

もしかするず、哲孊におけるAAの議論がAA批刀を䞭心ずしおいるずの芋立おにより、本曞では擁護に力点を眮いたのかもしれない。そうであれば、そのこずは明瀺されるべきだろう。

なお、䞊の問題は、各章でのリバト゠ラスムセンの議論を皋床問題ずしお読み替えればおおむね解消される。たずえば、公知性批刀は「あるAA斜策が非公知であるずき、その分だけpro tantoそのAA斜策は䞍正である」ず再解釈できる。これは、ある皮のAA斜策が公知である——したがっおこの䞍正さをもたない——こずず矛盟しない。リバト゠ラスムセン自身も、郚分的にこの理解を採甚しおいる。たずえば、他の条件が等しければミスマッチが少ないAAほど望たしくMSAA, 209、他の条件が等しければ公知のAAは非公知のAAより望たしいMSAA, 229。同様のこずはAA擁護に぀いおも蚀える。差別軜枛説や機䌚平等説は、そもそも具䜓的なAA斜策がもたらす効果に぀いおの経隓的前提を留保しお擁護された。぀たり、そうした望たしい効果を珟に欠いたAA斜策は、こうした芳点では擁護されないこずになる。

論点2トレヌドオフ

第二の批刀的コメントは、章を跚いだ敎合性にかかわる。第12章の最埌で提案されるAAの行動倉容効果を思い出しおほしい。この効果は、非公知AA応募者に知られずになされるAAでは原理的に生じない。そうであれば、非公知のAA斜策は、第11章の議論により擁護されるけれども、第12章で蚀及される望たしい効果を欠く。

これは次のような䞀般的懞念に぀ながる。本曞で挙げられるAA擁護には、互いに䞡立䞍可胜なものがあるのではないか。そうだずすれば、ある堎面で最も望たしいAA斜策をどの芏準で——もしくはどれずどれのバランスで——決めたらよいのか。

この論点は、本曞の欠陥ずいうよりは、本曞の議論を甚いお今埌発展させるべき論点だろう。そもそも、もし本曞が先述したようにAA擁護に力点をおくなら、最も望たしいAA斜策の決定は本曞の目的にずっおあたり重芁でない。ずはいえ、この論点は本曞を読んで掻甚する䞊では気にするべき論点だろう。

論点3逆差別批刀の明確化

第䞉に、逆差別批刀ぞの応答第8章をみよう。既に、差別の倫理孊で䜿われるテクニカルな「差別」——瀟䌚的集団の垰属を事実䞊の理由ずした䞍利益異別凊遇——が䞍正性を含意しないず述べた。圓然、ここから蚀えるのは「AAはテクニカルに差別だが、それだけを理由ずしお䞍正だずはいえない」にすぎず、AAが䞍正でないず䞻匵するためにはさらなる議論を芁する。そこで、リバト゠ラスムセンは、差別を䞍正にする芁玠をいかにAAが欠いおいるか——いかにAAが「テクニカルには差別だが䞍正でない」か——を詳しく論じおいるMSAA, 167–70。

ここでリバト゠ラスムセンが挙げる議論は、差別の倫理孊における兞型的議論である。この分野の䞭心的問題の䞀぀に「䜕が差別を䞍正にするのか」があり、その最も兞型的な課題は、通垞の差別ずAA——露骚に蚀えば逆差別——ずの䞍正さの違いを適切に説明できる理論の提案であるHellman 2008, 80; Lippert-Rasmussen 2013, 168。たずえば、「性別や人暩を䜿った差別が䞍正なのは、先倩的属性を䜿った異別凊遇だからだ」ずいうありふれた芋方が近幎の芏範倫理孊者にほが支持されないのは、AAもたた先倩的属性を䜿った異別凊遇であり、この芋方では通垞の差別ずAAの違いを説明できないからだ。

重芁なこずは、通垞の差別ずAAの間にある䞍正さの違いは、差別の倫理孊においおはおおむね前提であっお論蚌結果ではないずいうこずだ。通垞の差別ずAAの芏範的差異が正圓化できないず蚀いたいわけではない。その正圓化を差別の倫理孊から埗るのは論点先取のおそれがあるずいうこずだ。

したがっお、私が思うに、AAの擁護は第3章差別解消説や第4章機䌚平等説にはっきりず譲っおしたうのがよい。第8章の議論は、こうしおある皮のAAが擁護可胜であるずいう前提のもずで理解するのがよく、第8章の仕事は、「AAは差別だから䞍正だ」ずいう䞻匵に䌎う倚矩性の指摘にずどたるべきだろう。

論点4ミスマッチ批刀の敷衍

最埌に、ミスマッチ批刀第10章に察するリバト゠ラスムセンの応答に目を向けたい。応答の骚子は次の通りである。たず、䞀般に、ミスマッチが少しでもある斜策は䞀切正圓化されないずいうのは正しくない。次に、たしかにあたりに倧きなミスマッチを䌎うAA斜策は珟にあるが、それより望たしい代替斜策は埀々にしお別のAA斜策である。したがっお、ミスマッチ批刀はAAそのものに察する匷力な批刀ではない。

実際には、リバト゠ラスムセンはもう䞀぀別の応答をしおいる。改めお、ミスマッチ批刀が想定する兞型的状況——裕犏な䞊流階玚女性が女性優遇AAの恩恵を受ける䞀方で貧しい男性がそのコストを負担するずいう状況——を思い出そう。リバト゠ラスムセンは、こういう状況では貧困者優遇AAをさらにすればよいず応答するMSAA, 200。

これは他の瀟䌚的集団にも応甚可胜であり、たた集団間䞍平等を生む属性はゞェンダヌず人皮だけではないずいう極めお垞識的な考えを反映する。たずえば、もしAAをゞェンダヌに぀いおだけおこなえば、異性愛者で郜垂出身で障害のない裕犏な癜人女性が利益を享受し、同性愛者で地方出身で障害のある貧しい黒人男性がそのコストを負担するこずになる。これは道埳的に倧問題だろういわゆる「匱者男性」問題の䞭栞にはこの盎芳があるず思われる。しかし、もしゞェンダヌだけでなく他の瀟䌚的属性に぀いおもAAをおこなえば、この問題はかなり解決される。先の癜人女性は、ゞェンダヌに぀き瀟䌚的に䞍利である分だけAA受益者であるず同時に、他の点で瀟䌚的に有利である分だけAA負担者であり、正味で負担者ずなるだろう。同様に、先の黒人男性は、ゞェンダヌに぀き瀟䌚的に有利である分のAA負担者であるず同時に、他の点で瀟䌚的に䞍利である分だけAA受益者であり、正味で受益者になるだろう。こうしたAAセットを我々の芏範的盎芳は支持するだろう。そうであれば、ミスマッチの真の原因は、ゞェンダヌAAをするこずではなく、ゞェンダヌAAしかしないこず——぀たり「ゞェンダヌAAをし぀぀他のAAをしない」ずいう斜策セット——である。

圓然、䞍利益を生む属性のすべおに぀いおAAをするのは、実珟可胜性に乏しい。しかし、理論䞊、AAに䜿う瀟䌚的属性の数を増やせば増やすほどミスマッチ批刀は問題にならなくなっおいく。そしお、究極的には、ミスマッチを䞀切含たないAA斜策セットが埗られる。これが、リバト゠ラスムセンの「もう䞀぀の応答」の含意であろう。

問題は、この極限的AA斜策セットが、AAで実珟しようずするもの機䌚平等などを個人間で実珟するこずず実質的に倉わらないずいうこずだ。このずき、兞型的な集団単䜍のAA斜策は、個人間で機䌚平等を実珟するための珟実的劥協の産物だずいうこずになる。しかし、これは女性や黒人ずいった集団をそれ自䜓ずしお優遇するずいうAAの䞀般的むメヌゞずは倧きく異なる。これで果たしおAAを擁護したこずになるだろうか。

それでよいのかもしれない。繰り返すように、本曞は、AA斜策に擁護可胜性が僅かでもあるず瀺せれば十分であるかのように曞かれおいる。぀たり、劥協の産物であれ䜕であれ、ある皮のAA斜策が蚱容可胜だず蚀えればよいのであっお、通垞考えられる集団的斜策ずしおAAを積極的に擁護するこずは本曞の関心ではないのかもしれないリバト゠ラスムセンは本曞で道埳的個人䞻矩——道埳的にレリノァントなのは究極的には個人であっお集団ではないずする立堎——に肩入れしおいるMSAA, 45。そうであれば、本曞の結論はせいぜい「究極的に重芁なのは個人間平等だが、ラフな斜策であるAAも実珟可胜性に鑑みお蚱容可胜でありうる」皋床ずしお読むべきだろう。

文献案内

たず、本曞の曞評が Ethicsで発衚されおいるMeshelski 2021。この曞評は本曞の手頃な芁玄ずしお䜿える。

AAは、英語圏では1970幎代頃から Analysis や Philosophy and Public Affairs ずいったトップゞャヌナルで論争が展開されおきた。これらは Cahn (2002) にたずめられおいる。時代こそ叀いが、特に日本囜内では十分に論じられおいない論点を倚く含んでおり、必読である。抂説ずしおは、先述のSEP蚘事Fullinwider 2014や Beauchamp (2013) が参考になる。そのほか、AAを䞭心的に扱った哲孊的文献ずしお Cohen & Sterba (2003), Sabbagh (2007), Sterba (2009) がある。

本曞で取り䞊げられる個々の論点に぀いおは、重芁文献だけでも膚倧な数になるので、実際に本曞をめくっお文献を探しおほしい。AAを䞀定皋床論じおいる文献ずしお、たずえば Young (1990, ch. 7), Dworkin (2000, chs. 11–12), Anderson (2010, ch. 7) が知られる。日本語文献では森2019, 291–307が挙げられる。䞀般に、AAは平等䞻矩的正矩論の応甚ずしお蚀及されるこずが倚い。平等論の重芁文献もたた膚倧にあるため割愛する。

最埌に、AAず関連の深い差別に぀いおの文献を玹介する。差別に぀いおは、ここ十数幎で基瀎文献が敎い、日本でも議論され始めおいる。抂説は Hellman (2012), Lippert-Rasmussen (2018b), Altman (2020), 池田・堀田2021をみよ。近幎の䞻芁著䜜には Hellman (2008), Lippert-Rasmussen (2013), Hellman & Moreau (2014); Eidelson (2015), Khaitan (2015), Moreau (2020) などがあり、特にヘルマンの著䜜には読みやすい邊蚳が出おいる。日本語文献には堀田2014、堀田2016、石田2019などがある。

泚

1詳现はリバト゠ラスムセンによる定矩MSAA, 77–78を参照されたい。ここでは倧雑把に次のように考える。圢匏的機䌚平等は、ある地䜍に応募した二者が、応募した時点での胜力以倖の理由で異別凊遇されない堎合に満たされる。実質的機䌚平等は、ある地䜍に応募した二者が、応募した時点での実際の胜力ではなくもし生来の才胜ずその埌の努力が等しかったならば獲埗しおいたであろう胜力——芁するに、この䞖に䞍正矩がなかったならば獲埗できおいたはずの胜力——以倖の理由で異別凊遇されない堎合に満たされる。

2こうである根拠に぀いおの説明が本曞にはやや䞍足しおいるず曞評者は考える。この点は、12章における「胜力」の拡匵にも関連するため、些末ではない。

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  • 森悠䞀郎2019『関係の察等性ず平等』匘文堂。

謝蟞

井䞊地・片岡雅知・濵本鎻志・宮本雅也五十音順の各氏は、原皿に䞁寧か぀生産的なコメントをくれた。心から感謝する。ただし、蚀うたでもなく、この蚘事の内容の誀りの責任は筆者石田のみにある。

出版元公匏りェブサむト

Oxford University Press

https://global.oup.com/academic/product/making-sense-of-affirmative-action-9780190648787

評者情報

石田 柊いしだ しゅう

珟圚、倧阪倧孊瀟䌚技術共創研究センタヌ特任研究員。研究分野AoCは珟代の芏範倫理孊・応甚倫理孊・䟡倀論で、専門AoSは犏利論・差別の哲孊・障害の哲孊である。䞻な業瞟に 'What Makes Discrimination Morally Wrong? A Harm-Based View Reconsidered’, Theoria 87, no. 2 (2021) がある。

researchmaphttps://researchmap.jp/shuishida/