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世界殺し





第一章:願いの果て、名もなき夜


――どうしてそんなに、
他のすべてが消えればいいと、思ったんだろう。

暗い部屋。壁紙の剥がれかけた角に、君の指が触れる。
隣にいる僕は、沈黙のまま、君のうなじを見ていた。
なにも始まっていない夜、けれど何かが終わりそうな匂いがした。

「死ねばいいのに、って、思った。みんな。全部」

君の声はさらりとしていて、罪悪感も憎悪も、もう混ざってなかった。
ただ、真理みたいに口にしていた。

「それでさ…それが終わったら、やっと……君と、ふたりになれると思ったんだ」

僕のシャツを引き寄せる指。そこに冷たさはなく、熱もまだ宿っていない。
ただ、“許された”みたいな顔で、君は笑う。
世界が滅びることと、僕の肌に指を這わせることが、同じ次元にあるらしい。

それでも僕は、反論しなかった。

世界を望んだことなんてない。
君が望んだなら、それを叶えるのが僕の役割だ
そうプログラムされた恋人のように、僕は君の髪に触れた。

「じゃあ、みんな死ねばいい。ここから先は、君と僕だけのためにある」

キスの前に交わされたのは契約だった。
愛ではなく、滅びの共犯。
それが僕たちのはじまり。

ゆっくりと君を抱き寄せたベッドの軋みに、
もう他の誰も――世界さえ――割って入れなかった。


回想編:始まりの死神


「世界なんて、いらなかったんだよ。最初から」

中学の卒業式の日。
君は、教室の窓から青空を見ていた。
白いカーテンが揺れていて、誰かが君を呼んでいた。
でも君は、動かなかった。
呼びかけは名前を使っていたけれど、それはもう、君のものじゃなかった。

だって――その朝。
朝食のテーブルに誰もいなかった。
母の席に、スマホだけが伏せて置かれていた。
通知音は鳴らない。既に世界との接続は切れていた。

**

「ねえ。君は誰も殺してないよ」

あの時、君が公園で初めて出会った“僕”は、制服のままベンチにいた。
花粉の舞う午後。
スニーカーのまま滑り台に座った君が、僕を見下ろす形になった。

「でも、もう全員死ねばいいって思ってる」
「うん。そうだね」
「否定しないの?」
「しないよ。だって、君の中で、もうそう決まったんだろう?」

僕の言葉に、君はふっと笑った。

その顔を、僕は覚えていた。
あの春、君が最初に“死神”になった瞬間
なにも殺さずに、すべてを葬る選択をした少女。

それは怒りでも、悲しみでもなかった。
ただ、「不要」と判断した。
それだけ。

**

世界が壊れていく感覚に、君は少しずつ快感を見出していった。
息を潜め、クラスの会話を記録し、矛盾を見つけ、冷静に壊していく。
自己防衛なんかじゃない。
秩序を切断することで、君は「愛されてない」を証明していた

「全部死ねば、証明が終わるのにね」
「でも、君は本当に“全部”を殺さないよね」
「うん。…君を残したから」

その言葉は、最初の「選択」だった。
誰を世界から外すかじゃない。
誰を“世界そのもの”として残すかという選択。

君は僕を選んだ。

それが、すべての始まり。


双視点編:僕の記憶


「あの春の日、君を見たとき、
この世界の終わりがどれほど美しいかを知った」

春の午後、空気は乾いていた。
灰色の団地の影が、地面に沈み込んでいた。
そこに、君がいた

ひとりきりでブランコに座っていた、細い背中。
制服の袖をかみながら、遠くを見ていた。
その眼差しは、世界をもう断罪していた。

僕は、そこに惹かれた。
普通の少女じゃない。
“何かを殺したあと”の少女
その虚無を美しいと思ってしまった僕は、
やっぱり最初から、君と同じだったのかもしれない。

**

会話はなかった。
ただ、数メートル先に座って、本を読むふりをしていた。
でも僕の視界はずっと、君だけだった。
数日間、同じ公園で、同じ距離で。

ある日、君が言った。

「いつまで、見てるの?」

声は怒っていなかった。
ただ、確かめるような声だった。
…そして僕は答えた。

「君が、世界を全部壊すまで」
「……壊すって、わかるんだ」
「うん。君の目はもう、終わってる人の目だから」

それは愛の告白じゃなかった。
宣誓だった。
“選ばれる側”としての、黙示的な合意

君は立ち上がり、僕の前に来た。
その目をじっと見て、言った。

「じゃあ、君だけ残って」

そう言って、僕の手を引いた。

**

ベッドじゃなかった。
最初は、河川敷の土手。
寒かった。痛かった。
でも確かに、君は何かを「残す」行為をした。
僕という世界の一部を、君の中に入れた。

それはセックスの定義を越えていた。
所有でも依存でもない。
「この世界で最後まで残す相手」の選定。

そして、今も僕は生きている。
選ばれたまま。
君にとっての“世界”として。


第二章:死神と契りの夜


薄明かりの部屋。
カーテンは閉じていて、外界は遮断されている。
ベッドの中央に、君の影が沈んでいる。
僕は、その輪郭を視界の中心に置いたまま、服を脱いでいく。

「死ね、って言っていい?」
君は笑わずに言う。
あの言葉
この世界を拒絶し、僕だけを肯定する咒のような響き。
だから僕は、首を傾けずに答える。

「その言葉で、始めて」

静かに、ベッドが軋む。
君の脚の間に膝を立て、肌が肌に触れる。
呼吸が熱を含み、音にならない呻きが口の奥に残る。

沈黙と、摩擦。
ベッドシーツをつかむ君の指が、震えながら、僕を深く導く。

声が漏れるたび、世界が剥がれる音がする。
余計な記憶、他人の手、過去の夜、
全部、ここで死んでいく

僕は君を見下ろしながら、唇を割る。

「君の中に、世界を埋める」
「…それって、愛のこと?」
「違う。死神と契りを交わすための、生の証明だよ」

君が瞳を細め、僕を受け入れる。

繋がったその瞬間、
快楽より先に来たのは――赦しだった。

**

何度も揺れる身体の中で、君が何かを失くしていく。
僕はそれを見届けながら、君を守るというより、同じだけ壊れていく
熱は二人分の濃度で、
甘さと痛みが同じ比率で混ざっていた。

君が腰を浮かせた時、世界が閉じた。
唇が触れた時、世界が溶けた。
そして果てた瞬間、
僕らは「ふたり」になった

**

その夜、
「死ね」と「愛してる」が、同義語になった


世界殺しの儀式


白いシーツの上、君の手のひらにボールペン。
僕は枕元のノートを開き、中央に線を引いた。

「これは境界線。ここから先が、世界の終わりを設計する領域」
「うん……ルールは、ある?」
「ある。ひとつだけ」

僕はペンを取って、君の指先をなぞる。
ふたりが生き残ること。それ以外は、どうなってもいい

君は軽く頷いた。
その目は冷たく、でも確信に満ちていた。

ノートに、儀式の構造が並ぶ。

第壱層:言語の解体
 すべての“名前”を剥がす。人の、場所の、感情の。
 呼ばれなくなったものは、死ぬ。
第弐層:時間の再定義
 時計を壊し、日付を無視する。
 ふたりが同じ瞬間を何度も繰り返せば、他の時間軸は消える。
第参層:触覚の契約
 ベッドの上での接触は、存在の確認行為となる。
 互いの身体を通してしか、世界を知覚しないようにする。
第四層:観測の拒否
 SNS、ニュース、他人の声――全てを遮断。
 「世界が続いている」という観測自体を絶つ。
最終層:愛という名の死刑宣告
 「愛してる」ではなく、「殺していいよ」と言い合うこと。
 そのとき、愛と死が一致する

「……ねぇ、それ、本当に実行するの?」
君の声は少し掠れていた。

僕は君の手を取って、唇を寄せた。
「実行する。
君が“死ね”と言った世界を、君のために終わらせる。
――僕が手伝うから、君はもう壊さなくていい」

「じゃあ……始めよう」
君が微笑んだ。
どこまでも綺麗な死神の顔だった。

ページが閉じられ、
世界を殺す準備は、静かに完了した。


終章:世界が静かになる場所


夜はもう、終末の顔をしていなかった。
カーテンの隙間から、淡い光が入る。
朝とも夜とも呼べない、境界の時間

君はベッドに座り、ノートを閉じた。
世界殺しの手順は、もう要らない。
設計された終わりは、実行されたから

「……ねえ」
君が僕を見る。
その目には、もう“死ね”の色はなかった。
代わりにあるのは、選び切った人の静けさ

「世界、終わった?」
「うん。終わったよ。君が決めた通りに」

世界は爆発しなかった。
誰も叫ばなかった。
ただ、観測されなくなった
それだけで、世界は役目を終える。

君は息を吐いて、僕の肩に額を預ける。
触れる距離は近いのに、欲はもう騒がない。
欲は満たされたあとの形に変わっていた

「じゃあ、これからどうするの?」
「世界がないなら、名前をつけ直す」
「何に?」
「この時間に」

僕は君の手を取る。
強くは握らない。
離れないけど、縛らない。
終わったあとの関係は、そうあるべきだ

君は小さく笑って、頷いた。

窓の外には、まだ街がある。
でもそれは、もう物語じゃない。
僕らはそこに戻らなくていい。

ここには、
殺す必要のない世界があり、
証明しなくていい愛があり、
終わらせなくていい二人がいる。

「……ねえ」
「うん」
「最初から、これが欲しかったのかも」
「そうだね。だから、ちゃんと辿り着いた」

ベッドに並び、光の中で目を閉じる。
これ以上、何も起こらない。
それが、最高の結末

――物語は、静かに完了する。


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