第237話 青野英治の父
父さんが倒れた日のことをずっと思い出していた。
あの日。父さんはボランティアの炊き出しの準備をしていた。繁忙期で忙しかったから、疲れもたまっていたんだと思う。でも、ボランティア活動は、父さんのライフワークみたいなもので、常にやりがいを持っていた。
だから、本望だったと思っていた。
少なくとも、俺はそう思っている。
南のおじさんは、父さんのことを殉職と言っていた。葬式が終わった後に、おじさんは市の功労者ということで、父さんを表彰してくれた。その賞状は、今でもレストランに飾られている。
母さんに聞いた。父さんが死んだとき、どう思ったかって。
「とても悲しかったわよ。まだ、息子二人の成長を見せたかったし、お店がどうなるかも不安だった。お兄ちゃんが後を継いでくれたから、よかったけど……でもね、少し安心した自分もいたの。たぶん、お父さんは幸せだっただろうなぁって」
そう言って、母さんは涙を拭いていた。
「幸せって?」と俺が聞くと……
「だって、あんなにたくさんの人に好かれていたんだもん。自分の好きなことをやって、それでいて、たくさんの人たちに感謝されていた。お葬式もたくさんの人が来てくれた。あの人の人生は短かったけど、幸せな人生だったんだなぁって思ったわ」
それでも、母さんは父さんともっと一緒にいたかったんだと思う。
兄さんにも聞いた。
「あの日か……正直、覚えていないな。このあとどうするかっていろいろ悩んでいたものが吹っ飛んだし」
「悩んでいたの?」
「ああ、父さんの店を継ぎたかったけど、その前にどこかで修行するのも悪くないなって。専門学校の先生からもしそういう希望なら紹介状を書いてくれるという話もあったんだ」
それは知らなかった。
もしかしたら、俺は兄さんの未来を閉ざしてしまったんじゃないかって怖くなった。でも、彼はすぐに俺の心配に気づいたようだ。
「でも、この決断を後悔したことはないよ。弟の成長を父親目線で見ることもできるし、それに大好きな店を守ることができたんだ。料理の腕だって、実戦で悪戦苦闘していくうちに、どんどんうまくなっていた。父さんにはもう少し教わりたかったけどね。でも、父さんだって、俺の決断を認めてくれると思う」
本当に兄さんには、頭があがらないな。
「父さんも、きっと兄さんのことを褒めてくれるよ」
俺がそう言うと、「そうだといいな」と笑った。
「でもな、俺は英治に謝らないといけないと思っている。父さんにもな。今回の学校の件、俺は何一つ親のようなことができなかった。お前が苦しんでいることに気づけなかった。それは、親代わり失格……」
言い終わる前に俺は慌てて否定した。
「それは違うよ。俺は兄さんがいるから、色んなことを学べているし、自分の夢にも挑戦できるんだ。それなのに、そんなにしてもらっている兄さんのことを否定することはできないし、誰にも否定して欲しくない」
兄さんは驚いた顔で、俺を見て……涙をこらえながら笑った。
そして、南のおじさんの番だった。
「私はね、お父さんが満足していたとはわかっている。でもな、人生の先輩として、彼に子供たちの成長を見る機会を奪ってしまった。ボランティアは、私から誘ったのだから、死を早めてしまったという後悔はずっと消えないよ」
「でも、父は誘われたことを感謝していました。それは否定されたくないと思います」
「そうだな。それが正論だし、キミは本当にいい人間になった。だからこそ、こちらの後悔は深まるんだよ。幸せな家族を壊してしまったことにね」
たぶん、完全に理解することは難しいだろう。俺がもっと成長して、家庭を持てば違うのかもしれない。
今は、少しでも理解することが大事だと思った。
テレビでは臨時国会のニュースが流れていた。総理と宇垣幹事長の対立が激化していること、与党が宇垣のおじさんが主導で作っていた法律案を潰そうとする動きが出始めていること、そして、幹事長側が劣勢であることが流れている。
でも、おじさんはこんなところでつぶれるわけがない。愛さんのことを見ていたら、余計にそう思ってしまう。
少しでも、話を聴ければいい。そう思って、ダメもとで、おじさんのスマホに電話をかけた。
電話はすぐにつながった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます