第231話 邂逅
学校が終わり、愛さんは一度、家に帰ると言って別れた。
さすがに昨日泊ったから、いろいろあるんだろうな。夕食はうちで一緒に食べると約束したのですぐに会える。昨日の甘い時間を思い出すだけで、胸がドキドキする。
前から来た3年生の生徒とすれちがう。最近、少しずつ一人で歩くことに慣れてきた。愛さんやサトシが気にしていて、俺をなるべく一人にしないように配慮してくれているが、たまにこういう風に一人になるときは、どうしても緊張してしまう。
「おい、あれが噂の」
「だな。でも、あの噂は、どうやらえん罪らしいよ」
「どうだか、わかんないぞ」
「えっ?」
「火のない所に煙は立たぬっていうだろう」
やっぱり、そう言うことは言われてしまうよな。思わずため息をついてしまう。
悪い噂は一度出回ってしまうと、人間の心の中から完全に消すことはできない。どんなに先生や周りの人たちが、俺のために否定してくれていても、うがった考えをする人は少なからず存在する。
火のない所に煙は立たない。
もっともらしいように聞こえるからこそ、それを支持する人もいるだろうな。覚悟はしていることだし、それ以上に俺を信じてくれる人、手を差し伸べてくれる人が多いから、絶望とまではいかないけれど、心に小さな魚の骨がささったかのような嫌な違和感を引きずってしまう。
サトシと同じような話をしたら、「気を付けろよ。ただでさえ、悪いうわさが広まっていたんだし……一条さんっていう美少女を射止めたって噂も広がっているから、お前に嫉妬している男連中も多いんだよ。どっちも英治が悪くないからこそ、俺はムカつくんだけど。そう言うのを信じちゃう人たちは、外野がどんなに否定しても、自分に都合がいいことを固く信じちゃうから余計にたちが悪いんだ」と心配されてしまった。
あえて、自分のことを否定する人間とは距離を取ったほうがいいだろう。そもそも、人の悪口をあえて本人に聞かせようとするのは、いろいろとヤバいだろうな。
「あんまり、気にしても仕方がないから、本屋でも行って新刊でも物色しようかな」
最近忙しくて、毎日のように本屋に行っていた夏休みが嘘のように本屋から足が遠のいてしまった。
※
たくさん買ってしまった。本当に本はたくさん出ているから、少しでも本屋から遠のくと知らない新刊がたくさん出ていて驚く。
約束の時間に少し遅れそうになっていることに気づいて、走るかと思ったところで、目の前に黒塗りの高級車が止まった。
愛さんの車に似ているけど、番号が違う。
窓がゆっくりと開く。そこには、見知った顔が笑ってこちらを見ていた。
「久しぶりだね、英治君」
懐かしい声だった。ここ数年は聴いていない優しい声だ。
警戒心を解いて、そして、ぎこちなく笑う。
「お久しぶりです、宇垣のおじさん」
小さいころから俺を可愛がってくれた父さんの親友であり盟友。
政権幹部の大物政治家。
そして、大好きな恋人の父親。
「家まで送っていくよ。久しぶりに話がしたいんだ」
その顔は仕事をしている時の厳しい顔じゃなくて、昔からよく見ている優しそうな顔だった。
「うん、自分もたくさん話したいことがありますからお邪魔します」
――――
(作者)
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